第四章 14
マーニが、のたうち回る。
喉から吐き出される苦鳴には、明らかな恐怖が混じっていた。
槍斧が深々と突き立ち、半ば千切れかかっているその胴体部分が消失し始めている。肉や内臓だけでなく、噴き出す鮮血すら分解され、大気中に霧散していた。
〝存在意思〟による、干渉――あの武器には、〝存在意思〟より抽出されたエネルギーがコーティングされている。
〝ダインスレイヴ〟だ。
「兄さま!」
切迫した声色とともに、ソールが頭上から飛び降りてきてマーニへ駆け寄っていく。
一目で兄の状態を察したのか、その指先が高熱を放った。
そしてなんのためらいもなく、熱線で兄の胴体を横薙ぎにする。〝存在意思〟の連鎖反応から物理的に切り離したのだ。
確かに、それしかない。
人間ならどちらにしろ、即死だが。
ソールは疾走し、兄の上半身を抱きかかえた。そのまま放置していれば、いずれにせよ連鎖反応に巻き込まれ、槍斧が刺さったままの下半身と一緒に消滅してしまう。
彼女はそのまま、意識を失った兄とともにこの場を離れようとした。
それを私は、許さない。
この数秒で調整していた〝存在意思〟を、美しい背中めがけて撃ち込んだ。
彼女は焦慮していただろうし、遁走に意識を割くあまり警戒心が薄れていたのは確実だった。
それでも反応したことに、私は素直に感嘆する。
背後から迫る不可視のエネルギーに対し、身を捩り、その軌道から我が身を遠ざけた。
だが、その位置へ小柄な影が近づいていたことに気づけない。
いや、あの速度では気づいたとしても反応できたかどうか。
間合いに飛び込み、不安定な体勢のソールのその腹部へと膝を叩き込んだのは、キルシェだ。
その小さな身体に秘められた力を、私は知っている。
膝頭が腹腔に突き刺さった衝撃に、ソールの身体がふたつに折れた。私の耳にも、筋肉繊維が千切れ、肉が押し潰され、内臓が破裂する音がはっきりと届く。
その身体は壁に激突し、それを破壊しながら隣の部屋へと突っ込んでいった。
おそらく、意識は一瞬で刈り取られたのだろう。
兄を抱いていた腕から力が失われ、マーニの上半身もまた、床に叩きつけられた。
「大丈夫?」
動けるように、と足の再生を急いでいた私の傍らに、彼女が現れた。
オルディエだ。
「酷い姿ね」
「いつもこんなものだ」
リロイといると、酷い状況には事欠かない。彼女はかすかに苦笑らしきものを浮かべながら、私の肘を取って立ち上がらせてくれる。
キルシェは、通路に転がっている槍斧を軽々と拾い上げていた。すでに、マーニの下半身は消滅している。
彼女が向かうのは、意識を失ったまま転がっている上半身のほうだ。
「止め、止めっと」
物騒なことを軽やかに呟きながら、キルシェはマーニに近づいていく。
それをさせじと飛びかかってきたのは、ソールだ。髪を振り乱し、血反吐をまき散らしながらキルシェに掴みかかる。
その腕は、燃えさかる炎だ。
キルシェは逃げず躱さず、槍斧の鉤爪でマーニを引っかける。
そして、向かってくるソールに対して突き込んでいった。
兄の上半身ごと突きつけられた穂先に、彼女は明らかに怯んだ。
燃え上がる自身の腕で払いのければ、当然、兄の上半身はただでは済まない。
躱せばいいのだが、キルシェの踏み込みは鋭く、体勢が崩れるのは必至だった。もちろんキルシェも、その判断の下にソールに二択を迫ったのだ。
リロイなら、悪意を持ってやっただろう。
キルシェは、ただその行為が選択肢にあり、有効であったから選んだにすぎない。倫理観がなく合理的で、実に〝巨人の子供たち〟らしいといえた。
ソールは、どうするか。
彼女は、回避を選んだ。
