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月下のアトリエ  作者: 志茂塚 ゆり
第八章 軍靴、蒼天に響けば

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8-7.街道の果て

「まぁ、ブリランテの連中の自衛策だと思うのが普通だろうな。勘違いも無理はない」


 木箱の中からカルミノの声が聞こえてきて、アミュウはびくりとのけぞった。検問を通り抜けほっとして、カルミノの存在をすっかり忘れていたのだ。慌てて荷物をどかして木箱の蓋を開けると、カルミノがぬっと頭をのぞかせた。


「順調だったようだな」


 箱から出てきて肩を回すカルミノに、御者席のロサが「まぁね」と応じ、ごく軽く手綱を控えた。馬たちが歩調をゆるめる。アミュウが幌の外に顔を出すと、すぐそこに街壁が迫っていた。見上げれば白壁がそそり立ち、壁の上のやぐらには見張りの影が見えた。背後のペリアーノ川の存在を併せて考えると、ブリランテ自治区の守りは盤石なのだろう。

 重厚な金属製の門扉は開いていて、ここにも見張りが立っている。揃いの軍服は着ておらず、赤いたすきを掛け腰にサーベルを下げたのみの、普段着姿の女性が対応していた。ロサが門前で馬を止めると、彼女はロサにいくつか質問し、手元の帳面に何やら書き付けていった。車内を検めることもなくそのまま道を譲り、馬車を街の中へと通す。


「なんだか、随分と簡単に入れましたね」


 アミュウが耳打ちしたのは聖輝に対してだったが、カルミノがぼそぼそと答えた。


「ソンブルイユ軍の検閲が厳しいから、ここでは記録だけとっておけば充分なんだろう。皮肉な話だな」

「でも、軍警側のスパイが入り込むかもしれないわよね」


 アミュウが素朴な疑問を口にすると、カルミノはいっそう声を落として呟いた。


「地元民だと分かったんだろうよ」


 それでアミュウにも合点がいった。ロサはブリランテ出身なのだ。


 門をくぐり抜けた先は、ちょっとした広場になっていた。ささやかではあるが、馬車を回すためのロータリーが備わっている。ロータリーの中央には車両をいくらか停めるためのスペースがあったが、今は移動式の大砲やカタパルトの置き場となっているらしい。雨風を避けるための簡易屋根が設けられ、布の隙間から黒々とした砲身が覗いていた。木箱の中身は砲弾だろうか。

 日の入りまであと一時間もない。夕食の支度で忙しい時間帯のはずだが、出歩いているのは赤い襷を掛け武装した人々ばかりだった。


 ロサは慣れた様子でゆっくりと馬車を動かし、広場の片隅の宿屋へ寄せていった。馬車がまだ止まらないうちにカルミノが荷台から飛び降り、戸口から案内を呼びつける。暗がりでぐっすりと眠りこんでいるピッチを起こさないよう、静かに鳥かごを持ち上げてアミュウは馬車を降りた。続いて聖輝も荷台から降りる。宿屋の息子が出てきて、裏手の馬車庫へとロサを誘導した。

 いかにも行きつけの宿らしく振舞う二人の様子に、アミュウはほっとした。ブリランテはカーター・タウンから見て街道の端、最果ての土地だ。はじめての街をいくつも通り過ぎてきたが、今度こそ正真正銘、ふるさとからもっとも遠い場所まで来て、落ち着かない気持ちでいたのだ。ロサとカルミノが土地に慣れているのなら、心強い。

 アミュウがのんびりと戸口で待っていると、馬車と馬を預けて戻ってきたロサが、さらりと告げた。


「それじゃ、あたしたちの仕事はここでおしまいね」

「えっ」


 アミュウは目を丸くしてロサを見た。


「これ以上あんたたちの面倒を見るのはごめんよ。そっちだって、あたしたちと一緒だと気が休まらないでしょう」


 ロサはそう言ってカルミノの腕を引く。聖輝が進みでて言った。


「馬車のおかげで助かりました。ありがとうございます」


 ロサはフンと鼻を鳴らして取り合わなかった。彼女たちとブリランテの街中でも行動を共にするのだと思い込んでいたアミュウは、肩透かしを食らった気分だった。探るような目でロサに訊ねてみる。


「これからどうするの?」

「貴様らの知ったことではない」


 すげなく答えたのはカルミノだった。彼はロサの手を振り払い、乱暴に扉を開いて宿の中へと姿を消してしまった。ロサは呆れたように頭を振った。


「空きっ腹で気が立ってるんだわ」

「狭い中に隠れる羽目になったから、怒ってるのかしら……」

「ま、いつものことね」


 ロサは首をすくめると、アミュウと聖輝に視線を流した。


「あんたたちは運命の女を探すんでしょう?」

「ええ、それはもちろん」


 聖輝がきっぱりと答える。アミュウも頷いてみせると、ロサは唇の端を持ち上げて笑った。地味な格好をしていても、そうして微笑むとぶわりと妖艶さがにじみ出す。


「落ち着いたらあたしたちもあの子を探すわよ。どっちが先に見つけられるか……せいぜい頑張ることね」


 そう言うとロサはふと眉を下げた。目元の強さが和らいで、ほんの一瞬前に見せた笑みとはまったく異なる、柔らかいほほ笑みだった。彼女は腰を落として、アミュウが提げる鳥かごを覗いた。相変わらずピッチは眠り込んでいる。


「じゃあね、ピノ。元気で、しっかり食べていっぱい遊ぶのよ」


 アミュウが目をしばたたいているうちに、ロサはきびすを返して宿に入る。軋みながら勝手に閉まっていく扉を眺めながら、アミュウと聖輝はどちらからともなくため息をついた。ロサの言うとおり、移動中ずっと気づまりだったのだ。


