好きって何?
『え、まじ。アニキャラハヤトゥのとこに?』
蔵田智は、ワカのメールの文面から、そういえば隼人がそんな風に呼ばれていたという記憶が蘇ってくる。ワカは酔っ払っているようで、ちゃんと覚えていたのだ。
『隼人くん、どうしてなんだろうって悩んじゃって。ヨアさんって彼氏とかいるの?』
『今はいない。少し前に別れた』
少し前、というのがどれだけ少しなのか前なのか智には検討もつかないけれど、少なくとも智や隼人ほどには間が空いていない印象を持った。意外だった、あんな風に弾けた女の子にちゃんと彼氏がいたのだ。
隼人はあれからファミレスで散々クダを巻いて、母親からの「ヨアちゃん帰ってきてるよ」というメッセージを受け取るとすぐ帰って行った。
「どうなのよ、あれ」
来也は苦笑いをしている。
「どうって、好きなのかなぁ」
智は半分以上残った隼人のビールを眺めた。
「案外押しに弱いのかな、隼人兄貴は」
隼人は好きな芸能人の傾向からも、ぽっちゃりして顔のふっくらした朗らかな女性がタイプだ。でもヨアはよく笑う口は大きいけれど、それ以外のパーツは小ぶりで体も華奢だ。
「これで兄貴達とワカヨアくっついちゃったら、ダブルデートでパリピか。ボク仲間はずれだなー」
拗ねたように口を尖らせているけれど、来也の鼻の穴はヒクついている。
「隼人くんはともかく、こっちは付き合ってないっての」
「案外智くんにはいいと思うよ、ワカっち」
そうか?智は来也の言葉に思考が停止してしまう。
「っていうかさ、兄さんたち手がかかりすぎなんだよ。いいんじゃないの? とか援護してあげないと好きの1つも言えないわけ?勘弁してよー、中坊じゃあるまいし」
「好きっていうかさ」
好きなのだろうか。
『でももしヨアに彼ができるんなら、それはそれで嬉しいかも。いつまでもはっちゃけてばかりいられないし』
ワカの言葉に智は勝手に心が弾むのを自覚した。何だこの気持ちは。
『ねぇ、今日良かったら焼き鳥食べに行かない?美味しい店あるんだけど』
さらっと誘われることに智の気持ちが追いつかない。ん、と考え、え、と思い、もしかしてこれはデートなのかと固まったところで、(何てキモい男だ、僕は)と頭を掻き毟る。デートとか浮かれてんじゃねぇぞ。これはただ焼き鳥を食べたいが為に誘っているだけだ、何を勘違いしてんだ、気持ち悪いぞ、僕。落ち着け、ここはさらっと返せ。
『焼き鳥イイネー』
返信してから猛烈に反省する。何だこの軽薄な返信は。何様のつもりなんだよ。せっかくお誘いいただいているのに、イイネとは何事なのだ。どんだけいい男のつもりなんだよ。
『じゃ、店の情報送っとくね。現地集合』
何の気持ちも読み取れない返信に、全身の力が抜けていく。智はこの数行のやり取りで神経全て使い果たしてボロボロだ。
昼食のデスク、買ってきたサンドウィッチをぱくつきながら、コーヒー牛乳で流し込む。サンドウィッチについている点数シールを丁寧に剥がして、パスケースに貼り直した。この前ワカが「これ集めてるんだよねー」と見せてくれたものだ。何十点か集めると、もれなくキャラクターのグラスがもらえるらしい。
それから送られてきた情報を開いて、早速自分のデスクのパソコンでもその店を検索してみた。口コミサイトはヒットするものの、店独自のページはないらしい。路地裏の隠れた名店といった取扱いをされている場合が多く、チュウハイは薄めだから注文するな、という注意書きまでご丁寧に付けられている。
智はデートなんて久しぶりだなぁと1人悦に入りながら、いやいやデートとかキモいし!と1人突っ込んで椅子に座り直す。午後の仕事は集中できそうにない。
店に到着すると、すでにワカは出来上がっていた。
「あー、智ッチ、こっちー!」
と半分以上減ったジョッキを持ち上げる。煙と喧騒でごった返した店内で、ワカの声はひときわよく響いた。
座ってひとまずウーロン茶。氷のたくさん入ったジョッキで喉を潤して、さあ焼き鳥と思ったら目の前がかすんでくる。あれ、煙がひどいのかなと思ったら最後、グルングルンと世界が回り始めて、智は気を失った。
「本当に飲めないんだ、一滴も」
気がつくと、目の前にワカの顔がある。わぁっと声をあげて起き上がると、そこはどう見ても、女の子の部屋だった。智が飲んだウーロン茶はウーロンハイだったらしい。