ヒロイン、登山をする。
「ごめんね、パトラくん。折角ゆっくり休めると思ったのに……。」
背の高い草をかき分けながら、どうにか山中を進む。
私の言葉に、パトラくんは今までの疲れをおくびにも出さず、元気にお返事してくれた。
「いいえっ! あんな話を聞いて、僕だけ宿でゆっくりなんてしていられませんから! むしろ僕の方が、ユーリさんが山に行くって言って下さって嬉しかったです!」
パトラくんは今日も、キラキラお目々に曇りが無い。
私がまだ木下優理だった頃、弟が1人居たけれど……ここまで可愛くて素直な弟なら、もっと愛してやれたと思う。弟よ、せめてお前の代わりに、姉はパトラくんを可愛がろうと思います。
……それはそれで事案が加速するかぁ……。
遠い日に想いを馳せつつ、私達は山道を登る。
本当ならこういう背の高い草むらだと、剣士であるパトラくんを先行させて、草を薙ぎ払って貰いながら進む方が早いんだけど(っていうかゲームではそんな感じで進んでたけど)、こんなに視界の悪い状況下でパトラくんを前には立たせられない。
それにここは今までの道中より、多少とはいえ強い魔物が出るのだ。悪路、狭い視界、強い魔物というこの条件下なら、私が先行する方が遥かに安全、という訳。
……このくらいの草なら私の魔法で薙ぎ払えなくもないんだけど、山火事の危険や生態系の破壊といった事象への危惧から、私の魔法矢にはもうしばらくスタンバッててもらうことにする。
ごめんよ我が愛弓。安全と人命が第一です。
とりあえず、登って登って、中腹よりちょっと上まで来たかなってところで、パトラくんが何かに気付いたみたいだった。
「ユーリさん、あれ……。」
「どれ?」
パトラくんの指差す方向に視線を向けると、そこにあったのは洞窟みたいな横穴。草に隠れてあまり目立たなかったみたいだけど……何でこんな所に?
「そろそろ日も暮れますし、野宿するなら丁度いいんじゃないかなって思って……。」
そう言ってくるパトラくんに、私も小さく頷く。
「ええ、そうね……。でもひとまず、中を確認してみましょう。ああいう場所は崩れてくる危険もあるし、魔物の棲みかになっていることもあるから……。」
「はいっ! 分かりました!」
お返事が素直!
パトラくんって今、えっと……12歳だっけ。ということは、元の世界じゃ小学校6年生かそこらの年齢?
そのくらいの年齢の時、私、こんなに素直じゃなかった気がするなぁ……。むしろ、大人に対する謎の反骨心さえ抱いてた。そう考えると、パトラくんと彼を育てたおじいさんは偉大だ。うん。
しょうもないことを考えながら洞窟に近付く。
自然に出来たような感じだけど、その割にはしっかりしている。私が一歩中に入ると、足音が奥へ奥へと反響した。五感に神経を集中させても、私以外の何かがこの中に居る気配は無い。
「……よし。パトラくん、入っていいわよ。何も居なさそうだから。」
「はいっ! 今晩はここに泊まれそうですか?」
「んー……多分ね。結構奥の方が深そうだから、そこだけ少し気になるかしら。」
「じゃあ、あんまり奥の方には近寄らない方がいいですね。」
「ええ、そうね。雨風凌げるだけでもめっけものだわ。ありがとうね、パトラくん。」
私がそう言って野営の準備を始めると、慣れた手付きでお手伝いをしてくれつつ、パトラくんが照れ笑いをする。素直ないい子だ。
少しばかり時間を割き、焚火と寝床の準備をして、軽く食事を済ませる。
そして明日に備え、交代で見張りを仮眠を取りつつ朝を待つ……予定だったんだけど。
深夜。
私は遠慮がちに肩を揺するパトラくんの手に起こされた。
パトラくんには、少しでも異常を感じたら私を起こすようにと常日頃から厳命してある。まあ、敵襲でもあれば一瞬で起きて迎撃態勢を取れるくらいの自信はあったけど、用心に越すことはない。
けれど今までの旅で、パトラくんが私を起こしたことは無いのだけれど……。
「どうかした?」
私がそう問いかけると、パトラくんは何とも微妙な面持ちで、洞窟の奥を指差しました。
「何か……聞こえませんか?」
そう言われて聴覚を研ぎ澄ます私の耳に、微かに、しかしハッキリと……。
風の音でも、魔物のうなり声でもない『何か』が、聞こえた。