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はみ出し者たちの建国記  作者: 叶 遼太郎
アウトロウ結成
2/16

秘書とギルドと初依頼

 どちらが正しいかはっきりさせようじゃない、というオウカの発言を受けて村へ向かう。どのみち遺跡に留まっていても何ら進展はないからだ。補給もしたいので、二人は彼女に従うことにした。

ここでいくつかの問題が生じたのを、帰りの道すがら気付いた。ミメイとカグラのことをどう説明するかということと、魔神の心臓の説明を一体誰にするかだ。考えた末、ミメイはそのまま商人という身分で、カグラは同行する研究者を偽ることになった。研究者には変人が多く、カグラの変わった衣裳もそれで誤魔化せる。二人が宿を探しているところに、丁度オウカと出会ったという設定になった。

心臓については、オウカはアワユキに相談することに決めた。他の二人も承諾するのをみて、心の中でオウカは勝利を確信した。第三者に判断してもらうとは言ったものの、心臓のことを話せるのは家族などのイクグイ王家関係者のみ。つまり自分の味方だけなのだ。自分の方が正しいと誰もが言うはず。勝利を確信し、無意識のうちに笑みが浮かぶ。

「ねえ、何であんな凶悪な笑みを浮かべてんの?」

「さあな。どうせ何か悪巧みでも思いついたんだろ」

「せっかくの美人さんなのにもったいないよね」

「性格も美人であって欲しかったな」

「そこ! 何をぶつぶつ言ってんの! 置いてくわよ!」

 やがて三人は村の中の一軒家前にたどり着く。オウカは何の遠慮もなしにドアを開けようと手を伸ばすと、その前にドアが中から開かれた。

「おかえりなさい」

 中から現れたのは若い女性だった。オウカよりも頭ひとつ分背が高い。

「あ、アワユキ。ただい」

 ま、と言い切る前にオウカの顔が弾かれる。パアンと景気のいい音が鳴った。アワユキと呼ばれた女性がオウカの頬を平手で張ったのだ。叩かれた痛みより驚きのほうが上回ったのか。呆然とオウカはアワユキを見上げる。

「どこへ行ってたんですか。こんな遅くになるまで」

「え、あ・・・・・」

 アワユキの声がいつもよりも少し硬質なことに気づいた。これは怒っている時の声だ。

「あなたがいなくなってから五刻。どれほどみんな心配したかわかっていますか? 村中探しても見当たらないとあれば、森の中としか考えられない。声の届く範囲にいないなら奥のほうへと入っていったのか。迷子にでもなったのか。あなたを探しに行くのに、今、村の男性陣が火や道具を用意してくれていたところです。多くの人が自分の仕事の手を止めてあなたを探してくれました。どれほど迷惑をかけたか、本当にわかってますか?」

「や、そのう、ちょっとこっちにも色々と事情がおごっ!」

 オウカが全てを話す前に、今度は彼女の頭上に拳骨が落ちてきた。

「今言うべきは言い訳ではないでしょう? 中に村長始め協力してくださった方々がいますから」

 そういってアワユキが入り口から体を退ける。ちょうど奥から数名がこちらに向かってやってくるところだった。みんな口々に「オウカ様!」「よくぞご無事で!」「旦那様、奥様! 帰ってきましたよ!」といいながら笑顔で寄ってくる。その前におずおずと歩み、頭を下げる。

「ご心配をおかけして、申し訳ありません」

「何の何の、お嬢様がご無事で何よりです」

 と集団の真ん中にいた村長が答える。

「オウカ!」

 階段を駆け下りる音と共に彼女を呼ぶ声。降りてきたのは二人の夫婦。言うまでもなくオウカの両親であり、元イクグイ国王サイハと王妃キリである。二人は駆け寄って一人娘に抱きつく。

「このじゃじゃ馬娘め! ようやく帰ってきたか! 心配したぞ!」

「ああよかった、本当に。怪我はない?」

「う、うん。ちょっと今苦しいくらいで」

「それは人を心配させたツケだ。我慢して抱きしめられろ」

 ひとしきりぎゅうっと抱き合っていた後、サイハとキリは離れ、周りに居る村民たちに御礼を言った。村民たちはそれを受けて、安心しきった顔で出て行こうとして、先頭の人間が出口付近でぴたりと止まる。急に止まられたものだから後から出て行こうとした者たちが次々と玉突き事故のようにぶつかる。そしてみんなが口をそろえてこう言った。

「「あんたら、誰?」」

 外にはずっと待たされているミメイとカグラが居た。二人はあまりに待ちぼうけを食らっていたので、カグラの提案で地面に線を引いて○×ゲームや派生系の五目並べをしていた。丁度戦歴が三勝三敗二分けのイーブンになったところで村人が彼らに気付く。彼らも注目されていることに気付き、砂に描かれたゲームを足で消しながら愛想笑いで「あ、ども、こんばんは」と答えた。オウカは殴られたショックからか彼らの存在を完全に忘れており、事前に打ち合わせた設定を言えずに「あう、あ」と思考回路がフリーズ。それを見かねたカグラがやれやれと口を開いた。

