1-9.聖輝【挿絵】
私の実家は少々特殊で、神事に関してある特別な知識や技能を代々受け継いでいる家系です。ミカグラとは、神を祀るための音楽、神楽のことで、神に仕えることを血でもって約束したような家なのです。私は御神楽家の長男として、その特殊な知識と技能とを先天的に持って生まれました。生まれつきというのは、我々の家系の中でも特に珍しく、家族全員の期待が赤子の私に寄せられました。そして私は聖なる輝きという意味の名を授かりました。
我々一族にとっての使命は、ほかの神官同様に、神に仕え、祈りを捧げ、この世を光で満たしていくことです。しかし私にはそのほかにも使命が課せられました。同じく特殊な知識を持つ人間を探し出して、ともにある職務についてもらうよう交渉することです。
長じてからずっとその人物を探し続けてきましたが、はかどらず、とうとう五年前に家を出て、各地を当てもなく放浪することになりました。
私はやたら勘が良くて、人のオーラ――その人の雰囲気といいますか、周囲ににじみ出る、独特の、色のついたにおいのようなものです――そういう気配に敏感で、会っただけでその人の魂が何たるかが、大体わかります。それで、ナタリア嬢にお会いした瞬間に、この方はずば抜けて特殊なオーラを持っているというのが分かりました。彼女こそが探し求めていた人物であると確信したのです。
私の役目は、その人物を探し出すのみにとどまりません。大事な役割を頼まれてもらわねばならないのです。それは骨の折れる仕事なので、交渉が難航するのは目に見えていました。しかも、秘密裡に進めなければなりません。そこで私は、誰にも見られず、誰にも盗み聞きされない環境で、じっくり話を進めようと準備を整えました。
そして例の食事のあと、ナタリア嬢を庭に誘い出し、結界の中に呼び寄せることに成功しました。しかしそこでアミュウ嬢が結界を破ったことで、私たちの対話は滞り、交渉は中断されました。
罠を張ったと捉えられても仕方ありません。
確かに昨晩は、長年探し続けていた人物に会えたことで気分が昂っていました。何が何でもこの機を逃すまい、今晩限りで使命を果たしてやると焦ってもいました。それでアミュウ嬢が、何か勘違いをなさるのも無理なかろうと思います。
黙って話を聞いていたアミュウは、そこで顔をしかめた。結界の中に連れ込むというのは、かどわかすも同然の行為だ。あの時の聖輝は、まさにナタリアに害をなそうという剣幕だったではないか。それを勘違いなどと、腹立たしい。それに、オーラで人の魂が何たるかが分かるなんて、うさん臭いにも程がある。聖輝の話しぶりは、核心に触れまい、秘密を漏らすまいと慎重が行き過ぎ、肝心なところがぼやけていてわかりにくかった。
聖輝はアミュウが渋い顔をしていることに気が付いている様子だったが、構わず話し続けた。
「しかし、奇妙なことに、アミュウ嬢の妨害を受けたとたん、結界の中で何を話していたか、そして特別な知識とはなんだったのか、記憶がすっぽりと抜け落ちてしまったのです」
聖輝の話が思わぬ方向に進み、アミュウは理解が追い付かず目を白黒させる。
「は?」
「だからね。御神楽先生も私も、こそこそと結界の中に隠れてまで話さなくちゃいけなかった重要な話っていうのを、なんでか分からないけど、忘れちゃってるの」
ナタリアが会話に加わってきた。
「私も、どうしても思い出せないのよ。確かにそれまでは頭の中に大事な何かがあったし、それを巡ってやいのやいの御神楽先生とやり合っていたんだけど、その中身が一瞬で分からなくなっちゃったの。あんたが寝ている間に御神楽先生とずいぶん話し込んだんだけど、二人そろって思い出せない。まさに記憶喪失っていうやつ――こんなことってある?」
アミュウはナタリアの顔と聖輝の顔とを見比べる。二人は友好的とは言えないまでも、昨晩見せていたような、触れただけで凍り付きそうな緊張は消えている。まるで庭での騒動は無かったことになっているかのような、昨日の食事中の雰囲気に戻ったかのような――
「そこで、アミュウ嬢が使った術がなんなのか、説明してほしいのです。私の結界を破った、あの術を」




