表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月下のアトリエ  作者: 志茂塚 ゆり
第六章 きくは我

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

195/285

6-14.教会での一夜【挿絵】

 聖堂には何組かの家族が身を寄せていた。少ない毛布を分け合って暖を取っている。スタインウッドの教会は小さく、長椅子が左右に七、八台ずつあるだけだった。アミュウたちは一番後ろの長椅子を陣取った。聖堂内には熱源がなかったので、全員が外套を身に着けたままだった。


 村で唯一の商店から、夕食の差し入れがあった。ブラッド・ソーセージとピクルスのバケットサンドだった。

 エミリは、ブラッド・ソーセージに昼間の蛇の姿を重ねたらしい。バケットサンドからブラッド・ソーセージを抜いてイアンに渡した。イアンは食事を平らげるや否や、長椅子に横たわって毛布にくるまり、すぐに寝息を立て始めた。エミリはそっとイアンの頭を撫でた。


「可愛いものね」


 食事時だというのに、聖輝は珍しくワインを飲まずにいた。不思議に思ったアミュウがそのことを問うと、聖輝は困ったように言った。


「ここからカーター・タウンまでの道のりの中で、また昼間のようなことがないとも限らないので。ワインは温存しておきたいんですよ」

「多分、お店で手に入ると思いますよ」

「なら明日、補充しますかね」


 夜闇に沈む聖堂内を照らすのは、一家族に一つずつ配られた蝋燭皿のみだった。ほの白く浮かぶエミリの顔は、日の光の下にいるときよりも皺が強調され、老けて見えた。彼女は長い睫毛をしばたたかせて欠伸を噛み殺すと、目尻の涙をぬぐいながら言った。


「秋に大イノシシが出たでしょう。そして鹿が出て、今度は蛇。いったい世の中どうなってしまったのかしらねぇ」


 アミュウは蝋燭の灯を見つめて考え込んだ。実際にはエミリが話す以上に大型獣が出現している。スタインウッド郊外のオオカミ、そしてソンブルイユの大猫。アミュウの知るだけでも、秋以降、多くのけものが各地を脅かしている。西部ではたびたび大型獣が出るそうだが、東部でこうも頻発するとは聞いたことがない。

 エミリの方を見ると、既にうとうとと眠りに入っている。アミュウは彼女に自身のショールをかけてやった。


「充分な数の毛布を用意できませんで」


 ポットを手にしたグレゴリーがやってきた。聖輝の差し出す椀に茶を注ぎ、勧める。グレゴリーのジャケットから樟脳のにおいが漂い、茶の香りをかき消していた。アミュウは顔をしかめてグレゴリーに訊ねた。


「……また眠り薬が入ってるんじゃないですか」

「ご安心なさい、お嬢さん。同じ手を二度も使いませんよ。ほら」


 グレゴリーはそう言って、持ち込んでいた自分の木の椀に茶を注ぐと、喉を鳴らして飲み込んで見せた。苦笑いを浮かべた聖輝が「では、いただきます」と茶をすすった。グレゴリーはアミュウの椀にも茶を注いだが、アミュウは口を付ける気にはなれなかった。


「大型獣の出現が相次いでいますが、スタインウッドはいかがですか」


 聖輝が訊ねると、グレゴリーは首を振って静かに答えた。


「ここは家畜のほか何もない田舎です。村の中は安全ですよ」

「なるほど、あの悪趣味な血の柵を再建しているんですね」


 聖輝はくつくつと笑ったが、グレゴリーはにこりともせず、言葉を続けた。


「ラ・ブリーズ・ドランジェの若造もとうとうここへ来なくなりました。せがれもここへ戻ってくるつもりはないでしょう。この村の未来を思うと、どうにも不安が拭えませんでね……なんと言われようとも、私は私なりのやり方で、この村を守る。それだけですとも」


