ロボットと罠と覚醒
「どうよ? ぐうの音も出ないでしょう?」
自慢げに胸を張って、オウカはミメイとカグラの元に戻ってきた。
「依頼内容は遺跡に忘れてきた遺品の回収。特急料金付き、ねえ?」
オウカが差し出した依頼書を見ながらミメイが呟く。依頼書は正式に仕事を依頼しましたという証明書だ。そこには今回の依頼内容、支払われる報酬額、最後に依頼人とギルドの責任者の署名が記載されている。読み終わった依頼書から視線をオウカの隣に立っているアワユキに移す。それは咎めるような鋭い眼だったが、見られたアワユキは肩をすくめるだけだ。好きにさせてあげてくださいということだろうか。どうなっても責任は持てないぞ? と心の中で呟きながら視線をオウカに戻す。
「ふふふ、どう? 確かにしょぼい仕事だけど、約束通り取ってきたわよ? あんたが不可能、無理だと言ってたことを私は成し遂げた。これで文句ないわね?」
「文句?」
「そうよ。取ってきたら私の言うことなんでも聞くって」
「言ったか? そんなこと」
「言ってないと思う」
「言ってませんね。何か言う前にオウカ様が走り出してしまったんですから」
「う、うるさいわね。でも取ってきたからには文句言わずに働いてもらうわよ」
「それはまあ、構わないが。でもこの仕事大丈夫なんだろうな?」
オウカが疑わしげに依頼書を読む。だが勝ち誇ったオウカには、それがただの負け惜しみにしか見えなかった。こいつは出来ないと思われてたことを簡単にされて悔しいのよ、いい気味! という気分なので、見下したように、噛んで含めるようにバカ丁寧に説明してやった。
「大丈夫よ。教会のVIP御用達のレストランに連れて行くくらいだもの、教会から信頼されるよほどしっかりしたところよ。ほら、前金だって貰ったし」
「それだけでしっかりしたところかどうかはわからんぞ? 金さえばら撒けばそれくらい・・・・」
「うるさいわね。負け惜しみはもういいのよ。ほら、明日に備えてもう休むわよ」
ミメイの言葉を遮って、オウカはさっさと二階に行ってしまう。
「で、どういうつもりだ? あんたがついていながら」
オウカが去った後、ミメイがアワユキを横目でにらんで質問した。
「オウカ様の社会勉強には丁度良い機会かと思いまして」
「教育熱心なことで何よりだが、俺たちで面倒が見られる範囲にしてくれよ?」
翌日、早朝にオウカたちは出発した。最低限の食料と水は宿屋の主人に用意してもらった。あまり物を持ちすぎても移動に不便なので、彼女らの着替えやカグラのキャリーバッグは宿屋に預かってもらうことになった。
「帰ってきたら僕らの荷物は売りさばかれてました、なんて笑い話にはならないよね?」
バッグに残したノートパソコンが心配で名残惜しそうにカグラが言う。彼の手には革製のビジネスバッグ。中身は酒のツマミと飲料水の入ったペットボトルがある。宿屋で水をもらうとき、全員の注目を浴びた逸品だ。軽いくせに落としても簡単には壊れないプラスチック製品は、水筒に最適の素材だった。「それを売り飛ばすだけでちょっとした財が築けそうですね」と金の亡者が目を光らせていたのをカグラは知らない。
「それも大丈夫でしょう。私たちの着替えはそこらで買える服ですし、あなたの荷物は価値がわかる人間でなければただのガラクタです。店の信用をそんなもので落とすとは思えませんし、相手も貴重品など預けないと高をくくっているでしょう。それでも万が一のために誓約書を書かせました」
アワユキがポケットから一枚の紙を取り出して内容を読み上げる。我々の荷物を勝手に触り、損失した場合や紛失等した場合は、その全てに代わるだけの損害賠償を支払うという旨が記載されていた。
「むしろその方が我々にとっては得なんですがね。損害以上の金額を提示し、今後宿泊料を取らずに我々を泊めさせたり資金を提供させたり出来るのですから」
「万事抜かりないなぁ」
彼女は思った以上に強かだった。城の資金繰りをしていた経験が大いに生かされているようだ。
「んじゃ、後顧の憂いなく出発できるわけだ。姫さん、僕らは一体どこに行くんだい?」
「ええと、そうね、街の北門から出て、そのまま道なりに進むわ。歩きで六刻ほど進むと埋もれた遺跡が見えてくるって」
「へえ、六刻。六刻ってどれくらいなの? 僕この世界の基準知らないんだよね」
「そうだな、基本は一日が二十四刻として決められているが」
「へえ、僕の世界の一時間と同じなんだ・・・・え、ということは六時間も歩き続けよと!?」
「そっちの基準に当てはめてそうなら、そういうことだな」
「いやいやいやどこの強行軍だよ。無理ですって。歩行速度時速五キロで単純計算しても三十キロじゃん。僕は筋金入りの軟弱者なんですって。乗り物とか無いの?」
「馬の貸し出しは高いですし、北のほうへ行く旅行馬車の出立時間はまだまだ先です。それに地図でみればこれから行く場所はそのルートから外れていますから」
「歩くしかないってこった。諦めてさっさと来いよ。軟弱なら、これを機に体を鍛えろ。オウカといいお前といい、何でそんな体力がないんだよ」
オウカに体力がないのはまだわかる。元姫という立場上、移動には馬車を使っていただろう。しかしこの男はいい年なのにこの程度の距離も歩けないという。カグラだけが特別体力がないのか、それともこいつの世界の住人はみんなそうなのか。
「そうだね、人それぞれだと思うよ? ただ、僕らの世界には車とか電車とか、乗り物がたくさんあるんだ」
「馬、じゃないのか?」
聞きなれない単語、違う世界の知識にミメイが興味をそそられた。カグラも話しているほうが疲れを紛らわせると思ったのか、自分の世界の話をし始める。
「そうだね。昔は馬が移動の主流だった。けど、昔の科学者、発明家が馬に代わる移動手段を考えたんだ。それが車。ガソリンっていう燃料を燃やして生まれた力で進むの」
他にも電車とか、飛行機とかあるね、とカグラは言う。
「法術みたいなものか?」
宝珠から風や熱などを生成し、舟を進ませる方法があったことをミメイは言った。
「法術? ああ。この前説明してくれたあれか。先史文明の遺産から生まれた技術だっけ。僕としてはそっちのほうが驚きなんだけどね。でもよく考えたら根本的なとこは同じだよ。燃料か、ええとなんだっけ、この世界に満ちてるアレ。宝珠ってやつで取り込むやつ」
「粒子のことか?」
「そうそれ。燃料に何を使ってるかの違いだと思う。部品と設計図と道具があればこの世界でも似たようなのは作れるんでない?」
「それは難しいと思うぞ」
ミメイが首を振った。
「なんでさ」
「宝珠が高いんだよ。中古品でも金貨一枚はいるんだ。金貨一枚あれば、一家族が一年遊んで暮らしても釣りがくる」
「あ、そうなの?」
この世界の通貨にいまだピンとこないカグラは首をひねるが、ミメイの説明から、まあ僕の価値観でとりあえず一千万くらいかなあと想像する。うん、高い。そこまでかけて作ろうとは思わないな。そう思ったカグラは話題を変える。その宝珠という自分の知らない技術をもう少し詳しく知りたくなった。
「でも、そんなに便利なら一つくらい欲しいね。火を起こしたり水を出したりできるんでしょ? 一つで生活基盤整っちゃうじゃん」
「宝珠はそこまで万能じゃない。何でもかんでも出来るわけじゃなく、用途に合ったものが必要となってくる。火を起こすには火の宝珠、水を生成するには水の宝珠がいる。しかも宝珠にも善し悪しがあり、良い宝珠は多くの粒子を取り込むが、不良品はその逆ってわけ。また、宝珠を使うにはちょっとした才能と訓練が必要だ。粒子を取り込んだ宝珠から上手く力を取りだす技術だ」
「というと?」
「例えば、火の宝珠を俺たちみたいな普通の人間が使うと、どんなに良い宝珠でたくさんの粒子を取り込んだとしても、焚き火をするのが精いっぱい。だが、それを才能ある訓練した人間が使うと百人くらい楽に火ダルマに出来る」
「そんなに違いが?」
驚くカグラに向かってミメイは頷く。
