雪やこんこん
「確かに、想像以上に過酷ですね、これは」
アワユキが白い息を手に吹きかけながら当たりを見回した。亜人である彼女は暑さや寒さに常人よりも強いのだが、その彼女をもってしても毛皮のコートに包まらなければ耐えられないのだから、その寒さたるや推して知るべしであろう。普段のスタイリッシュな立ち姿も良いけど、このフワフワとモコモコに包まれたアワユキさんも胸キュンものだね! とはカグラ談。
辺り一面は真っ白の雪におおわれている。自分たちが通った後のくぼみも、際限なく降り積もる雪に埋め立てられ消されていく。
「雪国セッカ。一年の半分以上を雪に覆われた極寒の地。主な産業は金属の採掘と温泉宿などによる観光業、そして遺跡から出た出土品の交易ですか」
「その宿も温泉も、街に辿り着くまでのお預けってわけなのね・・・」
やれやれとカグラは空を見上げた。分厚い雲が夜空を完全に覆い、柔らかい日差しの代わりに降りかかるのは痛みすら伴う冷たい雪だ。
「距離は後どれくらいでしょうか?」
前方を見据えながら、アワユキがミメイに声をかけた。道を知っているのは彼だけだ。もし彼がいなければ、全方位が雪に覆われ何の目印も無いここでは簡単に迷ってしまうだろう。そうでなくとも数刻に一度の割合で視界が完全に白い闇で覆われる時が来る。カグラがホワイトアウトだとなぜか嬉しそうに叫んでいた現象だ。これにより完全に方向を見失う。それでも迷わず進んでこれたのはミメイが持つ地図と羅針盤だった。方向と自分の位置さえ分かれば迷うことはないらしい。
「後、距離にすれば大体二万五千歩くらいだな」
それに彼の経験が加わるとこうなる。この世界には各国ごとに長さや重さに使われる単位が違う。世界中に広まっている宗教の元、一つにしようという働きはあるものの、今のところ実現には程遠い。旅をしない人間からすれば、どうして自分の国できちんと使えるのに、わざわざ他の国の単位に合わせなければならないのか、という言い分だ。
よって、旅人は自分の手や足、指の長さを単位に代用する。そうやって距離を測り、旅の日程や消耗品の在庫を逆算するのだ。ミメイはこれまでの道筋や歩数をすべて数えて記録を取っていた。
「歩幅が大体八十センチだとして」
そこへ、異世界の共通単位を持ち込むカグラ。
「げ、二十キロもあんのか? この雪の中を強行軍は無理じゃね? 普通に歩いたって五時間、君ら流にいえば五刻かかる。この雪じゃもっとだ」
うえーっとオウカが元王女とは思えない声を出した。
「無理、限界。もう疲れたぁ! 歩けないーっ!」
「オウカ様、そんなこと言ったってどうしようもありませんよ」
ここで足を止めるのはすなわち死を意味する。そのことがわからないほどの愚か者ではないはずだが、寒さと疲れで苛立ってどうしても愚痴りたくなるようだ。
「確かに、そろそろ休んだ方が良いな」
珍しくミメイがオウカに賛同した。地図と羅針盤を見比べて告げる。
「もうすぐ日も落ちる。この先に猟師や行商人用の小さな小屋があったはずだ。そこで暖を取って朝までやり過ごそう」
「え、ホントに良いの?」
自分の要求がすんなりと通った、しかもいつも衝突してばかりのミメイの賛同を得たため、喜びよりも戸惑いが勝った。
「何企んでるのよ」
「別に企んだわけでもお前を気遣ったわけでもねえよ。丁度切りのいいところまで来たし、この環境で無理したって何の得にもならねえ。休める時にはきちんと休む、旅人の鉄則だ」
すたすたとミメイは行ってしまう。
「もうなんなのよあいつは。優しくするのか冷たくするのかどっちかにしなさいよね」
ぼそっとつぶやく。
遺跡でミメイに危ないところを助けられて以降、たまに、本当にたまに、ごく稀にこういう気持ちになる。彼に抱きかかえられた時のことを思い出すと、今でもカァっと顔が熱くなる。自分を抱える鍛えられた腕、意外に厚い胸板、そしてこちらをじっと見つめる瞳。
オウカにとって、ここまで異性を近づけたことは父親以外では全くなかった。
もしかして、と一瞬考えるが、首を振って全力でその考えを否定した。ありえない。あんなぶっきらぼうでつっけんどんで愛想のかけらもないわ口から出てくるのは否定の言葉、人を小馬鹿にしたような態度は崩さないわで、自分の中で嫌いな人間をあげていけば五本の指に入るような男だ。そんな相手が気になるなどあり得ない。どこの変態だそれは。変態はカグラだけで充分だ。でも、助けてくれたり、たまにああやって人のことを認めてくれるのよね・・・。いやいや違う。違うから!
そんな彼女の懊悩やさっきのセリフは風に乗ってすぐ消えるはずだったのだが
「優しくされたかったの?」
よりによってカグラに見られ、聞かれた。あわてて振りかえるオウカの顔は赤い。寒い以外の要素もありそうだ。
「な、何よ。なんか文句ある?」
「いぃやぁ? 別に?」
ザクザクと音を立ててカグラもミメイの後に続く。軽やかにステップを踏んでいるのがなおムカつく。
「言いたいことあるなら言いなさいよ。そのニマニマ笑いをやめろ! こら、逃げるな!」
小躍りしながら小屋に向かうカグラの後を、さっきまでもう動けないとわがままを言っていたオウカが追う。そのすぐ後ろをアワユキが続く。なんだかんだ言いながら、ギルドとしてまとまってきましたね、とオウカたちの後姿を眺めながら思う。ミメイはなんだかんだ言いながら協力的だし、カグラも帰れない不安を抱えながら、文句も言わずについてきてくれている。なによりオウカがいろんなことを吸収して成長している。教育係として、差し出がましい話だが姉替わりとして、これほど嬉しいことはない。これからもその背中を見守りたい。このメンバーで活動していきたい、そう決意を新たにした瞬間だった。
続きを書かせていただきました。
この作品だけが、拙作の中で三人称で綴られているのですが
難しい・・・慣れてないだけかもだけど・・・
色んな書き方が出来るよう努力したいと思います。