第六章 あとがき【挿絵】
「月下のアトリエ」を読んでくださりありがとうございます。筆者の志茂塚ゆりです。お陰様で本作の執筆を続けることができております。
第六章は「産む、生まれる」をテーマとして書かせていただきました。物語はアミュウの月経から始まり、複雑な事情を抱える深輝の妊娠、そしてダミアンの妻ハリエットの出産へと移っていきます。
生まれる命があれば、死んでいく命もあり、本章ではアミュウの第一の師、メイ・キテラが命を落とします。彼女の死により、微妙なバランスを保っていたカーター・タウンの医療体制は危機を迎え、アミュウは姉探しを断念せざるを得ない状況に追い込まれます。しかし、ラ・ブリーズ・ドランジェの教会を出てカーター・タウンに移住してきたモーリス・ベルモンが、思いがけずその危機を救います。蛇毒を受けた聖輝に対して、分け隔てなく治療を施した彼の真心に感じ入り、アミュウは思い出深い師の住まいを提供することを決めました。
本章終盤では、聖輝もまた命の危機を迎えます。彼の存否の分からないまま、アミュウは成り行きでハリエットの出産を手伝います。そしてふにゃふにゃの新生児に対して、彼の無事を祈ります。聖輝が果たして無事であったか否かにつきましては、次章に持ち越させていただきます。
前章終盤で大猫からフォブールの住民を救ったアミュウは、リシャール=アンリ・ドゥ・ディムーザンの進言により国王から感謝状と勲章を親授されますが、その対象に第二の師アルフォンス=レヴィ・コンスタンが含まれていないことに憤ります。アミュウはその理由をウジェーヌ・ドゥ・グレミヨン大司教枢機卿が彼の存在を隠しているからではないかと推測していますが、詳細はしばらく先で語らせて頂きたいと思います。
深輝は弟の聖輝からジャレッド・エヴァンズの関係について詰め寄られますが、否認を貫き通します。そんな彼女がアミュウに語った「正直」な話は、アミュウの想像を超えるものでした。「月下のアトリエ」の物語の始点となっている縁切りのまじないが、深輝の見ている未来のアカシアの記録にまで影響を及ぼしていると知って、アミュウは武者震いします。
アモローソと対峙したアミュウは、彼女に国産みを果たすよう迫りますが、アモローソとしては、愛する騎士シグルドの死と祖国の滅亡をもたらした「聖霊の申し子」と契る気など、さらさらありません。束の間アミュウの前に姿を現したアモローソは、すぐに行方を眩ませてしまいます。
本章の章題である「きくは我」は、近松門左衛門の「曾根崎心中」より引かせていただきました。相思相愛にあった醬油屋の徳兵衛と天満屋の女郎お初の悲恋を描く本作で、二人は心中のため曽根崎の森へ向かう途中、誰かの歌声を耳にします。成就しない恋を憂いて死を願う女の、恨みの歌でした。今まさに心中しようとする二人は、こう語ります。
―――――――――――――――――――――
唄も多きに彼の唄を、 時こそあれ今宵しも、
謠ふは誰そや聞くは我。
―――――――――――――――――――――
(近松門左衛門「曾根崎心中」より抜粋)
聖霊の申し子と運命の女は、この世界の命運を背負って、互いに殺しあう宿命を持っています。彼らにとって、消えゆく命の断末魔も、嬰児の産声も、「数ある歌の中で今宵しも歌われる歌」なのかもしれません。
次章「赤い糸のつむぎ歌」は、二〇二二年秋に連載再開予定です。しばらくお待たせしてしまいますが、充分な執筆準備期間を確保させて頂きたいと存じます。連載再開の折には、またアミュウたちの旅路をお見守り頂けましたら幸いです。
なお、「月下のアトリエ」は二〇二〇年十一月二十九日に八万プレビュー、二〇二一年四月十一日に九万プレビュー、同年七月十七日に十万プレビューに達しました。また、同年三月十六日頃に二万五千ユニークユーザーアクセス、同年九月六日に三万ユニークユーザーアクセスに達しました。
読んでくださる全ての方々に心から感謝申し上げます。ありがとうございます。




