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月下のアトリエ  作者: 志茂塚 ゆり
第二章 銀の匙で海をすくう

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2-6.挫折【挿絵】

挿絵(By みてみん)


 自分で言うのもなんだけど、ソンブルイユの魔術学校の入試成績はまずまずだった。メイ先生に基礎をみっちり仕込まれていたから、それなりに評価されたのね。


 ところがいざ授業が始まってみると、ほかの学生が難なくクリアしているような実技課題が、全然、まったく、できなかったの。座学の講義は頑張ったわ。でも、実技はてんでダメ。どれくらいダメかっていうと、みんなが足し算引き算の授業を受けている中、私は数字すら読めないっていうくらい。

 入試の出来が良かった分、教師側の失望はあからさまだった。みんな、火をおこして松明を灯したり、水を氷に変えたり、そういう技術をどんどん身に付けていく中で、私だけ何もできなかったの。比喩でなく、ほんとうに、なんにもよ。


 メイ先生から仕込んでもらった薬の調合術や、儀式魔術には自信があったの。でも、学校では副教科扱いでね、重視されていたのは、もっぱら、火を出したり風を呼んだりする魔法の実技。後になって考えてみれば、当然だと思ったわ。王立魔術学校の存在意義は、王室専属魔術師の卵の養成にあるんだもの。戦力になる魔術師しか必要とされない。だから、メイ先生は進学に反対したんだって、後になって分かった。


 でも、その時はただただ自分がみじめだった。前期課程を修了できないのは火を見るより明らかだった。だから、ほんの二、三か月のうちに、退学を決めた。

 実家に連絡するときは、情けなくて涙が出たわ。入学金に年間学費まで払い込んでもらっていたんだもの。恥ずかしいやら、申し訳ないやら。どうしても父に直接相談できなくて、ナターシャから話を通してもらったの。父は、休学扱いにしたらどうかって言ってくれた。ほんとうに、ほんとうに情けなかったけど、甘えることにした。


 ソンブルイユは毎日がお祭りみたいに、人でいっぱいだった。下宿先から一歩外に出ると、人、人、人なの。その全員が、毎日の責務を当たり前に果たして生活している。それに引き換え、私は……そう思うと、外に出るのも億劫でね。井戸と、図書室と、お決まりのブーランジェリーにしか行かない日が続いたわ。毎日決まったサンドウィッチしか食べなかった。惨めだった……

 まだ学校に籍は置いていたから、学校の図書室は使えてね。そこで上限目いっぱいに借りてきた本を、下宿の固いベッドで読んでは、なけなしのプライドを守っているつもりになっていた。


 そんなある日、図書室で、持ち出し厳禁の本を読んでいたときにね、突然、知らないおじさんに声を掛けられたの。

「君、まだ若いのにそんな資料を読むのか」って。

 その人が、第二の師となる人だった。

 その人から誘われてカフェで何時間も話して、そのまま工房へ行って、勢いで先生に入門するまで、ほんの半日だった。私、先生に見出してもらっていなかったら、未だ何者にもなり得なかったかもしれない……。



 アミュウは長い自分語りをそこで終えた。イアンは、干し葡萄をつまむ手を、いつの間にか止めていた。アミュウは「さあ、食べて」と手ぶりで促して、言葉を続けた。


「その新しい先生に師事して修行を積むうちに、私はほんの幾ばくかの自信を取り戻したの。それで三年前にここへ戻って来て、メイ先生にお世話してもらいながら、今の仕事を始めるに至ったのよ」


 アミュウはすっかり冷めた茶を飲みながら、自分の言いたいことがイアンに伝わっているだろうかと不安に思った。

 イアンは、再び干し葡萄をつまみ始めた。木の器がそろそろ空になるころ、イアンはぼそっと呟いた。


「良い先生に出会えて、よかったですね」


アミュウは神妙に頷いた。


「そうよ。人の縁に助けられたの。でなければ、今も私は自立できずに、可哀想な貰われっ子のままだったかもしれないわ」


 イアンは長い間黙っていた。木の器も、カフェボウルも、空になっていた。


「学校って、何なんだろう。俺には、まだ、そこ(・・)しかないから、分からない」


 アミュウはイアンのカフェボウルを自分のボウルに重ねながら答えた。


「私にも、王都での数か月の経験しかないから、分からないわ。でも、それが全てでないことは分かっているつもりよ」


 その時、アミュウの脳裏を暗い影がよぎった。ほんの一週間ほどまえの光景だ。


「ただ、あのとき諦めてしまった、炎だの風だのを起こす魔術が使えたらと、切に願ったことはあった。大イノシシに襲われたとき、私にもっと力があれば、家族を危険にさらさずに済んだかもしれない……」


 イアンはちらりと目線を上げて、すぐに自分の膝元へと下げた。それが彼の流儀なのだと、今ではアミュウは理解していた。


「魔術学校にいたころは、炎を起こせるから何なんだ、薬を調合する方がよほど役に立つじゃないかって思ってたけど、実際に、そういう力が必要な場面は訪れたのよ……」


 イアンは小さく頷いて見せた。


「今、役に立つとは思えないような勉強も、いつか何かの場面で必要になるかもしれないってことですね」

「そういうことも、あるかもしれないわね」


 イアンはじっと手を見ていたが、やがて立ち上がり、荷物を背負いながら言った。


「ありがとうございます。もう少し考えてみます」


 微笑みながらアミュウも立ち上がる。


「待って、送っていくわ」

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Copyright(C)2018-志茂塚ゆり
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― 新着の感想 ―
[一言] 何だか一つ分かった事。 ゆりさんの文章はちゃんと足が地についている感じです。 その人や物や生活の習慣がちゃんと見えてくる。 実際に見ながら書いているように…… 素敵ですね。
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