隼人とヨア
「だから、友達なんだって」
畔柳隼人は、電話を手で覆って必死で言い訳をする。ちくしょう、何で俺がこんな目に遭うんだよ。
昨日は、久しぶりに友達と男2人で飲んでいい気分で街を歩いていた。終電には十分間に合う時間だったし、コンビニでちょっとエロい雑誌でも立ち読みして帰るかと思っていたら、拾ってしまったのだ。あのパリピを。
道端でドロドロになって座り込んでいる女を遠巻きで見ていたけれど、突然立ち上がった女が「さあ、はい、はい!」と騒ぎ立てたところで、あの日何度も聞かされたコールが蘇ってきた。間違いない、あの時の片割れだ。えっとどっちがどっちだ?
「大丈夫?えっとワカ・・・ヨア?」
我ながらよくこのワードが出てきたものだと感心するけれど、思えば何度も聞かされていた。
「はい?あ!アニキャラハヤトゥだっ」
泥酔していても、ヨアの飲み会回路は正常なようで、あの時に隼人に勝手につけていたあだ名をさっと取り出した。よく覚えてくれてたな、隼人は感心すると同時に介抱する羽目になっていたのだ。
自宅を聞いても言わないし、片割れの姿は今日は見当たらない。かの名刺が手元になくてその片割れの連絡先もわからないし、隼人は仕方なく自宅に連れ帰り、仕事前に両親には「友達が寝てるけど、酔っ払ってるからよろしく」と言い捨てて出てきてしまったのだ。置手紙をしようと思ったけれど、何と書いていいかわからず、「大丈夫か、何かあったら連絡を」と携帯電話の番号だけ残してきた。
そうしたら、様子を見に行った母親から「友達って女の子じゃないの、誰よ、あれ」と慌てふためいた電話がかかってきたのだ。
俺に女友達がいちゃおかしいのかよ。
隼人は胃の不快感とともに、この偶然を呪う。何で巻き込まれてしまったのだろう。
「今日二日酔い?合コン好きだよねぇ」
先輩の女性社員がからかうような視線を投げてきた。美人だけれど、意地の悪さがその眉毛の形と濃い化粧に現れている。
「昨日は友達とですよ、勘弁してください」
「昨日は、ねぇ」
意味深な笑い方をするその背後に、毬恵ちゃんがパソコンに向かっている丸い背中が見える。最近彼女は、髪型を肩までのボブに変えた。もしかして彼氏の好みなのか。下世話な想像しかしない自分を隼人は心底軽蔑する。
そこへショートメールが来た。確認すると”昨日は迷惑かけてすみません。お母さんが遠巻きに観察してるみたいなんだけど、話しても大丈夫?ヨア”とある。苦笑いして”変な人じゃないから大丈夫”と隼人は素早く返信した。
「いやだ、ニヤニヤして。合コンの彼女からいい返事でも来たの?」
先輩女子は相変わらず人の観察を怠らない。その労力を何か別のものに活用できないものか。隼人は本気でそれを考えたこともある。
「違いますよ、ニヤニヤしてませんって」
断じて嬉しくなどない。ただ困っているのだけなのだ。そもそも酒に呑まれるような女は好きではないし、あんな女が彼女になったら大変だ。
「合コンってそんなに楽しい?」
先輩女子は暇なのか、続けてそんな質問を投げてくる。確かに、ヨアは合コン(俺たちにとっては部活だけれど)で知り合った子と言われたら否定はできないけれど。
「楽しいか楽しくないかって言われたら、楽しいですけど、実益があるかどうかは別です」
「何それ、意味わかんない」
先輩女子はそう言うと立ち上がってフロアを出て行く。その前に目配せした同期入社の愚痴りーずで給湯室でストレスを発散しにかかるのだろう。女なんて、一時的な群れしか作らないくせに、短期間でさっと相手の顔が見えないほどの近い場所まで踏み込みたがる。ただ一度でも距離感を間違えると、パートナーはすぐに変わる。つるんでも、他の奴らの悪口は欠かさないし、それが結束できる唯一の方法だと本気で信じているらしいのだ。隼人にはそれが理解できない。ただ。
あの女、ヨアはつるんでいない気がする。
何に不満があるのかはわからないけれど、ただひたすらに1人で発散している。その潔さに、隼人は感心してしまうのだ。群れることを手放して、あの女には道端に倒れこむまで飲む、飲むときにはとことん弾けるということしかないようなのだ。自分の兄貴魂が疼く。
“昼はうどんだって。ごちでーす。ヨア”
そんなメッセージに心が解けていくのがわかる。ゆっくりと隼人の中に温かいものが駆け巡った。その正体はまだ隼人にもわからない。“美味しくなかったら正直に言うこと”返しながら、こんな感覚久しぶりだなとふと思う。




