女たち
椎野和佳は契約の営業マンだったらしく、先輩上司とともに今回の仕事を請け負うという話だった。智は目の前で繰り広げられる、無遠慮な男同士の噂話からは距離を置いて耳だけを傾けていた。
「後から来る紅一点の椎野なんですけどね、アイツ変わり者で、田舎帰るつもりでいたのに、やっぱり思い直して就活したっていう。なんでも仕事も人間関係も全て整理したのに、こっちに居る理由ができたとかで。うちの社長、そういうちょっと変な、癖のありそうな女が好きで参りますよ」
「女の扱いには結構気を使いますよね。下手にしごくとセクハラとか言われかねないし、しかも女は結婚出産だのって、一線から離れる可能性あるから期待できないし」
「がむしゃらに頑張られても、与えられる役職なんて限られるし、女オンナしてくれた方が和みますけどねぇ、こっちは」
大手の建築会社の男たちは、到底女性には聞かせられない偏見を平気で口にしている。これに戦って頑張ってるのが女性なのだと思うと、智は同情した。自分は男だからそんな気の遣われ方をしないし、下手に力を入れなくても粛々と仕事をしていれば成立する。ただ女性が継続して仕事をしていくということは、それなりの犠牲が付きまとうものだ。姉は同僚が結婚するたびにプレッシャーを感じると言うし、妹は遠距離恋愛と仕事との両立に悩み、結局恋愛を手放した。
「契約ってことは、成果が出ない場合は雇用終了ってことですか」
「ええ、一年は様子見ってことでうちの課が預かりましたけど、正直お荷物で早く契約終わらないかなって上司ともども思ってます」
「でもまぁ、女の子がいた方が何かと便利ですしね。華やかなのは歓迎だ」
椎野和佳が仕事にどれだけ情熱を持っているのか、その「こっちに居る理由」が何かにもよるけれど、彼女の思惑通りにはコトは運んではいないだろう。ただ添えられる花になるために働く女性などいるのだろうか。
「女性がいた方が華やかっていうだけで、今時はセクハラになりますからねぇ、気をつけた方がいいですよ」
フェミニスト気取りなのか、チームで一番のインテリっぽい男が口の端を持ち上げる。いかにもいい大学を出て、マニュアルを丸暗記するのは得意ですというタイプだ。
「セクハラって言うけど、女が給湯室で堂々と口にしてる上司の悪口はいいのかって話だよ。それこそ差別だよな」
智も時々耳にする。もう給湯室は女の城だと思うのか、こちらがカップ1つ取りに行くのにも気を使う時がある。汗かきの所長のことを「テカ男」、薄毛の課長を「ハゲちん」、太ってる主任を「ブー」、会社ではおとなしい智のことを「ナシ」と呼んでいることもとっくに気付いていた。
「ブー、また冷蔵庫にプリン入れてるし」
「太るの勝手だけど夏はマジ勘弁だっての」
「ハゲちん、また横髪無理やり乗せてるでしょ。もうずるっと剃ればいいのに」
「テカ男、何か香水つけてない?きもい」
智は飲食店の話題に詳しいし、映画もよく観ているので、女性たちとはそういう話でしばしば盛り上がる。だから自分はそのエリアとは別の場所にいると思っていたのに、
「ナシ、女いないくせにリサーチ力半端ない」
「映画とかカフェの話振って、私たちに誘ってってことなのかなぁ、ないわぁ」
という会話を聞いた時には正直脱力した。お前らに誘って欲しいなんてこれっぽっちも思ってないんだけどな。あんなに盛り上がっておいて、女ってやつは本当に油断ならない。
ただそれが働く上で女が見つけた防御であるのなら、頷ける気がした。つるんで愚痴って結託する。それが自分を守る術なのかもしれない。
「職場での女の立場なんて夢も希望もない場合が多いんだよね。今更って感じ」
椎野和佳と智は居酒屋のカウンターでビールとウーロン茶片手に話をしていた。
ほんの出来心で智は、遅れてきたワカが先輩から「直帰していいよ」と言われているのを見て「じゃあどこかご飯でも行く?」と誘っていたのだ。ビール飲みたい、という和佳の希望で居酒屋に入ることになった。不安顔になった智を見透かすように「いや、今日は普通に飲むから」と手で制して和佳は笑う。その顔がほろりと緩んで智は思わずほっとした。
「だから最初から夢とかあんまりなくて、もういいかなって何もかも捨てて田舎に帰るって決めた日に会っちゃったの。ヨアに。なんか惹かれちゃったんだよね。刹那的っていうの?あの飲み方どう考えても変だし」
また刹那か、智は来也の顔を思い出す。刹那的ワカ。刹那的ヨア。ただ智はすっとその世界に飲み込まれていた。ワカの居る意味というものに。




