1月24日の夜は海を見てはいけない!
先生は教室に入ってくるなり、教壇に手をつき、真剣な表情でこう言った。
「放課後、みなさんは道草をせず、まっすぐ家に帰ってください。そして今晩にかぎり、夜は外出を控えるように。玄関や窓の外を厳重にとざし、ご両親にトベラの枝をさして災難よけの細工をしてもらってください。――いいですか、夕飯をすませたら、テレビやスマホを見ず、すみやかに寝床に入って眠ってください。仮にトイレへ行くのも注意。家の中にあるならいいのですが、屋外のトイレしかない場合、今夜だけは特別に、おまるを用意して家の中ですませてください」
おまるだって?
いつもならこのタイミングで、みんながクスクス笑うはずだ。
ところが、誰もおかしいとは思わない。
食い入るように先生の言葉に耳を傾けている。
「どうしても外のトイレに行かなくてはならないのなら、危険を覚悟して、一切しゃべらず行動すること。その際、けっして海の方を見てはいけません。いいですか、海だけは見るのはよしてください。この約束を破ると、大変な目にあいます。過去に失明した人もいるのです」
小学4年生になる蓮は、昨年の晩秋に、埼玉県から伊豆大島に引っ越してきた。
島での暮らしは何もかも新鮮だった。
が、この1月24日から25日にかけての物忌み行事にかけては、わからないことだらけだった。
大の大人たちが、海から亡霊たちがやってくるから、夜はおとなしく家で待機しろと恐れるからだ。
学校では放課後、児童を早めに帰宅させる取り決めがある。
島にある旅館などをのぞき、ほとんどの商店は営業を早めに切りあげ、民間企業や、町役場でさえ定時の退社を勧めるほどだ。
早々と商店街はシャッターをとざし、民家の窓にはカーテンが引かれる。
先生が言ったように、トベラという植物の枝を玄関に取りつけている姿が目につく。
トベラの葉はちぎると悪臭がする。この臭いは日忌様が嫌うのだというのだ。
そもそも日忌様とは何なのか――。
寛永5年、江戸時代。この村に伊豆の下田から、豊島 忠松という代官がやってきた。年貢の塩作りがはじまった時代のこと。
伊豆大島では自然災害がおこり、深刻な食料飢饉まで襲った。
なのに、代官の年貢の取立ては容赦しない。島の唯一の主食である芋さえ、取りあげられてしまう。
人々の生活は困り、精神状態まで追いつめられた。
このままでは共倒れだ。
村の若者25人は集まり、1月24日に豊島と直談判することを決めた。面と向かって、どうか年貢の取立てをやわらげてくれるようにと、かけ合うべきだ。
代官は話を聞いてくれるだろうか?
万が一、訴えを聞き入れてくれないなら――そのときは殺すしかない。
最悪の場合にそなえた。
代官に会いに行く直前、村人たちには、「今夜は絶対に外に出てはいけない。ましてや海を見るのは、もってのほかだ」と、釘を刺した。自分たちの犯行を見られないように……。
やはり、船の上で豊島 忠松に会うも、聞く耳もたない態度をとった。
25人の若者たちは怒り、殴る蹴るの暴行をくわえ、代官を海に突き落として殺害した。
代官を殺した罪は大きい。いまに幕府の厳しい追及がはじまるだろう。
とばっちりが村に及ばぬよう、若者たちは島から去ることにした。
丸木舟をつくり、伊豆大島から逃亡。
ところが利島、新島、神津島まで南下したが、どの島でも火の粉が降りかかるのを恐れ、かくまってくれなかった。
悲劇がおきた。神津島の沖合で舟ごと大波に飲みこまれ、海の藻屑と消えたのだ。
以来、大島では24日の夜は若者たちが戻ってくるという。
どの島も彼らの受け入れを拒んだ怨みをかかえ、直談判に向かう前に残した言いつけを守らなかった者に、災いと死をもたらすために。
この若者たちをひっくるめて日忌様と呼ぶのだ。
蓮は屋外のトイレの窓辺から、ぼんやりと海をながめた。
複雑な気持ちだ。
いくら相手が悪代官だからとはいえ、たしかに殺人はよくない。
でも、せっかく島のためによかれと思ってやったことなのに、先人を敬いもせず避けてきたなんて、あまりにも冷たすぎる。
すっかり夜もふけた。
時計の針は11時を指している。
海の彼方から丸木舟がやってきた。
大勢の人影が乗っている。ワイワイガヤガヤ、騒がしい声がする。
舟は浜辺につき、まっすぐ蓮の家へ向かってきた。
その人影は、うねうねと、まるで海藻みたいに揺れている。
にぎやかな一団は、やがて蓮の家までやってきた。
「どうして蓮は約束を守らず、海を見ていた。なぜ外のトイレで用を足している?」
と、人影の一人が言った。
だから、蓮はこう言ってやった。
「だって僕、10歳だよ。いまさら、おまるを使うなんてヤだよ」
了
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……続編もあるよ!
【見たら死ぬ!】海難法師を知略で撃退!【続・1月24日の夜は海を見てはいけない!】
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