兄の身体を灼くことを忌避し、自らの身を危険に晒すことを選ぶとは。
突進の勢いをむりやり殺し、床に倒れ込むようにして身を投げ出した。
マーニを引っかけたままの槍斧が、その瞬間、突きから横薙ぎへと変化する。瞠目すべき反応速度だ。
その斧頭がソールの顔面を打ち砕くのは、確実だった。
だがまさか、彼女の身体が凄まじい速度で、そしてあり得ない方向へと吹っ飛んでいくとは。
斧頭は空振りして床板を粉砕し、鉤爪に引っかけていたマーニの上半身も投げ出される。
その、意識を失っていたはずのマーニの目が開いていた。
彼の重力場が、ソールを引き離したのか。
真横の重力に引っ張られた彼女の身体は、そのまま壁に激突して弾き返される。二度、三度と壁を陥没させたあと、ようやく床に落下して転がった。
キルシェは仕留め損なったソールではなく、マーニに飛びかかる。必殺の一撃を躱されたことへの悔しさや慚愧は一切、ない。あるのはただ、敵を仕留めるためのロジックだけだ。
意識が回復したマーニは、飛びかかってくるキルシェに対し掌を床に叩きつけた。
そこから放たれた重力波は、床板を剥ぎ取りながらキルシェに襲いかかる。
彼女は崩壊寸前の床に穂先を突き立て、跳躍した。
そのまま天井に到達すると、これを足場にしてマーニを頭上から襲撃する。
そこに飛んできたのは、熱線だ。
床に転がったままのソールが、空中にいるキルシェを狙撃する。
絶妙のタイミングだったが、彼女は反応した。長大な槍斧を手首でくるりと回し、斧頭部分で受け止める。弾き返された熱線は天井を奔り、融解させると同時に発火させた。
回転させた穂先をすぐさま元の位置に戻したキルシェは、そのまま急降下する。
その全身を、重力波が打ち据えた。
ソールの熱線によって生じた、意識の間隙を突いた攻撃だ。
小さな少女の身体は燃え上がる天井にぶつかると、弾き返され――いや、されなかった。
激突の寸前、槍斧を天井に突き立てて重力波の衝撃を天井に受け流したのだ。槍斧は半分ほどがめり込み、燃える天井が割れ砕けた。
キルシェは柄の部分へ逆さまにしがみつき、床上のマーニを見下ろしてにっと笑う。
重力波をまともに喰らったが、ちょっと鼻血が出ているぐらいで大したダメージはなさそうだ。決して万全な状態で撃たれたものではないとはいえ、建築物を薙ぎ倒す重力波を平然と耐えてみせるとは大した頑丈さである。
マーニとソールは、無論、感心などしない。
ほぼ同時に、重力波と熱線で畳みかけた。
キルシェは槍斧から手を離し、飛び降りる。その姿を掠めるようにして、熱線と重力波が槍斧の突き刺さった天井を直撃した。
爆砕し、飛び散るのは燃え上がる破片だ。
着地したキルシェは、その炎の雨をかいくぐってマーニのふところに飛び込んでいく。徒手空拳だが、彼女の顔に不安の影はない。
違う。徒手空拳ではなかった。その手首には、ブレスレットが填められている。あの一瞬、天井から槍を引き抜く一秒ほどを稼ぐために形状を変化させていたのか。
その一秒で直撃を避けたのだから、好判断だ。
マーニはすぐさま第二波を叩き込もうとしたが、わずかにキルシェが早い。
振り下ろしたその腕に握られていたのは、槍斧ではなく、小型の盾だった。バックラー、と呼ばれる類いのその盾は、縁に鋭い槍の穂先のような刃がついたスパイク・シールドの特徴も備えている。
狙いは、マーニの顔面だ。
重力波を発することができないまま、頭部を守るように掲げられた掌を先は刺し貫く。そして、驚嘆すべき膂力でそのまま押し込んでいった。
鋭い切っ先が、ほぼ抵抗なく、マーニの眼窩へと侵入していく。
彼の喉が、怒号を迸らせた。
マーニが迸らせたのは、罵声だ。跳ね起きながら、その指先でキルシェを照準する。
