傷だらけの少女
「困っちゃったねえ」
はあー、と長い溜息をつきながら、自ら作り上げた作品『雪人28号』に寄り掛かる。大量の雪を押し固めて、後から少しずつ雪を削り取って作ったなかなかの力作だ。
帰りたい気持ちはもちろんある。だが、ここはここで、とも思う。コンビニもない、自動販売機もない、電車も車も飛行機もない、不便極まりないが、それを補って余りある素晴らしさがこの世界にはあった。
まだ短い付き合いだが頼りになるミメイ、生意気だが可愛らしいオウカ、何より自分の好み弩ストライクのアワユキ、この三人がいるだけでもこの世界で一生暮らしていいんじゃないかな、とまで思う。
向こうの世界は確かに便利で良いところだ。テレビなどの娯楽も充実してるし、水道電気ガスなどライフラインも確保されていて、この世界とは比べ物にならないくらい利便性が高い。病院などの医療施設だって、ここよりもっと優れている。町には街灯がともり道は整備され、ガタガタの道を行くことも夜の獣の襲来に怯えることもない。安心、安全が揃っていた。
ただ、決定的な魅力とはなりえない。就職難だし、景気も悪いし、何よりあそこでは目的や夢を持てなかった。社会のせいにするのは簡単で、格好悪いからやめようとは思うのだが、たまにふと、考えてしまう。特に『お祈り便』、就職の不合格通知をもらった時は。不合格の通知には必ず『貴方のご活躍をお祈りしております』と締めくくられていたからだ。祈るくらいなら職か金をよこせと声を大にして言いたい。せめて交通費だけでも、と思ったのは自分だけではないはずだ。
それに、自分が守ろうと思ったものは、もうあの世界にはない。それも、自分が今一つ真剣に生きられなかった理由かもしれない。
ごそごそとカグラはポケットから財布を取り出す。入っているのは数枚の紙幣と小銭、くしゃくしゃの領収書、キャッシュカードにポイントカード、免許証、そして、昔の写真。五年前のものだ。そこにはまだ若くてピッチピチだった十五歳のカグラと、そのカグラに抱きかかえられた、彼を二回り小さくした男の子が元気な笑みを浮かべて写っていた。
「あー、墓参りにいけないのは、辛いかな」
誰に聞かせるでもなくぼやく。唯一の心残りと言っていいかもしれない。
気づけば、雪がやんでいた。風もだいぶおさまっている。妙に明るくなったと思ったら、月が出ていた。雲が途切れたらしい。うわ、この世界の月明かり半端ねえなと空を見上げていると、視界の端で何かが動いた。すぐにそちらに視線を変える。木と雪以外存在しない空間では、動くものはたとえ小さくてもかなり目立つ。獣の類だろうか。カグラは携帯を取り出す。
カグラが召喚されたときに手に入れたものがある。魔神の心臓と呼ばれる先史文明の遺産、強力なエンジン『メビウス』と、ロボットなどの機械を動かすプログラムだ。魔神とは過去に召喚されたとてつもない力を持った化け物と語り継がれているが、カグラはそれをロボットだったんじゃないかとみている。先史文明は高度な科学力、それこそ自分たちの世界以上の水準の技術を持っていて、戦いにそいつらを利用していた。つい先日も、その先史文明の名残である凶悪なロボットと対峙した。ロボットはミメイとアワユキが破壊したが、問題はそのロボットに触れた自分の変化だ。体内に電流が流れ込み、気づいたら頭と、そして持っていた携帯にプログラムがインストールされていた。起動すると、そのロボットが使っていた兵装を自分も使えるようになっている始末。
つまりは、と自分の中で仮説・推測を並べ立てた。
自分は召喚された際に埋め込まれたメビウスのせいで、半人半ロボットになっている。
この世界の遺跡に残っているロボットなどに触れると、そいつらが持っているプログラムを入手することができる。ただしもの凄く痛くて痺れる。電流みたいなものが流れるからだ。
インストールすれば、携帯の決定ボタンを押すことで、その兵装を起動し使用することができる。
