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第四章 13



「まさか、あなたがそうだったとは、水くさいですわね」


 声は、背後からだった。

 暗い色のドレスを身につけた美女――ソールが、部屋の戸にもたれかかっている。数万度の熱線を放つ指先を、私に向けた。


「お久しぶりね、殺し屋さん」

「――そんな呼ばれ方をする所以(ゆえん)はない」


 私はふたりの〝闇の種族〟に挟まれながら、冷静に〝存在意思〟を調整していく。銃のように(あらかじ)め装填しておくことができないのが、欠点だ。


 そもそも一撃で状況を終わらせるための機能だったのだから、そこを愚痴っても仕方ない。


 再装填(リロード)は、調整を大幅に(はぶ)いて抽出だけに注力すれば十秒ほどで可能だ。

〝闇の種族〟の上級種族ふたりを相手にしての十秒が、どれほどの難問かは考えるまでもない。


「君は、我々を殺害するためだけに作られた兵器だ」


 マーニが、妹の言葉を()いだ。「殺し屋の名が相応(ふさわ)しいと思うがね」


「たくさん、殺してきたんでしょう?」


 囁くようなソールの言葉には、憎悪の影がちらついていた。

 私は、沈黙する。


 なぜだろうか。


 アングルボザの言葉を、信じているとでも? この私が?

 反論しない私を不審に思ったのか、兄妹は美しい眉間に皺を寄せた。


「どうした、自身の正当性を主張しないのか」

「わたくしたちは人間でないから、殺した数には入らないと言えばいいのですわ」


 兄妹は口々に詰め寄った。

 以前ならば、毅然(きぜん)と彼らの主張をはねのけただろう。


私は、ふたりを一瞥する。


 これは譲歩でもなく、歩み寄りでもない。

 単なる確認作業だ。


「おまえたちは、人間なのか」


〝闇の種族〟の兄妹は、この問いかけに対してわずかに目を見開いた。

 驚いた、というよりは困惑、だろうか。

 私がそんなことを訊いてくるとは、夢にも思っていなかったに違いない。


「なにを今さら」


 マーニが、皮肉げな笑みに口もとを歪める。


「わたくしたちが、一度でも〝闇の種族〟などと名乗ったことがありまして?」


 ソールは顎を少し持ち上げ、高慢な眼差しで私を睨めつける。

私はしばし考えたあと、小さく頷いた。


「ふむ。そういえばそうかもしれないな」

「ふざけてらっしゃるの?」


 怒気を孕んだ視線が、肌を(あぶ)る。

 なぜ彼女の不興を買ったのかわからないが、まあどうでもいい。


「おまえたちが〝闇の種族〟だろうが人間だろうが、どちらでもかまわない」私は、まるでリロイのようなものの言い様だな、と心の(うち)で微苦笑する。「討つことに、変わりはないからな」そして私は、自身を中心にして作り上げた円形の〝存在意思〟を放った。


 薄く伸ばした紐状の〝存在意思〟は、部屋の壁に激突して消失させる。細く調整したので、接触面からの連鎖反応はごくわずか――だが、壁が三百六十度に(わた)って崩壊すると、影響は軽微とはいかない。


 頭上では、壁を失ったために天井に亀裂が入り、軋み、破片を降らせながら瓦解しようとしていた。


 その天井から急降下してくるのは、マーニだ。


 超高密度の重力場と化したその身体を躱せたのは、恥ずかしながら僥倖(ぎようこう)というしかない。センサーが頭上のマーニを捉えた瞬間に、リロイとの戦闘で見た彼の動きを参照にしてがむしゃらに飛び退いただけだった。