熱線が放射される寸前、その腕は下方からの衝撃に腕が撥ね上がった。
超高熱のレーザーは標的を逸れ、壁を灼き切りながら天井へと駆け上る。
オルディエが、彼女の腕を蹴り上げたのだ。
ソールは忌々しげに頬を歪めたが、すぐさま至近距離のオルディエへと指先を伸ばす。その反応速度には無論、人間は遠く及ばない。
我々とて、同じだ。
しかし、ソールはその凄まじい反応速度でもって腕を引き戻した。
突き出されていたのは、オルディエの掌――なにも持たぬそれは、しかし不可視のエネルギーに覆われている。
それはまさしく〝存在意思〟の籠手と言うべきか。
もしソールが軽々にオルディエの手をはねのけていたら、接触した〝存在意思〟の干渉により、少なくとも腕が一本、消し飛んでいただろう。
退いたソールに対し、オルディエは踏み込んでいく。
〝存在意思〟の籠手をまとった指先で、掴みかかった。
防御できないソールは、回避するしかない。
それを予測していたオルディエは、低い軌道の蹴りでソールの足を刈る。人間なら吹っ飛ぶような威力だが、彼女はわずかによろめいただけだ。
そこへすかさず、〝存在意思〟の指先を伸ばす。
ソールは舌打ちしながら、よろめいた方向へ倒れ込み、指先から遠ざかった。
同時に、こちらも指先をオルディエに向ける。
熱線は、オルディエの身体を横に薙ぎ切る軌道で放たれた。
彼女の掌が、それを阻むように横へ払われる。
熱線を受け止めた〝存在意思〟は、一瞬、赤く燃え上がるように輝いた。
そしてさらに一歩、オルディエは前進する。
私たちの格闘能力は、それほど高くない。古今東西のあらゆる武術、格闘技をデータ化したプログラムを搭載しているが、あくまで通常の人間レベルだ。
傭兵でたとえれば、A級までなら制圧できるがS級以上とは渡り合えない、といったところか。
だが現にオルディエは、右手の〝存在意思〟によって拮抗状態を作り上げている。
研鑽してきたのは、私だけではないということらしい。
オルディエは〝存在意思〟の手刀を振り下ろす動きをフェイントに、がら空きになったソールの腹部へ膝を叩き込む。
続けざまに撃ち込んだのは、左手の拳だ。
それはソールの整った鼻梁を痛打したが、同時に、高熱を宿した指先がオルディエの脇腹を鷲掴みにする。
彼女の立体映像が、わずかにぶれた。超高熱のエネルギーが、立体映像の構造を一部、分解したのだ。胴体部分が半分ほど、消失した。私たちは激痛で身動きがとれなくなったりはしないが、物理的に立体映像のバランスが崩れると動きに制限がかかる。
それでもオルディエは、退かなかった。
追撃に撃ち込まれた灼熱の指先を躱さず、交差するようにして〝存在意思〟の手刀を突き込んだのだ。
赤い輝きが、ふたりの美女を繋ぐ。
ソールの一撃は、〝存在意思〟によってそのエネルギーの大半を削り取られたが、オルディエの右肩口を抉り取った。
千切れ飛んだ右腕が、宙を舞う。
同時にもう一本、腕が飛んでいた。
ソールの右手だ。
〝存在意思〟の指先は、ソールの右上腕部を消失させていた。お互いがお互いの腕を切断したため、致命傷を回避した形だ。
オルディエは跳び退った。さすがに、立体映像の損耗が大きすぎる。着地したが身体のバランスがとれずに、大きく体勢を崩した。
だが、右手を消失させられてもソールは怯まず、その肉体は彼女の確かな制御下にあった。
下がるオルディエを、猛追する。
そこへ飛来したのは、バックラーだ。
マーニを槍斧で串刺しにしたときと同じく、超音速でソールの腰に横手から激突する。穂先がその肉を削り、引き裂き、盾本体が腰骨と股関節を粉砕した。