「そういう訓練を積んだ人間を『法術師』と呼ぶ。火が得意な奴は炎術師、水なら水術師ってな具合。世の中には何種類も使えるやつがいるらしいが、今のところ会ったことはない」
「だろうね。宝珠を何個も所持してるのはとんでもない金持ちか国家ぐらいなんだろうからね。結局、今の僕たちには手の届かない道具ってことか」
「逆に、お前の世界では、その、車? とかは一般的なのか?」
「一般的っちゃ一般的だね、僕も免許は持ってるし」
カグラは自分のポケットから財布を取り出す。中に入れてあった運転免許証をミメイに渡す。
「何だこれ。絵、なのか?」
ミメイが免許証に張り付けてあるカグラの似顔絵を見て驚いた。
「そりゃ写真だよ」
「写真? 絵じゃねえのか?」
「ちょい違う。うーん、説明するのも難しいな」
こういう時は実践が一番だとカグラは携帯を取り出した。
「見てて」
携帯をミメイに向けてスイッチを押す。ピロリロリン。
「何を・・・」
「まあまあ、とりあえずこれを見なさいよ」
言われて画面に目を向けると、そこには他ならぬミメイ自身が写っていた。
「こんなふうに、周りの風景や人物を撮って紙とかに現像したのが写真だ」
「凄い。お前の世界は本当に凄いな。ちょっと俺にも貸してくれないか。どうやって使うんだ?」
「それはね」
意外なところから会話が弾み、彼らの会話が途切れることがない。そんな彼らの背中を見ながら、後ろからオウカとアワユキが続く。
「彼の世界は随分と技術が発達しているようですね。あのケイタイとやらも、我々には未知の技術です」
アワユキが独り言のように呟く。
「我々の知らない知識。考えようによってはかなり使えます」
「そうかしら? あいつ自身は何の力もない普通の人間よ?」
「であればこそ、御しやすいと考えられます。本当にただの人間であれば、ですが」
「どういうこと?」
「あの男が見た通りのバカではないかもしれない、ということです。我々を利用するために隠し事の一つや二つしているかもしれません。あの情けない姿すら演技かもしれません」
「まさか」
「ありえないことではありません。それに関してはミメイだって同じことが言えます」
そんな話を聞くと、今、目の前で笑って喋っている彼らが恐ろしい。裏で利用する、されるの思案をしながら笑顔を振りまいて普通に話すことが出来るなんて、直情型のオウカには考えられなかった。
「だったらなんであいつらを引き込んだのよ。いくら契約の副作用があるからって」
「あちらが我々を利用しているように、我々も彼らの力を利用する必要があるからです。彼らの力はあなたがギルドを運営する上で絶対必要です。それに、これはあくまで私の推測です。本当のところはわからない。もしかしたら彼らは本当に協力的なだけなのかも。だから、あなたは彼らを信じてください。疑うのは私が担当します」
「何それ。ややこしいこというわね」
腕を組んで首を捻るオウカを優しく見つめる。生意気なところもあるけれど、性根は真っ直ぐな彼女は誰かを疑えない。それは美点であるし、欠点でもある。でもそれで良いと思う。
「あなたに誰かを疑うなんて器用なこと出来ません。考えがすぐに顔に出るんですから」
「む、馬鹿にして。私だってその気になればあいつらの一人や二人の思惑なんて簡単に見破れるんだから」
「ふふ、期待していますよ」
「信じてないでしょ? 本当なんだからね」
「わかってます。ほら、前を見ないと危ないですよ」
いつまでも子ども扱いして。ふてくされながらもオウカは前を向く。二人はまだ何かを話し合っていた。楽しそうに笑っているあれが駆け引きだとは到底思えない。アワユキの考えすぎな気がするけどな。思惑があるのかないのか、不思議な組み合わせのギルドは道を進む。
疲れないように途中で休憩を挟みながら進み、夕方近くになって目的の遺跡に到着した。
「これが、遺跡?」
信じれないといった風に感想を漏らしたのはカグラだ。眼に前に広がっている光景は、彼には到底信じられないものだった。
「マジか・・・・・これ、コンクリート、か?」
風化していてところどころ破損しているが、目の前の建築物は彼がいた世界の構造に似ていた。この世界のどの建物とも違う、屋根も窓もない四角い無機質な四角形の箱だ。
「どうかしたのか?」
門があったと思われる場所から動けずにいると、ミメイが声をかけてきた。
「この建物、僕の知ってる建物とよく似てるんだ」
「似てる?」
「うん。何と言うか、病院っていうか研究所っていうか施設っていうか、ところどころ違うんだけどさ。他の遺跡ってのもこんななの?」
「そうだな。この世界の遺跡は大概がこういう建物だ。お前が出てきた門も、こういう建物の内部に作られていたらしき形跡がある」
こんなところにも類似点があったんだと半ば関心、自分たちの世界もいずれこうなるんじゃないだろうかという不安を抱えながらカグラは先に進んだ。
遺跡には窓が無く、昼なのに暗い。ミメイがバッグから小さなランタンを取り出した。ポケットからマッチを取り出し、中の蝋燭に火を灯すと、周囲がうっすらと照らされる。
「何でも入ってるわね」
オウカが感心する。この前も手袋が飛び出してきた。武器の手入れ道具もここから出てきたし。
「こういう日の光が届かない場所にも行くからな」
なんてことないように言う。今までどこを旅してきたんだろうか、私とそんなに年もかわらないのに。自分とは違う人生を歩いてきた男に少しだけ興味が沸いた。成り行きで一緒に旅をしているとはいえ、私は彼らのことを何も知らない。たった数日でわかれというのも無茶な話なのだけれど。
「あんた、今までどういうところを旅してたの?」
「色々だ。西の軍事大国アマツにも行ったし、南のセラノ宗教国にも行った。中央のフィンノ連合や北のオド帝国、他にも幾つかの小国家群も通った。この大陸の端から端には行ったんじゃないか?」
話にしか聞いたことのない土地がスラスラと語られる。いずれ自分もその地に足を踏み入れることになるのかと思うと少しワクワクしてきた。妄想の中で、オウカはアワユキやミメイ、カグラのほか、多くの手下を従えて世界中を駆け巡っていた。
「まだまだ行ってないところもあるけどな。海を渡ったところにあるガレ海洋連合国とか、亜人たちの隠れ里ノイナとか」
「ノイナはただの噂ではないのですか?」
亜人であるアワユキが口を挟んだ。
「亜人だけの里ノイナには我々が生まれたルーツがあるといいますが、誰もその里へ行けた者はいません。伝説が語られるのみですよ?」
「だから探すんだよ。あろうがなかろうが構わないんだ。それが冒険者なんだから」
「いいね、ロマンだね」
共感するようにカグラが頷く。
「どうせお前らも俺についてくるなら嫌でもあちこち行くことになるさ。自分の目で確かめるといい。今は先を急ぐぞ」
ランタンを持つミメイを先頭にして先へ進む。
遺跡の中は細い通路とそれに繋がる幾つもの小部屋で区切られていた。ビルというより病院とか、本当に何かの研究施設だったみたいだとカグラは推測する。廊下に非常灯があるのも自分の世界の建物と類似していた。壊れている物が多数だが、わずかに残ったいくつかは微かだが点灯している。ってことは、電気が来てるんだろうか。思考にふけりながら、三人の背を追う。
「ええと、この先を右に行くと、地下に降りる階段があるから・・・・・」
ミメイの隣でオウカが地図を確認していた。さっきから地図を縦に横に、時には回転させたりとその見方は非常に心もとない。言われたとおり右にいくと行き止まりだった。
「違います。ここは左です」
「地図が北と南逆になってんだよ」
と二方向から注意されていた。
「う、うるさいわね。ちょっと間違えただけじゃない! ほら、あそこに階段があるわ。きっとあれが地下への階段よ」
彼女が指差した先には螺旋階段が備え付けられていた。
「明かりより先に行こうとするな。何があるかわからないんだぞ」
「平気よ。依頼主が何のトラップもないって、きゃあ!」
