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月下のアトリエ  作者: 志茂塚 ゆり
第六章 きくは我

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6-4.ディムーザンの手土産【挿絵】

 その夜、普段よりも早めに帰ってきた糺は、褞袍どてらに着替えて居間へやって来ると、ワインをあおって大きなため息をついた。


「ディムーザンに先手を打たれた」

「どうしましたか」


 同じくワインをあおっていた聖輝が顔を上げて父に訊ねた。アミュウは親子を見比べた。糺は、聖輝が日頃やっているのとまったく同じ仕草であごに手をやり、唸った。


「うむ……」


 糺が考え込んでいる間に、八栄とヒコジが食事の準備を整えた。野菜の炊き合わせにひじきの煮付け、鶏の味噌焼き、和布わかめの味噌汁、そして炊き立ての米が添えられた。ジークフリートの米は粥拵えだった。

 祈りののち、食事が始まる。ジークフリートの傍らには、介助のため八栄が控えていたが、彼は八栄の助けを拒んだ。無言の食事だった。

 食事が半ばを過ぎ、全員の箸の進みが緩やかになったところで、糺は口を開いた。


「ディムーザンめ、詫び金を抱えてさっそく私のところへやってきたよ」


 「詫び金」という言葉を聞いて、アミュウはマリー=ルイーズのことをちらりと思い出し、苦笑した。さすがは親子、やり方が似ている。マリー=ルイーズがカルミノたちの襲撃を詫びたとき、金の話を持ち出したのは、単純に父親の振る舞いを真似ていたのだろうと、アミュウはごく自然に考えた。


「受け取ったんですか」


 聖輝は声に非難の色を少しも出さず、もっぱら事実確認として父に訊ねる。


「もちろん固辞したよ。だが、奴が用意した手土産は、金だけではなかった」

「どういうことです?」


 深輝が首を傾げて糺に続きをうながす。


「ディムーザンは、先達てフォブールに現れた大猫を食い止めたのは、アミュウさんの尽力によるところが大きいと、王室に進言したそうだ」


 驚いたアミュウがむせこむ。


「私ですか⁉」

「そう。御神楽の客人が大猫の脅威から街を守ったと触れこんだんだ。もちろん、自分のお抱えの精霊魔術師の手柄にも言及しただろうがね」


 糺の言葉に深輝が首をひねった。


「わかりません。ディムーザン卿といえば法王派筆頭。猊下の話に陛下が耳を傾けるでしょうか」

「ふつうなら一蹴するだろうね。だが奴はもう一人、グレミヨンの秘蔵っ子の活躍も併せて報告したそうだよ」


 国王派グレミヨンの秘蔵っ子といえば、リゼット・ドゥ・ベランジェだ。人形のような容姿に似合わず歯に衣着せぬ物言いをする彼女が、精巧な地の精霊魔術を扱っていたのを思い出し、アミュウは頭を抱えた。大猫からフォブールの人々を守ろうと無我夢中でいたが、いつの間にかあの事件現場は、法王派と国王派による碁打ちの盤面となっていたらしい。


「つまり、グレミヨン卿は我々に飴をしゃぶらせて、非難を免れようという魂胆だということですか」


 聖輝の声は抑揚がなかったが、その奥には静かな怒りが微かに燃えていた。アミュウ自身は、自分がいつの間にか政争の駒とされていたことに大いに戸惑っていた。

 糺は大きく頷いた。


「近いうち、王室から何らかのアクションがあるかもしれないね」

「待ってください。私、昨日の夜の件について父に話すつもりで、カーター・タウンにいったん戻ろうかと考えていたのですが」


 アミュウが慌てて切り出すと、糺はぴしゃりと言った。


「今はやめた方がいい。王室から呼び出しがあった場合に本人がいないのはまずい」

「行っちまえ、アミュウ」


 痛みのためか、身体を傾げていたジークフリートが脂汗を浮かせて言った。


「遠慮なんかすることたぁねえ。ナタリアのこと、カーターのおやっさんに直接言いたいんだろ。大切な話なんだ。構わず行っちまえ」


 ジークフリートの後押しは心強かったが、顔を上げたアミュウの目に、彼の傍らに控える八栄と、おひつの脇に陣取るヒコジの姿が映った。ここ御神楽邸に身を寄せるようになってからというもの、二人には世話になりっぱなしだった。もしもアミュウがソンブルイユを離れることが御神楽の不利益につながるのなら、彼らの恩を仇で返すことになりやしまいか……

 アミュウは頭を伏して言った。


「分かりました、帰郷は先へ延ばします」


 糺はそれが当然だと言わんばかりに頷くと食事を終え、窓の修理の済んでいない自室ではなく、細君が使っていたという部屋の方へ戻っていった。




 王室からアミュウあての書簡が届いたのは、その僅か二日後だった。書状には、週明けに国王自らの手により感謝状を授与する旨、簡潔に記されてあった。便箋はたった一枚だったが、しっかりとした厚さのある紙で、カリグラフィーによる飾り枠と、薔薇を象った王室の紋章が優美だった。

 書簡が届くや否や、八栄は衣装の心配をし始めた。アミュウが一張羅のワンピースを見せると、八栄は困ったような笑みを浮かべた。


「素敵なお召し物ですけれどもね、陛下の御前に召されるには、やはりそれなりの格好でなければ」


 そう言って八栄はアミュウの体のあちこちに巻き尺を当てると、貸衣装を見繕いに街へ降りていった。彼女はアミュウを連れて行きたがったが、だるさの抜けないアミュウは彼女に全て任せることにした。休日ではあったが、ヒコジも買い物に出た上、糺も深輝もどこかへ出かけてしまい、屋敷にはアミュウと聖輝、そしてジークフリートが残った。


 八栄を見送ってから小一時間ほど経ったころ、御神楽邸の戸が叩かれた。聖輝が応対するかと思ってアミュウは耳をそばだてたが、一向に動く気配がない。アミュウは重い腰を浮かせて、玄関へと向かった。

 引き戸を開けると、黒の外套に身を包んだ男女が立っていた。前に立つ女は見上げるほど大柄で、後ろに立つ男は小柄だ。そのちぐはぐな組み合わせには見覚えがあった。


 ロサとカルミノだった。

挿絵(By みてみん)


「月下のアトリエ」は2021年3月16日頃に25,000ユニークユーザーアクセスに到達しました。

読んで下さる方々に心より感謝申し上げます。

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