彼女の身体が打撃の衝撃で折れ曲がり、そして次の瞬間、燃え上がる。
バックラーの飛来が起こしたソニックブームに乗って、熱波が暴風の如く吹き荒れる。肉体を炎そのものへと変じたソールには物理攻撃が通用しないが、それまでのダメージすら再生させるのか。炎の怒号を口腔から放ちながら、両手でオルディエに襲いかかった。
私の視界の端では、キルシェの小柄な身体が吹っ飛んでいく。バックラーを投擲したその隙を突かれ、マーニの重力波を浴びたのだ。
マーニは自身の身体を重力で操り、吹き飛ばしたキルシェへと弾丸の如きスピードで肉薄する。
私は状況を注視し、この機会を待っていた。
オルディエとキルシェ、ふたりの間に考えもせずに飛び込めば、加勢ではなく邪魔になる。
必殺の時機を、計っていた。
オルディエはこの瞬間、私にキルシェへの助勢を望んだかもしれない。
だが、仕留められる確率が高いのはいまこの瞬間、ソールのほうだ。
オルディエは膝を突きながらも、左手に〝存在意思〟の籠手を展開している。だが、間違いなくソールのほうが速い。
私は、ふたりの間に割って入っていた。
遠距離からの攻撃は、超音速に到らなければ直撃は難しい。撃ち出す速度を調整すれば可能だが、おそらく命中率が著しく低くなるだろう。
ならばやはり、泥臭くとも至近距離に踏み込むしかなかった。
突如として現れた私の姿を目にして、逆上していたソールはそれでも即座に対応する。こちらが至近距離で〝存在意思〟を撃ち込むだろうことを予測して、目眩ましの如く眼前で炎を押し広げた。
猛烈な熱と焼けた空気が、私の身体を襲う。
人間なら、喉と肺が焼かれて即死だ。
おそらくこの炎は彼女の一部ではなく、私が撃ち出す〝存在意思〟への囮だろう。これを消滅させるために使用してしまったら、無防備な状態でソールの反撃を受けなければならない。
だから私は、そのまま炎の中に突進した。
身にまとったローブは瞬く間に燃え上がり、身体の表面が熱エネルギーに晒されて剥がれ落ちていく。長くこの猛火に包まれていたら、この私の意識も立体映像ごと焼失してしまうだろう。
だが、私は信じていた。
相棒であるキルシェのもとへ駆け寄りたいだろう衝動を抑え、反撃のためにこの場へ踏み留まったオルディエ――我が妹のことを。
そして彼女は、私の傍らに飛び込んできた。
その左手の〝存在意思〟が、私たちを包み込む炎を瞬く間に消失させていく。
〝存在意思〟の調整は当然、私などよりも繊細で緻密だ。連鎖反応もごくわずか、熱エネルギーだけを素粒子にまで分解する。
高熱に揺らいでいた視界が開け、すぐそこにいるソールを私は捉えた。
飛び出すのは、オルディエのほうが速い。
それを待ち受けていたかの如く、ソールは炎の弾丸を浴びせかけた。オルディエはそれをまともに喰らい、しかし強引に前進する。
これをソールは、待ち受けたりはしない。
距離を取り、燃え盛るその腕から鞭のように炎を放った。
躱そうとしたオルディエだったが、周囲の炎を弾き飛ばしながら迫る鞭は音速を超えている。
私がソールの側面に回り込み、間合いへと踏み込んだ瞬間、炎の鞭はオルディエの胴を薙ぎ払っていた。
上下ふたつに分かれて、炎の中で舞う。
最初の邂逅時を、思い出す。
私が〝存在意思〟の鞭を操り、リロイがソールの胴を両断した。
その意趣返しだろうか。
ソールは、オルディエを仕留めた手応えに唇を笑みの形に歪めたが、すぐに気づく。
なぜ、〝存在意思〟で炎の鞭を消失させなかったのか。
彼女は、顔を強ばらせる。
振り返り、私を目にした。
そのときには、終わっている。