以上のようなことが考えられる。ただ、使うと疲れる。休んだり食事をとれば治るので、スタミナやカロリーを電力の代わりに消費して使えるんじゃないかな、と結論付けた。
先日インストールされたのはレーザー砲とチェーンソー。そのうちチェーンソーを起動させる。獰猛なエンジン音とともに凶悪なフォルムが姿を現す。独特の刃の回転音がうなり声をあげ、獲物をよこせと謳う。
目を凝らして、雪原と林の奥を見据える。また、かすかに動いた。少しずつ動く部位が大きくなっているのを見ると、近づいてきているようだ。カグラの意志に応じて、回転数がアップする。
「どうした、カグラ」
小屋のドアの隙間からミメイが顔をのぞかせた。音を聞きつけたのだろう。
「いや、何か動いたんだ。獣か何かかなと思って。ほら、音を出せばここに人がいるって知って逃げていくだろ」
「馬鹿。この辺には逆に獲物だと思って寄ってくる奴がいるんだよ。・・・でもおかしいな。さすがにヒュメールも冬眠してる頃だと思うが」
「何それ」
「この辺の生態系の頂点に立つ奴だよ。唯一の肉食。体長はでかいのでこの小屋くらい。四足で、でかいくせに素早い厄介な奴だ。ただ、上質の毛皮を持っているんで、高級毛皮として取り扱われている。無謀な猟師が毎年犠牲になってるけどな」
「とりあえずお会いしたくない方、ということだけはわかった」
チェーンソーを解除する。あたりに静寂が戻った。カグラは再び視線を戻す。だいぶ近づいてきたようで、その全貌もはっきりしだした。そして、その正体を知ったとき、カグラは全力でその正体のもとへ走った。
「カグラっ!」
ミメイが呼び止めるがそんな声は今の彼には届かない。
その正体は少女だった。まだ幼い。年齢からすれば七、八歳くらいだろうか。この雪山に入るには自殺行為としか思えない服装で、それすら服と呼ぶのもおこがましいくらい簡素で、しかもぼろぼろの雑巾のように薄汚れていた。
とうとう力尽きたか、少女が雪の中に崩れ落ちる。
「おい!」
叫ぶが少女はピクリとも動かない。雪の中をなかなか思うようにすすめず、もどかしい気持ちでいっぱいになる。早くたどり着け、もっと動けと足を叱咤する。
「おい! しっかりしろ!」
急いでジャケットを脱ぎ、少女をくるむ。一着五万と自分なりに奮発したスーツに雪がしみこむのも構わずその場にしゃがみ込み、少女を抱えて揺さぶる。とにかく意識を戻さないと。
「ひでえ凍傷だ。何で子どもがこんなところに・・・いや、そんなこたいい! みんな来て!」
服以上に少女はボロボロだった。顔は汚れ放題、髪はがさがさ、手足は小枝みたいに細い。記憶がフラッシュバックする。少女が過去とだぶる。
今は感傷に浸っている場合じゃない! 首を振り、意識を今、このときに集中させる。この子を救うことが最優先事項だ。
「どうしたんだカグラ。何かあったか」
ミメイが小屋から出て近づいてくる。そのあとを騒ぎに気付いたオウカ、アワユキが続く。
「この何も無い雪山に何があるってのよ」
寒そうに体を両手で抱きしめて、オウカがぶーたれた。
「女の子だ! ちっこい女の子が死にかかってる!」
「何ですって! 大変じゃないそれを早く言いなさいよ! アワユキ!」
カグラの一言に態度が急変する。性根はやはりいい子なのだ。口と性格が悪いだけで。
「承知しました」
彼女に付き従うアワユキに異論があるはずがなく、すぐに小屋に戻った。お湯を沸かす準備を始めたのだろう。
抱きかかえようとしたところで、少女が救いを求めるように、その手をカグラに差し出してきた。カグラはそれを力いっぱい握りしめる。
「もう大丈夫だ。絶対に僕が助けてやる」
今度こそ絶対だ。少女に、自分に言い聞かせるようにして力強く宣言する。安心したのか、少女は完全に気を失った。抱きかかえ、来た道を取って返す。
続きを書かせていただきました。
ここで冒頭の部分が絡んできます。
今回は彼女がゲストです。そして、カグラの過去が少し判明します。
あと、蛇足になるやも、ですが。
カグラは拙作のほかの作品に登場している連中と多少関係があります。
よかったらそちらのほうもどうぞ。