「こんばんは皆さん。夜分に失礼します。私はカグラと申しまして、こちらは相棒のミメイです。実は森で迷っていたところをそちらのオウカさんに助けていただきまして、こちらに案内していただいたのです。ですからあまり彼女を叱らないであげてくださいね? 私たちのために時間を取らせてしまったのですから」

「おお、旅の方でしたか。して、その目的などを窺ってもよろしいか? この辺りに旅人が来るというのは珍しいもので」

 村長はそう言いながら油断のない目でミメイとカグラを注視した。盗賊などの一味ではないかと疑っているのだ。旅人を装い村の様子を窺って、後に仲間を呼ぶケースも少なからず存在する。もしそうならここでその芽を摘んでおこうと村長は考えていた。そういう疑いの目で見られていることを知ってか知らずか、カグラは動じることなく笑顔で応えた。

「はい。私どもは商人をする傍ら、考古学、民俗学などの研究にも携わっておりまして、こちらに古くから存在する遺跡を調べようということになりました。ですがその前にその遺跡を管理しているこちらの村の皆さんに挨拶とその許可といただかないと礼儀を欠くことになりますので、こうして来たわけなのです」

 よどみなくスラスラと言葉を紡ぐカグラ。それでもまだ疑いの目を向ける村長。

「ほうほう、遺跡を調査、ということは、祭壇のことですかな? しかしあそこは随分前に調べつくされて、何も新しい発見などないはずですが。研究者さんならそのくらい存じ上げているものと思っていましたが」

「ええ、当然資料も拝見したことがあります。しかし調査というのは自らの足で赴いてこそ価値がありますし、発見だけが目的ではないのです。その遺跡から、当時の人々の生活や文化を推測し、他の地域との相違点を比較することも大切ですので。最終的には過去の人々の足跡を論文として発表したいので、きちんと調査をする必要があるのです。ご理解とご協力のほど、よろしくお願いいたします」

 と深々と頭を下げた。つられるようにミメイも頭を下げる。よくもまあ適当なことをあれだけぺらぺらと喋れるものだと感心しながら。この世界に来たばかりのカグラが遺跡の資料など知っているわけない。本当ならオウカが彼らのことを説明するはずだったのだ。そのアクシデントの中、カグラは研究員という役柄を演じきった。

「はあ、それでしたら協力は惜しみません。可能な限り協力しましょう。しかし二人旅とは珍しいですな。最近はこの辺りもすっかり物騒になったもので、隣の村まで行くのにも大勢で行くのですが」

 大半は信じながらも、最後の最後に村長は人数の少なさを指摘した。え、この世界って少数での旅行って危険なの? とカグラが口ごもってしまう。微妙な沈黙が流れる中

「それなら大丈夫よ。そこに居るミメイってのが、中々の腕利きなのよ。実は」

 ようやくオウカからの援護が入った。彼女はところどころ脚色しながら、盗賊との一件を話す。

「・・・・というわけ。だから彼らは私の命の恩人でもあるのよ」

「そうだったのですか。それはそれは、オウカが危ないところをありがとうございました」

 とサイハとキリが二人に頭を下げた。納得した村長たちも感謝の言葉を述べ、帰っていった。

「そういうわけで、お父様、彼らを家に泊めてあげて。今日の寝床を探しているらしいから」

「なるほど、それくらいお安い御用だよ。キリ、アワユキ。お二人の食事の用意を頼む。私は毛布を探してこよう。お客人、見てのとおり我が家は狭くて、あなた方が眠れるような場所は一階のここしかないのだ。毛布は敷くが、こちらで雑魚寝してもらうことになるが構わないかな?」

「充分すぎるほどです。お心遣い感謝いたします」

 もう一度ミメイとカグラは頭を下げ、元王族の住まう小さな木造の一軒家に足を踏み入れた。机の上にはキリが既に食事の用意をしているらしく、「どうぞこちらにお座りになって」と声をかけてきた。ミメイは遠慮なく席につく。が、ふと見るとカグラが入り口付近で固まったまま呆然としている。その目はある人物を凝視していた。キリとともに食事の用意をしていたアワユキに注がれている。

「どうした?」

 固まったままのカグラに声をかけた。見つめられているアワユキ本人は、声を発したミメイから、ぼうっと自分を見つめるカグラへと視線を移す。

「私が、何か?」

「・・・・・・いえ、先ほどは暗くてわからなかったのですが、その、頭からピョコンと飛び出ているちょっとふさふさした三角形のは」

 カグラは自分のこめかみの上辺りを指で示した。アワユキも何のことか察しが付いたらしく「ああ、これですか?」と自分の〝耳〟に触れた。

「これは私の耳です」

「耳?」

「ええ。亜人に会うのは初めてですか?」

 アワユキは言った。カグラは「亜人?」とオウム返しに訊ねる。

 この世界には彼女のような獣と人を融合させたような人種が多数確認されている。別段、その事が問題なのではない。問題は彼女のような人種は普通の人に差別され、迫害を受けてきたということだった。今でこそましにはなったものの、数十年前までは迫害の対象として、また奴隷として多くの亜人が過酷な生活を送ってきた。その根は深く、国によってはどれだけ優秀であっても亜人は要職につけない現実がある。アワユキ自身も亜人というだけでそういう差別に遭ってきた。

