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第三章 18

「馬車を止めろ!」


 アシュレイが、叫ぶ。新たな闖入者に動きが鈍っていた人狼たちが、その一声で動いた。こちらに向かってくる馬車へと、ためらいなく殺到する。あの体躯と数が揃えば、二頭立ての馬車といえどもすべて弾き返すのは不可能だ。


 御者の男は、背中に手を回した。

 引き抜いたのは、長剣だ。しかし御者席からでは、群がる人狼に攻撃しようとしても届かない。

 その長剣の鍔元には、奇妙な装置が設えられていた。長方形の箱形をしたその機械は、どう考えても剣そのもののバランスを崩している。


 彼は、剣の切っ先を人狼たちに向けた。

 発射音が、連続する。


 飛び出したのは、真ん中に穴が開いた金属製の円盤――戦輪、などと呼ばれる投擲武器だ。

 本来は指を真ん中の穴に引っかけたり、掴んだりして投げる物だが、あの御者はそれを機械式で発射していた。


 その威力はいかほどか。

 高速で回転しながら人狼の喉に喰らいついた戦輪は、硬い体毛を切断し、皮膚を引き裂き、筋肉を抉りながら気道に到達した。喉を押さえて膝をつく彼の傍らで、別の人狼が額を割られて仰け反る。


 その彼を押し退けるようにして前に出たひとりは戦輪を膝に受け、膝蓋骨が粉砕して靱帯が破損した。体重を支えられずに前のめりに倒れ、その背中を踏んで飛び出した人狼は右胸に喰らう。

 肋骨の間をすり抜けた戦輪は、彼の肺を真横に切断した。その歩みは止まらなかったが、大きな口もとからは血の泡が止めどなく流れ落ちる。


別の人狼はまともに顔面を打たれ、戦輪の刃が縦に眼窩を砕いた。それは脳にまで到達したが、蹈鞴を踏んだその人狼は、すぐさまそれを引き抜き、投げ捨てる。割れた顔面から血と一緒に脳漿がしたたり落ちるが、気にした様子はない。

 その肉体の頑健さは本家に劣るかも知れないが、タフネスぶりはなかなかのものだ。


 だが、彼らを倒す必要はない。

 猛スピードで駆け抜ける馬車の、その経路から排除できればいいのだ。


 リロイも、馬車との間の邪魔になる人狼を無造作に斬り捨てながら、その生死を確認することなく走り続ける。

 馬車は、スピードを緩めない。

 普通に考えれば、この速度の馬車に飛び乗ろうとするのは自殺行為だ。

 だが速度を緩めれば、追い縋る人狼に捕捉される。


 リロイは、自分と馬車の間を遮る最後の人狼の背中を斜めに断ち割り、肘打ちで転倒させた。

 そこからは一気に、加速する。

 馬二頭にひかれた馬車の速度に並び、車体に手をかけた。


 その手を掴んで引き上げてくれたのは、カイルだ。

 一体、いつの間に?


「まったく――読めないおっさんだな」


 馬車に乗り込んだリロイは、にやりと笑う。 


「おっさんはやめろ」


 不機嫌そうにカイルがぼやいた瞬間、馬車が揺れた。

 人狼がひとり、馬車後部に張りついている。

 赤みがかった茶色の瞳が、激しい怒りに揺れていた。


「行かせるわけにはいかないんだよ」


 そう言って馬車の中に乗り込もうとする彼女を、戦輪が襲う。御者の男が、あの剣を肩に担ぐ形で背後に向け、戦輪を射出したのだ。

 アシュレイは首を傾けてひとつ目の戦輪を躱し、ふたつ目を鋭い爪で弾き飛ばした。至近距離で銃弾並の速度で飛来する戦輪を捌くとは、他の人狼とはできが違う。


 なるほど、伊達に部隊長、というわけではないようだ。


 アシュレイが後部座席に入り込んだところを、リロイの刺突が迎え撃った。剣先は、体毛に包まれた彼女の心臓を狙う。揺れる馬車の中でも、速度と精確さに遜色はない。むしろその踏み込みの衝撃で、馬車が大きく傾いた。

