7-13.フリーデリケとギュンター【挿絵】
はからずも屋台のヴルストを食べられることになり、アミュウはほくほくとした気分で簡易テーブルの席についていた。男が気を利かせて二人にビールを持ってきたので、ジークフリートもまんざらでもない様子だった。もちろん、アミュウはビールを断り、二人組が飲むように言ったが、彼らは固辞した。
「この後仕事があるので」
ビールを二杯飲むことになったジークフリートの様子をそっと窺うと、なんとなく嬉しそうだった。
「ぼくはギュンター・シュナイダー。彼女はフリーデリケ。二人ともシュナイダー製糸工場で働く仲間です」
「仕事のお仲間だったんですか? 失礼ですが、とってもお似合いなので、恋人同士なのかと思っていました……」
アミュウが抱いた印象を素直に伝えると、ギュンターもフリーデリケも顔を赤らめた。
「実は、近々結婚するんです」
アミュウとジークフリートが祝いの言葉を述べると、二人は嬉しそうに笑った。
ギュンターはさっぱりとした小麦色の短髪の好青年で、やや頼りなさそうにも見えるが、人柄の良さが顔ににじみ出ている。フリーデリケの方も、ふんわりとした赤毛と優しいそばかすが印象的な、可愛らしいお嬢さんだった。先ほど財布をすられても気が付かなかったところを見れば、少し抜けているところもあるのかもしれないが、優しく素直な心の持ち主であることが伺い知れた。
「熱いうちにいただきましょう」
フリーデリケがめいめいに配ったヴルストを挟んだパンを、四人で一斉に頬張った。香ばしく焼けた皮から香りの良い肉汁があふれる。軽食だと侮っていたが、なかなかのボリュームがあった。
アミュウとジークフリートの食べっぷりが落ち着いてきたところで、フリーデリケが訊ねた。
「そちらの方は、聖堂騎士団のナイト様ですか? 徽章が見当たらないけど……」
ジークフリートはもう少しでビールを吹きだすところだった。
「俺がナイトに見えるか? ただの流しの傭兵だよ」
「泥棒をあっという間に取り押さえちゃったから、てっきりナイト様かと」
驚いた様子のフリーデリケに向かって、アミュウが口を開く。
「このひとはジークフリート。私はカーター・タウンのよろず屋魔術師アミュウ。この街へは、人を探して来たの。喋る鳥を連れた女性を探しているんだけど、知らないかしら。ここ一か月くらいのうちに、もしかしたらクーデンへ立ち寄っているかもしれなくて」
「喋る鳥?」
フリーデリケとギュンターは顔を見合わせてから、首を横に振った。
「残念ですが……」
「そう……」
アミュウは肩を落とした。隣のジークフリートがぽんとアミュウの肩を叩いた。
「ま、地道に聞き込みをしていくしかねえぜ」
「お力になれなくてごめんなさい」
フリーデリケはしゅんとした様子で謝ったが、ギュンターの方はじっと考え込んでいるようだった。
「鳥がいたかどうかは分からないけど、ここ最近、評判の歌姫が酒場に来るって話は聞いたことがあります。歌だけでなくて、容姿の方も美しいって聞きました」
「歌姫!」
突然ジークフリートが立ち上がり、ビールのジョッキ同士がこすれてガチャリとなった。動揺したのはアミュウもおなじだったが、努めて平静を保ち、ジークフリートのマントを引っ張って座るように促した。ジークフリートは両手をテーブルについて立ったまま、正面のギュンターに詰め寄った。
「いつ、どこでだ? 店の名前は分かるか?」
ジークフリートの剣幕に押されながら、ギュンターはしどろもどろに答えた。
「く、詳しいことは分からないんです。工場の従業員が言ってた。でも多分、樽横丁じゃないかな……」
「ジーク、ギュンターさんが困っているわ」
アミュウがたしなめると、ジークフリートはようやくベンチに腰を下ろした。