 イクグイ王国では姫の教育係にアワユキを採用していただけあって亜人も人も区別などなく、ミメイは世界中を旅しているため亜人はさほど珍しいものではなかった。だが

「あんた・・・・」

 カグラと名乗る異界人がアワユキをそういう差別や偏見の目で見るのなら、考えを改めなければならないとオウカは全身に緊張を走らせた。幼い頃より一緒に居る、いわば家族の一員であるアワユキをけなされて黙っているようなオウカではない。手元のフォークを握りしめ、カグラの反応を待つ。部屋の中にも妙な緊張感が漂い、全員がカグラとアワユキの会話を見守っていた。

「それではその、後ろから出ているのは」

 恐る恐ると言った風にカグラはなおも質問を続ける。それに淡々と答えるアワユキ。

「尻尾です」

「本物ですか? コスプレ、とかじゃなく?」

「? ええ、本物ですけど」

 聞きなれない単語に戸惑うアワユキ。だがそんなこと今のカグラにとってどうでもいい。

 いよいよか。カグラを見つめる全員が緊張する。そして次に発せられた言葉は

「素晴らしい・・・」

 という、大方の予想を裏切った感嘆の声だった。

「へ? え? はい?」

 アワユキの戸惑いなど意に介さず、カグラはすすっと彼女に近寄る。

「な、何・・・」

アワユキの戸惑いなど知ったことではなく、ガバッと抱きついて

 はむっ!

 っと、その愛らしいふさふさお耳を噛んだ。思いっきりアマガミした。

「あ、ひゃんっ」

 アワユキが甘い声を上げる。同時に、これまで味わったことのない、何とも言えない刺激が彼女の耳から脳、そして背筋を伝って全身に広がる。

 オウカは、いつも凛とした雰囲気のアワユキのあられもない姿に唖然としていた。ミメイは「ほう」と興味津々でその光景を見つめる。元王はいやらしい感じで頬を緩め、同時にその頬を元王妃に凄い角度でつねりあげられた。

 そして、事の原因であるカグラの脳内はお祭り状態だった。

犬型けも耳! ふさふさ尻尾! 執事服にして知的秘書感溢れる銀縁眼鏡! 普通それだけの属性が集まると互いを相殺しあってマイナスになるのに、それを完璧に御し引き立て役にするクールな美貌と出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んだパーフェクトなボディ! 何か? 彼女は神が作り上げた至高の芸術品か!

といった具合である。行動がエスカレートするのも時間の問題だった。

「ひょわ、あぅんっ! だめ、やめて、そこ、はぁぁぁぁ・・・」

 弱弱しくアワユキが呻く。その仕草が、うるんだ瞳が、紅潮した頬が、吐き出される甘い吐息が、彼女のすべてが妙につやっぽくて、カグラをますます興奮させていく。

「って、何してんの、あんたら!」

 衝撃から覚めたオウカが叫ぶ。その声に力を得たのか、アワユキの瞳に生気が戻る。成すがままにされていた四肢に力が戻り、蕩けていた脳が活性化し始めて、現状を把握する。

「きゃああああああああああ!」

 悲鳴をあげながらアワユキは鋭いショートアッパーを繰り出した。

「ごぼぉっ!」

 かなりの威力だったらしく、カグラは空中に打ち上げられる。アワユキはその程度では止まらなかった。空中に浮いた無防備なカグラの胴体めがけて、とどめの強烈な回し蹴りを叩き込んだ。受身も取れず今しがた入ってきたドアを破って吹っ飛んでいった。


「いやあ、申し訳ない。突然自分の前に理想の女性像が現れたもんで。ちょっと興奮してしまいました」

 食卓に着いたカグラはサイハから水を注いでもらっていた。あれほどの打撃を叩き込まれ意識を失ったにもかかわらず、意識を取り戻したカグラはピンピンしていた。出された料理をがっついているところからみても胃袋などの内臓に損傷をうけたようにはまったく見えない。

「あの、アワユキさん、でしたっけ? 失礼しました。でももう落ち着きを取り戻してますからそんな警戒するような目で見なくても大丈夫よ?」

 と自分から最も離れた場所にいるアワユキに笑いかける。当然そんな程度でアワユキの警戒心が解かれることはなく、鋭い目つきでカグラを睨んでいる。何しろいきなり抱きつかれたのだ。耳をアマガミされたのだ。まだ心臓はバクバクしていて、驚いているといってもいい。それを見て「当然か」とカグラが苦笑を浮かべる。でも後悔はしてない。