 アシュレイは剣の軌道から身体をずらし、狙いを外す。完全な回避ではなかったが、心臓を狙った一撃が彼女の肩を刺し貫く。上腕骨頭が砕け、肩関節を破壊した切っ先はそのまま背中に抜けた。


 彼女の逆の腕が、唸りを上げてリロイに襲いかかる。

 リロイは剣を引き抜こうとしたが、抜けない。彼女の三角筋が、剣身を強く絞めているのだ。


 すぐさま手を離したが、そのわずかな時間にアシュレイの爪がリロイに到達する。

 仰け反ったリロイの胸もとを、四本の爪が削り取っていった。


 噴き出した血が、アシュレイの顔を濡らす。

 彼女は肩に剣を突き刺したまま、仰け反ったリロイに覆い被さってきた。大きく開いた口で、リロイの顔面を噛み砕くつもりか。


 だが、その口が銜えたのはリロイの頭部ではなく、銃を握ったリロイの手だった。

 その奥の喉からは、驚愕と焦慮の呻きが漏れる。


「殺し合いが必要か」リロイはさらに銃を彼女の口腔内の奥に押し込み、笑った。「いいな。大賛成だよ」そして問答無用で引き金を引く。


 銃声が牙の並んだ口の中で爆ぜ、アシュレイは仰け反った。

 銃弾は彼女の脳幹を撃ち抜き、小脳を破壊し、後頭部の頭蓋を砕いて飛び出していく。アシュレイの巨体が仰け反り、揺らぎ、後部座席から転がり落ちた。


 私は肩に刺さったままだ。


 さすがにリロイも忘れていたわけではなかったようで、身を乗り出して剣の柄を握った。アシュレイの身体が落ちていくので、そのまま剣身が抜け切るのを待てばいい。

 だがまさか、彼女がそこから襲いかかってこようとは。


 落ちかけていた身体を支えたのは、足だ。足の指に生えている爪を馬車の車体に突き立て、辛うじて支えている。そこから全身の筋肉を使い、上半身を持ち上げていた。

 前のめりになったリロイの頭へ、両手を伸ばす。掴まえて、ねじ切るつもりか。


 今度は、柄を握った手を離さなかった。

 むしろ身体ごと押し込むようにして、彼女の胸もとに飛び込んだ。


 アシュレイの指先は空を掴み、そしてふたり分の体重を支えきれず、足の爪が刺さっていた車体が割れて剥がれ落ちた。

 当然、ふたりは投げ出される。

 アシュレイの背中が舗装されていない道に激突し、跳ねた。


 その衝撃でようやく剣が抜け、リロイは彼女の胴を蹴って飛び離れる。そして着地するや否や、人狼に向かって疾走した。

 アシュレイの巨躯は背中を削られながら滑っていき、十数メートル先であざやかに跳ね起きている。頭を撃ち抜かれたダメージは、殆ど感じられない。大した再生能力だ。

 彼女の背後には、こちらに殺到してくる人狼たちが見える。


「下がれ、シュヴァルツァー!」


 カイルの切羽詰まった声と同時に、なにかが頭上を通過した。

 リロイはすでに、アシュレイの間合いに突っ込んでいる。

 そのまま彼女に斬りかかろうとした刹那、リロイは急制動をかけ、そして全力で跳び退った。


 視界の中、アシュレイのすぐ背後で光が爆ぜる。

 凄まじい爆風に乗って押し寄せてきたのは、熱だ。着地するより早く襲ってきた高熱の衝撃波にリロイの身体は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられて跳ね転がる。アシュレイも背後の爆発に打ち倒され、宙を舞った。


