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月下のアトリエ  作者: 志茂塚 ゆり
第一章 森の魔女と聖霊の申し子

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1-23.苦言【挿絵】

挿絵(By みてみん)


 アミュウが再び十字を切って、半ば閉じていた目を開くと、煙は秋空の綿雲に紛れて消えた。聖輝がゆっくりとアミュウに近付き、ナイフに目を凝らす。アミュウの目から見ても、ナイフは今や、ただの錆びた鉄くずに過ぎなかった。


「これは私が預かりましょう。調べれば、誰が関わっていたのか分かるかもしれません」


 聖輝はナイフをタオルにくるんで革の鞄に収めた。アミュウは穴の灰を眺めながら言った。


「一体どうして。教会から恨まれるような人だとは思えませんが……」

「教会にとって邪魔であるというだけが、呪いを受ける理由ではありませんよ。なんらかのコネで動いている可能性もあります。それとなくここの教会を洗ってみますよ」


 聖輝は、骸と灰とアミュウのハンカチが眠る穴を、鋤を使って埋め戻した。すっかり土をかぶせると、足で踏んで地面を固める。

 いつの間にかジョシュアがアミュウの傍らへ来ていた。


「ハンカチ、駄目になっちゃったね」


 アミュウは痛む右手に左手を重ねて、空を見上げた。秋晴れの空は高く、ヒヨドリの声が響いている。綿雲は夢のように遠く、ゆっくりと流れていく。おぞましい怪奇とはおよそ無縁のような晴天だった。


「アミュウさん、手を見せてください」


 アミュウが空から聖輝に目をやると、その手を聖輝が取り上げて開かせた。呪いのナイフを掴んだときの火傷で、わずかに赤く腫れていた。


「無茶をしますね」


 聖輝は鞄の中から軟膏の小瓶を取り出し、蓋を開けてアミュウに差し出した。


(自分で調合した薬のほうが効くと思うんだけど)


 しかしアミュウは声には出さず、差し出された軟膏を指ですくい取り、右の手のひらに塗り伸ばした。カンファーのにおいがツンと鼻を刺した。


「儀式中の呪物に触れるなんて。手袋くらい嵌めてください」

「……はい」


 アミュウは肩をすくめて小さく返事した。聖輝は軟膏を鞄にしまいながら苦言を継ぐ。


「それから、あの、空中から葉っぱを取り出した術。あれは人前で使わない方がいい。あの類の術は相当に希少なものです。のどかな田舎ではその価値が分かる者は少ないだろうが、見る者が見たら、喉から手が出るほど欲しい力でしょう。厄介ごとに巻き込まれる前に、人目に触れないよう隠しておくべきです」


 聖輝は険のある目つきでアミュウを見て、さらにつづけた。


「あなたも、その力を使って良からぬことを考えたことがあるのではないですか」


 アミュウは神妙に伏せていた目をきっと開いて聖輝を見返した。


「どういうことですか。魔術は困っている人のためのものです。悪用だなんて、もってのほかよ」

「困っている人のためのもの、ですか」


 聖輝は鼻で笑った。


「では、今日のパンにも困る者があなたに縋ったとしましょうか。あなたにも施す余裕がありません。あなたはベイカーストリートへと空間を“つなげる”ことができますね。さて、どうしますか」


 アミュウは言い返そうとしたが、喉につかえて言葉が出てこない。

 空間制御の魔術を盗みに使おうと思えば、いくらだってできると承知していた。しかし、それを赤の他人から面と向かって指摘されたのは初めてだった。


「パンなら可愛いが、何にでも手が届く。金にも、兵器にも、情報にも。その力を恐ろしいと思ったことがないのですか。そして、そう考える者がいるかもしれないと考えたことがないのですか。便利で手軽な道具箱ぐらいにしか思っていないのではないですか」


 アミュウは唇を噛んだ。何も言い返せない。頭の片側では聖輝の言葉を正論だと理解しつつ、反対側では悔しさで血が沸いていた。


「なまじあなたの魔力量は並外れています。それだけに、文字通り驚異的なのです。あなた自身が悪用される前に、封印しておきなさい」


 それから聖輝は、独り言のようにつぶやいた。


「人のために力を使うというのは、驕りにすぎない。すべて、自分のためなのだと心得るべきだ」


 小さな声だったが、アミュウはその言葉をはっきりと聞き取っていた。その意味を反芻する前に、聖輝は、張り詰めた雰囲気に当てられて固まっているジョシュアに向き直って言った。


「さてと、とんだ道草になりましたが、お友達のところへ行きましょうか。こんな堀跡が残ってはさすがに不審です。息子さんに謝っておきましょう」

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