ベタンと転ぶ。暗がりでわかりにくいが、足下は遺跡のはがれた壁の破片や倒れた柱がかなり散らかっている。それらに足を取られたようだ。
「だから言っただろうが」
呆れたようにミメイがぼやく。
「大丈夫ですか? ほら、泣かないで」
「泣いてないわよ!」
アワユキの心配と汚れを払いながら立ち上がる。
「もう! ほら照明係、さっさと先に行きなさいよ」
転ぼうがミスをしようがどこまでも偉そうな態度に、三人は呆れを通り越して感心すら憶える。
ミメイ、オウカ、アワユキ、カグラの順に階段を降りていく。階段はかなり長く、一階の三倍以上の高さがあった。
「一体ここに何があったんだろうね」
見渡しながらカグラが言う。
「古代の人は僕たちの三倍以上の身長があったってわけじゃないよね? 一階は普通だったし」
「今となってはさっぱりわかりません。現在も遺品から先史文明の研究は進んでいますが、肝心の古代人の全容はつかめていません。ただ優れた技術力を誇り、この星を支配していたとしか」
「それが何で急に滅びちゃったんだろうね」
歴史にはロマンがあるとカグラは思う。授業での歴史は大の苦手だったけど、こういう現地でのフィールドワークは大好きだった。その土地の息吹というか、感覚を味わうのは楽しい。机の前に座っての講座は退屈なだけだったが、今はそれも懐かしい。
「今の私たちに必要なのは考古学じゃないわ。さっさと依頼の品を見つけて金を貰うだけよ」
「ありゃりゃ、興味ないの? 今僕たちはロマン溢れる現場にいるんだよ? 知的好奇心が騒がないのかい?」
「そんなの時間に余裕があって金がある暇人か学者に任せればいいのよ」
「寂しいねえ。草葉の陰でオーパーツも泣いてるよ」
「何よそのオーパーツって」
「Out of Place Artifact、だったかな? その綴りの頭文字をとってオーパーツ。場違いな加工品と僕らが呼ぶ、その時代には存在しないはずのもののこと。君ら流に言うと遺品がそれに当たる。普通、自分たちより前の時代は技術だってそんな進んでないものだろ? なのに今以上の技術が掘り出されるっておかしな話じゃない?」
カグラの説明に三人は揃って首を傾げ
「普通のことでしょ?」
「普通ですね」
「普通だな」
と声を揃えた。
「そっか、君らの場合は遺品ってのが身近にあるからこの考えは普通なんだ。僕らの世界は一つひとつ発明とかを積み重ねて技術体系が出来ていったからなあ」
少し肩を落とし気味にカグラは言った。自分と同じ感覚を共有してもらえないのは悲しいことだ。
「でもそれって素晴らしいことですよね」
フォローするようにアワユキが言う。
「自分たちで作り上げた技術と智恵で生活する。どういう原理すらわからずに先史文明の技術を利用している私たちとは違います。そこには先人が積み重ねてきた果てしない努力が見えます」
「お、嬉しいこと言ってくれるなあ」
自分の世界が褒められるというのは以外に嬉しいものだとカグラはほっこりした気分を味わい
「先人の努力に敬意を表したまでです。そうやって便利な世の中になった結果、あなたのような惰弱な人が生まれたのだと知ったら。先人も草葉の陰で泣いてますよ?」
持ち上げて、落とされた。ショックは二倍だ。
「それで、忘れ物の場所はどこですか?」
階段を降り切ったところでオウカが改めて地図に目を通す。
「この先を真っ直ぐ行ったところに大きな門があるわ。門は半分ほど開いていてそこから中に入れるみたい。調査していたのはそこだから多分ここだろうって書いてある」
再び視線を前に向ける。ランタンのちっぽけな明かりを簡単に飲み込む真っ暗な暗闇が広がっていた。
「どうしたの?」
その暗闇をミメイが鋭い目で見つめていた。そして信じられないような提案をした。
「この先に行くの、やめないか?」
「はあ? ちょっと、何言ってんのここまで来て。何、あんた暗いの駄目なの? カッコわる」
馬鹿にされようと、ミメイは警戒を解かなかった。これまでこういうことが何度もあった。そのたびに働く勘が幾度となく自分の危機を救ってきた。その勘が告げている。この先は危険だ、と。
「アワユキ、あんた、何か感じないか? 変な音が聞こえるとか、嫌な臭いがするとか」
問われて、アワユキが耳を澄ませ、鼻で嗅ぐ仕草を見せる。
「・・・・・しますね。これは、血と、何かが腐った匂いですか? あと、何かの唸り声のような」
「ちょ、ちょっとやめてよね。ここにはトラップも危険な獣もいないって言ってたじゃない」
怯えたオウカがアワユキの背後に隠れる。
「くそ、あのオッサンとんだほら吹きね。こんなの契約違反よ。キャンセルしてやろうかしら」
「その場合、契約違反になるのはこっちだ」
舌打ちして毒づくオウカにミメイが忠告する。
「何でよ。嘘つかれたんだから被害者は私たちじゃない」
「なら、お前が持ってる契約書に、遺跡で何らかの問題が発生した場合、契約を勝手に解除してもいい、なんて書かれてるか?」
ミメイの指摘にポケットから書類を取り出して急いで目を通すが、そんな記述は一切無かった。彼女は召喚の儀式のときとまったく同じ過ちを犯した。
「そんなの、書いてない、けど! あのオッサンが」
「口約束を信用するな」
オウカの言い訳をぴしゃりと封じる。
「なぜギルド御用達の斡旋所が存在するかわかるか? 依頼主とギルド、双方を調査するためだ。ギルドに不平等になるような依頼や契約を監査して排除し、また大切な依頼主には信頼の置けるギルドを厳選して提供するためなんだよ。依頼の失敗や死傷者など、不測の事態のときも可能な限り保証してくれる。話をつなげるだけで金を取ってるわけじゃないんだ」
「逆に言えば、斡旋所が関わってないところでの契約についてはまったく保証されません。そしてここからが厄介なのですが、こういう個人での契約の場合、依頼破棄などでこうむる損害は計り知れません。今後の活動どころか、犯罪者扱いされて一生日陰者となることだってあります」
「な、何でよ。依頼破棄したくらいでどうして犯罪者扱いされないといけないの?」
「お前、前金貰ったろ。あれは多分首輪代わりだ」
「どういう意味よ」
「金を受け取った時点で俺たちの負けなのさ。依頼破棄は、仕事もしてないのに金をふんだくった泥棒とみなされる」
「はあっ? これは支度金だって言われて。それに使ってないわよ。返せばいいんじゃないの?」
「そのままの意味でくれたわけないだろ。そしてこういう場合、全額返金できたとしても、違約金などで倍以上の金をふんだくられる」
「そんな・・・・」呆然とオウカが膝をつく。
「何で教えてくれなかったのよ! そんなの、全然知らなかったのに!」
「何で知らないんだ? ギルドを立ち上げようとしてたのはあんただろう? どうしてそんな基本的なことを知らないままやってたんだ? 何かで調べたか? 俺たちに聞いても良かったんだぞ?」
「だって、だって・・・・・」
いやいやと首を振るオウカに情け容赦なくミメイは言葉を突きつける。
「だってだってと駄々こねてりゃ解決すると思うのか? 勘弁してくれよ」
「じゃあ何であんなこと言ったのよ。自分で探してこいとか! 自分でけしかけといて無責任すぎるわよ! だいたい困るのはあんただって同じ」
「いいえ、同じではありません」
アワユキがいつもと変わらぬ淡々とした声で否定した。
「彼らは正式に我々のギルドの一員となったわけではありません。あの斡旋所でギルド名と一緒に構成メンバーを登録して初めて一員と認識されます。あなたが受付嬢を困らせたことで結局メンバー登録はしないままでしたから。たまたま一緒に行動していただけといわれれば、彼らは私たちとは無関係を装えるのです」
「もっと言えば、この件で責任を問われるのはあんただけだ。契約書にサインしたのはあんただけだからな」
「そんなのっておかしいじゃない! どうして私が悪いのよ!」
「これだけ言ってもまだわかんねえのかテメエは!」
「ちょっとストップ!」
