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月下のアトリエ  作者: 志茂塚 ゆり
第二章 銀の匙で海をすくう

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2-5.進路相談【挿絵】

挿絵(By みてみん)



 アミュウが着替えと朝食を済ませ、雑用を片付けてから、棚に頭を半分突っ込んで気付け薬のメリッサ酒を探していると、小屋の戸を叩く音が聞こえた。まだ朝の早いうちだった。


「はあい、どなた?」


 戸口に寄ってアミュウが訊ねると、意外な声が返ってきた。


「おはようございます……イアン・タルコットです」


 アミュウは扉を開けた。秋も深まってきたというのに、日焼けの抜けきらない少年が、溢れんばかりの野菜を盛った籠を抱えて立っていた。


「イアン君。どうしたの、こんなところまで。一人で来るなんて、危ないじゃないの」


 アミュウは、小屋の中に入るよう手ぶりで促しながらも、イアンの不注意をたしなめた。この森にはつい最近、化け物のように巨大なイノシシが出没したばかりだ。


「畑の様子を見に来たついでに……このあいだのお礼です」


 イアンは野菜の籠を突き出した。アミュウは躊躇いながらもそれを受け取る。


「お礼なら、前に頂いたので充分だわ。こんなに沢山」

「脱穀もだけど……その、うちの、呪い……の分も」


 イアンの声はもごもごと小さく、尻切れトンボだった。アミュウは肩をすくめた。


「今日、学校は?」

「休みです」


 アミュウは二、三秒迷ったのちに、イアンの背中に手を当てて家に招き入れた。


「入って。お茶でも召し上がって」


 茶の準備をしているあいだ、食卓の椅子に座らされたイアンは、あちこち物珍しそうに見ていた。梁からはあらゆる種類の薬草が束になってぶら下がり、棚には大小の瓶、あるいは石ころが無造作に並ぶ。壁にも床にもカーテンにも、香のにおいが染み付いている――。


「この小屋は留守にしていることが多いの。御用があったら、町長の家の郵便受けに手紙を入れておいてもらえたら、週に何度かチェックするわ――朝ごはんは?」

「うちで食べました」

「そう。どうぞ」


 アミュウは二人分のボウルに茶を注ぎ、イアンに差し出すと、反対側の椅子に腰かけた。


「何かお話がありそうね」


 イアンは目線を右に左に泳がせたあと、うつむいてぼそりと話した。


「……学校のことで」

「進級が難しいの?」

「ううん、そうじゃなくて……進級は、多分、大丈夫だと思います」


 イアンは暫く黙っていたが、やがて口を開いた。


「辞めようかと、思って」


 アミュウはイアンを無言で見守る。イアンは膝に置いた手をずっと見詰めている。


「うちは農家だし、学校の勉強が何かの役に立つとは思えないし……おれ、勉強は苦手だし、無理して通っても、意味が無いんじゃないかと思って。ちょうど今年で初等過程が終わるし、辞めるにはちょうどいいタイミングで……」


 イアンはそこで黙り込んだ。アミュウは暫くイアンが続きを話すのを待ったが、それで終わりのようだった。アミュウは茶のボウルを両手に包んで口を開いた。


「学校、つらい?」


 イアンは首を横に振った。


「つらくはないけど、毎日決まって行かなくちゃならないのは、しんどい」

「畑があるから?」


 イアンは頷いた。


「畑が無かったら?」


 イアンはちょっと考える仕草を見せてから、答えた。


「どのみち、もう二留してるし、あんまり行きたくない」


(それを「つらい」って言うんじゃないかしら)


 アミュウは、しかし声には出さず、代わりにこう言った。


「私が町の学校に通わなかったことは……まだ話していなかったわね」


 イアンは驚いたように顔を上げた。無理もない。町の学校が設立されてからというもの、就学率はどんどん高まり、今やほとんどの子どもたちが学校に通うようになっている。アミュウもナタリアも、王都の上流階級に倣って家庭教師から学を授かっているが、そういう教育は一般的ではない。


「ナターシャに家庭教師がついていてね、一緒に勉強を教えてもらっていたわ。読み書きも、計算も、地図の読み方も。そのあと、ちょうどジョシュア君くらいの歳の頃に、まじない師の先生の下で魔術を習い始めたの。メイ・キテラっていうおばあさんなんだけど……知ってる?」


 イアンは頷いた。


「最初に父さんの具合が悪くなったときに、教会に行ってみたんだけど、全然ダメで。次はどこに相談しようってなったとき、ばあさんに診られるよりは若いねーちゃんの方がマシだって、父さんが言ってました」


 アミュウは苦笑いを浮かべた。


「本人の前では絶対に言わないでね……私が睨まれちゃうから。

 それで、三、四年くらいだったかな……メイ先生の下で修業してね。イアン君くらいの年のころに、王都の魔術学校に通いたいって思うようになったの。先生は反対したわ。ここで暮らしていくには、身の丈に合った能力があれば充分だって。それ以上のものを望めば、それ以上のものを背負わなくてはならなくなるって。だけど私はそのとき、自分の力はどこまで伸ばせるのか、見届けてやろうと思ったの。幸い、家族は私の好きなようにしなさいって言ってくれた。それで私は、メイ先生の反対を押し切る形で王都ソンブルイユへ行ったのよ」


 アミュウはそこで言葉を切った。


「ごめんなさい、自分のことばかり話しちゃったわね。つまらないでしょう」


 イアンはかぶりを振った。


「ううん、全然……それで、王都まで行って、どうしたんですか」


 アミュウは黙って台所へ立った。戸棚を探したが、お茶請けになりそうな気の利いたお菓子は見つからない。ようやく干し葡萄を見つけると、木の皿にひとつかみ入れて、食卓に出した。イアンは一口で二つも三つもつまんで食べた。アミュウにはその様子が微笑ましく感じられた。


「魔術学校には、卒業生からの推薦が無いと入学できないの。メイ先生は魔術学校の出身ではなかったから、無理を言って、先生の知り合いに推薦状を書いてもらってね、あれこれ周りを振り回して、やっとやっと入学したの……そこで、私ははじめて挫折した」

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