ドラゴンに選ばれたドラゴン
【ドゥルゲ・ヴェルー とある場所】
俺はかつて、この世界にいるドラゴンの一族だった。
ドラゴンとひと括りに言っても、全部が悪い奴という訳ではない。
良族と悪族がいて、俺は良族の中で、暮らしていた。
良族の奴らは、人々が神のように崇めて、守ってくれている、それを俺たちは見下ろしていたのだ。
俺はなぜ、人がこのように神のように扱って崇めたり、それを守ろうとしてくれるのかなんて、意味がわからなかった……。
神なんて、リシャス様がいるし、その御方を崇めてりゃいいのに、なぜかここの民族|(?)というべきか、その人らはリシャス様も崇め、俺たちも崇めている。
――その意味がわからなかった。
それに、人間はなぜ、こんなに楽しそうしているかと思いきや、いきなり争ったり、泣いたりして、いつの間にか仲良くなっているし。
どうしてこんなに、大勢で暮らせたりするのか……?
――人間って、そんなに楽しいのか……?
そんなふうに、毎日いつからか、人間を観察するのが、俺にとって、退屈な1日の楽しみとなっていた。
ただ、そうすればそうするほど、俺が人間に対する疑問を、余計に膨らませる事になってしまったのだ。
そして、最終的には俺自身がこう思ったのだ。
――もしも、俺が人間になったら、どのように過ごすのだろうか――
そう思ってから、幾月も経った……。
俺たちの習わしでは、リシャス様に人間へと転生させてもらうのに、ドラゴンの中で会議をし、その対象になるドラゴンを一体選ぶというのがある。
それは何年かに一回あり、人間になって、その生活などを体験するという、特殊な習わしであり、良族にしかできない事でもあるのだ。
俺が仲良くしていた奴も、何体かは選ばれ、人間へとなっていったものの、そこからの生活は自由なので、どこで何してるのかもわからないが、俺はその一員に、どうしてもなりたかった。
――人間そのものを、今知りたかったからだ。――
だからこそ、俺は例にない事、『自分で立候補をする』というのをやってみた。
……本当は、ちょっと怖かったけどな。
「ドゥゲルヴ」
これは俺の元の名前だ。
「はい」
「お前は近頃、人間を眺めて、自分が人間になりたいと申したな?」
話してるのは、長老と1対1なのだが、周りには、その他結構な重鎮揃いなので、意外と緊張している。
「はい、自分は人間というものに興味を惹かれ、それを幾度と眺めているうちに、自分もなってみたいと思い、恐れ多いながらも、今に至ります」
「ほう、わざわざこの姿を捨て、人間になろうと?」
「はい、自分はもう、150年以上も生きております。
ここまで生きていると、退屈でどうしようもないのです。
確かに、ドラゴンは人間よりも長生きで、強さも誇れる程。
でも今は、そんなことよりも、人間というものを知りたいのです!」
俺が言い切った時には、重鎮たちは必要以上にざわつき、異端者扱いするような目付きになっている奴もいた。
――ただ、長老だけを除いては。
長老は物凄く冷静だった、俺が言い切った後も、首を傾げながら考えていて、じっと何も言わない。
俺は、そこから緊張と「早く答えを言ってほしい」という焦りが同時に来て、どうにかなりそうだった。
「ドゥゲルヴ、そんなに人間になりたいのならば、なればいい。
ただし、後悔して帰ってくるのは、我が種族に恥じる、そのような事は決してするのではないぞ?」
ようやく長老の口から開いた言葉は、まさに苦渋の決断のような感じがして、俺は嬉しさ半面、肝に銘じた。
「ありがたき言葉を!
このドゥゲルヴ、種族に恥じぬよう、精進致します」
そう言葉を告げながら、俺は深々と頭を下げた。
それから、俺は一族にとって、神聖な場所である神殿の中へ入っていった。
俺たちの種族は、人間になる者が選ばれると、ここへ連れてこられる。
――と言っても、普段、この神殿はリシャス様と唯一、謁見出来る神聖な場所であるため、立ち入ることは禁じられているけどな。
俺は、人間になることで、悔いいる事も、おそらくないと思いつつ、リシャス様を呼んだ。
「あら、今度はあなたが人間になるの?