 飛び起きたリロイは、喉の奥で罵声を押し潰す。

 先ほどのものと同じ爆発物が、馬車から次々に投擲されたからだ。


狙いは、追撃してくる二十人近くの人狼だろう。

 倒れたアシュレイの背中は大きく吹き飛び、抉れている。体毛は焼失し、肉が爆ぜ、筋肉も千切れ飛んでいた。熱で焼け焦げた傷口からは、折れた脊椎が飛び出ている。


 人間なら即死のダメージだが、彼女はそれでも生きていて、両手が立ち上がろうと地面に爪を突き立てていた。

 追いかけてきていた人狼たちは、もうすぐそこまで迫っている。


 そこへ容赦なく、追撃の爆風と炎が襲いかかった。

 人狼たちの身体が、弾け飛んだ。


 連続する爆発に地面が陥没し、衝撃波が大気を震わせる。すでに後退し始めていたリロイの背中を数回にわたって殴りつけ、停止していた馬車まで前のめりの姿勢で吹っ飛ばされた。

 その全身からは、白煙が立ち上っている。

 周りに落ちてくるのは大量の土塊と、人狼の手足や肉片だ。


「悪かったな、〝黒き雷光〟」


 馬車の後部座席から顔を出したのは、御者の男だ。「あんたが落ちたから、あいつらを足止めしなくちゃと思ってよ」


「――そいつはありがとよ」


 立ち上がったリロイは、体中に浴びた土埃を叩き落としながら不穏な口調で言った。明らかに剣呑な雰囲気を醸し出しているのに、彼はまったく気にした様子もなく、手を差し出してくる。「アーネストだ」無精髭を生やした堅気ではない雰囲気の男は、それにしてはどこか人懐っこい笑みを浮かべた。「旦那の助手みたいなもんだと思ってくれ。よろしくな」


「次また、俺に爆弾投げやがったら」その手を握り返し、馬車に引き上げてもらいながら、リロイは言った。「おまえの口の中に、爆弾を突っ込んでやるからな」


「おいおい」御者の男――アーネストはリロイの脅しに怯みもせず、気軽に肩を叩いてにやりと笑う。「爆弾は食いもんじゃねえぞ」


「談笑してる場合じゃないぞ」


 どう考えてもそんな和やかなものではなかったが、確かにそんな場合ではなかった。爆発によって生じた黒煙と粉塵の中から、ひとり、またひとりと人狼が近づいてくる。

 腕が千切れた者がいれば、足を失い、両手で這いずりながら進む者もいた。割れた腹から腸を垂らしたままの者がいれば、顔面を失ってよろめきながら進む者もいる。


 行動不可能にならない限り、ただ愚直にアシュレイの命令を遂行しようとするのか。

 そのアシュレイは、追撃の爆発で道の端にある茂みに突っ込んだまま、ぴくりとも動かない。


「おっとまずいな」


 軽い調子でアーネストは呟き、しかし口ではそう言いながら、コートのポケットから取り出したのは煙草だ。

 火をつけ、煙を吸い込む。


「落ち着けよ」


 リロイに睨まれ、アーネストは苦笑いしながらコートの内側へ手を入れる。そこから取り出したのは、円柱形の物体だ。先端からは、紐が垂れている。これは導火線だろう。

 お手製の、爆薬か。

 彼は、口に咥えた煙草に導火線を近づけ、火をつけた。

 普通ならそこですぐに投擲しそうなものだが、彼は煙草の煙を吐きながら、近づいてくる人狼を悠然と眺めている。


「投げろよ」


 その威力を実感しているリロイが急かすと、アーネストは「わかってないな」と呆れたように首を振った。


「いい頃合いってのがあるんだよ、こういうのには」彼は、短くなっていく導火線をうっとりと眺める。「女と一緒さ。なんなでもかんでもぶち込めばいいってもんじゃない」

「こいつちょっとおかしいんじゃないか」


 リロイはカイルに訴えるが、彼はただ、肩を竦めただけだ。言っても聞かないと思っているのか、あるいはその能力を信用しているのか。

 アーネストは鼻歌を歌いながら、ひとつめを投げてもいないのにふたつめの爆薬を取り出し火をつけ始めた。


「なかなかタフな連中だな」


 なぜか嬉しそうに、口もとを緩める。「そういうのを壊すのがまた、楽しいんだよな」


「やっぱりおかしいじゃないか」


 リロイはぼそりと、独り言のように呟く。

 ――おまえとそんなに変わりはないと思うがな。


 私が心の裡で呟いていると、アーネストがようやく爆薬を投擲した。

 ひとつめは、近づいてくる人狼たちの足下に落下していき、地面に接するかしないかの位置で爆発する。人狼たちが爆風に吹き飛ばされ、千切れた四肢が宙を舞う。傷口から噴出する鮮血が粉塵と混じり合い、雨のように降りそそいだ。


