5回目
『若様達、行っちゃいましたね』
『に(猫妖精は早熟だからね、すぐに大きくなって忘れるわ)』
『マリア様、寂しいですね』
『に(別に、この日が来るのはわかっていたからね)』
『マリア様、寂しいですか?』
『に(別に、猫妖精なら誰もが通る道だから)』
『マリア様、寂しいんですか?』
『に~(だから、別に・・・・・)』
『・・・・・・・・』
『に(寂しいわよ)』
『ですか・・・・・』
『に(当たり前じゃない)』
『ですね・・・・・』
『に(メリッサもそうでしょ?)』
『はい、これからは若様達を頻繁にプニプニ、モニュモニュ、モフモフ、できないと思うと寂しくて、特にシロ若様はいつ見てもおいしそうで、じゅるるるるるる』
『に(変態、止まれ)』
『それにしても、なんか欲望丸出しの選択でしたね』
『に?(なんのこと?ああ、あなたのこと?)』
『違います、シロ若様の契約のことですよ、大丈夫なんでしょうか?』
『に(大丈夫よ、欲望丸出しでもなんでも、あれがあの仔にとって一番良い選択だったわ)』
『そうですか』
『に(だってあの仔、どう見ても戦いに向いてないもの)』
『そうですね』
『に(歩き方が変だし、走れば必ずと言っていいほど転ぶし、何もないところでつまずくし、飛び上がれる高さの場所も1回で登れないし、何よりまったく猫らしくないのよね。前に虫(Gの事)が出た時もあの仔だけビックリして退いてたわ。普通、虫を見たら本能に逆らえずに捕まえようとするはずなのに)』
『ええ、ちょこまか、ちょこまか、コロコロ、コテン、とわざとやっているのかと思うくらいのあざとさでしたね。でも、そんなところが可愛いンですよね』
『に~(まあね、バカな仔ほど可愛いとはよく言ったものね。確かにあの仔だけよ、私の言葉が理解できていなかったのは、でも、何故か貴方達人間の言葉は理解できていたみたいなのよね。不思議な仔だったわ。最初、言葉が理解できないからどこかに不具があるのかと思ったら、左眼は開かない、魔力は少ない、白猫で生まれてしまったことに少し負い目もあるし(王族は黒猫が絶対条件)おかげで他の仔より過保護になってしまったわ)』
『でもシロ若様の右眼、あれ【青銀月】ではないですか?』
『に(ん~かもしれないし、違うかもしれない)』
『どういうことです?』
『に(だって、実物を見たことがないもの、言い伝えがあるだけでこれがそうだと言える確証がある訳でもないしね。もし、あの時、誰かさんの発言のせいでヴィーエル君がそれに気が付いて、彼と契約を結んでいたら早々に魔物狩りに連れて行かれて大変なことになっていたでしょうね。戦うことに向いていないあの仔にとっては最悪の主よ。)』
『では【青銀月】の可能性は半々というところですか?』
『に(まあ、可能性はとても低いでしょうね。少なくとも伝説と呼ばれるくらいなのだからあんなに魔力が低いはずがないわよ。万一、そうだったとしてもあの仔にとっては宝の持ち腐れ、厄介の種になるだけでしょうね)』
『でも左眼が【黄金月】だったら確実ですよね』
『に~(それはもっとありえないわ、あの仔が【月の寵児】だなんて性質が悪い冗談ね)』
『いやいや、わかりませんよ。色々規格外ですから、特にあの容姿は反則です。ミナエルラ様も一目で気に入っていましたし』
『に(ええ、確かに知らなかったら女の子にしか見えないぐらい可愛いしね!流石、私の仔ね!それはやっぱり私が途轍もなく可愛いという証拠に他ならない・・)』
『・・・・・・・』
『に~(ま、ともかく、どちらもないわ。【青銀月】は新しい記録でも200年前ぐらいの話だし、【月の寵児】なんてそれこそ1000年前の話よ。どちらも伝説という眉唾物の御伽噺、今時そんなのを信じているのは底抜けのロマンチストな男の子ぐらいよ』
『でも結局、契約したってことは、学園に行くのは変わりないでしょう?』
『に(いいのよ、あの仔に1番必要なものはあの子が持っているから)』
『それはなんですか?』
『に(さあ、なんでしょう?)』
『教えてくださいよ、マリア様』
『に(少しは自分で考えなさい、たった2年しか生きていない私に頼ってばかりじゃだめでしょ。なにしろ私より長く生きているんだから)』
『うーん、わかりません』
『に(ま、頑張りなさい)』
『うーん、やっぱりわからないです、ですので違う方法で確かめます』
『に?(は?)』
考えに考え、迷いに迷った末、俺はマリーエル・ギガクリアと従魔契約を結んだ。
いや、すいません嘘です。ほぼ一直線でした。即決です。ネコまっ〇ぐらでした。
『ほぼ』と言ったのはメリッサが俺の動く方向に合わせて音もなく立ち位置を変えてきたからだ。
そこでマリアが全員に眼を閉じるように指示したが、駄メイドはそんなの関係ねえという感じで俺の動きを自動追尾してくる。