 蒼天を見上げると、白い漆喰の壁と赤瓦が暮れなずむ光を反射して目に眩しい。色彩のコントラストが空に映えて美しいが、ひとたび地上に目をやれば、警邏の義勇兵があちこちをうろついている。平時であれば観光客もいただろうに、物々しい雰囲気だ。まだ明るいうちなのに子どもの姿が見えない理由が、ここがまだ街のほんの入り口だからだけとは思えない。

 兎にも角にも、今晩寝る場所を確保しなければならなかった。街の中心部を目指して大通りを歩いていくと、だんだんと日が暮れてきた。いっそう寂しくなる往来に焦って早足になりかけたところで、アミュウは聖輝が数歩うしろを歩いているのに気が付いた。ぶかぶかの帽子のツバの陰で表情が見えにくいが、長距離移動が続いて流石につらいのだろう。歩調をゆるめたアミュウに追いつき、聖輝は言った。


「うろ覚えですが、この先の広場にいくつか宿があったと思います」


 ほどなくして二人は広場に出た。街の入口とは比べ物にならないほど大きく、中央では噴水が勢いよく水が踊っている。夕日を受けて赤く輝いては暗い水面に落ちていく水しぶきの向こうに、大理石の彫刻像がほの白く見え隠れする。どうやら男神と女神の姿が彫られているらしい。広場の突きあたり、正面には教会の尖塔がそびえ、聖堂の彫刻が複雑な陰影を落としていた。クーデン教会よりもよほど大きく、聖堂の奥の棟まで含めたら、ラ・ブリーズ・ドランジェの巨大な教会に及びそうだ。ドゥ・ディムーザン卿が導くかの教会の飛梁も美しかったが、ここブリランテの教会の壁を埋め尽くす彫刻群もまた圧巻だった。遠目で細部は見えないが、恐ろしく手の込んだ装飾であるのは確かだ。アミュウが呆気にとられていると、背後の聖輝が広場の片隅を指差した。


「ああ、あれ。あそこです」


 三階建ての宿を見定めると、アミュウは聖輝の手を引く。まばらに行き交う人々とすれ違いながら広場を横切ると、宿がはっきり見えてきた。白壁はさっぱりと清掃が行き届き、軒先のプリムラの鉢が彩りを添えている。品よく小ぎれいで、およそ開戦直前とは思えない佇まいだった。観光客向けの宿泊施設らしい。


(高そう)


 アミュウは生唾とともに、口から出かかった言葉を飲み込んだ。今は聖輝を休ませることが先だ。聖輝に続いて屋内に入り宿泊の受付を願い出ると、予想通り、相場よりも高額を呈示された。何食わぬ顔で宿帳にサインしながら、アミュウはふと考えた。胸が早鐘を打っているのは、高い宿に泊まるからという理由だけではない。自身が宿泊手続きを行うのが初めてだからというのもある。

 部屋を分けようと主張する聖輝を言いくるめて、アミュウは二人を同室とするよう宿の主人に申し出た。部屋はすんなりと決まった。こんな時期に街の外から来る人間など少ないのだろう。


 案内を受けて部屋に入る直前、アミュウは主人に訊ねてみた。


「ここに、赤毛の若い男性はいませんか。一か月くらい前に、ブリランテへ来たと思うのですが……」

「いんや。見てないね」


 主人は即答した。


「もうずっとお客さんが減ってるから、誰が泊まったかはぜんぶ覚えているんだけど。赤毛のお兄さんはいなかったよ」

「そうですか……」


 アミュウが礼を述べて戸を閉めると、後ろからどさりと音がした。すわ、聖輝が倒れたのかと慌てて振り返ると、単に荷物を置いただけのようだった。普段の彼は、音を立てて荷物を放ることなどない。相当疲れているのだろう。アミュウは聖輝に近寄り、よれよれのジャケットを脱がせてベッドに押し込んだ。


「かたじけない」

「とにかく、今はゆっくり休んでください」


 アミュウは眠るピッチを籠に入れたまま窓辺の机に置く。西日がまともに射しこんでくるので、わずかな隙間を残してカーテンを閉める。荷物の整理を終えたころには、聖輝は寝息を立てていた。残照の中、アミュウは鞄の中から手探りで火打石を取り出し、燭台に灯りをともす。

 聖輝もピッチもぐっすりと眠っている。情報は喉から手が出るほど欲しいし、買い出しにも行きたいが、彼らを部屋に残すのが心配だ。もう一台のベッドに腰かけてしまうと寝床の誘惑は抗いがたく、結局アミュウも布団の中に潜り込んだ。あっという間に眠りに落ちたのは、当然の帰結だ。

 カーテンの合間からぼんやりと見えていた夕映えは、眠るピッチをわずかに照らしてすぐ消えた。闇に沈んだ部屋に一点、蝋燭の頼りない灯りがちろちろと揺れる。溶けた蝋の中で踊っていた火は、誰に見守られることもなく静かに消えた。

ここ数か月のらくがきです。


挿絵(By みてみん)


↑ アミュウと聖輝の服を交換してみよう! のらくがき。

聖輝が何食わぬ顔で着こなしていますが、ちょっとでも動いたら肩回りがビリってなると思います。




挿絵(By みてみん)


↑ 「喜怒哀楽」をテーマにワンドロ(一時間縛り)で描きました。



挿絵(By みてみん)


↑ 「チェック柄」をテーマにワンドロに挑戦!

1時間オーバーでした。



挿絵(By みてみん)


↑ 「植物」をテーマにワンドロに挑戦!

季節柄というのと、ジークにぴったりなカラーリングということで、ポインセチアを選びました。

20分オーバーです。



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