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月下のアトリエ  作者: 志茂塚 ゆり
第一章 森の魔女と聖霊の申し子

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1-15.オリバー・ハーン【挿絵】

挿絵(By みてみん)


 ドアベルがカラコロと軽やかな音を立てる。店内は焼き立てのパンの香ばしい香りで充満していた。一昨日と同じく賑わっていたが、売り物のパンの種類や量は、相変わらず貧相だった。


「カーターさん!来てくれたんですね」


 カウンターの向こうでオリバーの息子がこちらに手を振る。アミュウも手を振り返して、客の切れ目を待ってからカウンターに近づいた。


「お忙しい中すみません。お父さんの具合はいかがですか」

「昨日熱が下がったところで、今は寝てます。ばあちゃん、ちょっと店番変わってよ」


 少年は振り返ってキッチンにいる祖母を呼んだ。オリバーの母はエプロンで手を拭きながらやって来て、「どうも」と言いながら少年と接客を交代した。この老婦人は目に見えて態度が不愛想になってきている。アミュウはげんなりしながらも頭を下げた。奥のキッチンでは、オリバーの父親がふらつきながら天板をオーブンに入れようとしているのが見えた。


「お忙しい中、失礼します。息子さんのご容態を見させていただきます」


 オリバーの母がぶつぶつと文句を言いながらエプロンについた粉を払っていると、はたと手を止め、落ちくぼんだ目をアミュウの頭の上にとめた。アミュウもつられて見上げると、いつの間にマントを脱いだのやら、白いガウンに白いチュニックという聖職者然とした出で立ちの聖輝が、人当たりの好い笑顔を浮かべてアミュウのすぐ後ろに立っていた。林檎と薄荷と酒のにおいのする息が髪にかかり、アミュウは思わず顔をしかめた。


「お初にお目にかかります。牧師見習いの聖輝と申します。施療の経験を積むため、腕の良さで評判のミス・カーターに付いて勉強させていただいております。失礼とは存じますが、見学させていただいてもよろしいでしょうか」


(よく言ったものね!)


 聖輝の口達者ぶりにアミュウは舌を捲いた。


「あらあら、教会の方ですか。それは光栄なことです。どうぞお上がりください」


 オリバーの母は少年を差し置いて自分が案内しようとカウンターを出るが、アミュウが押しとどめた。


「先日もご同席いただきましたし、本日もお孫さんにご案内いただければ結構です。重ね重ね、お忙しい時間帯に押しかけて申し訳ございません」


 アミュウは自分でも笑顔が引きつっている気がしてならなかったが、聖輝に加えてこの老婆にまで「見学」されるのは断じて嫌だったので、少し強引に少年を前に立たせた。オリバーの母は未練がましそうにカウンターの内側に引っ込んだ。

 少年の後に続いて扉をくぐり、階段を上る。アミュウは少年に訊ねた。


「まだお名前を聞いていなかったわね」

「ジョシュアです」

「いくつ?」

「九歳です。今日は教会の人が来てくれるなんて、ラッキーです。カーターさん、ありがとうございます」

「……どういたしまして」


 アミュウは複雑な気持ちで答えた。すぐ後ろにいる聖輝がにっこりとこれ見よがしに笑っている様子が、わざわざ振り返らなくても想像できる。

 天井の低い二階に上がり、ジョシュアはオリバーの寝室をノックする。「ああ」とも「うむ」とも聞き取れない返事があり、ジョシュアは扉を開けた。


「父ちゃん、カーターさんと教会の人が来てくれたよ。さあ、どうぞ」


 まずアミュウが部屋に入ると、オリバーがベッドの上で身体を起こそうとしているところだった。無精ひげが伸び放題だったが、血色は良く、一昨日のように起き上がるだけでつらいという様子には見えない。部屋は以前よりもさらに散らかっていた。アミュウは散らかった衣類の切れ目をひょいひょいとつたってベッドに近づく。


「だいぶ良くなったようですね」

「はい、お陰さまで。昨日の午後あたりに熱が落ち着いてきて、それからは随分ラクなもんです。まだ咳は出ますが、食べられるようになって人心地つきました」

「喉の痛みはいかがです?」

「まだ少し」

「失礼します」


 アミュウはオリバーの額と首筋に手を当てて、その次にシャツの上から胸と背中に触れ、最後に喉の状態を確認した。


「まだ喉の腫れが残っていますが、もう大丈夫そうですね。絡んだ痰を出そうとして咳が出ているだけなので、無理に止めようとしないほうがいいです。今まで以上に水分を多くとるよう心掛けてください。レモンを垂らすと、痰がきれます。パンも痰切りに良いので、柔らかいものを食べてくださいね」

「パンなら売るほどあります」


 オリバーには笑顔を見せる余裕があり、冗談を言えるほどに回復していた。アミュウはかばんからハーブティーの小瓶を取り出した。


「今晩休めば、だいぶすっきりするはずです。これは痰を切りやすくするためのお茶です。朝晩、特に朝一番に飲むようにしてください」


 オリバーは小瓶を受け取ると、蓋を開けて茶葉のにおいをかいだ。


「? 苦手ですか?」

「いや、普段ハーブティーなんて飲まないもので……」

「お口に合わないときは、レモンと蜂蜜を入れてみてください。だいぶ飲みやすくなりますよ」


 そこで、今まで部屋のドアの前で二人のやりとりを見ていた聖輝が、オリバーのベッドに近付いてきた。


「ちょっと失礼」


 聖輝はアミュウに場所を空けるように手ぶりで示し、ベッドサイドを陣取る。


(何をする気よ)


 アミュウは露骨に眉根をひそめてみせたが、聖輝は取り合わず、いつになく真剣な表情でオリバーの顔をじろじろ見つめた後、額につんと人差し指を突き立てた。


「あなた、憑いてますよ」

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