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黒き星の行く先は

早く逢いたい。

作者: 蜂矢澪音

今彼は何をしているのかな…。


最近、そんな思考が多くなってきた。


街の喧騒から遠く離れた小さな喫茶店。妖達の集まるその場所は、今日もひっそりと賑わいを見せていた。


「どうしたんだい?」

「ぇ…?」


考え事をしていると、マスターに声をかけられた。こんな風に話しかけられることは滅多になくて、おどろいてしまう。

小首を傾げふるふると尻尾を振ると、マスターが口を開いた。


「難しい顔をしているじゃないか」

「そう、ですか?」

「そうだよ。何かあったのかい?」

「いぇ…。少し考え事をしていましたの」

「ふーん…。その考え事ってのは、もしかして…恋、かい?」


マスターの言葉に動揺して、パタパタと尻尾を椅子の脚に叩きつけていると、マスターが苦笑した。


「なんで…」

「恋する乙女の顔、だったからね」


そんな言葉に、彼の顔を思い出してしまって、顔が熱くなる。


「ぁの、その…」

「で、どんな悩みなんだい?」

「会えないから…。会いたいけど、会えないから…。どうしようって…」

「会えない、ね…。手紙を書いてみたらどうだい?」

「手紙、ですか。良い考えですね!早速やってみますわ」


マスターにお礼を言い店を後にして、ある人のところに向かって駆け出した。


深紅(しんく)様、深紅様!」

「どうしました、シェリー」

「手紙ってどう書けば良いのですか?」


深紅様は、座敷童だ。梅鼠の髪に苺色の瞳の、人間で言うと8、9歳くらいの見た目の美しい方なのだ。


「手紙ですか。便箋を用意しましょうね。…命乃(めいの)!」

「はい、何でしょう」

「便箋とペンと封筒を持ってきて頂戴」

「はい」


深紅様の召使いの命乃さんは狸の妖で、美しく波打つ毛皮がとても綺麗な方だ。


「持って参りました、深紅様」

「有難う」


手紙を書くための一式を持ってきた命乃さんが部屋から出て行くと、深紅様が私に話しかけた。


「それで、シェリー。何を書きたいのかしら?」

「えっと…。一緒に遊んでくれたお礼と、また会いたい、と書きたいのです」

「ふむ…」


真紅様に教わった通りに手紙を書く。


「これでいいでしょう」

「ありがとうございます、真紅様!」

「それで、どうやって送り届けるつもりなのかしら?」

「…ぁ」


全く考えていなかったが、折角手紙を書いても相手に届かなければ意味がないのだと気がついた。


「首輪に挟んで持って行きましょうか…」

「いいのではないですか?そうです、今日はクリスマス。装飾に凝ってみましょう」

「クリスマス…?」


聞きなれない言葉に首をかしげると、真紅様は驚いたようにこっちをみた。


「貴女はクリスマスくらい知っていると思いましたのに…。誕生祭ですよ。まぁ、此処の方々はただ楽しむだけのようですがね…。パーティでローストチキンなどのご馳走を食べたり、クリスマスツリーを飾ったり、たくさんのイルミネーションで家や街を飾ったりするのですよ。あぁ、子供達はサンタさん、という方からプレゼントを貰うようですよ」


そんなものなら、覚えがある。まだ唯の黒猫だった時に、街がイルミネーションでキラキラしていたことを思い出した。

あと、たっぷり髭を蓄えた赤い服のおじいさんが至る所に置かれていた。


「あれは、クリスマスと言うのですか」

「そうですよ。折角特別な日なのですから、美しく仕上げてみましょう」


真紅様の手によって、手紙は美しく装飾された。


「綺麗ですわね…」

「シェリー、これを持って行きなさい」

「はい」


首輪に挟んで貰って、真紅様の家から出た。外はだんだんと暗くなり、闇が光を喰らおうとしていた。道をかけ、前に詩絵留君と会った場所の辺りへ行く。

遠くに、人影が見えた。


(詩絵留君!)


詩絵留君の足元に飛びつくと、彼は目を丸くして私を見た。


「えっと…どうしたの?」

「にゃー」


とりあえず、普通の猫みたいに頭をすりすりすると、詩絵留君は私を撫でてくれた。


「にゃぅ…」


頭を覆う大きな手に撫でられるのが気持ちよくて、気の抜けた声が出てしまう。そして、詩絵留君が私の首輪に挟んであった手紙に気づいた。


「これは…?」

「にゃ!」


取ってほしい、そんな思いを胸に、視線だけで訴えてみる。


「見てもいいの?」

「にゃーにゃー」


頷くようにしてみると、詩絵留君は少し笑って、手紙を取った。


「…?シェリーから…?」

「にゃー」

「黒猫さん、ちょっといい、かな…?」


詩絵留君は徐に立ち上がり、私を抱き上げた。いつもとは違う目線の高さに慣れなくて、詩絵留君の腕にしがみついた。

そのまま、詩絵留君は走って近くの公園へと行くと、持っていたバッグからペンと紙を出して、何かを書き出した。


「ん、これで良し。黒猫さん、シェリーに届けてくれないかな」

「にゃー」


詩絵留君は私の首輪にその紙を挟み込み、ばいばい、と言って去っていった。


前足を使ってなんとか取り出したその紙には、詩絵留君からの返事が書かれていた。



“シェリーへ

僕も、君との遊園地、楽しかったよ。あの場所をあんなに楽しいと思ったのは、あの時が初めてだよ。こちらこそ、ありがとう。次に会う時は、また違うところに行ってみようね。君と行く場所は、きっと大切な場所になるんだろうな。

君に会いたい。会って、話がしたいよ。

次に会えるのは、いつなのかな。

雨宮 詩絵留”



なんだか、心が満たされた。同時に、なぜか苦しくなった。なんでだろう、確かに嬉しいはずなのに…。

次会えるのは、来年の収穫祭。それまで、黒猫としてしか、彼には会うことができない。これまではあまり感じていなかったその不自由さに、胸が締め付けられたかのようだった。


(早く逢いたい。君と話したい。言葉を交わして、笑い合いたい。黒猫の姿で喋ったら、きっと彼は怯えてしまうだろうから…)


街はまだ、光と音に包まれている。どこかで、鈴の音がした。

誕生祭(クリスマス)の夜、少女(ねこまた)の願いは、空にとけていった。

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