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災厄の子

 私は、誰にも愛されなかった。

 理由は、私の髪の色。老人のような白い髪。

 理由は、私の瞳の色。ウサギのような赤い瞳。

 それは、恐ろしい悪魔の証。神々に反逆せし悪しき者の証。

世に不幸をまき散らす災厄の証。

 気付いた時には、薄暗い納屋の中にいた。

この身が焦げるような暑い日も、この身が凍てつくような寒い日もここにいた。

時折ドアの隙間から差し出されるパンのかけらと皮袋にはいった水で生きていた。

この狭い空間の中でやることは、食事以外では外から聞こえる声を聞くこと。そうやって少しずつ言葉を覚えた。悪魔のこともそのときに知った。外で親が子どもに教えている。ここに閉じ込められているのは悪魔だと。悪魔は滅ぼされる運命なのだと。この時、自分がもうすぐ死ぬことを知った。悲しくはなかった。

ただただ、死を待った。

仕方ない、とすら思わなかった。そういうものなのだと思っていた。

私は呪われた身だから、死ぬべき者だから、朽ちていくのは当然のことだと。

どれほどの時を過ごしただろうか。

初めて目の前のドアが開いた。

初めて見る外の景色は銀色で。初めて吸う外の空気はあの寒々しい納屋の中よりも冷たくて。

始めて見る、憎悪と嫌悪と恐怖に彩られた人々の表情は・・・。

悪魔だ、と誰かが叫んだ。それを皮切りに、次々と私に降りかかる罵声。石や腐った果実が投げつけられ、そのうちの一つが頭に当たった。頭から垂れてくるのは腐った果実の果汁か自身の血液か。それを見て人々から歓声が上がった。

両腕を千切れるほど強い力で掴まれた。そのまま強引に引きずられる。

太く長い木の杭に私は吊るしあげられた。周りには小枝が敷き詰められていて、人々は手に真っ赤に燃え盛る松明を掲げていた。

焼かれて死ぬのだ、とわかった。ゆっくりと目を閉じ、その時を待った。

遠くで大きな音がした。次いで、ぐらぐらと地面が揺れた。目を開くと誰もが立てなくなって、その場に這いつくばっていた。

遠くから、お腹に響く音が近づいてきた。そちらの方へ目をやると、白い壁が煙を立てながら近づいてきた。雪崩だ、とまた誰かが叫び、人々は逃げ出した。だが壁が人々を呑みこんでいく方が早かった。

私だけが、生き残った。高い杭に括りつけられていたせいで、壁は私の足元までしか届かなかった。他は全て白で埋め尽くされてしまった。

雪崩に耐えきった杭が、力尽きたようにゆっくりと倒れた。私は雪の上に落ちた。痛みはなかった。立ち上がる。縄をひっかけただけだったので、杭から簡単に解放された。

誰もいなかった。さっきまで私を憎んでいた人たちは、誰も彼も雪崩に呑まれていた。

私は歩き始めた。考えがあったわけじゃない。なんとなく、そうしようと思った。

きっと、目の前の白い山が、私を呼んでいるからだ。あの山が、私の死に場所なのだ。そう感じたから私は進んだ。

どれほど歩き続けただろうか。足からも手からも、もう痛みすら感じない。

とうとう足が止まった。その場に崩れ落ちた。

酷く眠い。

もう眠ってしまおう。これで起きることはない。二度と起きてはいけない。どうせ、苦しみしかないのだから。永遠に、眠ってしまおう。楽になってしまおう。目を瞑った、そんな時だ。雪を掻きわける音がしたのは。誰かが、私に近づいてきた。

早く眠らなければ。硬く目を閉じる。目を開くと辛い事ばかりだった。急激に迫ってくる睡魔に身をゆだねてしまおう。痛みのない世界へ旅立とう。

その望みは叶わない。頭に響くような大声が耳元で炸裂した。

「おい! しっかりしろ!」

 何かで体を包まれる。力強い手が、私を抱えあげる。揺さぶられ、意識を強引に覚醒させられる。

「ひでえ凍傷だ。何で子どもがこんなところに・・・いや、そんなこたいい! みんな来て!」

 新たな声が私の耳に届く。

「どうしたカグラ。何かあったか」

「この何も無い雪山に何があるってのよ」

「女の子だ! ちっこい女の子が死にかかってる!」

「何ですって! 大変じゃないそれを早く言いなさいよ! アワユキ!」

「承知しました」

 あれほど静かだったのが嘘みたいに騒がしくなった。その間も、私はずっと温もりに抱かれていた。生まれて初めて人に触れた。こんなにも温かいのか。これは、夢なのだろうか。手が、ぬくもりを求めて宙をさまよう。私の手が、大きな手にしっかと掴まれた。

「もう大丈夫だ。絶対に僕が助けてやる」

 手の力よりも一層力強い言葉が私の耳を通り、体の奥の方に沁み渡る。ポッと、内側に小さな灯がともった。それは私の中の何かを確実に溶かした。私の体力はそこで限界を迎え、意識は徐々に失われていった。


 私は誰にも愛されなかった。

 誰にも愛されず、死ぬのだろう。

 それは変えようのない運命だ。

だから、それには何一つ文句を言わずに従います。

だけど、その前に一つだけ我が侭を聞いてもらえるなら、神様。

 どうか、このぬくもりの中で死なせてください。

 



 最後まで、少女のこの願いが叶うことは無かった。なぜなら・・・

さて、何年ぶりかわからないですが続編を開始させました。

どうぞよろしくお願いいたします。

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