そして、部活の後
「ボクはちょっと嫌な予感してたけどね、パン教室で知り合った仲なんて一番胡散臭いエピソードじゃん」
いつもの「部活」(という名の合コン)の帰り、いつものファミレスで男3人は今日も反省会をしている。
「いやいや悪くなかったぞ。同じメンツでまたやってもいいぐらいだよ。パン教室なんて、女の子って感じでいいし、なぁ」
「これだから男兄弟しかいない人は困るよ」
「来也、お前こそ1人っ子だったよな」
畔柳隼人は鳥の唐揚げを口に放り込む。今日の「部活」は、女性の希望でアジアンダイニングにしたけれど、甘いのか辛いのかよくわからない味付けに隼人は早くもギブアップしていた。というわけで、反省会のいつものファミレスではいきなり唐揚げとフライドポテトを注文している。
「それより智、由希ちゃんと喋れたか?」
「だって彼女は来也でしょう。どうもこうも」
「何言ってんだよ、お調子者のフリーターよりちゃんと働いてるほうが絶対有利だって」
「隼人くん、堂々とボクをディスらないでよ」
気を利かせてくれたのか、今回の部活は来也がまた由希ちゃんを呼んでくれた。由希は前回の「学生時代のあだ名問題」が尾を引いたのか、少し前に知り合ったばかりというパン教室仲間を連れてきた。
「真理ちゃんって子、可愛かったよなぁ」
「一番若かったしねぇ、隼人エロオヤジ」
「バカ、年関係ねぇよ。22だから7つしか変わんねぇだろ」
「ウゲェ、7つ違えば相当ギャップあるよ」
智は真理の舌足らずな物言いが最後まで気になって話に集中できなかった。あれはわざとだろうか、22にしては幼いイメージで、あんまり世渡りがうまくなさそうだった。
「来也はあの佐宗凛みたいな女の方がいいんじゃねぇか?フリーター向きだぞ」
「ええー、まじ怖い、ああいう女」
「贅沢だなぁ、お前」
佐宗凛は真理とまったく違うタイプで、仕事が充実しているという29歳。結婚しても共働きが絶対条件で、もし専業主夫になってくれたらバリバリ仕事頑張って今よりも収入増やすからオッケーだし、むしろサポートして欲しいっていうか、とまるで条件を確認し合うバイトの面接のような自己紹介をした。
豪快に生ビールの大ジョッキを飲み干し、大皿料理がくればいち早く手際よくとり分ける。誰かのグラスが空いていたらすかさず「次どうする」と聞いてくる、と完全に仕切っていた。デキる女であることは重々わかりました、と肩を叩きたくなるような立ち居振る舞いに、智は終始お尻がむず痒かった。
「来也はあの気配り、叩き込んでもらえ」
隼人は笑いをかみ殺している。
「あんな気配り、したくない。うざい」
「気配りしてる割には、自己主張しすぎじゃなかったです?あの真っ赤なブラウス」
「俺、視界に入るたび鼻息荒くなっちまったもんなぁ。牛になった気分だったよ」
「わははは、隼人くん、飛び込めば良かったのに〜」
来也がひーひー喜んでいる。
「で、智。由希ちゃんはどうよ」
「いきなり話戻りますか」
由希は今日は飲み会ということもあって、ブラウスを着ていたけれど、それでもやはり下はショートパンツだった。すらりと伸びる脚と、ヒールの高い靴がとても似合っていた。きっと彼女のクローゼットはショートパンツとミニスカートで埋まっているだろう。
「今日のシースルーのブラウスはちょっと可愛かったけど。もっと胸がでっかいとなお良かったね」
来也と隣同士になった時間もあったけれど、前回ほどには構っている印象はない。ただ、前回連絡したのは来也のみ。今回も智に何もなければもう脈なしだろう。
「待ってないで智からメッセ送れよ。別に気楽な感じでいいんだからさ」
「急に恋愛になると乙女キャラ封印するんだもんなぁ。意味わかんない」
ただ智は2年前の別れが思いの外自分に傷跡を残していることを実感する。確かに1年以上付き合っていて安心していたところはある。ただ、彼女からの連絡が次第に少なくなっていたこと、メッセージの本文からハートマークが消えたことなどに気づくことなくいつも通りに接していた。さあこれからアウトドアシーズンだと気合を入れて予定を組もうとしたところに「いつも自分のことばっかり。少しは空気呼んだら」とメッセージがきたと思ったら、取りつく島もなく連絡が取れなくなった。あの喪失感は恐怖以外の何物でもない。言ってくれよ、何も言わないで察しろなんて、そっちこそ傲慢だよ。今でもそう言いたい。
「とにかくメッセージ送っとけよ」