 着地すら覚束(おぼつか)ない無様(ぶざま)な私を掠め、ウェストコート姿が着地する。

 床は、その重量に耐えきれない。


 階下へと(たわ)むように変形したあと、針を刺された風船が如く破裂した。

 重力場に引っかけられた私は、床の破片と一緒くたになって下の階の床へ叩きつけられる。


 そこがなんの部屋だったのか、視認する暇もない。

 弾む私の身体の下で、またしても床が崩壊する。石材の割れる轟きの中、またしても落ちていく私のセンサーが熱源を捉えた。


 このタイミングなら、ソールの熱線に間違いない。

 私は咄嗟に、すぐ側で一緒に落下していた瓦礫のひとつを蹴りつけた。


落下の軌道が変わり、そこへ高熱が照射される。

 瓦礫を蹴った足に直撃し、高エネルギーによって分子構造が引き千切られた。大腿部から下が燃えながら飛んでいき、私は背中から墜落する。


 激しく揺れる揺れる視界に、マーニが肉薄してきた。

 その右手の周辺が、歪んでいる。高密度の重力が光を歪曲させているのだ。


 躱せる体勢にない。


 手近にあった瓦礫を掴み、投擲(とうてき)しながら身体を回転させて体勢を取り戻していく。マーニは瓦礫を(はえ)のよう振り払って粉砕し、間合いに飛び込んできた。


 十秒だ。


 大雑把な調整だけで抽出した〝存在意思〟を、接近してくるマーニめがけて撃ち放つ。絶妙なタイミングでのカウンターだったが、視界の中でマーニの姿が(かす)んだ。


 回避される、と判断した私は、片足で飛び退きつつ撃ち放った〝存在意思〟を引き戻した。


 弾丸状で射出したのではない。一メートルほどの棒状として突き出したのだ。射程距離は短いが、雑な調整ではこれが精一杯だった。


 左の死角へ回り込んだと思しきマーニへ、横殴りに叩きつける。


 叩きつけようとした。


 その腕が切断され、〝存在意思〟ごと吹っ飛んでいく。


 頭上からの、ソールの熱線だ。横薙ぎにされた熱線は床板を炭化させ、その周囲を燃え上がらせた。


 私は一切の躊躇(ちゆうちよ)なく、身をひるがえす。

 目指すは、戸口だ。


 十秒、稼がなければならない。


 だが、切断された足の再生が間に合わず、機動力は()がれたままだ。片手片足では這うようにしか進めず、当然、彼らを引き離すのは不可能だった。


「醜態だな、ラグナロク」


 私の背中を踏みつけたのは、マーニだ。「使い手のいない君では、我々に敵うわけもあるまいに」

「往生際の悪いことですわね」


 傲然と私を見下ろすソールは、しかし侮蔑ではなく、その双眸に浮かぶのは――まさか――憐れみだった。


「悲鳴を上げて、あの男をお呼びになれば? 邪魔はいたしませんわよ」


 私をいたぶるつもりなのか、すぐさま私を破壊しようとはしない。屈辱的ではあるが、いまはこの時間が必要だ。


「遠慮しておこう」


 私は、踏みつけられて肩を竦められない代わりに、頬を小さく歪めた。「私の悲鳴を聞いても、笑い転げるだけだろうからな」


「あら、そんなに薄情ですの?」


 ソールはしゃがみ込み、その恐るべき指先で私の眉間を(つつ)いた。「あなたたちのほうがよっぽど、非人間的ですのね」


 これに私は、小さく笑う。

 まったく、おかしな話だ。


「――私は、人間じゃないからな」

「あの男も、な」


 マーニは、私を踏みつける足に力を込めた。靴裏から放たれる重力場が、私の全身を押し潰そうとする。床板が(たわ)み、いまにも爆ぜ割れそうだ。


「あいつは――」


私は言いかけて、言葉を切った。マーニの重力場によって肺が押し潰されたから、ではない。自分で言ったように、私は人間ではないからだ。


 だが、リロイは。


 マーニが、美しい相貌を醜く歪めた。

それは嘲笑だったが、いったい誰を(あざけ)ったのか。


「君の相棒が人間ならば、それはすなわち我々も人間だということだよ、ラグナロク」

「あるいは、〝闇の種族〟か」


 動けない私の鼻を()まんで(ねじ)りながら、ソールがくすくすと笑う。「まあ、彼本人はなんにも覚えちゃいないんでしょうけれども」

「――ロキ、だったか」


 確か、アシュガンはエミール、他の者はロキと呼んでいたはずだ。

 リロイの獣化に深く関わる、〝闇の種族〟。


「なぜおまえたちは、リロイとロキを同一視する」

「あら」


 目を丸くしたのは、ソールだ。その瞳の奥には、嘲りで巧妙に隠されているが、憤激と怨嗟が潜んでいた。


 彼女の指先に、力が入る。

 形のいい唇が、かすかに歪んだ。


「それはもちろん、彼の中にロキの遺伝子が組み込まれているからですわ」


 予感はあった。

 いや、それはもうほぼ確信と言っていい。


 ただ、恐ろしかったのだ。


 私は〝闇の種族〟を殲滅するために造られた兵器で、その私が、〝闇の種族〟の因子を受け継ぐ者を相棒に選んだ――それはすなわち、私が欠陥品、あるいは経年劣化による機能不全が起こっている証左になるからだ。