エキサイティングしている二人の間にカグラが割って入る。二人の視線が突き刺さる。何で僕がそんな目でにらまれなきゃならないんだよと苦笑しつつ、気付いたことを告げる。
「そのさ、忙しいとこ悪いんだけど、なんか音が近づいてきてない?」
カグラに言われて三人が暗闇に目を向ける。
「確かに近づいてきてますね」
とアワユキ。先ほど聞いた唸り声のような音が徐々に近づいている。他に・・・・これは足音? 人にしてはやけに大きな反響音だ。その音は普通の聴力のオウカたちの耳にも届くほどの大きさになった。
クーラーの室外機みたいな音だなとカグラは思い当たった。業務用の室外機をもっとでかくしたらこんな音になるんじゃないかと想像する。同時にガィンガィンと金属が床を叩く音がどんどん近づいてくる。
「うわあ、嫌な予感しかしないねぇ」
カグラの意見は全員の意見でもあった。思わず後ずさると壁に背がぶつかった。手をつくと、壁の表面にぽつっと突起物がある。
「相棒。ちょっとここ照らしてくれない?」
「なんだよこの非常時に」
「いいから」
顔をしかめながらもミメイはカグラの手元を照らした。現れたのは元の世界でよく見たスイッチ。
「ビンゴ。多分電源スイッチだ。そりゃそうだわな。屋内には当然電灯はあるよな。非常灯があって、ないわけないわな」
「デンゲン? スイッチ? 何言ってんだ?」
「まあまあ、あとは電力が生きてりゃいいんだけど」
カグラがスイッチを切り替える。
「うおっ」「きゃっ」「うっ」
三人が目の前を覆う。突然室内が明るくなり暗闇に慣れていた目が痛んだ。
「よかった。やっぱり電気が来てる。まだ使えるみたいだ。自家発電でもしてんのかね」
「ちょっと何したの? 法術? それとも魔神の力?」
「んな大げさなもんじゃない。この施設についてる電灯をつけただけ。どうも君らの先史文明は、僕らの文明と本当によく似てる」
「それよりも、音の正体がわかったぞ」
ミメイが火を消してランタンをしまい、代わりに小太刀を手に取る。その視線の先に人影があった。いや、それを人影と言っていいのかどうか。
それは身の丈が彼らの三倍ある巨大な像だった。角ばった頭には口も鼻もなく、巨大なガラス球のような半球の目だけがついており、時折中の黒目にあたる部分が瞳孔のように動く。胴体は樹齢千年の大木のように太く、幾つもの金属板が貼り付けられていた。そこから生えている両腕は人よりも間接が多いのかグネグネと蛇のように動き、その先端部には剣のようなものが取り付けられている。剣のようなものと評したのは、それの刃にあたる部分が鋭く尖っているわけではなく、ギュイギュイと音を立てて回転しているからだ。
その巨大な上半身を四本の足が上半身の巨体を支えている。砂漠で見たサソリに似ているなとミメイは思った。サソリが踏みつけているのは巨大な扉。あれはオウカの言っていた部屋の門の一部だろうか。以前は立派な門構えだったのだろうが今は無残にも砕かれていた。これほど分厚い扉が破られている状況からして笑えない。
「嘘、だろ?」
カグラは呆然と、自分にとっては近未来的なデザインをした像を見上げる。
「なんでしょう、あの悪趣味な像は」
「像じゃない。あれは、あれはロボットだ」
「ロボットって、あんたが言ってた魔神のこと?」
「多分。どうやら僕らの技術以上のものを先史文明は持ってたみたいだ。あんなに滑らかに素早く、しかも自立思考で動くのは初めて見た。あいつのためにここの天井はこんなに高いんだ」
「感心するのは私たちが無事ここから出られてからにしましょうか」
ロボットの後ろにある物を見つけてアワユキが鋭く言い放つ。無機質で何の感情もないはずなのに、ロボットから向けられる敵意に身構える。その背にオウカを庇い、油断なく相手を注視する。
「どうやら、先にこの遺跡に来た人間はあれにやられたらしいな」
ミメイがアゴをしゃくる。その先にあるものを見て、オウカは吐き気をもよおした。鼻ごと口を両手で覆い、こみ上げてくるものを意地でこらえる。吐いている暇すら与えられないと思ったからだ。
「何・・・・アレ・・・・、まさか、死体?」
彼女がかろうじて呟けたのはそんな当たり前のことだった。上半身と下半身が離れている人間が生きているわけない。その不恰好な切り口からは内臓や体液が飛び出し、床をどす黒い血の色で染めていた。「チェーンソーで輪切りってどこのホラーだよ」とカグラが真っ青な顔で呻く。その不気味な目は新たな獲物を探すようにキョロキョロと動き、四人を目標に定めた。
「自立歩行型でしかも戦闘タイプ? しかもやる気満々だって? はは、冗談きついって」
「冗談で済めばいいけどな」
ロボットの刃が電灯に照らされて鈍く輝く。その刀身はところどころ赤黒い色が染み付いていた。現実にそれが振るわれ、幾つもの命が散らされたと思うと恐怖が倍増する。「うわー」とカグラのげんなりした声が反響する。
ミメイは冷静に置かれている状況を把握する。相手がどんな動きをするかはわからない。ただ、死体になっている連中の装備品を見ると、ただの研究者ってわけじゃなさそうだ。おそらくどこかのギルドの一員だろう。彼らが逃げ切れなかったくらいの動きはするわけだ。対してこちらは足手まといが二人。出口が近いのが不幸中の幸いってとこか。自分が相手をかく乱している間に全員を逃がす。これだけ面倒をかけられても、オウカを助けるつもりでいた。彼女が死んだら自分も死ぬなんて、つくづく厄介な契約をしたもんだと心の中で苦笑する。
「今すぐ階段を上がれ」
切っ先をロボットに向けたままミメイが言う。
「はあ? 何言ってんの、あんた置いていけるわけないじゃない」
逃がさなければならない一人がそんなことをのたまった。思わず額に手を当てる。
「お前のために言ってんだがな」
「嫌よ! 絶対嫌!」
「何でこんなときまでそんなわがまま言うんだよ」
「自分の不始末ぐらい自分で拭うわ。誰かを犠牲にして自分だけが生き残るなんて、そんなんじゃ私たちを利用するだけ利用した奴らと同じになっちゃうじゃない! あんたこそさっさと逃げなさいよ。商人は割に合わない仕事はしない主義なんでしょ?」
「あんたが死んだら俺も死ぬんだっての。いいか、ご大層な理想は立派だがな、どうしようもない現実ってのはあるんだよ」
「わかってる! そんなこと、痛いくらいわかってんのよ!」
ミメイは気付く。この少女はその現実に全てを奪われたのだ。自分たちを頼ったくせに、用が済めば簡単に自分たちを捨てていった連中と、今ミメイを置いて逃げようとする自分とが重なったのだ。それをわかってしまったミメイが一瞬言葉につまる。
「それでもだな・・・・」
なおも言い募ろうとした時、ロボットが動きを見せた。ガションと胴体の鉄板が横にスライドし、中から角錐台型の柱が飛び出してきた。台の中央から円柱が飛び出す。円柱の中心は人の頭ほどの穴が開いており、内側には螺旋形のくぼみが幾重にも、外側は幾何学的な線が角錐台にまで描かれ、明滅している。
「あれ、似てないか?」
ミメイが言った。
「ええ、カグラが出てきた遺跡の門でしょ?」
オウカが答える。二人は同じものを思い出していた。遺跡に描かれていた文様と目の前のロボットに描かれている文様が似ているのは偶然だろうか。
円柱が甲高い金属音を放ち始めた。中の螺旋模様が回転し、そこへ吸い込まれるように周囲から光の粒のようなものが集まり始める。
「何でしょうか。粒子があれに集まってますね」
「あ、あれが粒子なの? なんか才能ある人間しか使えないって聞いてたから、僕には見えないものと…」
「普通はそうだ。ただし例外がある。大量の粒子が集まってるときなら俺たちでも見える」
「あのロボットとやらは、普通の人に見えるくらい粒子を集めて、どうする気?」
恐る恐るオウカが尋ねた。誰も答えられなかった。ただ、全員が自分たちにとって良くないことが起こるのだけは感じ取っていた。