「そりゃそうでしょ。てかさ、あんた私と会った時そこまで興奮しなかったわよね。どういうことよ」

 オウカがスプーンを突きつけながらカグラに問う。

「え、興奮して欲しかったの?」

「そんなのまっぴらごめんだけど。でもそこまで対応に差があると同じ女として少し納得いかないんですけど」

「そりゃすまんね。いや、確かにオウカさんもかわいいと思うよ? ただ、僕のストライクゾーンに入らなかったというだけで。僕は巨乳お姉さん系が好きなんげばらっ!」

 カグラの額にスプーンが直撃する。

「誰が幼児体型だ! まだ・・・・まだ成長期だ!」

 結構気にしているらしい。ミメイがこっそりとオウカの体型を盗み見る。そして次にアワユキのほうを見て、こりゃ比べるのは気の毒だと内心同情した。それほどの差が二人の間にはあった。越えられない壁というのはどこにでも存在するんだとしみじみ思う。

「ちょっとオウカ。はしたないから止めなさい。あとカグラさん。あなたの好みに口を出すつもりはありませんが、実の娘を目の前でけなされちゃあ親としていい気はしませんな」

 とサイハがたしなめる。

「小さいには小さいなりに育てる楽しみというものがぁああああっ!」

「あなた? 一体何を言っているのです?」

 今度はキリから投じられたフォークがサイハの手の甲に突き刺さる。物をすぐ投げるのは遺伝らしい。元王族とは思えない家族だ、ミメイは騒がしい食卓を観察しながら野菜を口に放り込んだ。ミメイ自身は気付いていたのだろうか、今の彼はそんな空間を少し居心地いいと感じていた。彼にとって、こんなに大勢で食卓を囲むのは本当に久しぶりだったからだ。


「って、何で落ち着いてんだよっ!」

 カグラが叫んだ。最初のどちらが被害者かという話はどこへやら、テーブルに出された食後のお茶を嗜み、すっかり落ち着いてしまっていた。

「何をのんきに居座ってんだ僕らは。というか順応しすぎだろ僕。もっと焦れよ今の状況にさあ!」

「いきなり何を騒いでんのよ人ん家で。食後は落ち着くための時間よ?」

 同じく完全に落ち着いてしまったオウカが言う。

「おいおい君がそれを言うのか? あんだけギャーギャー騒いでたのにもう忘れてるのか? はい問題。僕はなぜここに居るんでしょうか?」

「なぜって、・・・・・・・・あ」

「本当に忘れてたのか。俺はてっきり演技だと思っていたよ」

 と自分の武器の手入れをしていたミメイが呆れる。

「何の話ですか?」

 キッチンからお茶のお代わりを持って現れたアワユキが言う。サイハとキリは既に寝室へと消えていた。明日は今日の作業分を取り戻さないといけないから早く眠るとの事。客人をもてなせないのは心苦しいがね、と言い残して二階へ上がっていった。一階に居るのはオウカ、アワユキ、ミメイ、カグラの四人だけだった。

「丁度いい。このアワユキに判定してもらおうじゃないの。さあ覚悟は良い?」

 すでに勝ったつもりのオウカ。何のことかわからないアワユキにオウカがことの真相を伝えた。

 儀式を行うために森の祭壇へ向かったこと。

 途中で盗賊に襲われ、ミメイに助けられたこと。

 儀式が成功して、門からカグラが現れたこと。

 心臓が腕輪になって勝手に取り付き、外れないこと。

 カグラが戻れなくなったこと。

全てを聞き終えたアワユキが、ふらっ、パタンと卒倒した。全員が驚いて彼女に駆け寄る。アワユキはわなわなと膝立ちになると、「だ、大丈夫アワユキ?」と声をかけかがみこんだオウカのほっぺたを両手でぐぁし! と掴み、そして

「なんてことをしやがったんですかこの愚か姫は!」

 力任せにオウカのほっぺたを左右に引っ張る。

「あばばばばばば! ひはひ! まびでひはひ!」

「勝手にイクグイの秘宝を持ち出し、あまつさえ召喚の儀式に使用した?! しかも腕輪になって元に戻せない?! ふざけるのもいい加減にしやがってくださいな!」

 怒りに任せてぎゅうぅっと雑巾絞り。

「あびゃぁぁぁぁぁああああっ!」

 奇妙な叫び声が一軒家に轟いた。


「つうぅぅ、まだひりひりする」

 痛む頬をさすりながら涙目のオウカが愚痴る。

「馬鹿だねえ、君の身内だから自分に有利な判定をする、なんて考え甘すぎるよ」

 カグラにはばれていたようだ。

「そういう問題ではありません。我が国の秘宝が失われたのですよ?」

 ため息をつきながらアワユキが言った。

「しかも、現れたのがこの変態ですよ?」

 こりゃ手厳しいと肩をすくめるカグラ。彼女はまださっきの出来事を根に持っているようだ。でもまったく反省はしていない。むしろ満足している。

「このことが旦那様と奥様にばれたら」

「あー、大丈夫じゃない? あの二人は城の物は全て差し押さえられたと思ってるし。実際差し押さえになりそうだったのを私がくすねてきたんだから。もともとなかったはずのものが無くなっただけよ。気にしなさんな」

