1-22.解呪【挿絵】
聖輝はしゃがみ込んで、じっとその穴を見つめている。
「一体なにが」
ジョシュアに十分な距離をとらせ、アミュウは恐る恐る聖輝の背中越しにそれを見た。そして息を飲んだ。
土の中、木の根に紛れて、小さなあばら骨があった。骨は半ば崩れて褐色に変色していたが、ところどころに白さを残している。猫か、犬か、あるいはウサギか。アミュウは顔をしかめて聖輝に言う。
「ペットでも飼っていたのでしょうか」
「いや、どうでしょうか」
聖輝は手近な石ころを握って、その骨に直接触れないようにしながら土を払った。すると、あばら骨の一端に寂びた金属が見えた。聖輝は一瞬手を止めた。その部分を丁寧に掘り返すと、ナイフの形となった。
「これは供物ですね。刺して、そのまま埋めたのでしょう。随分前からここにあるようだ。しかし、どうして……」
聖輝は珍しく狼狽しているように見えた。物干しざおのあたりに控えていたジョシュアが所在なさげに声を上げる。
「ねぇ、何が見つかったんですか?」
アミュウが振りかえってジョシュアを制する。
「見ちゃだめよ……動物の死骸が出てきたわ」
「えっ」
聖輝は、土から露出したナイフの柄を見つめながら言った。
「呪いの元凶をたどれなかった原因が分かりました……これは、教会の者による仕業です。これを見てください」
アミュウも屈んでその柄を見ると、十字の形の彫り文様があった。
「これは教会で儀式用に支給されるナイフです。他人の家に入ると、その家独特のにおいがするが、当の住人たちには分からない、ということがあるでしょう。あれと同じです。同じ神聖術の使い手の呪詛だから、気配をたどることができなかった」
「教会の人が、こんなふうに誰かを呪う、なんてことがあるんですか」
「一昔前はよくありましたね。癒着の多い組織ですから、色々とあるんですよ。
根元に埋められた呪物の負のエネルギーを、木が吸い上げ、増幅して、実に溜め込んでいたようです。だから、こうして柿の実る時期に体調を崩すのでしょう」
「それじゃ、もしもそんな実を食べたりしたら……」
「確実に持っていかれるでしょう。よく今まで無事だったものですよ」
聖輝は立ち上がり、ぽんぽんとスラックスの土を払った。
「さて、そういうわけで、これは私には手を出せません」
アミュウは訝しんで聖輝を見上げた。
「どういうことですか」
「どんな経緯でこの呪いが仕組まれたのかを確認しないことには、動けないのですよ。教会組織としての工作でしょうからね。残念ながら、私もその一派です。同業者である私が解呪してしまえば、即座に術者の知るところとなるでしょう」
「そんな」
アミュウは非難の声をあげた。聖輝は「もっとも」と続ける。
「もっとも、被害者が、よろず屋魔術師に解呪を依頼することはあり得るでしょうがね」
聖輝は穴の傍らに屈んだままのアミュウを見下ろして言う。
「さて、あなたはどうしますか」
アミュウはしゃがんだまま、膝の上でこぶしを握った。ジョンストンの青白い顔を思い浮かべ、イアンの不愛想な目つきを思い出してから、すぅっと息を吸って、一気に言ってのける。
「私は、私にできることをやるだけよ」
聖輝はふっと目元口元を緩めた。アミュウは膝の上のこぶしを開いた。
(大丈夫、教会の呪詛なんてはじめて見たけど、今までどおりなんとかなるわ)
アミュウはハンカチでくるむようにして、骸の中からナイフを取り出し、入念に調べる。
「鉄のナイフ……火星の力、バジリスクの呪いね。供物とされた動物の魂を利用して、バジリスクの毒を顕在化したんだわ。木そのものは害ではないみたい」
「呪詛返しは禁物ですよ。呪術を使う人間というのは、何重にもバリアを張っているものです。返り討ちにされてしまいます」
「分かっています。腹立たしいですが、解呪のみにとどめます」
アミュウは地面にハンカチを広げ、ペンを取り出すと、魔法陣を描き出す。四角形と円形、それに五芒星が組み合わさった中に、いくつもの象徴を書き入れていく。インクが布地にうまく乗らず、手間取った。コンパスで方位を確認し、掘り出したナイフをハンカチで包んで東向きに置き、丁寧にハンカチを広げた。ナイフは魔法陣の中心に位置している。遠くからジョシュアが心細そうに声をかける。
「ねぇ、見てもいいですか」
「駄目よ。万が一にも呪いが跳ね返ってはいけないわ」
アミュウは立ち上がり、蓮飾りの杖で空中に円を描き、空間制御の魔術を展開した。アミュウを見る聖輝の目つきが鋭くなるのを感じたが、アミュウは構わずに魔術を行使した。
「つながれ!」
円陣はアミュウの小屋の棚につながる。アミュウはホワイトセージの葉をひとつかみ取り出すと、穴の中の骸の上に敷き詰めた。
「聖輝さん、水を桶に一杯、汲んできてもらえませんか」
聖輝は頷き、タルコット家の軒先に置きっぱなしになっている桶に、雨水溜めから柄杓で水を汲んだ。
「このくらいですか」
「十分です、ありがとうございます。それじゃあ儀式を始めるので、下がっていてくださいね」
アミュウはマッチでセージの葉に火を付けた。煙とともに芳香が立ち上る。アミュウは右手の人差し指と中指をすっと立てて思念の剣を作り出す。指先に熱と重みが加わり、まっすぐに伸びる魔力の剣が現れた。その思念の剣で、アミュウは十字を切る。
「汝ら、王国、そして力、そして栄光」
そして両手を胸の前で組む。
「永遠にかくあれかし」
再び思念の剣を作り出し、五芒星の形に空を切る。
「光よ、ここに来たれ」
アミュウは呪物のナイフにぽうっと光が灯るのを見た。
「わが四方に五芒星は燃えて、柱の上に六芒星は輝けり」
その光が徐々に強くなり、ナイフが輝き始める。
「戦神マルスの御名により、剛毅の思念よ、五度円環を廻れ、廻れ、廻れ、廻れ、廻れ。火星はあるべき場所にて燃えよ。邪念を燃やし尽くせ!」
ナイフから影が立ち上る。アミュウはハンカチごとナイフを掴む。火星の想念がハンカチ越しにアミュウの手を焼く。熱を無視して、アミュウはナイフをセージの燃える穴の中に放りこんだ。影はたちまち揺らぎ、その身をくねらせて、消えた。アミュウは焼け付く右手を左手に重ねて合掌した。
「哀しき贄よ、蛇鬼の縛めは解かれたり。鎮まり、今は輪廻の輪に戻れ」
そして五度、桶の水をナイフに投げかけると、煙は収まり、くすぶる灰はたちまち土に溶けた。