ロボットの無機質な目が四人を捉えた。棒の先が向けられる。ミメイのうなじの毛が逆立ち、アワユキの尻尾がボンと膨張した。ミメイがカグラ、アワユキがオウカの手を思い切り引っ張り自身もその場から飛び退く。
パッと一筋の光がロボットから飛び出した。その光は先ほどまで四人がいた場所を通過し、後ろにあった階段の真ん中を溶解させ壁に深い穴をあけた。
「れ、レーザーっ?」
素っ頓狂な声をカグラが上げた。それを聞いて、ロボットは四人がまだ存命であるのを確認したらしく、こんどは四本の足をガチャガチャと交差させ、予想以上の速さで接近してきた。捕捉したのは声を上げたカグラと一緒にいたミメイ。ロボットが二人めがけてチェーンソーを振り下ろす。ミメイはカグラを蹴り飛ばし強引にその場からどかせ、自分はその反動で逆方向に飛んだ。チェーンソーは空と先ほどの一撃で千切れかけていた階段を今度こそ使用不能にぶった切った。
「くそ、退路を絶たれた! てめえがちんたらしてっから!」
「何よぉ! 私のせいだっての?」
「こういうときにいつものムカツク姫様気質を発揮しろよ! 王族らしく自分から率先して逃げりゃいいものを!」
「船長は船が沈むとき最後まで残るって言うじゃない! リーダーがギルドメンバー残して逃げるなんてかっこ悪すぎでしょ!」
「ギルドの何たるかをわかってなかった奴が言うことか!」
「そんな言い争いは豪華客船でやってよ。そういう気持ちは大事だと思うけどさぁ!」
カグラがどこか諦めたように喚いた。とにかく逃げ場はなくなった。気持ちを切り替えたアワユキがオウカを床に立たせて、ギギギと振り向き、こちらの位置を確認しているロボットに目を向けた。
「そんな妙なところにこだわるのは嫌いじゃありません。オウカ様らしくて私は好きです。ところでミメイさん、このロボットとやら、倒せますか?」
「生憎人間と獣以外相手したことないんだ。攻撃を当てるのは可能だが、どこを叩けば倒せるか見当もつかねえよ。カグラ、あんたは? 何か知らないか?」
正体を知っていたカグラに期待が集まる。
「あ~っと、そうだね。とりあえずカメラ、あの頭を叩けば良いと思うよ。あれで目標を捉えてるから。後は足! 四本も使ってるってことはかなり重いんだ。一本でも潰せば走行が難しくなるはず。つなぎ目が脆いはずだよ」
カグラからの指示に体が応える。目標を定めたミメイは一直線に相手へ肉薄した。地を這うような疾走はまさに獲物を狙う蛇のよう。
だが先史文明の遺産は常人では反応できないようなミメイの動きに反応する。ターゲットの行動予測地点へ向けて一気に剣を振り下ろす。目標はこれであと三つ、になるはずだった。
振り下ろされた予測地点にミメイの死体はなかった。剣の軌道を紙一重で見切り、ロボットの腕を踏み台にして高く跳躍した。頭めがけて小太刀を突き立てる。だが思いのほかカメラを覆うガラスは硬く、また曲面のためか力が上手く伝わらず分散してしまい、砕くには及ばない。小さな傷をつけただけだ。
(俺一人だと頭を潰すのはちょっと難しいかな)
毒づきながら、ロボットの追撃を背面飛びで避ける。着地地点付近に気配が近づく。
「お手伝いしましょう」
「オウカとカグラは?」
ロボットから視線を外さず会話する。
「今のうちに奥へ逃げているようにと伝えました。あちらには危険がなさそうでしたから。ロボットとやらも我々に照準を合わせたようですし」
ロボットの目、カメラがギュイギュイと音を立てて二人を交互に見定めている。カグラが見ればそれがカメラのフォーカスをあわせている音だと気付いただろう。同時、回転音が再び響き渡り、粒子が集まりだす。レーザーを撃つ準備だ。
「やっかいなメインからってわけか」
「オウカ様を食べたら食あたりを起こすと思ったのかもしれません」
「違いない。カグラだと胸焼けを起こしそうだし。で、あんた戦えるんだな?」
「一応護衛も兼ねてましたので、武術の心得があります」
アワユキは袖をまくり、その場で軽くステップを踏む。
「期待していいんだよな?」
ミメイがニヤッと笑う。
「亜人の身体能力、その目で確かめていただきましょう」
「心強いね。じゃあ、倒しに行こうか」
「了解、お供します」
示し合わせたように二人が左右に分かれた。一拍遅れてその床をレーザーが溶かす。
ロボットに埋め込まれた人工知能が分かれた二人のどちらを優先するか判断するのにタイムラグが発生。それでも瞬時に目標を補足し、グネグネと動く腕が二人を切りつける。だがはっきり言ってさっきよりも狙いの甘い攻撃だ。チェーンソーは彼らの影すら捕らえることなく空を切り、耳障りな音を立てて床を削った。そこで出来た隙を二人は見逃さない。
攻撃を振り切り、音もなく背後からミメイが飛び掛った。ロボットの背から正面のガラス玉へと剣を振り下ろす。そこには先ほど傷の入った場所があり、切っ先は寸分違わずに合わせられる。
同時間軸。驚異的なジャンプ力を発揮して飛び上がったアワユキが天井を蹴りこみ、反動を利用して垂直に落ちてくる。目標はミメイの小太刀の柄。少しでもずれれば小太刀は滑って刺さらない。だが彼女は迷いなく誤差なく、ミメイの手から離れた直径三センチほどの柄頭をピンポイントで蹴りこんだ。刃は今度こそガラスを突き抜け、傷はひび割れへと移行した。派手な音を立ててガラスは砕け、内蔵されていたカメラを粉砕した。今示し合わせたとは思えない錬度の高い連携で目標を達成した。
足と小太刀をそれぞれ引き抜き、二人はロボットから距離をとる。目を粉砕されてなおロボットは稼動し続けていた。だが先ほどまでの狙い済ましたような動きではない、あたり構わず破壊しつくすように腕を振り回し、四本の足が右往左往する。時折壁にぶつかって、嫌な音を立てて壁面が削れ落ちる。そのタフさに半ば感心、半ば呆れながらミメイが言う。
「騒音でご近所から苦情が来そうだな」
「まったくです。さっさと黙らせましょう」
二人はまたロボットに向かって走る。カグラに指示されたとおり間接のつなぎ目を狙う。足が地面に着き、最も負荷がかかるタイミングを見計らって、ミメイは地面との設置点を、アワユキは繋ぎ目を狙って同時に蹴りこむ。一度では破壊できなかったが、何度か同じ場所に負荷をかけ続けていくと、少しずつ歪み始めた。
そうなると精密機械の宿命か、少しのゆがみが足に広がっていき、ついに一本がへし折れた。そうなると自重を支えきれずに残った足も勝手にゆがんで自壊した。耳障りなチェーンソーの音も徐々に小さくなり、ロボット本体の機能が停止するのと同時に止んだ。
念のため徹底的にロボットを破壊し沈黙させた二人は門の向こうへオウカとカグラを迎えに行く。
「終わったの?」
カグラが自分たちのほうに近づいてくる二人に声をかけた。
「ああ。そっちは無事か?」
「無事も無事。君らのおかげだよ。そっちに怪我は・・・・なさそうだね。よかった」
「ええ。問題なく。で、オウカ様は一体どうなされたのです?」
三人の視線が集まる。オウカは部屋の隅っこで、三角座りで小さくなっていた。
「何しょげてんだよ」
ミメイが声をかけるが、ぷいっといじけた子どもみたいに顔を背ける。
「しょげてないわよ」
これほどうそ臭い否定もそうはないだろう。暗く沈んだ声と俯いたままの顔のオウカはしょげている以外の何者でもなかった。
「こっちで一緒に二人の無事を祝おうよ。さっきまであんなに心配してたのに」
「してないわよ。アワユキなら大丈夫だって思ってたもん」
「俺の心配はしてくれなかったのか?」
「うるさいわね、あんたなんてやられちゃえば良かったのに」
「ああ言ってるけど、本当はすんごい心配してた。そんで、泣きそうなくらい悔しそうにしてたよ。『どうして私には力がないの』『人に任せることしか出来ないの』って」
「余計なこと喋んな!」
近くに落ちてた石を拾い上げ、カグラに投げつける。ヘロヘロで狙いも何もない石はカグラが避けるまでもなく逸れていった。カンッ、カンッと音を立てて転がっていく。