「おいおい、僕はそのどうでもいいもののせいで腹を割かれそうになったのか?」

「当然じゃない。私の中では家族とアワユキ>村のみんな>水>米>心臓>馬>牛=鶏>藁>あんたらくらいの位置づけよ?」

「僕らの価値、低っ」

 人間の尊厳が踏みにじられた瞬間だった。

「今更終わったことを言っても仕方ありません。これからのことを考えたほうがまだ建設的というものです」

 ようやくショックから立ち直ったアワユキが長い息をついて言った。

「それなら私の頬をつねらないでほしかったんだけど」

「あれは個人的な恨みとストレスの発散です」

「私怨なの? 一応元姫様なんだけどね私。上司よ? 使えるべき主君よ?」

「であればこそ、もっと謹んだ行動をして欲しいものですね?」

 ギロリと睨まれ黙ってしまうオウカ。口では仕方ないといいつつも、アワユキは当然まだ怒っていた。

「オウカ様。あなたはギルドを作るつもりなのですね。国を買い戻す資金を得るために」

 話が急に切り替わる。

「え? いや、それは魔神を呼び出せたら考えてはいたんだけど」

「では、早速ギルドを作ってください」

「また急な」

「では、作らないのですか? あまりこんなことは言いたくないのですが、通常の職業ですと国を買い戻すには千年かかっても無理だと思いますよ?」

「いや、結成したいのは山々何だけどね。メンバーが居ないじゃん。魔神はもちろんのこと、私に協力してギルドを起こしてくれる人間がこの村にいる?」

「ええ、最低でも三人は」

「? 誰と誰と誰よ?」

 オウカが訊くと、アワユキはまずミメイ、次にカグラ、最後に自分、と順に指差した。

「ここに。不本意ながら」


「ちょっと待て、俺も?」

 ミメイが驚いてアワユキを見た。召喚されたカグラはともかく何故自分が、と言わんばかりだ。

「当然です。だってあなたはオウカ様の契約者でしょう?」

 アワユキの言っていることが理解できなかった。どうしてカグラではなくオウカの契約者という話になっているのか。アワユキも自分の話が通じていないことに困惑している。

「・・・オウカ様。もしや、お二人に話されてないのですか?」

「へ、何を?」

 なんのこっちゃと首を傾げるオウカを見て、アワユキは今度こそ愕然とした。

「まさか、知らない、などということはありませんよね? それほどの覚悟を持って契約に望まれたのですよね?」

 恐る恐るアワユキが訊ねる。が、ここまで言っても何の反応も見せないオウカの様子に頭を抱える。

「ちょっと、どうしたのよアワユキ。こいつと契約がなんかまずいの?」

「まずい? それを本気で訊ねてる時点でとてもとてもまずいんですよ。オウカ様、あなた召喚の手順のところしか読んでないでしょう」

 「う」オウカが口ごもる。

「図星かよ。そういや、儀式の時もわからないことだらけだったな」

「どうしてわからないままやろうとするんですか・・・・」

 ミメイの証言を聞いて、うんざりしたようにアワユキが嘆き天を仰ぎ見た。

「いいですかオウカ様。あなたとミメイさんがつけている腕輪は、初代イクグイ王とその王妃が身につけていたものです。一緒にこの本を調べた時に読んだことあるでしょう?」

 アワユキが取り出したのは儀式の時に用いられた本だ。彼女はオウカに頼まれ、一緒に本の解読を行った。いくら訳されているとはいえ、それでも百年も前のもの。現代とはまた違う文法や言葉などを用いており、オウカだけでは読むことが出来なかったのだ。

 あの時のオウカ様の殊勝な態度は、ちょっとこみ上げるものがあるくらい嬉しかったのに、とアワユキは遠くを見た。勉強嫌いの彼女が自ら進んで「教えて欲しいことがある」と自分を頼ってきたのだ。持ってきたのはイクグイの古い歴史書。自分の生まれ故郷のことを知るのはいいことだと思い引き受けてみたものの、内容は初代イクグイ王の伝説、つまりは眉唾物の胡散臭い話だ。それでも、今では使われることが少なくなった古語が学べ、知的好奇心を養うには丁度いいだろうと喜んで手伝ってたのに。まさかこんなことに使うとは思わなかった。それも、ただの伝説で終わればいいものを、一番厄介なところだけが綺麗に伝承通り成功している。