〝存在意思〟は、私の掌を通してソールの腹腔へと撃ち込まれた。直ちに干渉が始まり、炎と化した彼女の肉体が腹部から分解されていく。
咄嗟にその両手が自身の胴に向けられたのは、兄と同様に連鎖反応から物理的に肉体を切り離そうとしたのだろう。
それを予測していた私は、途中で拾い上げていたバックラーをソールの横っ面に叩きつけた。
物理攻撃は効果はない。バックラーについていた穂先は、彼女の頭部をほとんど抵抗なく――まさしく炎を薙ぐが如く通過した。
だが、それで十分だ。
バツクラーの質量が通過した瞬間、彼女の頭部は歪み、千切れ、修復までに一秒ほどを有する。
一秒、自身の身体を灼き切ろうとする指先が止まった。
そしてその一秒で、〝存在意思〟の連鎖反応が、彼女の両腕を素粒子の塵へと変える。
死を悟ったのだろうか。
修復したソールの顔には、なぜか穏やかな表情が浮かんでいた。
「――ほら、言ったでしょう?」
彼女は、呟く。微笑さえ浮かべて。「あなたはやっぱり、殺し屋ですわ」
最後の吐息も、分解されていく。
残ったのは、炎の名残で揺らめく空気だけだ。
彼女の最後の言葉が、なぜか胸に刺さる。
それを振り払うように、私は、ふたつに両断されたオルディエに目をやった。
そして、息を呑む。
立体映像が消えている。
まさか――受けたダメージが許容レベルを超えたのか?
確かにソールの熱エネルギーは尋常ではなかったが、それならそうと、なぜ自分の状態を私に伝えなかったのか。
囮役は、私でもよかったはずだ。
いや、それを議論する時間などなかったのは事実だが――
「落ち着きなさい」
手元からの声に、私はわずかにびくりと身を震わせた。
バックラーからだ。
「立体映像を修復するのに時間がかかりそうだから、本体に戻っただけよ」
「――私はいつでも落ち着いている」
私がそう応えると、オルディエは小さくため息をついた。
「まったく」かすかな微笑を含んだ声色で、オルディエは言った。「いったい何年ラグナロクをやっているの? しっかりしてよ、兄さん」
そこに軽蔑や落胆の響きがなかったことに、私は――なぜだか――安堵する。
「そっちこそ、無茶をしすぎだ」
私はバックラーを握り直し、キルシェとマーニたちのほうへと爪先を向ける。「相棒をひとりにする気か」
「あの子は――」
不意に、彼女の声へ寂寥が紛れ込んだ。
「ひとりでも生きていけるわ」
「馬鹿な」
私は即座に否定したが、なぜそうしたのか自分でもわからない。
だから、言葉を継げないままに歩を進めた。
人は誰でも、ひとりで生きていける。
そんな当たり前のことを、否定したかったわけではない。
ではなぜ、と問われても私自身、どう答えるべきかわからなかった。
「――そうね」
オルディエの声からは少しだけ、張りつめたものが薄れたように聞こえた。
私は、激しい震動が連続する方向へと走り出す。
「少なくともいまは、加勢が必要だろう」
私がそういった瞬間、足下から破砕音が近づいてきた。
揺れる。
城全体が鳴動するような激しい震動に、私は足を取られて壁に肩から激突した。
その壁が、脆くも崩れ去る。
私は瓦礫と一緒に倒れ込むのを堪えようとしたが、踏みしめた足下から硬い悲鳴が伝わってきた。
床が、割れる。
寸前で跳躍したが、耳を聾する轟音が広範囲に亘って床を瓦解させた。着地する場所がない。
またしても、落ちる。
今日だけで何回、落ちたのか。
そんな感慨は、この大崩壊を引き起こした人物――マーニが肉薄してくるのを目にして霧散した。
彼は、咆吼する。
悲痛な、喪失の叫びだ。
数千年を共に生きた肉親の死を、情報ではなく魂で理解したのか。
その嘆きが、すべてを押し潰す高重力の塊となって襲いかかってきた。