「何よ、笑えばいいじゃない。怒ればいいじゃない。勝手に一人で空回って、騙されてこんな怖い目に遭って、結局自分じゃどうにも出来ないから逃げたの。逃げたのよ。これじゃあいつらとなんら変わらないじゃない」
頭を抱えるオウカ。あまりの落ち込みように怒っていたはずのミメイも怒る気を無くしていた。
「本当に逃げたんならあんたは今一階にいるはずだ。何か出来ないかって、自分で何とかしようって怖いくせにここに踏みとどまったじゃないか。そこだけは評価してやるよ」
「でも、それは結局足手まといの行動でしかなかった。自分の実力も計れず、冷静な判断が出来てないってことでしょ。あんただってちんたらすんなって怒鳴ってたじゃない」
「あれは・・・・・なんというか、口が滑ったというか」
「ほら、滑ったってことはそう思ってたことなんじゃない。いいわよ。どうせ役立たずで世間知らずのお姫様なんだから」
「大丈夫だって。僕だって何もしてないし。役立たず度合なら似たようなもんだって」
「あんたはロボットの弱点知ってたじゃない」
カグラのフォローも、完全に鬱モードになったオウカには何の効果ももたらさなかった。部屋の隅っこだけ曇天が立ち込めているようだ。今は何を言っても駄目かと諦めかけたその時、ただ一人、雲を払う人がいた。その人は沈みこむオウカに近寄り、そっと上から抱きしめる。
「・・・アワユキ?」
「あなたが無事でよかった」
心からの安堵だった。
「あなたに何かあったら私は・・・・」
「アワユキ・・・・・・」
感極まってオウカも彼女を抱きしめる。
「イジメ・・・失礼、教育し甲斐のあるあなたがいなくなれば、これからどうやってストレスを発散・・・またまた失礼、生きがいを見つければいいのかと、とても不安に」
「おい・・・・」
「冗談です。まったく、どこまで面倒をかければ気が済むのやら」
すっくとオウカから離れたアワユキ。悪態は付くもののその目は赤く、鼻をすする仕草から涙ぐんでいたのだと簡単に想像がついた。普段からあまり感情を露わにしない彼女が涙ぐむところを初めて見た。それほど心配させてしまったのだ。
「ごめん」
素直に謝った。その彼女の手を引いて立ち上がらせる。
「別に今何も出来なくたって良いんですよ。何も出来なくて当然なんです。何も知らないんですから。これから少しずつ、色んなことを学びましょう? ギルド生活を通じて」
「アワユキ・・・・ありがと。本当にごめん」
「もういいんですよ。無事だったんですから。ただ、これからはもっと思慮深くしていただきたいものです」
「ホントそうだぞ。倒せる相手だったから良かったものの」
「まあまあまあ、若さ故の過ち、今後に期待ってことでその辺にしようじゃないの。ほら、ここにお探しの物があったよ?」
カグラが何かを拾い上げる。依頼にあった小さな箱、と言われればその通りのものだ。
「それが遺品の箱?」
オウカが訊ねる。カグラは頷き
「こいつは無線機だ。まさかこんなものまであるなんてね。いや、あって当然か。ロボットもあるし。でもこれ一つに命がけの徒歩六時間なんて割に合わねえなぁ」
スイッチを入れる。ザーっとノイズしかしない無線機をしみじみと観察する。元の世界にはこういう無線機や携帯が溢れるほどあり、気軽に買えた。それがここでは魔法の小箱という貴重品扱いだ。場所が違えばものの価値も違うということを痛感した。
何はともあれ依頼品は無事回収完了と、カグラはオウカに無線機を手渡す。
「さて、こんな穴倉からはさっさと出ようやリーダー。お天道様が恋しくてしょうがないよ」
へらっと笑い出口に向かおうとするカグラを、ミメイとアワユキの二人が手を広げて止めた。
「どったの?」
「まだ終わりじゃない」
「戻るのは、もう少し後になります」
そういう二人の視線は先ほど入ってきた門に注がれている。見つめる目は鋭く細められ、まだ警戒を解いてない。
「オウカ様。勉強の続きです」
アワユキがオウカに声をかけた。
「世の中には本当に色んな人がいるということ、それも悪意を持つ人間が大勢いるということを学んでください」
何のこと、とオウカが聞き返そうとした時、門の向こう、一階の階段入り口から巨大な炎の弾が四人めがけて飛んできた。
火の玉が目の前に迫り、直撃を受けて自分は死んだと思ったオウカは、誰かに抱きかかえられているのに気付いた。誰かの腕が脇の下を通って背中を支え肩に手を当て、もう片方が太ももの辺りをしっかりと抱いている。母親が子どもにするようなしっかりとした抱きかかえ方だ。
「アワ、ユキ?」
煙の充満する中、うっすらと目を開けて助けてくれた人の名を呼ぶ。
「悪いな。俺だ」
返ってきたのは予想に反した男の声。正体はすぐにわかった。
「無事か?」
目の前、息がかかるほどの距離にミメイの顔があった。目が合った瞬間、心臓が跳ね上がるような感覚に襲われた。顔がどんどん火照っていくのがわかる。
「ひょわっ」
慌ててミメイを突き飛ばす。
「こら、暴れんな」
「ななななな何してんのよ! 変なとこ触んないで!」
「お前、それが命の恩人に向かって言うことか?」
「いいから、さっさと離してよ!」
ミメイの胸板を力任せに押す。予想以上の質感が手のひらに返ってきた。鍛えられた胸板は、ミメイのほっそりとした外見からは想像つかないほど厚くたくましい。その感触のせいで余計に心拍数が跳ね上がってしまう。
「落ち着け。無事か?」
「落ち着いてるわよ! 無事よ! どうもありがとね!」
「感謝されてるようには思えねえが、まあいい」
「・・・あ、それよりアワユキ達は!」
「無事だ」
ミメイが指差す方向、壁際にアワユキはいた。なぜかカグラを両手で抱きかかえる、いわゆるお姫様だっこの状態だった。
「大丈夫ですか?」
アワユキが抱きかかえたカグラに声をかけた。
「おかげさまで。心が撃ち抜かれてキュンとした以外はいたって健康」
「それはなにより」
アワユキは彼を足から下ろしてあげる。カグラは彼女の手を取って優雅に立ち上がった。紳士と淑女が逆転したような一面だ。
「何ふざけてんだこの非常時に」
呆れたミメイに対し、二人は一礼を持って返す。心配して損したとオウカは顔をひきつらせる。
「さて、どこのどいつだ? こんなふざけたことをしてくれるのは」
ミメイの意識が扉の向こうへ向けられる。最初の一発以降、事態は停滞している。奇襲を完全にかわされ、相手も慎重に出方を伺っているのかもしれない。緊張感だけが高まっていく。
「どこの誰かはだいたい予想つきますがね」
アワユキが答えた。
「え、ちょっと待ってよ。予想つくの?」
驚くオウカがアワユキに尋ねた。ええ、とアワユキは頷く。周りを見渡すと、ミメイどころか、カグラですら動揺することなく扉の向こうを注視していた。自分だけが、何もわからない状態に、つくづく自分は甘いのだとこの短時間で何度も思い知らされ、オウカはいよいよ自分が嫌になってきた。他人の魂胆を見抜く洞察力、社会の現実、何より戦いにおいて自分がここまで足手まといになるとは思わなかった。これまでアワユキの指導で護身術を習ってはいた。野盗の一人を倒せたぐらいだからそこそこ行けると思っていたのは大間違いだった。本当に恐ろしい相手、さっきのロボットのような圧倒的な存在を前にすると、体は震え、動くことさえできなくなった。
「うつむくな」
頭上からミメイが言う。
「悔しがる時間も反省の時間もない。後にしろ。今は目の前のことに集中するんだ」
「わ、わかってるわよそんなこと」
アワユキに言われたことを思い出す。そう、自分は何も知らない。何もできない。だが、これから知っていけばいい。出来ることを増やしていけばいいのだ。
「そうだ。それでいい」
「何? 心配でもしてくれてたの?」
「当然だ」
ひどく真顔で、ミメイは告げた。あまりに真剣な表情にオウカはちょっとドキドキした。
「お前が死んだら、俺も死ぬんだ。真剣に心配しないわけがないだろうが」
「そっちかよっ」
自分の心配をしていただけだった。
「で、どこのどいつよこんな真似しでかすのは!」