そこで再びマリアが加えて後ろを向くように指示するが、高性能なストーキングセンサーを装備している駄メイドはどんな障害も物ともしない。
さすが駄メイド、無駄にすごいスペックだぜ。
結局、マリアが時空魔法で駄メイドを動けないようにして解決した。
さて、従魔契約をした事によって、俺には変化があった。
まずは魔力というものを感じることができるようになったことだ。
これは契約を結んだ瞬間に何かの力の様なものが身体の中に流れ込んでいく感覚があったのだが、話によるとそれは俺とマリーエルとのパスがつながったということらしい。このパスを通じてお互いの存在を確認ができるというものだ。つまり、俺とマリーはお互いの魔力をどんなに離れていても感じ取れるということらしい。これによって俺は初めて魔力というものを認識できた。正直、俺はそれまでは魔力を感じることが出来なかった、と言うより、その感覚が理解できなかった。だから、初めての感覚に興味津々で色々試してみたいと思うのは当然の流れだったろう。
そこで、まずは自分の魔力を感じ取ることから試してみることにした。うん、なるほど。
次に弟妹達の魔力を感じ取ってみる。うーんなんというか、みんな、俺より濃く強い感じがする。俺より魔力が強いということだろう、なんか差を見せつけられたようでへこんでしまう。いや、俺もまだ仔猫だ、これから頑張ればいい。
気を取り直して今度は我が主たるマリーの魔力に意識を向ける、すると俺とマリーを結んでいるロープの様な魔力を感じる、そこから、マリーの魔力が流れ込んでくる。なんだかとても暖かくて気持ちがいい、もっと、もっと、どんどん、どんどん、と意識を集中させる。今から思えば俺は有頂天になっていたのだろう。俺の意識はマリーの中にどんどん入り込んでゆく、奥へ、奥へ、もっと奥へと、そして、一瞬景色が白くなると俺は見知らぬ場所にいた。そこは床も壁も天井でさえ真っ白なとても長い廊下だった。前を見ればかなり先の方に扉のようなものが見え、振り返って後ろ見るとその果てが見えなかった。
夢なら冷めろと思い、俺はその場で一眠りしてみたのだが、再び眼を開けた時も同じ景色が見えたので仕方なく扉の方へ向かった。
そして扉の前まで来る、見上げると西洋風の重そうな金属の扉で何となくだが開けてはいけない様な雰囲気がする、前世でやった大企業が開発したウイルスによってゾンビだらけになった都市から脱出するゲームで扉を開ける演出に似た緊張感がある。
その前に、よく考えてみたら猫の俺にこの扉を開けるのは無理だ。失敗したな。
その考えを読み取ったのか扉がギギギギィと音を立てながら俺が通れるくらいのスキマが開いた。ナニコレ・・メッチャ怖いんですけど・・・。
でも、ここから抜け出すには入るしかない、覚悟を決めて俺は扉を押し開けて中に入る。
中は打って変わって真っ暗で広い空間だった。
周りには色々な映像が映し出された数多のスクリーンが空中に浮かんでいる。
それらは俺のご主人様マリーエル・ギガクリアの記憶だった。
マリーエル・ギガクリア、父親はラファエル・ギガクリア、この家の当主であり、魔導士であり、この国、アヴァロニアの大公の一人だ。
この国、アヴァロニアは、王を頂点として、大公、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵、上民、平民となっている。つまり、この国でナンバー2の地位を持っている。
母親は騎士爵の次女で行儀見習いの為にこの家に仕えていた当時15歳の少女だった。
強制だったのか、合意だったのかは知らないがともかく彼女は妊娠し生まれたのが俺のご主人様マリーエルだ。
どこかの物語にあるように母親の身分が低いからと言って差別されることもなく、妊娠が確認されるとすぐさま大公ラジューエルは生まれてくる子を認知した。
確かに身分が高いからといって権力を使って勝手気ままで傲慢な振舞いを行うような人物には誰もついてこないのだろう。
上に立つ者ほど尚更その行動言動には気を付けないといけないようだ。まあ、人を動かすのは本当に大変難しいことだからな。人望がない権力者なんてすぐに淘汰されてしまうのはどこの世界でも変わらないってことか、日本でも不正が見つかった政治家がたちまち落ち目になってしまうのを見ればよくわかるだろう。
どうやら大公ラファエル・ギガクリアは立派なロリ・・・ゲフン・・・まあ立派な人物のようだ。
だが、それならどうしてマリーに大公の継承権がないかという事が問題になる。
そのためにいくつかの事を説明する必要がある
この国—アヴァロニアは魔法や魔道具といった技術で発展してきた魔導国家であり、その力によって強国の一角に数えられている。
この世界の魔法は4大属性の火、水、土、風を基本とし、そこから上位派生する光、闇、氷、樹、雷、金の6貴属性がある。これらが属性魔法と呼ばれている。