「樽横丁……飲み屋街か」
「工場の連中にも聞いてみます。ジークフリートさんたちは、何日かこの街に滞在される予定ですか?」
ジークフリートは一杯目のジョッキを一気飲みすると、口元の泡をぬぐって答えた。
「ジークでいい。しばらくはクーデンへいるつもりだけど、あいつの行方次第では、すぐに追いかけることになるかもしれねえ」
「宿はどちらに?」
ギュンターが重ねた問いかけに、ジークフリートは首を横に振った。
「いま街に着いたばかりで、宿もこれから探すところなんだ。シュナイダー製糸工場だっけ? 明日か明後日あたり顔を出してもいいか?」
「もちろんです!」
ギュンターは愛想よく笑った。フリーデリケもにっこりとほほ笑み、付け足した。
「今日のお礼は、そのときまた改めて」
「とんでもない! 美味しい食事をご馳走になって、充分すぎるほどです」
アミュウが断ろうとした拍子に、肩からはらりとショールが落ちた。埃を払い、肩にかけ直していると、アミュウを見るギュンターのまなざしが変わっているのに気付いた。値踏みするように、目をすがめている。
「……あの、何か?」
怪訝に思って訊ねると、ギュンターはすぐにもとの好青年の顔に戻った。
「いえ、素晴らしいショールだと思って。使い込んでいるようですが、そのウールの光沢、スタインウッド産ですね。滑らかで均一な仕上がり……逸品です」
ギュンターの隣でフリーデリケが苦笑いした。
「ごめんなさいね、この人の悪い癖なの。職業病ね」
当のギュンターは、まだじろじろとアミュウのショールを見ていた。あまり良い気はしなかったが、アミュウは仕方なく話した。
「これは確かにスタインウッドで作られたものです。ご縁のあった方から頂いた、手作りの品なんですよ」
ギュンターは少しのあいだ黙り込んだが、すぐに口を開いた。
「ひょっとして、伝説の織女、キンバリー・シンプトンの作品ではありませんか?」
ギュンターの口からキンバリーの名が出たことに、アミュウは驚いた。娘を失ったことで心を病み、フェルト細工を手慰みとしていた老女の姿がありありと眼前に浮かんだ。彼女は、死んだ娘と同じ金髪のアミュウを、娘だと信じ込んでいたのだ。
アミュウがためらいがちに頷くと、ギュンターはほっとしたように言った。
「シンプトンの作品は、ここクーデンでも大変高い評価を受けています。が、五年以上にもなりましょうか、最近は全く彼女の作品が流通しなくなってしまって……引退の噂があったんです。でも、ときどきアミュウさんの身に着けていらっしゃるようなフェルト細工が入ってくると、ものすごく高値で取引されるんですよ。貴重なお品をお持ちなんですね」
ギュンターの説明に、アミュウの顔がこわばった。キンバリーが有名な織女だったという話も驚きの種だが、そのように貴重な作品を、止血に使ったり、腕吊りの三角巾代わりにしていたなんて、とても彼の前では話せまい。
ジークフリートはギュンターに工場の場所を確認すると、二杯目のビールを飲み干した。
「ご馳走さま! ヴルストもビールもうまかったぜ」
口の周りに泡をつけたまま、ジークフリートの笑顔がはじけた。ギュンターとフリーデリケもつられて笑った。もちろん、アミュウも笑った。ジークフリートには、人との距離を一気に縮めるような、屈託のない不思議な魅力がある。表情や雰囲気に人の好さがにじみ出ているのだろう。
二人と二人は手を振って別れた。仲睦まじそうに歩いていくギュンターたちの後ろ姿は、明るい昼間の陽の下で、そこだけ春が来たかのようだった。
「……なんか、いいな。ああいうの」
ジークフリートが感慨深げに言う。アミュウも頷いて同意した。
「そうね。幸せそう」




