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月下のアトリエ  作者: 志茂塚 ゆり
第四章 花の香は時ならずして

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4-17.ふたりの枢機卿、ふたりの子

「御神楽枢機卿がどのようなお立場の方か、お二人はご存知?」


 マリー=ルイーズはアミュウとナタリアに目配せした。二人は揃って否定の意を表した。


「では、教会における猊下げいかの立ち位置からお話を始めましょうか」


(御神楽枢機卿――聖輝さんの、お父さん)


 マリー=ルイーズが膝の上で両の手のひらを合わせ、指を組み、そして再び膝の上に置くのを、アミュウは見るともなしに見ていた。


「わたくしたちのような成り上がりとは違い、御神楽家は由緒正しい血筋です。その歴史を遡るなら、ソンブルイユ王家より、そしておそらく旧ロウランド王家よりも昔まで辿れるでしょう。御神楽家はその時代の法王たちに寄り添い、枢機卿として教会運営に携わってきたのです。それだけ古い家柄でありながら、御神楽家の方が法王の座についたことはただの一度もありません。ひっそりと陰に隠れて法王を支え続けてきた一族、それが御神楽家です。

 いまの御神楽家のご当主、れい様も、歴代の御神楽ご当主と同じように、法王の右腕として活躍なさっています。そして、わたくしの父のげんによると、いつか来るべき法王選挙コンクラーヴェで、もしもご自身が次期法王に推薦されたとしても、過去の例に漏れず、辞退なさるだろうということです。

 御神楽家とは、ほかの枢機卿たちにとって永遠のナンバーツー。トップの法王座を目指す者にとって、どれだけ重要な立場の方か、お分かりいただけるかと存じます」


 マリー=ルイーズがいったん言葉を切ると、アミュウは慎重に訊ねる。


「つまり、競合相手とはなりえず、しかも自分が法王となったあかつきには確実に参謀となる、キーパーソンであると?」

「そのとおりですわ」


 マリー=ルイーズはアミュウに頷いてみせると、説明を続けた。


「娘であるわたくしがこんなことを申してはおかしいのですが、父はたいへん上昇志向の強い人物で、枢機卿団の中でも、真っ先に御神楽枢機卿との関係づくりに腐心したひとりです。猊下の一人息子、聖輝様のご動向にも、早くから注目しておりました。今から八年前、聖輝様は各地の教会を巡る旅にお出になりました。お二人は聖輝様とご懇意のようですが、その旅の目的はお聞きになっていますか?」

「……お嫁さん探しの旅?」


 ナタリアがおずおずと答えると、マリー=ルイーズは苦笑いを浮かべて言った。


「聖輝様が生家を出られる少し前、父が御神楽家に縁談を申し入れましたが、わたくしは聖輝様のお眼鏡にはかないませんでした。猊下は、父の申し入れを面と向かって断ることはなさらず、表向きは見聞を広めるため聖輝様を旅に送り出すということにして、やんわりと不承の意を告げられたのです」

「お嬢様。そのようなことは」


 ロサが鋭い声を上げたのを、マリー=ルイーズは振り返り、静かなまなざしで制する。


「よいのです。お父様がどう考えていらっしゃろうと、わたくしはそのように判断しております」


 アミュウは何も言えなかった。八年前といえばアミュウにとっては途方もない昔であり、王都ソンブルイユへ出ようなどとはつゆ考えず、無邪気にメイ・キテラのもとでまじないを学んでいた、ほんの子どものころだ。いま目の前にいるマリー=ルイーズと聖輝の出会いがそれほど遠く遡るという事実に、アミュウはくらりと目がくらむ心地がした。

 ナタリアは無遠慮にマリー=ルイーズに訊ねる。


「マリーさんはおいくつなんですか?」

「二十三歳です」

「へぇ……! あ、私はハタチよ」


 何やら感嘆しているナタリアを後目しりめに、アミュウは胸中で年齢を数えた。聖輝が二十六、マリー=ルイーズが二十三、ナタリアが二十。そして自分は――


(……ひょっとして、大人として扱ってもらいたいのですか)