そして、これ以外の魔法は特殊魔法と呼ばれ、属性精霊以外の精霊種が主に使うものとされている。猫妖精の使う時空魔法もこれに含まれる。
そして、属性魔法を使う人類種を魔術師と呼んでいる。魔法使いじゃないの?とツッコミが入りそうだが、昔からそう呼んでいるらしい。理由はわからん。
魔術師には階級があり、下から下級、中級、上級、特級、王級、精霊級、伝説級、真理級となっている。
この世界では誰もが多かれ少なかれ魔力を持っているので大抵の者は国立の魔導学園に通うのが一般的となっており、国の推奨もあり授業料は免除されている。
そして学園は魔術師だけでなく魔道具師や魔剣士の教育も行っている。
魔道具師は文字通り魔道具の作成をする技術職だ。魔力の強さは一切関係なく、複雑な魔法陣を覚えないといけないので記憶力と根気と忍耐力が必要になる。要は総合生産職だな。これも魔術師と同様の階級がある。
魔道具はライターの様な生活用品から飛行船などの大掛かりなものまでと幅広い。
察しの通り、属性魔法を撃てる銃のような武器もあり、それを使えば誰でも一定の威力の魔法が撃てるので利便性がとても良い。それなら魔術師の必要性がないだろうと言いたくなるが、一定の威力しかないのである程度強い魔物には効果がないそうだ。
魔道具師の真骨頂はなんといっても魔剣だろう。魔物の特殊な部位を加工して属性魔法の力を収束させることによって攻撃力を特化した武器で製造もメンテナンスもかなり難しいのだが、その効果は絶大らしい。
もっとも、武器の扱いが拙いと宝の持ち腐れになるそうなのが・・・
そして、魔剣士とは察しの通り、近接戦闘職だ。剣や槍、斧、棍などの武器の扱い方や体術、戦術なども習得する。すべては魔剣を使いこなせるようになるためだ。
魔剣士も例にもれず同様の階級がある。
魔術師、魔道具師、魔剣士、
これら全ての魔を極め魔導士に到ること、それがこの学園に通うすべての生徒の目標なのだ。
だからこの国では誰もが魔導士を志す。魔導士は最も尊敬を受ける称号で最強の矛であり、最強の盾でもあるのだ。たとえ平民の生まれでも魔導士になれば下手な貴族よりも裕福な暮らしができるようになる。もっとも、最低でも3つそれぞれで精霊級にならないといけないらしいから、とても狭き門ではあるのだが・・・
そう、この国では魔法の実力がすべてなのだ。
魔法至上主義のこの国で貴族、特に爵位の高い者ほど魔導士である事が求められるのは簡単に理解できるだろう。
当然、王や大公家の当主は魔導士であることが最低条件だ。
狭き門である魔導士になるため、最も難関とされているのが魔術師の精霊級への昇格だ。もっともこれは全属性を極める必要はなく、どれか1属性だけでも良いのだ。そのため、ほとんどの魔術師が得意な属性に特化する傾向が強くなる。優秀な子孫を残すために特化した同じ属性の魔術師同士で血縁を結ぶなんてこともざらにあるくらいだ。
そうした結果、色髪という特徴を持った人間が生まれた。
魔法とは元を辿れば精霊が起こす現象だ。そして、属性精霊達にはそれぞれに好む色があり、その色の装備を着けると実際に魔法の威力が上昇する。そして、最も効果が出るのが身体にその色を持っていることで特に人類種の場合それが髪の色に表れる。
色髪とはその属性に特化した人間、言い換えるならその属性精霊の加護を持っているということと同義だ。
ギガクリア家は代々水の属性に特化している家系である。当然、当主に選ばれる者には生まれ持っての資質も要求される。
そして、水属性の色髪は蒼。
これが俺のご主人様マリーが大公家の跡継ぎから外されている理由だ。
たかが、髪の色だと思うかもしれない、確かにマリーは認知されており表面上は問題ない。しかし、世界は無情でとても残酷なものだ。たかが髪の色で明らかに目の色が変わってしまう。特に子供の世界ではそれが顕著にあらわれる。
まず兄姉達には完全に無視されている。思い返せば初めて俺達の部屋に来た時もメリッサ以外マリーに話しかけていなかった。
そしてマリーは必要以上に笑顔を作る。見る者を癒すような天使の笑顔だ。最初見た時は俺も見惚れてしまった、だけど、事情を知った今は哀しい笑顔に見えてしまう。これは彼が身に着けた処世術なのだと。
なんだかムカムカするし、やり切れない。子供がそんな顔するんじゃねえよ!
話が逸れてしまったが、俺はマリーの記憶を見ることによってこの世界の知識をある程度(まあ7歳の子供が知っているぐらいの程度)得ることができた。
そして、俺は契約の印としてご主人様のマリーから名前をもらった。
『・・「アトラ」・・・きみの名前は「アトラ」だよ』
『ミー(アトラ・・)』
(ピロロロン)
アトラ
古代魔法言語
【形容詞】珍しい、不思議な、奇妙な、稀な
【名詞】珍品、奇品、希少、奇跡
の意。