4-28.王都へ
鉄道の復旧した駅前広場は、老若男女、大勢の人でごった返していた。暮れなずむ鈍色の空の下、その日の最終便とあって、旅客やら商人やらがそれぞれの荷物を引きずって思い思いにプラットフォームへ向かおうとしている。ところどころに別れを惜しむ人々の輪ができていた。
「切符だ、失くすなよ」
ジークフリートから手渡された旅券に書かれていた座席番号は、四人ばらばらの場所だった。アミュウがそのことを指摘すると、ジークフリートは口を尖らせた。
「しょうがねえだろ。これだけ混みあってんだ。四人分の席を確保できただけで奇跡ってもんだぜ」
ジークフリートはアミュウとナタリアを連れて駅門を入り、階段を上ってプラットフォームへ上がった。先に荷物を抱えて車両を見物していた聖輝と合流する。
客車は一等車、二等車、三等車と行商車に分かれていた。精霊機関車は、運転席と機関室を備えた先頭車両に、集霊車、三等車、二等車、一等車、そして最後尾に行商車の順で連なる。集霊車には複数の精霊技師が詰め、大気中の火の精霊と水の精霊を呼び寄せる役割を負っている。呼び集めた精霊を動力機関に流し込むのは、先頭車両の機関室に詰める技師だ。注入する精霊の数や力価によって出力が変わるので、運転士と阿吽の呼吸が取れるかどうかが安全運転の決め手となる。集霊車近くは、大気中の元素が著しくバランスを欠いているので、乗客によっては頭痛や目眩などの不調を訴える者もいる。そのぶん、三等車の運賃は格安だ。
ジークフリートは真っ先に三等車の旅券を選んだ。残る三人は二等車で、聖輝とナタリアが同じ車両に乗り込み、アミュウは一等車寄りの――つまり、集霊車から離れた後続車両の席に座った。
二等車には指定席に座る客のほか、立って乗り込む客もいる。彼らは三等車と同等の運賃を支払っている。鉄道復旧直後とあって、今は車内通路のあちこちに立席客が見えた。
聖輝からもナタリアからも、そしてジークフリートからも離れて、アミュウはひとり車窓を眺めていた。出発時刻を迎えるころ、アミュウは、ぐんと魔力が引っぱられる感覚を覚えた。動力車の火室に火の精霊が投入されたらしい。
(三等車でなくてよかった……)
アミュウは冷や汗をかいた。アミュウ自身は精霊の存在を感知することはできないが、塩をふった青菜のごとく、浸透圧の影響で魔力は大気中の精霊の影響を受ける。ガリカのように精霊魔術を扱う者が精霊鉄道に乗れば、集霊車に呼び寄せられる精霊もろとも魔力を吸い取られてしまうだろう。
列車はがくんがくんと揺れながら、かん高い音を立ててゆっくりと鉄路を滑り出した。
アミュウは、三等車座席でなかったことにくわえ、ナタリアと同じ車両でなかったことにも安堵を覚えていた。ナタリアの矢筒から小柄を発見してからというもの、姉妹の会話は減り、どこかぎこちなさが漂っていた。アミュウには、小柄を隠し持ち、ピッチを使ってアミュウたちの会話を盗み聞きしていた姉の心が、まったく分からなかった。
(そうまでして記憶を取り戻したかったの、ナターシャ……?)
立ち乗りの客の合間を縫い、時折乗客の荷物に蹴躓きながら、車掌が切符の確認にやってくる。アミュウはジークフリートからもらった切符を車掌に手渡す。若い車掌は切符にはさみを入れ、「良い旅を」と言い添えてアミュウに切符を返した。車掌は車両内の全ての乗客の切符を確認し終えると、車両前方のランプに火を灯してから次の車両へと行ってしまった。
車窓の外は既に暗くなっていた。車内が明るくなったせいで、外の景色が見づらくなった。アミュウは窓に映る自分の顔を見つめながら、ナタリアのことを考えていた。
カーター・タウンに漂着したジークフリートを介抱した嵐の夜、ナタリアが母アデレードの思い出話を語ったことが、唐突に思い出された。あのとき、アミュウはナタリアが自身のことをかけがえのない家族として慈しんでくれていると、疑いようもなく確信していた。
「わからなくなっちゃった」
アミュウは声には出さずに、唇だけを動かした。
あのとき姉妹を照らしていた暖炉の火は、収穫祭のかがり火と同じく、今はもう手の届かないほど遠くにあった。代わりに今、列車内を照らしているランプの灯りは小さく頼りない。そのくせ窓硝子に反射するので、アミュウは闇に沈んだ外の景色をまったく見ることができなかった。
【第四章 了】




