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月下のアトリエ  作者: 志茂塚 ゆり
第一章 森の魔女と聖霊の申し子

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1-26.狩猟【挿絵】

 食後、二人は初秋の森へと繰り出した。

 日差しの降り注ぐ広葉樹林はまだ紅葉前で、やや色味の薄くなった枝葉の中をエナガやアオジの愛らしい影が行き交う。足元ではムラサキシキブが色づき始めていた。熊笹を踏み分け、木の根を乗り越え、森の奥へと進んでいく。途中でアミュウが目に留まった植物を採集していくので、その歩みはのんびりとしたものだった。


「今更だけどさ、あんたこんな場所で一人暮らししていて大丈夫なの?」


 唐突にナタリアが口を開いた。


「どうしたの? いきなり」


 朴の木の葉を拾い集めていたアミュウが訊ねると、先導するナタリアは振り返りもせずに続けた。


「おととい、パパの付き添いで会議に出たのよ。鳥獣被害対策緊急会議ってやつ」

「あら、未来のカーター町長として?」

「パパはそのつもりなんだろうね。分からない、町長夫人としてかもしれない」


 ナタリアはうんざりとした調子で答え、言葉を続けた。


「イノシシとかハクビシンとか、そういうのが畑を荒らすっていうのは毎年のことなんだけどね、今年はどうも、大型の害獣が出てきているらしいの。しかもそいつは町の南方、この森から来ているんじゃないかって言われてる」

「大型って、クマとか?」

「違うと思う。足跡には蹄があったけど、熊より大きい」

「なぁに、それ?」

「だから、よく分からないんだってば」


 ナタリアは頭を振り伸びをして言った。


「よく分からないから、危ないんじゃないかって言ってるの。今日こうして狩りに来るのも、パパが猛反対したんだよ。アミュウと二人で行動するからって説得して、やっと出てこられたんだから」


 アミュウが「それはそれは」と言おうとすると、ナタリアが「しっ」と指を立てた。

 ナタリアは弓を握りしめて左手前方を見据えている。その目線は上下左右に小刻みに揺れ、何かの気配を追っている。

 アミュウはナタリアの邪魔にならないよう、朴の葉を背中の籠に放り込み、静かに身をかがめて息を潜めた。ナタリアの目線の先を追うと、コナラの枝が揺れ、葉陰に鳥の姿が見えた。キジバトだ。

 ナタリアはキュロットスカートの裾をブーツの中にしまい込み、音もなくコナラに近付くと、上方に向けて弓を構え、矢をつがえてまっすぐに引き分ける。弦が切なげに呻いたかと思うと、樹上からボトリと鳥が落ちてきた。ナタリアは大股で獲物に歩み寄り、矢を抜くと、鏃の血をぼろ布で拭い、背中の矢筒に戻した。

 アミュウは緊張を解いて息をつくと、立ち上がってナタリアに声をかけた。


「相変わらずの腕前ね」

「まぁね。さ、次に行くよ。キジバト一羽じゃ、一食分にしかならないわ」



挿絵(By みてみん)



 森の奥へ進むにつれて、ナタリアはどんどん寡黙になっていった。

 途中、倒木が重なり開けた場所でウズラの群れに遭遇し、ナタリアは二羽を仕留めた。しかしナタリアは渋面を浮かべ、麻袋に獲物を詰めながらつぶやいた。


「鳥なんかいくら仕留めたって、しょうがないのに」

「どういうこと?」


 アミュウが訊ねると、ナタリアは吐き捨てるように言った。


「今、畑を荒らしているのは、鳥じゃないっていうこと。けものを射止めないと、意味がないの。イノシシとかね」


 ナタリアはミズキの根元に腰かけて、水筒の水を一口飲んだ。


「今日はなかなか当たらないなぁ……」


 ミズキの近くに山査子さんざしがたわわに実っていた。ウズラは、この実を啄んでいたのだろう。アミュウは赤い実を丁寧に摘み、大判のハンカチに載せていく。山査子はお菓子にしても、酒にしても美味しい――もっともアミュウは、山査子酒については味見程度にしか口にしたことがなかったが。

 木々の葉越しに見上げる空は明るく、雲との境界が分からなかった。郭公かっこうの地鳴きが「チュルルルル……」と響いている。蜥蜴とかげが落ち葉の裏へと翻る。玉虫が翅を煌めかせていちいの幹を昇る。森はどこまでも大らかに、豊かなその手を広げてあらゆる生命を抱きとめている。


 ふとナタリアが弓を手に立ち上がる。その目は険しく、視線は定まらずにあちこち泳いでいた。獲物を見つけたのだろうか。アミュウも彼女に倣い、集めた山査子の実をひとまとめにし、ハンカチの四隅を結んで籐の籠に放り込んだ。

 ナタリアが矢筒から矢を取り出す。ナタリアの緊張感がアミュウに伝わってきた。アミュウも蓮飾りの杖を握る手に力を籠めた。


 どれくらいそうしていただろうか。郭公の声はいつの間にか止んでいた。日が陰ったのか、つい先刻よりも若干視界が暗くなった。

 出し抜けに、ナタリアの背後から、下草をかき分け、枝を折り、こちらへ走り寄る轟音が聞こえてきた。ナタリアはアミュウから離れるように飛びのいた。その瞬間、ナタリアが今しがたまで背を預けていたミズキの木が轟音を立てて崩れ落ちる。

 驚いて転倒したアミュウはミズキの木が傾いで他の木に倒れ掛かる向こうに、巨大な影を認めていた。いつか百科事典で見た、象ほどもありそうな――イノシシの姿をしているが、イノシシには見えないほど大きい。アミュウの常識からはるかに逸脱した巨体を震わせる生き物が、そこにいた。イアンの畑で見た積み藁を見て、象を連想したことを思い出した。そしてアミュウは、そんな自分を張り倒したくなった。

 動くけものと動かない藁山とでは、わけが違う。

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