 聖輝は笑みを引っ込めて、目の前の老人の頭のてっぺんからつま先までをじろりと見た。何か思うところがあるらしい。そのまま虚空をしばらく見つめて口を開いた。


「ベルモン先生は教会を去りました」

「なんと」


 グレゴリーは目を見開く。聖輝は話題をモーリスからジャレッドへと変えた。


「王都で息子さんに会いましたよ。ドゥ・カリエール法王猊下の信頼が厚いようでした。確かに、そう簡単に王都を離れるようには見えませんでしたね」

「そうでしょうな」


 グレゴリーは眉間の皺に疲労を滲ませ、アミュウの方に向き直った。


「今さらお詫び申し上げるのもお恥ずかしいですが……あの時(・・・)は、お嬢さんこそが運命の女(ファム・ファタール)なのだと早とちりをしましてね。ラ・ブリーズ・ドランジェのディムーザン猊下にご判断いただこうと思ったのです。手荒な真似をいたしました。

 身勝手ではございますが、あの事件がディムーザン猊下のお耳に入ることで、せがれの立場が悪くなるのではないかと心配しました。何しろあの御仁は法王派の筆頭でおいでですから。ですが、せがれが直接に法王猊下の信用を得ているなら、少しは安心というものです」


 グレゴリーは緩慢な動作でアミュウたちに頭を下げると、ポットを持って聖堂を去っていった。


「エヴァンズ先生も、人の親なんですね」


 アミュウが小声で話すと同時に、聖輝は深くため息をついて長椅子の背もたれに寄りかかった。


「供物の結界か……」

「教会に通報しないんですか?」

「この状況では禁術を使うのもやむを得ないのでしょう。今夜、私たちは何も聞かなかった。それでおしまいです」


 アミュウは手に持っていた椀の中身の茶を屋外へ捨てに行った。聖堂内に戻ってみると、長椅子に腰かけた聖輝が二重マントを胸元にひっかけて、眠る体勢に入っていた。


「アミュウさん、ここへおいでなさい」

「?」


 アミュウは首を傾げて、聖輝の前へと歩み寄った。


「ここにかけて」


 聖輝は自身の隣の席をぽんぽんとたたいた。アミュウは立ったまま訊ねた。


「なんですか」

「かけるものがないでしょう。一緒に休みましょう」

「はぁ⁉」


 アミュウは思い切り眉をひそめて素っ頓狂な声をあげたが、当の聖輝はいたって真面目な顔だ。

 確かに、配布された毛布は一枚きりで、今はイアンが使っている。アミュウのショールはエミリにかけてしまった。アミュウはオーバーを着たのみで、上掛けとなるものが何もない。

 アミュウはたっぷり考え込んだ後で言った。


「もっとそっちに寄ってください」


 聖輝が長椅子の右端に移動すると、アミュウは聖輝の左隣に腰かけた。咬傷のある方を避けたのだ。聖輝は自身のマントをアミュウに分けた。

 アミュウは右半身に聖輝のぬくもりを感じていた。そっと見上げると、聖輝の顔がすぐ目の前にある。彼は既に目を閉じていた。流石に疲れているのだろう。治療が遅れるのは心配だが、傷つき疲れ切った彼を一晩中歩かせるのは無理というものだった。まずは休息が必要だ。

 アミュウも目を閉じた。聖輝がわずかにアミュウへ体重を預けてきた。アミュウも聖輝の肩へもたれかかった。

 聖堂には避難者たちの囁き声が満ちている。そのさざめきは、まるで星の瞬きのようだ。アミュウは目蓋の裏に星々の輝きを感じながら、眠りに落ちていった。


挿絵(By みてみん)

「月下のアトリエ」は2021年7月17日に100,000PVに到達しました。

読んで下さる全ての方々に厚く御礼申し上げます。

物語の行方をどうぞお見守り下さい。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Copyright(C)2018-志茂塚ゆり
cont_access.php?citi_cont_id=11211686&si

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