ワカとヨア
「あそこのウーロンハイってめちゃくちゃ薄いんだよね。だから気づかなかったかもしれないけどー、あれだけで酔っちゃうんだ。びっくり。私あそこのチューハイで酔ったことないし」
まだ夢の中のようだ。蔵田智はソファに寝かされている状況をようやく把握し、お腹の上にかけられたキティちゃんのバスタオルをなぜかぎゅっと握る。
「家、わかんないし、アニキハヤトゥに連絡したけど携帯出ないから、とりあえずウチに」
見渡すと、引越し業者の段ボールがいくつか山積みになっていて、口が開いたままのものもある。ソファ、テーブル、ベッド以外に家具はなく、ワンルームの部屋はこざっぱりとしていた。
「引っ越そうと思って、慌ててやめたからこのまんま。またいつ帰るかわかんないし」
智の視線の先を説明するように、ワカは口を開く。モコモコしたルームウェアはショートパンツで目のやり場に困る。
「迷惑かけてごめん。あの」
話すとまだ頭がズキズキする。智はアルコールを全く受け付けず、それは母親譲りだ。アルコールの効いた洋菓子でも顔が真っ赤になるぐらいで、いつも気をつけていたのに。
「ああ、いいよ。水飲んで」
ペットボトルを渡され、「お金」と言った先からまた頭が痛くなった。
「よく水分とって、よくオシッコすること」
そう言うと、ワカは缶ビールを煽った。
「ごめん、焼き鳥は、あのお金」
智は水を喉にゴクゴクと押し込みながら、言葉を出そうとするけれどうまくいかない。
「おー、いい飲みっぷり」
ワカが笑う。その顔がゆらりとゆがんだと思ったら、また智は意識を失った。
智は薄暗い部屋の中、目を覚ました時には一瞬訳がわからなかったけれど、すぐに昨夜の自分の醜態を思い出した。半身を起こすと、見覚えのあるキティちゃんのバスタオルがきっちりかけられてあって、それをめくるとパンツ一枚の下半身が見える。あれ、いつ脱いだんだろう。視線を巡らすと、床の上にきちんと畳まれた自分のチノパンが見えた。
脱がせてくれたんだろうか。
カッと頬が熱くなる。ふと、ベッドを見ると、こちらに背中を向けて寝入るワカがいた。ああ、やっちまったなぁ。という後悔で智の体は充満してくる。
ふっとワカの背中がよじれたと思ったら、ぱちっと開けられた瞳がこちらを見ていた。
「あ、おはよう」
絡まる喉からようやく言葉が押し出てきて、智は羞恥心でどうしようもなくなった。
「どう?気分」
アンニュイなワカが可愛らしく見える。
「んー」
頭を左右に倒してみるけれど、痛みも不快感も湧き上がってこない。
「大丈夫みたい、ありがとう」
「ん、よかった」
また背中に向き直ったワカの後頭部を眺めていると、
「ねぇ・・・エッチとか、する?」
というワカの小さな声が響いた。それは智の目の前ではっきり浮遊し、はらりと手の中に落ちてくる。「うん」という言葉が胸の奥に溜まって出てこない。焦る智は息を目一杯吸い込んで、一気に腹の中を吐き出した。
「おばけ?」
畔柳隼人は、ヨアの瞳を見つめる。
「んー、そう言っちゃうと何か呆気ないけどね。私そういうの取り憑かれやすいのかな」
いよいよヨアが居ついて一週間という時に母親から「若い女の子なんだから、親御さんとか心配しないの。ちゃんとそこのところ聞いてる?」と突かれた。それで隼人は思い切って「家帰んなくていいの?」と切り出したのだ。相当な勇気が必要で、帰り道にコンビニで缶ビール2本空けてから帰宅したのだ。そしたら、ヨアは「おばけがでてこわいの、あの部屋」と言い出した。
「私さ、前看護師だったのね。そんで色んな人の死に立ち会っているうちにちょっと辛くなってきて、でもそういうのもようやく乗り越えられるようになってきたら、一番の仲良しの同僚が、死んじゃって。自殺。そこからもうダメ。辛くて辛くて毎日泣いて。いよいよもうダメってなって辞めたの、病院」
「その仲良しの子が出るの?」
「ううん、あの子はそんな未練残すような子じゃないから。違う人がそこら中にいるの。妙に敏感になっちゃって。お酒で誤魔化せてたのが最近はそれも効かない」
それでか。隼人は納得した。あんな無茶な飲み方も酔いたいからなのだ。
「でもパリピは楽しいし、お酒は好きだからこうなってんだよ。まぁ彼氏は逃げちゃったけど。ずるいよね、一番いて欲しい時に」
笑うヨアの首元を思わず隼人は引き寄せる。