異世界がチート物、爆誕
魔術学校の備品室、そこは得体の知れない魔術生命体が、大量に安置された場所。
ガラス張りのケースに入れられた生首らしきもの、胎児のような形をした金属のオブジェ、ハザードマークが施されたスプレーなど、その他にも気味の悪い生命体がそこかしこに散乱していた。
ここは大学の研究の結果生まれた、謎の生命体を隔離した部屋である。
すべての生命体は相互に情報を交換し、時には談笑し、時には自分の父や母の論文を読み、自分が何者であるのかを追求している。
しかし、たまに親に似て頭のおかしい連中が、頭のおかしい騒ぎを起こし始めたりするのだ。
「よし…これで完璧だ!クー!」
全面が鏡面加工された、とてもツルツルしたボールが、その身を震わせながら声を出す。
「ん?なーに?」
フラスコが返事を返して、ボールが跳ね飛びながら近付いてくる。
「また面白いことやるぞ!ちょっと力を貸してくれ!」
クーと呼ばれたフラスコの中には、赤い液体が200mlほど入っていた。
血のように色濃く、それでいて宝石のような艶のある液体が、ボールの跳ねる振動で、わちゃわちゃと揺れている。
「わ!わ!やめてー!割れるー!」
「あっごめん」
「ふぅ。どうしたのアランちゃん?」
アランと呼ばれた球体は、体を震わせながら話を続ける。
「聞いて驚け。重力波検出装置を作ったぞ!」
「…きゃー?すごーい?」
クーがその表面を波立たせながら黄色い声援を送る。
「それ使って何するんだよ」
生首が横やりを入れて来た。
「今時古くさい観測機なんて作って。あまりにも頭が良すぎて頭が悪くなったか?」
「うっせぇ!これがないと計画が始まらないんだよ!」
アランが語気を荒くする。
「俺はチューリングマシンだ。完全なメモリと無限の演算処理装置が付いている。めっちゃ頭が良いんだぞ。そんな俺の崇高な理念が、頭の悪いものであるはずがないだろう」
「お前、やっぱ底抜けに頭が悪いんだな」
無視した。
「よーし行こうかクー。お前の魔力、また借りるぞ!」
「いいよ!」
「うわ、よせ!いつも怒られるの俺なんだぞ!それに今日はお前のオヤジが…あっ」
言うより早く、二人はテレポートした。
生首の制止などお構いなしに、二人は虚空へと消えていった。
テレポートで移動した先は、次元隔離実験室だった。
この部屋は爆発しても、ブラックホールに飲み込まれても、地上には全く影響しない。何かデカいクレイジーな実験をする時には、この実験室を使うのが定石である。
昔は告白の練習に使うバカもいたらしい。俺じゃないぞ。
「ねーねー、今日は何するのー。前はたしか、空間と時間をトレードする魔術機械?とか作ってたけど…」
「ふふふ、聞いて驚け。重力波検出装置の因果関係を逆転させ、魔力を疑似質量とトレードして、重力"発生"装置を作るんだ!」
ドヤ顔でそんなセリフをキメた。
「重力、発生?それで何やるの?」
「えっとね、オレとクーを中心にして、小さな星を作るんだ。そこで生態系のシミュレーションをやろうかなーって」
「なにそれ、すっごいたのしそう!やる!」
「乗ってくれると思ってたぜ。それじゃ少し待ってくれよ!」
「出来た!」
体内で合成した小さな機械、重力炉。機械自体は小さいが、夢は無限大だ。何せこの中には血と汗と涙と、長年の研究成果が詰まっているのだから。
「よし試そう!今試そう!早くしないとみんなが来て止められるからな!」
「おー!」
クーがフラスコの蓋を開けて出て来た。
そのまま俺の体を包み込み、無窮の魔力が体の中を駆け巡る。
触媒はアランで、エネルギー源がクーである。この組み合わせで俺達は全戦全勝だ。
ちなみに、誰かと勝負したことは一度もない。お父さんに叱られるからだ。
「いっけー!これが俺達の全力全開!!」
いかん、年がバレてしまう。
「よっしゃー!いけー!」
全力の魔力を重力炉に注ぎ込む。
「きゃー!溶けるー!」
クーの体積が、また1ミリリットル減ってしまった。
「おい!!アランとクーの奴知らないか!?」
アランのお父さんが備品室に飛び込んできた。不穏なテレポートを知覚し、研究を飛び出してきたのだ。
「あいつらなら、また隔離実験室に飛んでいきましたよ」
「うん。なんか重力がどうとか言ってたな」
「クーちゃんアランの奴にベタ惚れだからなぁ」
「えっそうなの!?」
魔術生命体達が思い思いの言葉を口にする。
「うおおお!!貴重な石を無駄遣いするんじゃねえ!!」
そう言いながら、お父さんはダッシュで備品室を後にした。
「アラン!起きて!」
クーの声が聞こえてきた。
「あと5分…むにゃむにゃ」
「起きて!!」
体を締め付けられる。
「ぎゃー!!やめて!!」
飛び起きた。
目を覚ますと、なんだか周りが少し暗い。
その上、かなり様子がおかしい。さっきまでいた実験室の隔離感がない。
壁の向こうに虚無が広がっている、あの独特の孤独感が全くないのだ。
自身の体の質量を測ろうにも、測定器が壊れているのか、返ってくる数値の指数部が一桁多い。
「クー、なんか測定器が壊れてるみたいなんだけど、空を瞬く星と同じくらい体重が増えてる」
「壊れてないよ!それで合ってるの!」
「はい!?」
「あそこにある星、見覚えない?」
そう言って、アランの向いている方向を強引に動かした。
「なんか、すごい輝いてるね。それに中心から数えて3番目の衛星、どっかで見たことある様な…」
「地球よ!ステキ!私、実物を生で見たことがなかったの!」
地球を見つけたくらいでそんな騒がなくても…
「ん?地球を見つける?」
急いで体内にある原子間力測定器を引っ張り出す。それを自分の体の解析にあてる。
材質は変わらないが、質量は火星と同じに、体積はかなり小さい。
それに、クーの膨大な魔力に当てられて、重力炉が恒久的に動き続けている。質量は火星だが、重力は地球と同じくらいだ。
体内の測定機器は、それぞれ大きさにスケールした物が自動生成された。
クーも同じ様な変化を受けている。200mlほどしか無かった体が、今や海より深く広い存在となってしまった。
というか若干蒸発している。え?蒸発!?
「クー!なんかちょっと蒸発してない!?」
「うん。なんかめっちゃたのしい!」
何が楽しいのだろう。脳天気なクーがちょっと羨ましい。
どうやら自分の体は今、太陽系の4番目の衛星として、その身を軌道に乗せているらしい。
周りをよく確認してみるが、火星の存在が認知出来ない。自分らしい。
多分、質量をトレードされた火星は、今頃どうなってしまったのだろう。ちょっと気の毒だ。
「トレードしたのが地球じゃなくてよかった…」
残りの質量は、トレードしていた魔力に逆流してしまったのだろうか。クーの体積もかなり大きくなっている。
研究は失敗に終わったが、当初の目標は違う形で成功した。
クーは太陽の光を浴びて蒸発し、真っ赤な雲を形作っている。
雲はやがて夜の影に差し掛かると、冷たい雨となって降り注ぐ。
クーがちょっとした水循環で遊んでいると、突然こんなことを言い出した。
「ねぇ、この星を使って新しい星を作りたい!」
「落ち着いて!俺達、もう星になったんだよ!」
「そうだったー!!」
そうだ。俺達はなんと、お星様になってしまったのだ!