「まずはこれを見てください」

 ともかく、現在の状況を受け容れるとして、次の手を打たなければならない。アワユキは過去を悔いるより未来を見据える女だった。

「本によれば、契約によって生まれたその腕輪は、ミメイさんが填めているのが『夜明け』、オウカ様が填めているのが『黄昏』という名前です。対となる代物なんですが」

 アワユキは口をつぐんだ。キッパリとものを言う正確の彼女には珍しいことで、それがオウカの不安を煽る。

「な、何よアワユキ、言いなさいよ」

「・・・・はい。腕輪を填めたものは、その対となる相手と婚姻を結ばねばならないのです。悩みの種がわかりましたか?」

 アワユキの発言後、耳が痛くなるような沈黙が訪れた。言葉は耳に届いたはずだが、ミメイの何かがその意味合いが頭に入るのを拒んでいた。それはオウカも同様だった。二人は目を大きく見開いたまま時間が止まったかのように微動だにしなかった。動けば時間も動き、言葉が頭に入ってしまう。動かなければ大丈夫だというように。ただ一人、言葉の意味合いから自分には無関係だとお気楽なカグラは平然と、むしろ楽しそうに「ええと、おめでとうございます」と祝辞を述べる。

「「ふざけんな!」」

 二人の時間が動き出した。テーブルを叩いてオウカは立ち上がった。

「ちょっと、どーいうことよアワユキ! 何で私がこんな野良犬みたいな悪党と婚約しなきゃいけないのよ!」

「こいつの言い方はむかつくが俺も同意見だ。どうしてこれをしてるだけでひっつかなきゃならんのだ」

「いや、結婚はともかく、離れられなくなるって意味ならありえるんじゃね?」

 意外にもカグラが腕輪の制約を肯定した。二人の「何故?」という視線を浴びながらカグラは説明する。

「魔神と契約する時に二人必要ってことは、動かすのも二人必要ってこっちゃないの? 安全装置の代わりかなんかじゃねえかな。二人の同意があって、はじめて魔神の力を使えるっていう。大きな力には相応の管理と制限があるのは良くある話だ。一人が独占することないように、みたいな」

「カグラさんがおっしゃっている内容でほぼ間違いないでしょう」とパラパラと本を捲っていたアワユキが支持する。

「後は、これですね。ええと本によると、『夜明け』は男に『黄昏』は女に授与される。二つの腕輪の力によって、魔神は制御される。腕輪失わるるとき、魔神は制御を失い、その身に宿る力を暴走させるであろう。これは、オウカ様かミメイさんが死ぬと、カグラさんも危うい、ということなんでしょうね」

「はい?」

 思わぬ火の粉が降りかかり当惑するカグラ。

「なん、何で、そうなる?」

「魔神は腕輪の持ち主により制御される、つまり、メビウスの力を押さえているということではないでしょうか。強い力が一気に働くと、自壊してしまう。水車が濁流に耐えられないのと似たようなものでは? 疑う気持ちもわかりますが、試すわけにもいかないでしょう?」

 アワユキにしても、二人のうちのどちらかを死なせることを試せるわけがない。

「それに伴い、残った腕輪の持ち主も後を追うようにして死ぬ可能性があります」

「まあ、そういう話に繋がりそうだなとは思ってはいたんだけどな」

 うんざりしたようにミメイがいった。ここまで来て無関係はなさそうだとは思っていたが、それでも落胆を禁じえない理不尽な話だ。

「これも、悪用されないための安全装置の一種でしょう。きちんとした手順で外さなければ、ボンッです」

 アワユキは握っていた手を開く動作で示した。綺麗な彼女の手から腕輪所持者の悲惨な末路を想像させられ、恐れよりもいっそ滑稽な気持ちを抱く。

「というか、ここに書いてありますね。下手に外すと死ぬため、相応の覚悟を持って儀式に挑むべし。何で読んでないんですか」

「そんなちっさい注釈気付く訳ないでしょ! 何よその詐欺師が得意とするような手法は! ここに書いてありますよ、気づかないあなたが悪いんですよとでも言いたげな書き方卑怯よ!」

 逆切れするオウカを「もういい、ちょっと黙ってろ」とミメイが押しとどめた。

「なら、どうすればこの腕輪は、契約は解除される?」

 オウカと違って、アワユキなら本の内容をきちんと把握しているだろう、そんな淡い期待を胸にミメイが問う。が、返ってきたのは首を横に振る否定の動作。

「現段階ではまったくの不明です。手順の部分には記入されていません。しかも現れたのは魔神ではなくカグラさんという時点で不測の事態なんですよ。本に書かれてあるとおりの送還の儀式で彼を元の世界に戻すことが可能かどうかさえ怪しい」

 八方塞りの状態に流石のミメイも口をつぐんだ。何か方法はないかと思考を巡らせるも、現段階ではあまりに情報が無さ過ぎる。情報が無く、考えることが出来ないとき、人の思考は悪いほうへ悪いほうへと向かう。契約に縛られた三人はまさにその状態だった。