「何でいらついてんだよ」
「うっさいわね。良いから教えなさいよ。わかってるんでしょ?」
「おそらく、私たちに依頼した老人のギルドです」
向こうからアワユキが教えてくれた。
「はぁ? 何であの爺さんが請け負った私たちを襲うのよ」
意味がわからない。そんなことをして何の意味があるというのだろう。
「遺跡発掘を生業としているギルドには、犯してはならない掟がある」
ミメイが言う。
「遺品を暴走させるな、だ。過去に甚大な被害を出した暴走事故がいくつかあって、斡旋所と列強数国が共同で規則を作った。その中で一番の重罪がそれ。下手すりゃ死罪が出るくらいの罰則を与えられる。信用も失墜するから、ギルドとしては再起不能になる」
「ちなみに、最大の被害ってどれほどのもの?」
「島が一つ消し飛んだ」
オウカの背筋に寒気が走った。自分が行っていた魔神召喚の儀式も、下手すればそうなっていたかもしれないのだ。ミメイがガミガミ怒っていた理由が判明した。
「だから、遺跡関係の依頼は斡旋所も慎重にならざるを得なかった。信頼、知識や実力、経験の揃ったギルドにしか出せないんだ」
「遺品が危ないものは良くわかったけど、それとこれとどういう関係があるのよ」
「あのロボットが遺品だったんでしょ?」
答えたのはカグラ。
「多分、ここを先に調査していたその老人率いるギルドは、あのロボットを誤作動させた。放っておけば自分たちが罪に問われるかもしれない。遺跡調査の依頼が慎重に出されるなら、受注した際遺跡に入るのに、入った時間や出てきた時間などを記入する義務が設けられているんじゃない? その記録を見れば自分たちのミスだとすぐにばれる。どうするかとなったとき、生贄の子羊よろしく姫さんが現れたんだよ」
「私?」
「そう。見るからに実力なさげ、知識なさげ、自信だけは人一倍の初心者ギルドが、身の程をわきまえず遺跡調査の依頼を探している。これは好都合、こいつらが誤作動させたことにしてしまえってな感じで」
だから提示された依頼はタイムリミットが決められていたんだ。自分たちの調査予定時間内に勝手に潜り込んだと思わせたいから、とカグラは言った。そんなひどい話があるだろうか。オウカは目眩を覚えた。だが、これが自分の知らない、社会の現実と言うやつなんだ。
「相手にとっては死んでくれればなおよかったのでしょう。死人に口なし。罪をなすりつけるにはもってこいです。後は被害者面して斡旋所に報告すれば完了。になるはずが、私たちがあのロボットを倒してしまった。そこで急きょ予定を変更、私たちを殺してしまおうと考えた。こんな筋書きでしょう」
理由がわかったところで、四人は改めて目の前の脅威に集中する。
「ち、面倒だな。法術師が三人いる」
陰から様子を伺っていたミメイが舌打ちした。敵の数は二十名。内十五名が剣や斧を装備した前衛。二人が弓、三人が術師、いずれも攻撃用の法が多い火の宝珠を持っている。
「法術師が三人、てことは、だいぶんお金持ちのギルドってことかな」
道中の会話を思い出した。宝珠は一つで家族が一年生活できるだけの価値がある。それを三つも揃えている。
「ああ。おかげでだいぶ犯人が絞れてきた。遺跡発掘を主に行っている有力なギルドで、この辺りを縄張りにしているのはおそらく」
そしてミメイは大きく息を吸い込んだ。
「優良ギルドと名高い『大地の盾』が奇襲とは、愉快な話だなぁ、えぇ?」
ざわ、と向う側がざわめく。
「Aランクの巨大ギルドが、初心者Eランクを嵌めるとは大人気ないと思わないのか?」
「ふん、何を言っているのかさっぱりわからんな」
低い男の声で返答が返ってきた。
「俺たちの依頼は、身の程知らずの弱小ギルドが不用意に作動させた遺品を停止、もしくは破壊することだ。急ぎ到着するも残念ながら時すでに遅く、弱小ギルドは遺品の犠牲者となってしまった」
「お前らの目は節穴か? そこに、お前らが止める予定だった遺品のがらくたが転がってるだろうが」
「勘違いするな。これは俺たち『大地の盾』の戦果だ。なぜなら、お前らはすでに死んでいるからだ。死んだはずの人間が破壊したなんてつじつまが合わないだろう?」
「は、優良ギルドの名が泣くね。だが覚悟はいいのか? お前らが倒そうとしているのは、遺品をそんな姿にしたギルドだぜ?」
返ってきたのは沈黙。
「そこに転がってるのはお宅らの仲間だよな。あんたらの実力じゃ、その遺品に傷一つつけられず、被害を出したまま尻尾を巻いて逃げだしたわけだ。それを、俺たちは赤子の手を捻るように叩き潰した。それがどういう意味を持つかわかるかな?」
相手が押し黙ったことを良いことにミメイが言葉を続け、考える時間を稼ぎ、突破口を見出そうとする。
ミメイ単身であれば、この包囲を突破するのは容易い。この程度の修羅場を幾度も経験してきたからだ。
良い点をあげるとすると、アワユキがいるということだ。彼女の戦闘能力は先ほど見た。予想以上の強さだ。彼女が居れば、敵を片づけるのも容易だろう。
悪い点は、オウカとカグラだ。オウカは言うに及ばず、カグラも戦闘経験がないということが判明した。最初に会った時に言っていたように、本当に何もできないらしい。そして、彼女らを守りながらことを進めなければならないという点が一番の問題点だ。オウカとカグラ、どちらが死んでも自分の命が危ない。どうにかして自分たちで道を開き、この二人を脱出させなければならない。
「お前ら、あれが見えるか?」
ミメイが向うの奥を指差す。三人が一斉に覘いた先には、上の階から伸びる縄梯子が見えた。あそこから降りてきたのだろう。長さは、人間二人分くらい。一人が百数えるうちに上ると考えて計算する。
「これから俺たちが時間を稼ぐ。その間にお前ら二人はあれで上って」
「隠れてろってんでしょ。わかってるわよ」
不満そうな顔をしながらも、オウカは従った。
「物分かりがよくて助かる」
「皮肉? それ。嫌ってほどさっき知ったわよ。こういう時の時間がどれほど大事かってね」
少しの停滞が重大なミスにつながる。こういう時は経験者の指示に従うのが得策だ。その点において、腹立たしいがミメイは非常に優秀だった。判断力も行動力も持ち合わせる、自分が目指すべき理想形そのものだ。それが腹立たしく、何より羨ましかった。感情は全く認めないが、心のどこかで彼のようになりたいと強く願う自分がいる。それが素直に従った理由であり、不満の原因でもある。自分はあれほど嫌いだった男を信用するしかないのだ。
「じゃ、行くか。アワユキは二人の援護、二人が逃げたらこっちに来てくれ」
「了解です」
「カグラは、可能ならここの灯りを消してくれ。しばらく経ったら戻せ」
「電源を落とせってこと? そりゃ問題ないけど。今度はランタンがないから真っ暗になるよ?」
「夜目が利くから問題ない。あの薄く灯ってる光源だけで充分だ」
ミメイが非常灯を指差した。
「なるほど了解。その時は合図をくれ」
オウカが悶々としていることなどつゆ知らず、ミメイはアワユキとカグラにも指示を出す。
「じゃ、行くか」
するりとミメイが抜け出した。あまりにも自然に、相手の警戒心、集中力がほんの刹那途切れた意識の隙間に割り込む。相手からは、突然目の前にミメイが現れたと錯覚したことだろう。
全く反応できないまま、一番近くの敵は崩れ落ちた。倒れた時の音でようやく敵が動き出す。だがそれは統率のある組織の動きではなかった。恐怖を振り払おうとがむしゃらに振るわれる剣はミメイに当たらず、上手く人影に入っているため法術師や弓兵は味方に当たるために何もできずにいた。その間にもミメイは二人、三人と敵を倒していく。なすすべもなく仲間が倒れたのを見て、相手はよりパニック度合を深めた。それこそがミメイが求めたものだった。その混乱に乗じ、アワユキを先頭にした三人がこっそりと門から出た。
すでにガラクタと化したロボットの陰に隠れながら三人は移動し様子を伺う。
「すげえなアレ」