 その爆発音が鼓膜を痺れさせている中、ふたつめが投じられる。

 ひとつめで大したダメージを受けなかった一群の頭上で、爆薬が炸裂した。直上からの衝撃波で、人狼たちは地に叩きつけられる。その衝撃は彼らの骨を砕き、肉と内臓を押し潰し、体毛を燃え上がらせた。

 なにより恐ろしいのは、それでもなお、人工的に作られた人狼たちが死なずに蠢いていることだろう。


「まあまあだな」


 どの辺りを評してそう言ったのかは謎だが、アーネストは上機嫌で御者台に戻る。馬車は動き出したが、もうそれをまともに追える状態の人狼はいない。


「――どうしておまえがここにいる、アーネスト」


 馬車が走り出し、煙草に火をつけたカイルが口を開いた。「迎えを頼んだ覚えはないぞ」


「でも助かったろ?」


 アーネストはそう言ったあと、「まあ、助けに来たわけじゃあないんだが」と続けた。リロイは、なにいってんだ、こいつと言わんばかりの顔をしていたが、カイルは違う。アーネストの口調になにかを感じたのか、表情を硬くした。


「なにがあった」

「王都が、襲われてるんだよ」


 あまりにもさらりと言われたので、リロイとカイルはその意味を呑み込むのに数秒かかり、すぐには反応できなかった。

 アーネスト本人はそれが重大事だとは認識していないのか、あくまで軽い調子で続ける。「まあ一応、あんたにも知らせたほうが良かろうと思ってね」

 一応、どころの話ではないと思うが、彼の口調だけだとちょっとした事故かなにかが起こった程度の話にしか聞こえない。


「誰に襲われてる」


 馬車は疾走している。慌てる意味はないと判断したのか、リロイは座席に身を深く沈めながら訊いた。


「〝闇の種族〟さ」


 アーネストは言った。


「大量の〝闇の種族〟が、王都に出現したんだよ」

「大量だと」


 カイルの顔が、強張った。「正確には?」


「数えられんよ」


 涼しい顔で、アーネストは答える。「あっという間さ。門も破られてないのに、どこからともなく現れた〝闇の種族〟で王都は溢れかえった。騎士団が応戦してたが、あれもいつまで持つやら」


「城は落ちたのか」


 煙草を吸うことすら忘れて、カイルは問いかける。その切迫した様子とは対照的に、アーネストはゆっくりと煙草の煙を吐き出した。


「それを確認してちゃ、脱出できなかった。だから俺が出て、ディアスが残った」

「眷属の種類はわかるか」


 カイルは、指の間に挟んだままだった煙草を思い出したように口もとに運んだが、灰になった部分が大量に崩れ落ちて小さく舌打ちした。


「俺が見たのは下級だけだったが、人喰い(グール)やらコボルトやらごちゃごちゃいたぜ」アーネストはさらにふたつ、三つ、種族名を上げてみせる。「そういやあ、なんか凄えでかぶつもいたなあ」