「そこで、我々でギルドを立ち上げませんか、という話に繋がります」

 アワユキは姿勢を正した。彼女はまだ諦めてはいなかった。伊達に傾きかけた国家を再建しようと奮闘していたわけではない。災厄に見舞われ、一ヶ月で潰れると思われたイクグイを一年間も持たせたのは彼女の手腕によるところが大きかった。だからこそ国が潰れた時、彼女だけは各国、各組織から引く手数多だったのだ。眼鏡っ娘は伊達じゃないのだ。レンズを輝かせて彼女は続ける。

「ギルドの仕事は何も戦いだけではありません。そんなギルドを支えるための道具を作成する職人ギルドやミメイさんのような商いを主とした商業ギルド、そして祭壇のような遺跡、そこから発掘される『遺品』を研究する学術ギルドがあります」

 『遺品』とは、この世界でたまに発掘される古代文明の出土品の総称である。

教会関係者は神の国があったというし、学術盛んな国では今よりもっと優れた技術をもつ先史文明が世界を支配していたという。ただ、大半の人々の関心は過去に誰がいたかではなく、過去の誰かが残した遺品にあった。遺跡から出土する遺品を解析することで得られる理論や知識は現在の技術を大幅に向上させ、人々の暮らしを豊かにした。中でも特筆すべきは『宝珠』と称される道具とそれがもたらす『法術』という恩恵だ。

 この世界には全ての源と考えられるモノが満ちている。「粒子」「元素」「神の血」「エーテル」など様々な名で呼ばれるソレを宝珠で吸収し、火や水、風などの現象や土や鉄などの物体に変換することが出来るようになった。それは様々な分野で応用されることになった。少しの雨で反乱を起こす川に頑丈なダム、水路を築き、水害はもちろん、水不足を解消した。余計な手間をかけずに火を起こせるので夜は煌々と明かりが灯り、世界から暗闇を取り払った。危険な獣も炎を嫌がるため、一年に数回は起こっていた危険な獣たちの襲来にも怯えることは無くなった。反対に、従来の武器に宝珠が組み込まれることで、絶大な威力を引き出すことに可能にし、人の手には負えなかった凶悪な獣を撃退することにも成功した。

 こうして人々は自分たちを守っていた街から飛び出す権利を得、世界中に版図を広げていく。大海原を越え、未開の密林を拓き、高き山を踏破した。そこへ新たな街を作り、国を興した。宝珠の登場からわずか三百年で、大陸に存在する国家の数は数倍に膨れ上がった。

 そんな理由から、遺品発掘専門のギルドも少なからず存在する。珍しいものや、宝珠のような利便性の高い技術は当然高く売れる。宝珠誕生に関わったものたちは莫大な富を得た。何代もの子孫が遊んで暮らせるだけの富と名声を得たのだから相当なものだ。中にはいずこかの国家の要人、貴族など高い身分を買い取り国の中枢に食い込んだ人もいる。金がなければ王でもその資格を失うが、金があれば貴族にも、王にもなれるということなのだろう。結局世の中は金なのだ。

「遺跡や遺品に関する依頼を受ければ、それだけ知識が得られます。また、内容によっては一般人では閲覧不可能な機密を得られるチャンスも生まれます。その中には、契約解除の方法もあるかもしれません。なにより依頼で得られる報酬が魅力です」

「なるほど、一石三鳥って訳か。俺は早く契約を解除したい、んで」

 ミメイが目配せし、カグラが言葉を引き継ぐ。

「僕は元の世界に帰りたい」

「我々は金を稼ぎたい、ということです。全員の利害は一致していると思いますが」

 どうでしょう? とアワユキは二人を見渡す。ややあって「仕方ないな」とミメイが行った。

「あんたらのギルドに入る。協力するさ。でないと死ぬらしいからな」

「賢明な判断です」

「ただ代わりに、俺の仕事も手伝ってもらう。これでも得意先がいくつかある身でね、急に廃業ってわけにはいかないんだ。その都合上、色んな国を渡り歩くことになるが」

「構いません。オウカ様の社会勉強にもなりますし、色んなところにギルドの名前を広めるのも一つの手だと思います。それだけ情報が入ってきますので」

「なら、問題ねえな」

「ちょっと待ったぁっ!」

 元気よくオウカが挙手。

「待って待って何で私置いてけぼり? リーダーの判断も無くちゃっちゃか話を進めないでよ。誰がこいつらの入団を許可したの?」

「許可って、オウカ様、何をおっしゃっているんですか。ギルドを設立しようと考えていたのはオウカ様じゃないですか」

「そうよ。だからリーダーは私。そしてその私が彼らの入団を許可しないってことよ」

「どうしてです?」

「どうしてって、当然じゃない。一人は盗賊まがいの悪党、もう一人は正体不明の変態よ? ギルドに入るってことは一緒に行動するってことで、宿とかもこいつらと一緒になるのよ? 何されるかわかったもんじゃないわ」

