来也の本音
戸苅来也はコーヒーを飲みながら、ぼうっとしていた。お気に入りのカフェのお気に入りの椅子。仕事が休みで特に予定がなければ、大抵一度はこのカフェに来る。
スマートフォンを操りながら、トークアプリの佐宗凛とのやり取りを表示させた。
『ねぇ、ドライブ行かない?』
『免許ないよ、ボク』
『じゃあ焼肉屋はどう?』
『あんまり焼肉好きじゃない』
佐宗凛が大ジョッキでビールを飲み干す姿を思い出す。見かけ通りに結構グイグイくるタイプらしい。あまりにもイメージ通りすぎて来也は退屈だ。
男はギャップが大事だって言ってる女はたくさんいるのに、どうしてそれを自分に置き換えないのだろう。あの部活、いや合コンで全てを出し切って、案の定来也を試すような発言を繰り返す。
結婚願望ってあるの、将来の夢って何、自炊とかするの?得意料理は何?ドライブも焼肉も男としてのスペックを試している。
退屈だ、佐宗凛も、毎日も。
来也は本当は働かなくてもいい。一人息子の来也を何よりもかわいがってくれる両親から与えられたマンションは、生きるのに充分な収入をもたらしてくれるし、大学もそのお金で行った。けれど、つまらなくて2年も経たないうちに退学。アルバイトを転々として、今のショップに入っている。
本当は、優しすぎて、来也に悩む隙すら与えない両親に逆らうように普通に大学に入って、就活でめちゃくちゃ苦労して、ごく普通のごく平凡なスーツを着て毎日定刻に疲労をにじませて通うはずだった。そこで不当な扱いを受けて、歯軋りしながらハゲおやじに悪態をつく。
ただどれも想像しただけで刺激の程度は知れていた。実際大学を辞め、フリーターになった時にも退屈な日々が待っているだけだった。両親も「そうなの」と言ったきり説教すらしない。
「自分は甘えている」
その一言に来也はずっと縛られている。もちろん自分は甘い。満たされているし、恵まれてもいる。ただ、それが何なのだ。甘くて満たされていることに罪悪感など感じる必要はないはずだ。だからこそ自分の中でくすぶり続けている「マズイんじゃないか」という得体の知れない恐怖の正体を知りたい。
しばらくカフェでぼうっとしてから自転車にまたがると、スマートフォンに着信が入っていた。隼人くんだ。
「智、落ち込んでたか。あのパーティー女でもいいからもう一度部活するかー」
留守電にご丁寧にメッセージを入れるのはいいけれど、大したことない内容だ。第一、智と読モ女をくっつけようとしていたのは隼人だけで、最初から来也は反対だった。きっと智もそうだろう。乗り気のように見えたのは最初だけで、あとは隼人に言われるがままにあれこれ段取りしていただけだった。
智は本当に彼女が欲しいのだろうか。
来也は最近、この根本的なところを疑っている。自分も隼人の熱量に引っ張られる形で部活に足繁く参加しているけれど、今となっては反省会と称したファミレスや、みんなでつるんで行く温泉なんかが楽しくて続けているようなものだ。まぁ部活が無くなったとしても、3人とは会えるのだろうけれど、隼人の熱量がすごいので言えないだけだ。今となっては、兄貴肌で人のいい隼人に恋人が出来るまでは続けてもいいかなと考えている。最初は同級生で隼人の弟である卓人としょっちゅう遊んでいたのだけれど、結婚して九州に転勤になった卓人とは疎遠になり、代わりに兄貴と仲良しになった。
いくら仲が良くても、仕事と結婚、このタイミングがズレると、なかなか会うのは難しい。特に独身からは既婚者は誘いづらいし、既婚者は誘ってもらえないと外出するのは難しいそうだ。子供ができたりしたらなおさら、パパ友の方が同じ痛みを共有できるだけ気楽ということだった。来也は経済的なところでも、学生という横一列の関係性から抜けたところにいると、ことさら疎外感を感じた。月3万で自分の楽しみを満足させている奴らとは到底話は合わない。
「独身で、金にも困ってなきゃ、到底結婚なんてしたくないだろうなぁ」
既婚者にはこう言われる。そしてそれは「でも金なんかじゃ買えない幸せがあるぞ」という優越感とセットなのだ。だから、隼人から恋人作るぞ、婚活するぞと誘われた時、少しだけワクワクした。自分のペースが乱されるのに、一向に構わないと思えるような女がいたら、今の景色は百八十度変わるかもしれない。それは完璧な女でなければいけないだろう。屈服したくなるような、ひれ伏すような女。もしくはその全てを翻すような男、とか?
とにかく、そういうのと逢ってみたい。




