ヒロイン、ヘルプを要請される。
「ユーリさん、普通、町ってこういうものなんですか……?」
パトラくんが不安に揺れる瞳で私を見上げ、縋るように聞いた。
私は、まさかと首を横に振る。
町はしんと静まり返り、まるで死んだ町の様相だ。
昼下がりの最も賑やかな時間帯の筈なのに、道には人っ子1人、いや、動物の1匹さえ居ない。けれど、家屋に僅かながら人の気配は感じる。誰も居ない訳では無いだろう。
もしかして、と嫌な予感に心臓が早鐘を打った。
主人公パーティーがイベントクリアに失敗した? まさか。ここのイベントは難易度もそう高くないし、失敗しても死ぬようなイベントじゃない。例え失敗しても何度か繰り返せば必ず突破できる、その程度の難易度の筈だ。
となると、答えはひとつ。
見捨てやがったのか、あいつら。
今度は怒りがふつふつと心の底から湧き上がってくるのを感じた。
確かに、確かにだ。勇者様は便利屋さんではありませんよ? ありませんけれども。この町のイベントだって、思い返してみれば強制イベントって訳じゃない。私がイベントは全部回収する派だったから、スルーするって考えが無かっただけで!
でも、でもさぁ! 罪の無い一市民、しかも記憶が確かなら、ここのイベントで助けを求めて来るのは、母親と弟が病に倒れ、父親が薬草を手に入れる為山に入って戻って来なくなってしまった、幼気で健気な女の子だ。
普通、助けようって思うじゃん!? 私は思うね!
ネタバレになるけれど、この町のイベントは薬草採取だ。クリアすると村長さんから、そこそこいいアイテムを貰える。
ある日突然町を襲った謎の熱病を癒す為、結構危険な場所にある薬草を採取して来るのが、大まかなクエスト内容。危険と言ってもそれは町の人達にとってで、私や主人公パーティーのレベルなら、日帰りでアッサリ帰って来られるくらいの場所だ。
だからこそ、そのちょっとの労力を怠った奴らが憎い。
ああもう、イライラして来たっ! が、今の私はパトラくんの保護者でもあるので、そのイライラは全力で内側に閉じ込める。むかむか。
「ひとまず人が居ないって訳じゃ無さそうだから、宿屋を探してみましょうか。そこで詳しい事情が聞けるかも知れないわ。」
パトラくんを安心させるようにそう言い、人気のない町を歩きながら宿を探す。
大抵宿屋って町の入り口付近にあるから、それはもうアッサリと宿屋は発見出来、私達は中に声を掛けて扉を開けた。
「すみませーん、やってますかー?」
パッと見、中は無人だ。
しかしドアベルの音を聞いてか、奥からバタバタと音がする。少し待っていると、カウンターの奥からパトラくんよりいくらか幼いくらい……恐らく10歳程度と思われる女の子が飛び出してきた。
「は、はいっ、やってます! 大丈夫です! いらっしゃいませ!」
「じゃあ、とりあえず成人と未成年1人ずつ。部屋はー……」
あー、考えてなかった。分けるかどうか。
でもまあ、今まで何度か一緒に野宿してるし、今更かな?
「1部屋で。」
って思ったけど、私、事案街道をひた走ってるかも知れない。
私がそう告げると、女の子はちょっと女の子には高すぎるカウンターに一生懸命乗り出して、拙い文字で宿帳を記入した。
「はいっ、かしこまりましたっ! ただ、今その、ちょっと人手不足でして……お食事のご用意が出来ないんですけど、それでも大丈夫ですか?」
不安そうにこちらを伺う女の子の健気なこと。
私は普段であれば食事処の座席として使われているであろうカウンターの椅子に座り、女の子に聞いた。横ではパトラくんが、私に倣って椅子に腰かける。
「構わないけれど、どうしたの? この町、何だか様子がおかしいけれど。」
「あの……それは……。」
女の子の表情があからさまに沈む。
話して良いのか悩んでいるようだ。こんな小さな女の子が可哀想に……。
けれど、どうしよう? あんまり事情を知っている風に聞くのもいけない気がするし、かといって何も話してもらえないとどうしようも無い。
えーっと、ゲームではどんな感じで進行してたっけ?
なんて考えていると、カウンターのパトラくんが、女の子を気遣うように声を掛けた。
「話したくないならいいけど……本当に大丈夫? 僕達でどうにか出来るかは分からないけど、話くらいは聞けるし……。」
ナイス、ナイスだぞパトラくん!
女の子も年の近いパトラくんの方が話しやすいこともあるかも知れない。ちらりとこちらを伺う女の子に、出来るだけ優しげで頼れるお姉さんを気取って小さく頷く。
すると女の子は決心したように話し出した。
「実は……。」
とりあえず私にとってこのイベントは実質2回目のようなものなので要約すると、数か月前からこの町で、不思議な病が流行りだした。
症状自体は熱病に似ており、発熱と衰弱が主に発症するのだが、解熱剤も栄養剤も効果が無いのだと言う。町の住人は殆どが罹患してしまい、僅かに残った無事な人達も、薬草を探しに行ったきり戻って来ないのだとか……。
ちなみに私は初見時、「薬が効かないのに何で薬草を探しに行く馬鹿が絶えないのか」と思っていた。後々言及されることなんだけれど、この世界には大まかに分けて、2種類の病気があるのだ。
1つは普通の、……この世界で使われてる単語か分からないけれど、ウィルス性のもの。これは普通の薬が効く。
で、もう1つ。魔力性のもの。これは通称、呪い、と呼ばれることがある。
けれど呪いに関しては名の通り、誰かに呪われるか、その土地に一定以上の悪い気(色々条件があって、正式名称もあるんだけど、ぼんやり言うならこんな感じのもの)が溜まらない限りは罹患しないのだ。だから普通、こんな小さな町で呪いの対策なんてしていない。
けれど幸いなことにこの町には、呪いに効く特殊な薬草が自生する山がある。その薬草に対して治癒魔法を付与することで、その薬草は今回の呪いを癒す効果を得る。
薬草を採りに行った人々はこの病が呪いなのではないかと判断した訳だけれど、大正解、ということだ。
ただ、薬草は割と山の高い場所にあって、しかもそこまでの道中でそれなりに魔物も出るから……今まで戻って来た人が居ないのだろう。
そこまで聞いたところで、女の子……話の流れで名前を聞いたけど、ミリアちゃんは、おっきな瞳から涙をぼろぼろと零し、縋るように、叫ぶように、こう言った。
「お願いします、旅のお方! この町を……私のママと弟を、どうか、助けて……っ!」
血を吐くようなミリアちゃんの切実な願いに、思った。
これを断れたあの主人公パーティー、ホント、凄いわ。