1回目
2/8改編しました。内容は変わりません。
暗い、暗い、深い、深い海の底
気付けば俺はそこにいた。
辺り一帯は塗りつぶしたように真っ暗で、唯一、其処が底であるのを証明するかの様に天頂に小さな輝きが揺らめいている、そして、生臭い臭いと舌先が痺れるような感覚でおそらくは海中なのだろうと理解した。
水は暖かかで、とても心地よく、そのせいか意識が曖昧でぼんやりとしていたのだが、段々と意識がはっきりし、今の状況を再確認した途端、俺は今まで忘れていた息苦しさを思い出した。
(まずい・・息が・・)
俺は左手で空気が漏れないように鼻と口を押さえると、いち早く体の要求に応えるべく、底を思いっきり蹴って、天頂にある小さな輝きを目指し始める。
(速く、もっと、速く)
両脚と右手を使い急いで水を掻くがノロノロと思う様に進まない。
(クソ、もどかしい・・)
さらに口を押さえていた左手も使って、必死に四肢を動かすが、効果がないどころか、逆に疲れて、手足が重くなってくる。
(どうして・・なんで・・)
元々運動はあまり得意ではなかったが、水泳だけは自信があったのに・・・
(拙い、拙い、拙い)
焦りと息苦しさでさらにジタバタしたのが逆効果だった
(あー重い、怠い、苦しい)
もう1ミリも手足が動かない。
(ああ、畜生、ここまでか)
恨めし気に真上の輝きを睨み付けるとその光が段々大きくなってきているのが目に映る。
必死にもがいた結果かどうかはわからないが、不思議なことに俺の体は光の方へ引き寄せられているみたいだ。このまま行けばいずれは目的地にたどり着けるだろう。
(だけど・・)
『いずれ』では遅いのだ、すでに限界だった俺はとうとう我慢しきれずに肺の中の空気を吐き出してしまう。そして反射的に吸い込んだ大量の水が口に、鼻に、肺に入り込んでくる。止めようと思っても止まらない、やめられない、どうしようもない。
吸い込んだ水が肺を焼き、とても苦しかったが、それは体がまだ生きようと抵抗していたのだろう、だから受け入れてしまうと苦しさは安らぎに変わっていった。
おぼろげに周りを見渡せば周りは光で満ちており、どんどんその光が強くなってゆく、まわる、まわる、グルグル、グルグル、全てがまわる。
まわって、俺は光の渦に落ちた。
『ゲホ、ゲホ、オエエエエ、、ゲホ、オエエ・・』
盛大にせき込み、鼻水を垂れ流し、胃や肺の中の水を吐き出すたびに、再びあの焼けつく様な痛みが蘇って悶絶していると
(べろんべろん)
いきなり何か大きなものが俺の顔や体中を舐め回してきた。
『ミュ~(うわ!?わわっわわっわわわっわわ!!)』
驚いた俺は当然すぐに逃げ出そうとしたのだが、生まれたての小鹿のように手足がプルプルして1ミリも動けないので逃げたくても逃げられない。
『ミー(ってか、どんな無理ゲーだよ!これ、)』
子供の頃、1時間ぐらい正座させられたあげく、直後に兄達から鬼ごっこしようぜ、と言われた時の様な理不尽さを感じながら、あるがまま、なすがまま、されるがまま、謎の生物に全身を隈なく舐められ続けた。
突然のことにビックリしたが、不思議とその行為は不快ではなかった。
その後、ようやく謎生物からの一方的な蹂躙が終わり、呼吸と気持ちが落ち着いたところで俺はとりあえず状況を確認しようと試みたのだが、いくらやっても目蓋が糊でくっついてしまったかの様に固く閉じたまま、眼を開けることができなかった。
結局、その後も頑張ってみたのだが、いつの間にか疲れて眠ってしまった。
グウウウウウ、キュルルルウウ
空腹で(というか腹時計の音で)目が覚めた。
眼は相変わらず開かなかったが、『腹が減ったな』と考えていると、すぐ近くでなんとも甘い香りがする。その香りを辿って這って行くと毛むくじゃらの中にある柔らかい突起物に辿り着いた。そして何の迷いもなく、それを口に含むと俺は甘い雫と幸福感を得た。
無我夢中で雫を吸いながら俺は取りあえず状況の確認は後回しにすることに決めた。
眼が開かないことには確認しようもないし、それにお腹一杯になったせいで眠くなってしまったからだ。
要するに考えるのが面倒くさいです。
まあ、その内にわかるだろう。お休みなさい。
それからの日々は寝て、起きて、舐められて、腹が減って、甘い雫を飲んで、舐められて、寝ての繰り返しだった。
眼が開かないのではっきりとは言えないが、どうやらこれは夢の類ではないのだろう。さすがに何日も続けて同じ夢を見られるほど俺は器用ではなかったはずだ。
おそらくだが、俺はどうやら何かの動物になった、いや生まれ変わった、のかもしれない。
うろ覚えの知識を総動員してこれまでの状況を分析した結果、犬か猫、またはそれに類するものだろうと思われる。俺と同様の気配が複数あることから考えれば、そう的外れではないだろう。
(どうやら以前よりも明らかに聴覚と嗅覚が敏感になっている感じもあるしな)
ただ一つ懸念があるとすれば、もし豚等の家畜に生まれて変わってしまっていた場合だ。
何かのマンガで得た知識なのだが、豚は生まれてからたった半年程で食肉用として出荷されるそうだ。
万一、そうだったら俺はわずか半年で今世の終焉を迎え、食卓にあがるわけだ。
正直、とても怖い。
せめて美味しく召し上がってほしい。
もし食べ残しやがったら化けて出てやろう。
『もっ○いねえ~』
(・・・・・・・・)
そして、約1週間後、ようやく俺は状況の確認が取れた。
片方だけではあったが眼が開いたのだ。
俺は猫に生まれ変わっていた。