男の迷い
蔵田智は資料に集中するふりをしながらも、意識はどうしても椎野和佳を向いてしまう。
全メンバーが揃う打合せは一旦はこれが最後で、そのあとは個々に連絡を取り合うことになる。ということはこんな風にワカに会えるのも今日が最後ということだ。
これからも会えるのか、僕たちは。
智はつくづく考える。確かにワカの快活な笑顔や仕事で見せる別の顔には魅力を感じる。けれどそれが好きなのかと聞かれたら、まだよくわからない。そこまでワカのことを知らないし、相手もそうだろう。
そしてあの部屋。引越しのダンボールは限られたものしか開かれてなくて、彼女が今本当はここにいないことを強く感じさせる。一度決めた故郷に帰るということを一旦保留にしただけなのだと思い知らされる。
「智くんはいろいろ考えすぎだから、一旦そういうのやめたほうがいいよ」
来也から言われたことは半分はわかる。ただ、わかることとできることは別問題だ。智はうじうじと考え続けていた。
そもそもワカがどう考えているのかわからない。あんな風に誘ってくれたのは智に何らかの好意があると見ていいとは思うけれど、ただ寂しかっただけなのかもしれない。男にもあるのだから、女にもあるのだろう、どうしても寂しい気持ちになるような夜が。
「ワカとはそれっきり?マジかぁ、こんなとこでボクとデートしてる場合じゃないよぉ」
来也は顎を突き出すようにして、折れ曲がったストローの先からラッシーを吸う。
今日はインドカレーの店に来ていた。なんかスパイシーなものが食べたいという来也のリクエストからだ。
「何だろうなぁ、やっぱただの遊びだったのかなぁ」
「女はさ、基本待ちの姿勢をとらないといけないって思ってるの。いろんなとこに自分を安売りするなって書いてあるんだし。そういうのくんであげないと。初めての時に誘わせといて放置ってそりゃないよー」
来也の髪の色は真っ黒になっていた。色つけるとすぐ飽きるんだよなぁと唇を尖らせる。
「来也はどう。最近」
ここ数ヶ月は女の影を見ないのではないか。
「何その下手な話題の逸らし方」
「本気で聞いてるんだよ」
「ボクのことはいいって。とにかくちゃんと伝えなきゃだよ、智くんの気持ち」
「それがさぁ」
わからないんだよ。智は考える。ワカの言動にハラハラして、気持ちが浮ついているのは認める。ただそれがそのまま好きなのかと聞かれたら、そうであるような気もするし、違うような気もする。そんな時に「好き」なんて言えないし、「付き合おう」なんて口にはできない。もし、相手から「付き合おうよ」と言われたら断る理由はないけど、というだけのことだ。
何て傲慢なのだ、自分は。智はもし自分を客観的に見ていたとしたら、すぐさま「何を言ってるんだ、ごちゃごちゃ言ってないで、告白しろよ」と言うだろう。ただし、当事者はそう簡単にはいかない。
姉妹母親、ついでに父親、この人たちに対して「自分の好きな人です」と胸を張って言えるかと言われたら、よくわからない。ましてや、結婚と言われたら。
「案外智くんって、恋愛に対して慎重だったんだなぁ。知らなかった、意外」
「慎重というか・・・」
前付き合っていた彼女との始まりは何だったんだろう。ご飯に行くようになって、何度かデートして、そのうち彼女の方から「ねぇこれって付き合ってるの」と言われ「うん、そうだね」って、そんな感じだった。もともと押されるのに弱いのだ、今は押してくれる女の子もいないけれど。
「優柔不断なのも、妙な乙女キャラも友達としてなら許せるけど、恋愛向きじゃないと思うなぁ。別に変われなんて偉そうに言わないけど、現状じゃ満足できないんなら、自分が変わるしかないんじゃないのー?」
来也は残していたナンを小さくちぎって口に放り込む。
「なぁんて、ボクに怪しい自己啓発本みたいなこと言わせないでよー」
智は自分について考えることが得意ではない。昔から母や姉から「あんたの考えてることはすぐわかるわよ」と言われ続けてきたのだ。言葉に出さなくても、「あんたはこうでしょ、すぐ顔に出るから」と決められてきた。別にそれが間違っているとは思わないし、実際そうなのだろうけれど、就職活動でも自分の長所と短所は姉や母親に聞いて履歴書を仕上げたのだ。
だから余計にわからない。自分は変わりたいのか、現状を打破して彼女を作りたいのだろうか。




