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月下のアトリエ  作者: 志茂塚 ゆり
第一章 森の魔女と聖霊の申し子

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1-17.紙雛【挿絵】

挿絵(By みてみん)


 寝室のドアが開き、オリバーがジョシュアを連れて出てきた。聖輝はオリバーに向き直って微笑んだ。


「ご気分はいかがですか、ご主人」

「いや、おかげさまで何だかすっきりしました。ありがとうございます」


 アミュウは鞄から封筒を取り出して、オリバーに差し出す。


「こちらが請求書です。一週間のうちに指定の口座に振り込んでいただけますか」

「わかりました。それで……ええっと、牧師の先生には……」


 聖輝はもともとニコニコと愛想笑いを浮かべていた上に、さらに破顔一笑した。


「施療に対価は求めません。どうかお気になさらず」

「いえ、そういうわけにはいきませんよ」


 オリバーは寝室に戻って、脱ぎ捨てた服の山のひとつからかばんを掘り出して財布を取り出すと、手近にあった適当な紙に金を包んだ。


「少ないですが、他に困っている方がいたら、足しにしてください、先生」


 聖輝は笑みを浮かべたままその包みを受け取り、十字を切った。


「お志に感謝します。あなたに神の恵みがありますよう」


 アミュウは額に手を当てて、嘆息をかみ殺した。

 ジョシュアが階下までアミュウと聖輝を案内した。店でアミュウがバケットとパン種を購入しようとすると、ジョシュアが祖母に言い添えた。


「カーターさんのお陰で父ちゃんが元気になったんだ。お代をもらうわけにはいかないよ」


 老婆は渋々ながら、品物を紙袋に入れてアミュウに渡した。アミュウは深々と頭を下げると老婆は、あからさまにアミュウを無視して聖輝に向き直り、頭を下げた。

 ジョシュアに導かれて店の外に出る。雨上がりの清涼な空気と土埃のにおいがアミュウ達をつつみこんだ。そろそろ日暮れだ。雲は未だ厚く、ベイカーストリートの路地には薄闇が影を落としていた。アミュウはドビー織の肩掛けに隙間ができないようしっかりと巻き直す。

 アミュウはふと思い出してジョシュアに訊ねた。


「学校ではイアン君と同じクラスなの?」

「カーターさん、イアンを知ってるんですか?」


 ジョシュアは目を丸くしてアミュウを見上げた。


「ええ、ちょっとね。今日出かけた先で、たまたま教室が見えたのよ。隣に座っていたわね」

「イアンは普段は学校に来ないんですけど、今日は珍しく来てたんですよ。雨だから」

「雨?」


 アミュウが首を傾げると、ジョシュアは答えた。


「イアンの家は農家で忙しいから、雨で畑に出られないときしか学校に来られないって」


 アミュウは、年少の子どもたちに囲まれる中、大きな背を丸めて授業を受けるイアンの姿を思い出した。蓮飾りの杖を握るアミュウの手に、自然と力が入った。


「……仲はいいの?」

「ううん……そう言っていいのかな。あいつ、あんまりしゃべらないからよく分かんない。悪くはないです」

「そう……」


 ジョシュアはもう一度頭を下げてから店に戻っていった。ドアベルの涼やかな音は、ドアが閉まると聞こえなくなった。


「良い子でしたね」


 聖輝が白いマントを、留め具を使わずに引っ掛けながら言う。


「ええ、そうですね。素直でしっかりしてる」


 二人はハーンズベーカリーを離れ、並んでベイカーストリートを歩き始める。日暮れにもかかわらず、まだ大勢の人が往来していた。しかし立ち並ぶパン屋が間遠くなってくると次第に人が減ってきた。時折ゆるゆると風が流れると、玉ねぎを炒めるにおいが混じっている。夕飯の準備どきだ。


「うまいこと人の客からむしり取りましたね」

「あのご主人は明日からきっちり働くでしょうから、すぐに稼いで取り戻しますよ。

 ところでアミュウさん、この町にはまさか宿が一軒しか無いということはありませんよね」


 聖輝はメモ書きを見ながらアミュウに訊ねた。アミュウが背伸びをして覗き見ると、プラザホテルの住所と目印が書いてある。


「ホテルと呼べるような、上等で大きい宿はそこだけです。あとは個人経営の小さな宿がいくつか」

「小さくて結構。おすすめを教えていただけませんか。できれば、セントラルプラザから離れた場所で」

「プラザホテルには泊まらないんですか?」

「ええ、上等な宿は苦手でして。小さくて狭くて、人通りの多い場所が好ましいです」


 聖輝は真意の読めない笑顔を作りながら話す。アミュウは、聖輝の話のどこまでが本当のことなのか訝しんだ。


「この時間から人通りが多くなるのは、繁華街のキャンデレ・スクエアですが……向こうではきっと、聖輝さんを迎える準備をしていますよ」

「それは申し訳ない。後で詫びを入れておきましょう」

「そんな、せめて一目見てから、他にするかどうか考えたらどうですか」


 セドリックが親戚のホテル経営者から小言を言われて、ぺこぺこと頭を下げる様子が容易に想像できる。アミュウに身内びいきをする気はなかったが、面倒を起こされるのも嫌だった。


「ご紹介いただいたホテルに不満があるわけではありません。ただ、一等のホテルだと悪目立ちしそうでね、その繁華街とやらに行ってみますよ。さあ、もう暗くなってきました。家まで送りますよ」

「結構です。私一人なら飛べますから」


 アミュウはプラザホテルのメモ書きの裏に、キャンデレ・スクエアへの地図を書いて渡した。

 聖輝は「ちょっと待ってください」と言うと、鞄から例の林檎と、紙の細工物を取り出して、アミュウに渡した。美しい模様が摺りこまれた紙は、規則正しく三角形に折りたたまれていた。


「なんですか、これは?」

「紙雛といって、お姫さまを模した人形のお守りです。財布にでも入れておいてください。金運が上がりますよ」

「はぁ……」


 アミュウはその紙雛を指先でつまみ、表から見たりひっくり返して見たり、さんざん眺めた。


「けっこう可愛いですね。ありがとうございます。でもいいんですか、プロポーズした男性が他の女性に贈り物なんて」

「御心配には及びません。同じものをナタリアさんにも差し上げていますよ」


 アミュウは聖輝の言葉通りに自分の財布にしまい込んだ。財布を鞄に戻して、蓮飾りの杖にまたがる。


「お気をつけて。例の夢のことは、くれぐれもナタリアさんには話さないように」

「分かってます。変に刺激したくありません」

「もしも、夢のことで何かあったら、私のところに来てください」

「……もう、あんな夢はごめんです」


 聖輝は苦笑した。


「それもそうですね。私としては、失くした記憶の手がかりになりそうなので、是非教えてもらいたいところなのですが。どうも世話になりました」

「ええ、もうお世話しませんから」


 アミュウは夕闇の中に飛び立った。上空から、聖輝がキャンデレ・スクエアに向けて歩き始めたのが見えた。

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