ぽつりとカグラが漏らした。声には出さなかったが、オウカもアワユキも同じ感想だった。まるで踊るように攻撃をかわし敵に近づき、ミメイの接近を許した哀れなダンスパートナーは、きりきり舞った後に回転力を失った独楽よろしく倒れる。いつまでも見ていたいほど華麗な円舞に、いろんな意味で敵は釘づけになっていた。
「チャンスです。この隙に階段周りを制圧し上階へ行きましょう」
アワユキが駆ける。突然の横合いからの奇襲に階段前にいた法術師が泡を喰った。ミメイが華麗に舞う蝶だとしたら、アワユキの動きは獣のような力強さと躍動感に溢れていた。一直線に獲物へ向かい、その首筋へ鋭い蹴りが叩きこまれた。吹き飛んだ法術師は弓兵を巻き込んで吹っ飛ぶ。
「さ、早く!」
アワユキに促され、オウカが梯子に飛びつく。カグラは電源スイッチまで走り、振り返る。戦闘中のミメイと目が合った。ニッとミメイの口がつり上がる。カグラもサムズアップと悪い笑顔で返し、スイッチを切った。突然の暗転。事前に知っていたミメイたち以外は大混乱だった。恐怖に駆られた術師がところ構わず火を飛ばし、仲間を巻き込み、剣を振り回せば同志討ちとなった。
カグラが再び点灯する。敵の数は一気に半分以下になっていた。
「簡単な仕事のはずじゃなかったのか!」
法術師の一人が悪態をついた。さっきまでミメイと話していた男の声だ。こいつが指揮官だろう。つまり叩けば総崩れだ。ミメイとアワユキの狙いが絞られた。
二人の意識が敵指揮官に集中した時、二人の剣士が梯子を登るオウカに気付いた。彼らは自分たちの実力では目の前の敵に勝てないことを理解してしまった。ゆえに、狙いをオウカに変更した。わき目も振らず逃げようとしているのは非戦闘員だと判断したからだ。この危機を脱するには人質を取るしかない。
一人が梯子へ走った。それに気付いたアワユキが止めようとしたところへ、もう一人が割って入る。目の前の亜人も驚異的な身体能力を持つのはわかっていた。勝てる見込みはない。足止めすることだけに集中する。
「そこをどけ!」
普段声を荒げることのないアワユキが初めて焦燥感をにじませた声で叫び、立ちふさがる剣士を瞬殺KOした。それでもわずかな時間が出来る。もう一人にとってはその一瞬で充分だった。アワユキが追いつくよりオウカが捕まる方が早い。剣士の手がオウカの足を掴もうとして
「おさわり厳禁!」
奇天烈な掛け声を上げたカグラのタックルを受けて剣士が吹っ飛んだ。そのまま取っ組み合いになる。
「カグラ!」
梯子を登りきったオウカが上から呼ぶ。
「先に行け!」
一度こういうセリフ言ってみたかったんだよね、と心の中で喝采を上げる。だが、この一度きりで結構ですと後悔することになった。背後から組みついたものの、自分とは鍛え方の違う剣士はカグラの腕を力ずくで振り払った。尻餅をついて姿勢を崩したカグラに、今度は剣士が切りかかる。上段からの袈裟切りを転がってかわしたものの、立ちあがったところへ追撃のヤクザキックを胸に受けて吹っ飛んだ。吹っ飛んだ先はスクラップ状態のロボット。激突し、カグラの手がロボットの残骸に触れた。瞬間
「ぎゃぼばあおぼあぼあがだっ!」
ロボットからカグラに向けて青白い電流が大量に流れ込んだ。火花を散らし、天井の電灯をいくつか破砕しながら、カグラは感電し続けた。どこから声出してんのってくらいの甲高くそれでいて腹にずしんとくる奇妙な悲鳴を十秒ほど上げ続け、電流が止まると同時にカグラは前のめりに倒れた。あまりに突発的な出来事に敵も味方もなく唖然となる。
「・・・・・・・く、くくく、くはははは」
しばらくたった後、笑い声が木霊した。カグラだ。ビクゥっと全員が身をすくませた。カグラは地面に両手をつき、ゆっくり起き上った。まだ帯電しているらしく、全身からたまにバチバチと放電している。カグラが不意に右手を動かした。目の前の剣士が怯えて剣を構えた。震える剣先の前のカグラは悠然とした動作で懐に手を突っ込んだ。取りだしたのは携帯電話。画面には新着メール。開くと、いつぞやのようにインストール完了の文字。
「そうか、そういうことかよ」
そう言って頭をガリガリ掻く。笑っているような、嘆いているような、そんな不可解な表情をして、カグラは面前の剣士に向き合った。
カグラは理解した。魔神の心臓には武器、兵装に当たるデータが全くなかった。武器がないロボットなんておかしいと思っていたが、そういうことか。
魔神の心臓はロボット本体のデータのみ。他のデータは別にある。前回の魔神が消えた時に散逸したか、消滅したかは分からない。しかし、今その一つが自分の手にある。
「パーツは外付けなんだ。外部から取り入れて使用できるなんて、互換性の高いこった」
右手をつきだす。その手には携帯電話が握られている。液晶画面に《起動》の文字とロード時間を示すバーが映る。
劇的な変化が起こった。手の中の携帯からギチギチと錆びた歯車が回る音が響く。バカッと携帯表面のケースが外れた。隙間からは本来使われていないはずのパーツが見えた。最初はぎこちない歯車の動きが、潤滑油を注がれたように徐々に滑らかに動き始める。それに伴い、外れたケースカバーが発光し始める。誰もが見た。この世界に満ちる粒子が大渦に呑まれるように携帯に集まっているところを。
カグラの右手の周囲、何もない空間から金属板が突然現れる。携帯にインストールされたプログラムが走り、取り込んでいた粒子が命令通りに形作られたのだ。創り上げた金属板は次々と空中に現れ、衛星のように腕の周りに浮かぶ。
ロードのパーセンテージが九十パーセントを超えたところで、携帯からコードが何本も飛び出し、金属板と繋がった。そのままコードが縮み、集まった金属板がパズルを嵌めこんだように形を成す。
現れたそれを、大地の盾の連中は理解できなかった。だが、オウカたちにはわかった。先ほどそれでひどい目にあったからだ。
カグラの腕に生まれたのは先ほどのロボットが用いていた巨大なチェーンソーだった。携帯の面影はすでにない。凶悪なエンジン音を轟かせ、ガリガリと刃が回転する。
「なんだそれは! い、遺品なのか!」
目の前の剣士が叫んだ。カグラはそれに言葉ではなく行動で返答した。向けられた剣に対してチェーンソーを振り払った。あまりにあっけなく、剣は小枝のように折れた。
「う、うああああああああああっ!」
恐怖を振り払うようにして弓兵が矢をつがえ、法術師が宝珠を起動した。目標は根源であるカグラ。危険を知らせるアラートが脳内に響く。首を巡らせ、それを目視した。
自身の危機に反応するように、チェーンソーが形を変えた。歯車の回転音と共に金属板が一瞬で組み替えられる。現れ出たのは巨大な砲。ロボットの胸から飛び出たあの砲だ。飛び出た円柱の砲を核とし、腕と一体になる形で形成された。土台であった角錐台は組み替えられ、カグラの胴より巨大で無骨なガントレットとなって二の腕まで呑みこんでいる。携帯電話唯一の名残である液晶パネルが、今はターゲットスコープ画面となって砲身の側面に設置されていた。
砲を敵意ある方へ向ける。甲高い金属音が響き、砲が起動する。ターゲットスコープの液晶画面が敵の武器を次々に捕捉していく。敵の剣を、矢を、宝珠を捉えた。歯車が回り、甲高い音を放つ。
《ファランクス、ホーミングモード》
砲が自動的にもっとも適切な射撃モードに変更される。セミオートの親切設定だ。お年寄りにも扱いやすいぜ!?
「やったらぁぁぁあああああああああ!」
カグラの咆哮が響く。ファランクスから発射された複数のレーザーが正確に敵の武器や宝珠、放たれた矢を戦意と共に破壊していく。
「ふうっ」
とカグラが一息つきながら良い顔で汗を拭った。同時、ガントレット側部で排熱処理が行われ、ブシューッと蒸気が吐き出された。まるで砲自身も呼吸しているかのようだった。
一足先に我に返ったミメイが、この戦況で最も効果的なセリフを吐いた。
「どうする? このまま戦い続けるか?」
その場にいた大地の盾全員が、使い物にならなくなった武器を投げ捨てた。