 恐ろしいのは、それ自体ではない。


 リロイを相棒に選んだ私の判断が、正常な状態で行われなかったかもしれない、ということになる。


 そして、いまなお相棒であることが、間違いである、と。


そんなことには、耐えられない。


「君でも、そんな顔をするのか」


 私を踏みつけ、見下ろしているマーニが、興味深げに言った。


「人間並みの情感を持ち合わせているのに、我々を殺害することにためらいはなかったのだな」

「恐ろしいですわね」


 私の鼻にようやく興味を失ったのか、ソールは優美な動きで立ち上がった。

 私を挑発するための言葉だということはわかっていたが、憤りが言葉となって喉を駆け抜けていく。


「おまえたちがそれを言うのか」


私の非難を、ふたりは否定もせず反論もしなかった。

 顔を見合わせて、肩を竦める。


「まあ、そうかもな」

「お互いさまですものね」


 それはまさに、人類に対しての侮蔑だった。

 お互いさまなわけがない。


 我々の世界を破壊し尽くした、適正生物〝闇の種族〟――そう、それが真実ならば。

 アングルボザは、自分たちは人間だ、と言った。


 当然のこととして、私はそれを否定した。


 しかし心のどこかで、それを受け入れようとはしていなかったか。

 人類の天敵たる〝闇の種族〟など、いない。


 だとすれば、それは私のこれまでの履歴をすべて否定することになる。私が倒すべき敵など、いなかったことになるからだ。


 しかしその一方で、私がリロイを相棒に選んだことは肯定される。

 あいつの中に誰の因子があろうとも、私の選択を、継続を、否定するものではない。


どちらを選ぶのか。


 選ぶべきか。


 そこは問題ではない。


 問題は、私があまりに希望的観測によって判断を(たが)えているのではないか、ということだ。


そして、それを望むこと自体は機能として正しいのか。


「――だから、我々がいなくなることはそちらにとっても好都合だろうに」


 思考が堂々巡りしそうな私の意識に、マーニの言葉が滑り込んでくる。「どうして、シュタールの提案を拒んだ」

「拒む以外にどんな選択肢がある」


 私は、小さく鼻を鳴らした。「そもそも地下にある航宙船で飛び立つというのなら、王都はどうなる? すべてを瓦礫に変えてあとは知りません、で済むと本気で思っているのか?」

「これだけ壊れたのだから、同じようなものだろ」


 平然とマーニは言った。


「逃げる時間ぐらいは与えてあげてもよろしくてよ」


 ソールは微笑む。小馬鹿にしているのではなく、それが親切だと心から信じている口ぶりだった。 

まったく度し難い。


「故郷に帰るというのなら――」


私は、言った。


「リロイも連れて帰るつもりなのか?」


 この質問は予想外だったらしく、ふたりは虚を突かれたように目を丸くした。

 なるほど、どうやらそこまでは考えていなかったらしい。


「置いていくのか? おまえたちの指導者だと聞いたが」

「指導者?」


 我に返ったマーニが、目もとを歪めた。「特にそう思ったことはないがな」


 ソールが意味ありげに、兄を横目にする。「そうかしら」初めて、兄妹が意見を異にした。「兄さまは、彼に対抗心がありすぎるのですわ」


「馬鹿を言うな」


 私の全身にのしかかる重力が、さらに増していく。床板が、乾いた音を立てて割れ始めた。


「そうかしら」


 ふたたび兄を揶揄するソールは、双眸を細め、剣呑な笑みを唇に浮かべた。「彼女に随分と執着していたようですから」


「よせ」


 拒絶の一言とともに、私の身体が床板をへし折りながら沈む。

 沈んだ。


 床板が完全に弾け飛び、私の身体を飲み込んでいく。木材の折れる音の中を落下していき、その抵抗がなくなった瞬間、階下の天井から床へと落下していた。


 兄妹喧嘩に巻き込まれた形で(はなは)だ不本意だったが、この瞬間を逃す手はない。


 床に叩きつけられるより早く、私は抽出し、調整していた〝存在意思〟を天井へと撃ち放った。


 無数の小さな球形にして放出した〝存在意思〟は、さながら散弾銃のように天井を穿つ。連鎖反応が連鎖反応を呼び、天井を瞬時に消滅させた。


 そのまま、上階の床、そしてそこにいるはずのマーニとソールへと〝存在意思〟の弾丸が襲いかかる。


 彼らと話をしていた時間で、威力は控えめだが広範囲に、精密な調整ができた。

 これまでの経験から、直撃はしないだろうと踏んでいる。だから私は、頭上の広範囲が素粒子の塵となって消失する中、腕と足の再生、及び〝存在意思〟の抽出、調整を開始した。


 直後、頭上からマーニが猛然と急降下してくる。


 その身にまとっていたウェストコートは〝存在意思〟によりぼろ切れと化し、彼自身の肉体の一部――左の肩口から背中にかけてが抉られたかの如く消失していた。


 我が身を損失してでも、私の追撃を阻むつもりか。


 床に背中から叩きつけられ、仰向けの姿勢のままの私に、これを躱す術がない。〝存在意思〟も抽出段階で、攻撃、防御、いずれの手段にも使用不可だ。


 せめて直撃を避け、反撃のための数秒を稼ぐ他にできることなどない。

 そして幸い、私は立体映像(ホログラム)だ。

 頭部を破壊されても、即死するわけではない。身体に受けたエネルギー量が一定の値を超えない限り、反撃の好機はある。


 私は片腕と片足を使い、少しでも遠くへ跳躍すべく力を込めた。


 そのときだった。


 超高密度の重力場と化したマーニの身体が、真横へと吹き飛んでいく。


 同時に私の身体を、衝撃波が打ち据えた。


 なにかが、飛来したのだ。


 その物体が音速を超えていたために、ソニックブームが発生したのである。

 床の上を転がりながら私が見たのは、壁に激突したマーニの身体がこれを打ち砕き、部屋の外――廊下へと投げ出される姿だ。


 その胴に脇腹から突き刺さっているのは槍――見覚えのある槍斧(ハルバード)だった。



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