 聖輝が己に告げた言葉が耳の奥によみがえる。自身の幼稚さに愕然として、アミュウは肩を落とした。目の前の、流れるような仕草でティーカップに口をつけるマリー=ルイーズを見て、次に隣で指を折っているナタリアに目を向けた。そしてうな垂れて目に入ったのは、ヨレヨレのモカシンシューズ。


「そんなわけで、わたくしは遠回しに断られたのですが、父はそうは受け取らず、機会あらば再度の縁組をと目論んでおります。聖輝様は教会にとっての最重要人物のおひとり。わたくしたちのように親密になろうと近付く者ばかりでなく、御神楽家が法王のおそばに付き従っているのを目の上のたんこぶとして捉えている者もいるという事実は、残念ながら否定できません。それで父は、折に触れてロサやカルミノを差し向けて、聖輝様の旅路に危険があれば、陰からそっとお守りしていたのです」

「守っていた? 八年も前から?」


 ナタリアが素っ頓狂な声をあげると、頷くマリー=ルイーズの後ろでロサがフンと鼻を鳴らした。


「聖輝様も薄々は気付いていらっしゃったでしょう。二人の話では、聖輝様は人目を忍んでいらっしゃったとのことですから。そんな未練がましい父の振る舞いが、わたくしは恥ずかしくて……いえ、これでは愚痴になってしまいますわね」


 マリー=ルイーズは軽く頭を下げて、話を続ける。


「ロサもカルミノも、父が御神楽家との縁組にしがみついて、八年もわたくしを手元に置いたままであるのを、ずっとそばで見ていたので、聖輝様に近付く女性と見るや、端からその仲を裂いて回っておりました……二人はわたくしと聖輝様の仲をどうにかして取り持とうと必死だったのです。彼らには彼らなりの忠義があり、それが行き過ぎた結果、あなたがたへの蛮行に及んだというわけです……本当に、申し訳ございませんでした」


 深々と頭を下げるマリー=ルイーズを前にして、アミュウとナタリアは再び顔を見合わせた。アミュウの脳裏を、ナタリアの肩を外したカルミノの非情さが、そしてアミュウの小屋を焼いたロサの冷笑が通り過ぎていく。


(この人が申し訳ないと言っているのは本当だろうけど……どこか、肝心なところを隠している気がする)


 アミュウは微妙な渋面を作ったが、ナタリアはマリー=ルイーズに向き直って言った。


「要は、ガリカもザッカリーニも、あなたのためを思っておイタが過ぎたってことね」

「おっしゃるとおりですわ」


 マリー=ルイーズは頭を上げて左右に振った。


「そのためにあなたがたが被った損害を思うと、謝意を言葉に尽くせません」

「……どうする? アミュウ」


 ナタリアが横目でアミュウを見ると、マリー=ルイーズは畳みかけるように言葉を重ねた。


「もちろん、拙いお詫びの言葉で済ませるつもりはございません。できるだけの補償はいたしますわ」


 その言葉を聞いた瞬間、アミュウの心の内で、マリー=ルイーズに対してどのような評価を下すべきか決めかねていた躊躇いが、がらがらと音を立てて崩れていった。あの夜の森でのできごと、痛みに歪んだナタリアの顔が、悄然と肩を落とすジークフリートの姿が、そして小屋を舐め尽くす炎が、アミュウの胸を去来する。


あの(・・)全てを、お金を支払って水に流そうっていうの……⁉)


 あれほど手酷い真似をしておきながら、今さら謝罪する意図は何か。長いあいだ聖輝を付けまわしていたのは何故か。もっと早くピッチを引き取りに来なかった理由はどこにあるのか。薄もやが晴れていくように、それらの疑問の輪郭線が結ばれていく。

 アミュウはすっくと立ち上がった。

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