故郷 (ふるさと) へ帰ろう
結婚するつもりだったアイツと別れてしまった。
その理由は、「他にいい男性が出来た。」ということだった。
人は自分さえ傷つかなければ、思い出なんか簡単に捨てられる生き物なんだと思い知らされた。
やっと、自分のことを生涯必要としてくれる女性を見つけたと思ったらこのザマだ。
俺は決して逃げていた訳ではないのだが、
何かこうモヤモヤした気持ちからか、つい翌日の仕事を休んでしまった。
そして正月にも戻らなかった実家へ、久しぶりに帰ってみることにした。
2年振りに帰った故郷の駅前は、大きなビルが建ち並び、ネオンがギラギラと光っていた。
なんというか、そう…、まるで違う街にたどり着いた気さえ思わせる風景であった。
悲しいことに学生時代に過ごした懐かしい街並みは、もうそこには無かった。
ちょっとずつだが、世の中はどんどん変わっていってしまう。
まるで自分を置いてきぼりにして行くかのように…。
実家に着くとお袋が突然の訪問者にびっくりしていた。
「親父は?」
俺がお袋にそう聞くと、近くの大衆居酒屋で飲んでいると教えてくれた。
親父と酒を飲んだことなど無かったが、今日は妙に親父と飲んでみたい気分だった。
俺は親父が飲んでいる居酒屋へ行ってみることにした。
「なんだお前?会社はどうした…?辞めちまったのか?」
酔った親父が言った、最初の一声だった。
それから俺は親父と銚子を交わしながら、初めて女の話をした。
「あのなぁ…。結婚なんてのは、一番好きな女性と出来るとは限らねぇんだぞ…。」
親父は静かにいう。
「ただ、これでお前の人生が、さぁ~オシマイって訳でも無い…。」
俺は真っ赤な顔をした親父を見つめながら、黙って話しを聞いていた。
「お前は男なんだから、もっと自信を持って堂々としてろ。」
「自信を持って堂々となッ!…。」
親父はそれだけ言うと眠ってしまった。
「自信を持って堂々とか…。」
俺はそう独り言をいうと、座敷の窓から見える夜の海を眺めた。
そこから見えた景色は、昔と変わらず同じままだった。
俺は明日、始発で東京へ帰ることにした。