それに、わざわざ立候補までして、ドラゴンの特徴でもある、長い命までも捨てるなんてね」
「お察しの通り、自分は人間というものに興味を持ちまして――」
「もういい、みなまで言わなくてもいいわ」
さすがはリシャス様、この世界のすべてをご覧になられてるので、いちいち説明しなくてもわかっておられる。
「あなたは、意外と変わった人だわ。
というより、今はドラゴンだけど」
「あの人間どもが、そうなされる理由が知りたいのです……。」
「ふ〜ん」
リシャス様は、いつも冷静でいておられる――――、じっと話を聞いて、俺を眺めてる。
「まあ、誰か1体は興味を持っていても、おかしいって程でもないわ。
ここまでして、人間になりたいのならば、
私は嫌とも言わないし、あとは自分がどうするかで、今後の事を決めるだけ。
その答えは、あなたが出しなさい」
俺は何も言わず、深々と頭を下げた。
「さて、改めて……、名はなんと申す?」
リシャス様に名前を訊かれ、俺は元の名前を告げた。
「ドラゴンって、ほんと、ややこしい名前を付けるわね。
まぁいいわ、今度のあなたの名前は――、
【ドゥルゲ・ヴェルー】」
「ドゥルゲ・ヴェルー……」
俺が新たな名前を復唱した途端、
眩い光に包まれ、重い身体が嘘のように軽くなり、長い黒髪に、黒の眼、赤を基調とした鎧、両方の刃が付いた槍が、背中に背負うような形でさしていた。
自分の身体をあちこち確かめると、本当に人間に成り変わっていた。
「これが……、人間……!?」
「そうよ、ドラゴンよりも、ずっと命は短い。
それでもあなたは、『人間になりたいという事』を願った。
――その願いは、それなりの責任を一生、負い続けるの。
この事だけは、絶対忘れないで……」
俺はリシャス様にそう告げられた後、再び光に包まれ、ここではない場所に飛ばされていった……。
【ミキト・イグランシェ アラベルの宿屋内】
僕はドゥルゲの特殊な半生をずっと聞いていた。
何より、この世界の出身で、しかもドラゴンだっただなんて……。
ある意味、信じられなかった。
「それからドゥルゲは、どうしたの?」
でもやっぱり、気になる……。
「俺はあれから、ドラゴンを崇める奴らの話を聞いた。
人間は、何かあったときのために、『神』という、誰かにすがりたい象徴がほしかったらしい……。
とはいえ、誰もが全部という訳でもないとか。
――なんだか、納得いったよ。
その謎が一瞬で、解けてしまった。
でもこのまま、ブラブラ過ごすのもアレだから、適当に討伐でもして、今に至る……って、感じかな。
てか、お前も早く寝ろよ、朝になったら、すぐに特訓だからな……!」
「は〜い」
本当は、いろいろ訊きたかったけど、ドゥルゲに促され、ボクは寝ることにした。
――翌朝。
ボクとドゥルゲ、2人で武器の使い方から戦術まで、みっちり特訓をした。
ドゥルゲは槍しか扱ったことないのに、剣の長所と短所、どのように攻めたらいいか……
などなど、本当にいろいろ知っていた。
あと、戦闘の練習になると、本当に早い!
ボクがここに攻めようとすると、すぐに槍で止めてしまい、なかなかひるませることができない。
「まだまだ!
こんなんだと、すぐにやられるぞ!」
「でも、どうすれば……!?」
止めていた剣を跳ね返し、ボクをよろめかせた。
「考えろ……!
どのようにスキを突いて、相手を負かせることができるのか……。
考えながらやれば、自ずとわかる……!」
さっきまで、基本を教えてくれたけど、応用までは教えず、自分で見いだせ、か……。
そうだな、こんなもんで、いちいち訊いていたら、ボクの命はおろか、ドゥルゲまで命を落としかねない。
元の世界とは違う、ここは『平和』というのはあまりない、自分で自分の命を守らなきゃいけないんだ。
ボクは、再び構えなおして、槍のどこにスキがあるか、向かいながら考えた。
何度も金属音がなる中、一瞬見えたスキを……、剣で突き上げる……!
「……ッ!?」
ドゥルゲの両刃付きの槍は見事に空を舞い、放物線を放ちながら、彼の後ろの地面に刺さった。
「……はぁ、はぁ、やったぁ……!」
ボクは剣を持ちながらバンザイをする。
そしてドゥルゲは、逆に降参という形で、両手を挙げ――――、
「参った、よくやったぞ、ミキト……!」
と、言った。
それでも、顔は笑っていた、ボクもつられて笑う。
これなら、どんな敵が来ても、倒せる!
……筈、です。
「まぁ、1回勝ったからって、つけあがるのもよせよ。
ここはいろんな敵がいるからな、もっと練習しつつ、しばらく討伐しながら旅をしようぜ?」
「うん!」
これからはずっと厳しくなる、でも来たからには何かしなきゃ。
そう思いつつ、ボクはドゥルゲと共に、一晩この地を過ごしてから、アラベルから出る船に乗った……。