 そう言って、首を捻る。


「なんつったかな。俺も初めて見たぜ、あんなの」

「おい、爆弾魔」


 ここまで黙っていたリロイが、不意に口を開いた。


「おう、なんだい」


 アーネストは、爆弾魔と呼ばれたことを否定しない。「ちなみに俺は独身で、彼女募集中だぞ」


「おまえのケツには興味ないし――」リロイは、御者台を蹴っ飛ばして鼻を鳴らした。「俺のケツも、おまえに貸すつもりはない」

「そら残念」


 アーネストは下卑た笑い声を漏らし、それからリロイに先を促す。「で、なんだ?」


「食い物と酒はあるか」

「さあ」


 アーネストは首を傾げた。「適当に乗ってきた馬車だから、その辺を勝手に探してくれ」


「盗んだのか」


 カイルがぎょっとしたように腰を浮かせたが、ちょうど石かなにかを車輪が踏んだらしく馬車が跳ね、彼は慌てて座席を掴んで転倒を防ぐ。


「あの状況じゃあ、暢気に買い物なんて到底、無理だったさ」


 悪びれなく、アーネストは言った。「それにもう、持ち主は――」


「そういう問題じゃない」


 カイルは強い口調で遮ったが、アーネストはどこ吹く風といった様子で肩を竦める。その態度にカイルは溜息をついたが、リロイが後部座席に置かれていた箱を勝手に開け始めたのを見て、嘆かわしげに頭を振った。

 リロイは箱の中から、日用品や衣類など旅に必要なものの他に、煙草や酒などの嗜好品、そして保存食を発見する。瓶詰めにされた酢漬けの野菜や、燻製肉、そして新鮮な果物もあった。

 リロイは肉を咀嚼しながら瓶の蓋を開け、野菜を次々に囓り取っていく。そしてそれを、酒で胃袋に流し込むのだ。


「おまえも食っとけよ」リロイは、肉の塊をカイルに差し出す。「あっちに着いたら、食べる暇なんかないかも知れないぞ」


「そうかもしれないが――」カイルはためらう。人のものを食べる、という罪悪感以外にも、この状況では食欲が湧かない、といった表情だ。


 しかし、見つけた食料をすべて食べ尽くす勢いのリロイを見ているうちに、食べなければいけない、と義務感に駆られたらしい。勢いはリロイに及ぶべくもないが、少しずつ、口に運び始めた。


「俺にも少し、残しといてくれよ」


 御者台からアーネストが声をかけてきたが、リロイは当然無視して食事を続ける。

 そしてあらかた食い尽くすと、座席に横たわった。


「ちょっと寝るから、着いたら起こしてくれ」


 そう言ったかと思うと、次の瞬間に寝息を立て始めていた。

 リロイの生態からすると、王都が襲われようがなんであろうが現場に着くまではなにもできないし、そしていまできることは、栄養補給と休息だけだ、というごく自然で当然の行動だ。

 しかし、それをこうも躊躇なくやられると、周りの人間には異常行動に見えてしまうのも致し方ない。


「ホントに寝やがった」


 アーネストは、声を出して笑った。「信じられねぇな。どんな心臓してんだよ」


「合理的だな」


 カイルが、強張っていた表情をわずかに緩めた。「なのにどうして、普段の言動が滅茶苦茶なのか」


「そりゃあ、あんたもそんなに変わんねえよ」


 アーネストにそう指摘され、カイルは少し驚いたように目を見開いた。


「そんなわけはないだろう」

「あるさ」


 否定するカイルに、アーネストはにやりと笑う。「だから俺もディアスも、あんたについてきたんだぜ」


「――そうなのか?」


 愕然としたカイルの反応に、アーネストは肩を震わせて笑った。あまりに楽しげに笑うので、カイルは馬鹿にされたとでも思ったのか、少しムッとした様子で座席に背中を預ける。そしてまだリロイから受け取った肉を完食していないにもかかわらず、新しい煙草に火をつけた。


「あんたも、少し休んだほうがいい」


 しばらくして、アーネストが言った。「着くのは明け方だ。あっちがどんな状況かはわからんが、少なくとも、全部退治しましたってことにはなってないと思うぜ」


「そんなこと言われたら、余計に寝つけないだろ」


 カイルは苦笑し、それでも座席に身を横たえる。

 その言葉どおり、かなり長い間、身動ぎして眠れないようだった。リロイの鼾が原因かも知れないが、それも車輪が道を削る響きに呑み込まれている。


馬車は、暗い道を駆け抜けていた。

 朧な月明かりでは、先を見通すのは難しい。


 それはまるで、不吉な結末を暗示しているかのようでもあった。

 


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