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月下のアトリエ  作者: 志茂塚 ゆり
第五章 たそ歌う ありし日を

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5-14.スタート地点

 馬車鉄道でピネードへ戻り裏山をのぼると、御神楽邸の玄関でヒコジが出迎えてくれた。ヤサカは留守だった。ヒコジは「昼メシの用意がありません」とぼやきながらも、台所を行ったり来たりして、朝食の残りの冷や飯と漬物を茶漬けにしてくれた。伽藍堂がらんどうの居間に二人きりで茶漬けをすすると、体の芯から温まった。アミュウは、これほど米飯が旨いと感じたことはなかった。

 昼食後、ヒコジの手伝いをしているうちにあっという間に日は暮れて、ジークフリートとヤサカが帰ってきた。アミュウとヒコジが悪戦苦闘して作り上げたスープの鍋の蓋を開けるとき、ヤサカは苦笑した。


「火を止めてから味噌を入れるのよ」


 ヤサカの言葉はヒコジに向けたものだったが、鍋に野菜を放り込むと同時に真っ先に味噌を溶き混ぜたのはアミュウだった。アミュウは誤魔化し笑いを浮かべながら椀に汁を注いだ。

 食卓への同席を遠慮するヤサカとヒコジを宥めすかして座らせ、粥に味噌汁、干し魚、そして作り置きの煮豆を添えて、夕食にした。

 糺も聖輝もいない。深輝はいまだ部屋にこもっている。主を欠いた食事は静かなものだった。


「どこへ行ってたの」


 アミュウが訊ねると、ジークフリートは「フォブール」とだけ答えた。ナタリアの捜索が果々(はかばか)しくないのが、その口調でわかった。アミュウは「そう」と頷くと、黙って食事を進めた。それからは、ヤサカがヒコジの行儀をたしなめるほか、会話らしい会話がなされることはなかった。




 翌朝、日がすっかり昇ったころになってようやく聖輝は帰宅した。彼はまっすぐに自室に向かい、食事もとらずに眠ってしまった。糺はまだ戻らない。

 ふさぎ込んでいるジークフリートが心配で、アミュウは彼の部屋を訪れた。果たして彼はヤサカが引っ張り出したソンブルイユの地図を床に広げ、へばりつくようにして睨んでいた。


「今日もナターシャを探しにいくの?」


 アミュウも地図を覗きこみ、ジークフリートの隣にしゃがみ込む。ジークフリートはアミュウから離れるようにいざり、場所をあけた。


「昨日はこの辺、フォブールの街門近くからけっこう範囲を広げて探したんだ。でも全然目撃情報が無くてよ、ピッチすら見つからねえ」

「宿泊施設にはあたってみた?」

「ああ、もちろん」

「ピッチがいたら目立つはずなのにね」


 アミュウはラ・ブリーズ・ドランジェの宿オーベルジュ・レザロームで、宿泊客らがピッチに注いだ好奇と忌避のまなざしを思い返した。ナタリアがピッチを連れていたなら、きっと誰かの目に留まるはずである。


「やっぱり壁の中にいるってことか」

「あるいは、既にソンブルイユを離れているのかも」

「は?」


 ジークフリートはアミュウを見て、立て膝にしていた脚を胡坐に組み直した。アミュウはしゃがんだ姿勢から横座りにぺたんと座り直して言った。


「ナターシャがいなくなった朝、私たちはまっすぐ街門に向かったでしょう。駅の方は確認しなかったわ」

「そのとき、あいつは駅へ向かってたっつうのか」


 ジークフリートは腕を組んでうなった。


「確かに聖輝から離れるなら、街中に入るよりも街の外へ逃げる方が自然だな」


 アミュウは身を乗り出してジークフリートの顔を下から覗きこんだ。驚いたジークフリートが仰け反るのも構わずに言う。


「でもね、ナターシャが失った記憶を取り戻そうとしていたのは確かだと思うの。まじないを解くためには、小柄こづかと対になる刀が鍵になるはずだけど、その刀に一番近い場所にいるのは間違いなく聖輝さん――というよりも、御神楽そのものなのよ。あまり聖輝さんから離れるとは考えにくいような気もする」

「あーっ! わかんねえ‼」


 仰け反った勢いのまま、ジークフリートは仰向けに転がると、両手両足を投げ出して目を閉じた。彼の下敷きになった地図を脚の下から引き出して折りたたみながら、アミュウは続けた。


「スタート地点がフォブールなのは間違いないわ。ピッチを連れたまま人目に触れずに移動するのは不可能よ。ピッチと一緒じゃないのかしら……」


 突然、ジークフリートがぱちりと目を開けた。


「それだ」

「え?」


 アミュウが首を傾げる。ジークフリートはがばりと起き上がり、アミュウの肩を掴んだ。


「誰にも見られずに移動するのが無理なら、あいつ、本当はどこにも動いていないんじゃねえのか」


 息巻くジークフリートの言葉の意図が分からず、アミュウはひとまず彼の手をぺしぺしと払い落してから、たっぷり五秒間、考えた。


「……それって、私たちの泊まっていた宿に、今もいるかもしれないってこと?」

「確かめに行く」


 ジークフリートは言うやいなや、ベルトを締め直して愛用の剣をき、アミュウの手から地図を抜き取ると、背負い袋に放り込んだ。


「ま、待ってよ! 私も行くわ」


 アミュウも慌てて立ち上がり、荷物を取りに自室へ戻る。全速力で身支度を整え、蓮飾りの杖を手にすると、アミュウは玄関へと急いだ。

 廊下の突き当りまで行ったところで、アミュウは足を止めた。玄関の引き戸のところで、先に支度を済ませていたジークフリートが戸外の誰かと話している。アミュウはそっと土壁に身を隠して玄関の様子を窺った。


「わりぃな。見ての通り、これから出かけるところなんだよ」

「お急ぎのところまことに申し訳ございません。こちらにカーターさんが滞在されていると聞いて、伺いました」


 アミュウは来訪者の口からカーターの名前が飛び出したのに驚きながらも、その落ち着いた声と慇懃な口調に思い当るところがあった。


「だから、あいつも一緒に出かけるんだよ」


 苛立ちを隠さないジークフリートの背中から、アミュウは顔を出す。


「スカーレットさん!」


 客人がこちらに顔を向けた。珍しく晴れた元旦のおぼろげな陽射しのもと、飾り気のない濃紺の帽子を脱いでそこに立っていたのは、ルシール・スカーレットだった。そして彼女の後ろには、ラ・ブリーズ・ドランジェ司教区枢機卿の一人娘、マリー=ルイーズ・ドゥ・ディムーザンが、同じく脱帽して立っていた。

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