あんなことやこんなこと
戸苅来也は待ち合わせた蔵田智の顔を見てピンときた。コイツ、やったな。
「智くん、おめでとう。二度目の童貞卒業」
「あ、何だよ、それ」
うろたえるところが智の可愛いところだ。来也は面白くなってくる。
「久しくヤってないと童貞に戻るから、男は」
「うそつけ」
智は笑いながらも、動揺していた。瞳の動きがせわしない。
「相手はあのパリピ?やるなぁ、隼人くんに触発されたか」
「いや、そういうわけじゃないけどさ」
智はまんまと来也のトークにはまっている自分を自覚しながらも、その鋭さに降参していたし、助かってもいた。今更、いい年の男同士、告白でもないだろう。
「でも、付き合ってはないっぽい」
そういうこと、になって気づくと朝6時。ワカの部屋は駅近くだったので、急いで自宅に帰ってからいつものように、いや少々ふわふわした気持ちを抱えて出社した。帰り際、「これからも仕事よろしく」
と言って送り出されたきりだけれど、あれはこれまで通りの関係で、という意味なのか。
「だからさぁ、隼人くんも智くんもちゃんとキメるとこキメろっての。抱き合って、好きだよ、愛してる、そう言えばいいのに」
正直、智はあの時のことはあまりよく覚えていない。いや、手に残る感触やそのことやあのことは忘れようもないのだけれど、自分がどんなことを言ったのか、どんな顔をしていたのか、ワカはどうだったのか、気にかける余裕がなかった。悲しいかな、これが久しぶりというサガなのだ。
隼人はどうも調子が出ない。ヨアから理由を聞き、まだ帰れないと言うのでそのままにしてきた。何でもあの隼人が連れ帰った夜はとても深く眠れたのだと言う。
「ここにいれば大丈夫な気がして」
ヨアは帰ってくる。多分今日も。ぼうっとしながら給湯室に入ると、何と毬恵がいたのだ。猫のキャラクターのついたマグカップに、スプーンでココアの粉を入れていた。
「あ、お疲れ様でーす」
隼人の姿に毬恵はのんびりとした声をあげる。「あれ、今何杯だっけ」とすぼめた唇が可愛らしい。
「ごめん、邪魔した?」
かがんだ毬恵の頭上にある扉に手をかけ、隼人は「今起き上がらないでね」と扉の下に反対の手を当てながらそっと引いた。
「ココア、飲みます?」
くぐもった声が聞こえ、隼人は一瞬混乱したけれど、毬恵が発したに違いない。
「え?ココア」
正直あまり甘い飲み物は好きではない。乙女智じゃあるまいし。
「飲まないですよね、畔柳さんお酒好きだし」
「あ、もういいよ。扉閉めたから」
いつまでも中腰の姿勢の毬恵に言うと、「あは、そうですよね」と頬を赤らめた彼女が顔を上げた。
「また太っちゃいます。こんなの飲んで」
「だなー、コーヒーブラックとかにしなきゃ」
「えー、嫌いなんです、苦い飲み物。子供の時なんて緑茶に砂糖入れてたぐらいで」
「えっ、まずそう」
何だ、何だ。隼人は軽口を叩きながらも戸惑いが胸にこみ上げる。こんな風に毬恵と気安く話せていたか、以前の自分は。
「畔柳さんってよく合コンとか行くんですか」
やっぱり。隼人は女どもの口の軽さに感心する。まぁ社内であれだけあけすけに話されていたんじゃ当たり前か。
「んー、まあ友達のためでもあるかな」
隼人は少々格好つけながら、智の顔を思い起こしている。
「私も行きますけど、いい出会いなくって」
毬恵がふうふうと息を吹きかけたココアからチラリと視線を上げた。
え、何だ。一気に隼人は混乱する。
「やっぱり・・・ココア貰おうかな」
「そこは、じゃあ合コンする?でしょー、もう隼人くん、意味わかんない」
またファミレス男会が開かれていた。世の中の飲食店の奴らは、そろそろ男子会コースというお得パックを考えてくれてもいいと思う。隼人はそんな風に気をそらしながら、来也のため息を聞き流した。
「もしかしてヨア?だって別に好きですって言われてないんでしょ、ただ厄除けに一緒に居てくれってだけでしょ」
「そうなの?隼人くん、おばけ退治できるの?」
「智、バカにしてるのか、それ」
「それは絶対隼人くんを誘ってたね、手毬ちゃんだっけ」
「毬恵!わざとだろ、お前」
隼人はますますわからない。だって彼女はインテリの里仲系が好みなんだろ?