 自分の体を両手で抱きしめて、オウカが二人を警戒した目で見る。その姿をミメイが値踏みするような目で上から下へとじっくり眺め

「ハッ」

 憎々しげに眼と口を歪めて鼻で笑った。

「何か文句あんの!」

「誰がテメエのようなガキに手ェ出すか!」

 オウカとミメイが顔をつきつけ合わせるようにして睨み合う。

「が、ガキですって! 私はもう十五よ! だいたいあんたいくつよ!」

「十七だけどそれが何だ!」

「二歳しかかわんないじゃない! よくそれで人をガキ扱いしたものね!」

「年齢じゃなくて世間知らずで馬鹿なところをガキと評したんだよ! ああ、気づかなかった! 気にしてたんだなその成長期(笑)の体型を! 頭の片隅にもなかったよどうでもよすぎて!」

「人の気にしてることをずけずけとっ!」

「大丈夫、オウカさんのそれはそれで需要はあるよ?」

 カグラが何の慰めにもならないことを言って間に入った。

「もちろん僕は巨乳派ぐぶふぅっ!」

「解ってましたともさ黙ってろこの野郎!」

 全てを言い切る前にカグラはオウカの回し蹴りで沈んだ。ぎゃんぎゃんと収拾がつかなくなってきた混沌とした空間に、澄んだ拍手の音が二度響いた。騒音の一瞬の隙間を狙ってアワユキが柏手を打ったのだ。

「解りました。オウカ様の言いたいことは。つまり、彼らと旅を共にしたくないと」

「そうよ!」

「じゃ、いいです。オウカ様は来なくても」

「は?」

 あまりに軽く言われて、オウカも、それを見ていたミメイも呆気にとられて毒気が抜ける。

「私と彼ら三人〝だけ〟で行きます。オウカ様はどうぞこの村で待っていてください」

「え、いや、ちょっと?」

 困惑するオウカをよそに「集まってください」とアワユキがテーブルに二人を呼ぶ。

「では我々だけで今後の予定を決めたいと思います。まずはどこに行くのが良いでしょうか?」

 席についた二人にアワユキが尋ねる。当惑していたミメイだが、頭を切り替え聞かれたことに答える。

「こっからだと、旧イクグイの王都だな。あそこにはギルドに仕事を斡旋する案内所があったはずだ。まずはそこに行き、正式にギルドの申請をしておくといい。すると世界中の斡旋所に俺たちの情報が伝わり、今後別の窓口に行っても再び申請したり証明書を見せたりしなくても仕事が請けられる」

「世界中に?」

「ああ。斡旋所が所有する遺品の中に、カグラのケイタイと同じような機能を持つ物がある。それに情報を打ち込めば、離れたところにある別の遺品で、俺たちの情報を取得することが可能になるらしい」

「へえ、僕らの世界のパソコンみたいなもんかな? どんなの? 箱型? 薄い板みたいなやつ?」

 復活したカグラが会話に加わった。そこはやはり男の子、技術や道具には興味がわく。

「実物は社外秘、とやらで案内所の人間しか見ることが出来ない。俺も見たことが無いんだ」

 と本当に三人で話し合いを始めた。さっきまで自分を中心に話が回っていたはずなのになんだろうこの寂しさは。オウカは生まれて初めて疎外感というものを感じていた。胸の中に木枯らしが吹くような物悲しい感覚にちょっと泣きそうになる。そんなことはお構い無しに、むしろ見せ付けるかのように三人の話は弾む。

「え、この世界にも温泉があんの」

「ああ。イクグイの北にある山脈を越えると、雪山の天然要塞に囲まれたセッカという国があるんだけど、そこの名物が鍋と温泉と米から取れる酒だ」

「温泉に浸かって、降り積もる雪を見ながら一杯、かぁ。いいねえ風情があって。ぜひ行きたいね」

「何を私情優先してるんですか。我々の目的をお忘れですか?」

「いや、調査場所の選択としては悪くない。セッカはこの近辺では有数の遺品発掘数を誇る遺品が出やすい場所だ。大体にして温泉が湧き出たのは発掘の副産物だからな。過去の資料だって多い。なにより隣国だ。近いし、こっちとはまた別視点で魔神のことを記録しているかもしれない」

「では、登録した後は依頼をこなしながらセッカへ向かう、って方針で行きましょう」

「了解」「異議なし」

「異議あり!」

 三人の間に割り込む形で、オウカがテーブルに飛び乗った。

「何してんですか。行儀悪いから降りてください」

 主君を見ているとは思えないほど冷たい目でアワユキが彼女を見下ろす。

「ヤダ。私も会話に入れるまで降りない」

「あら? オウカ様はギルドに参加しないのでは?」

「するわよ! そんなこと一言も言ってないでしょうが!」

「では彼らの仲間入りを」

「断固拒否!」

 彼女の予想通りの答えを聞いて、はあ、とあからさまにアワユキはため息をつき

「じゃあ私たちはあなたが加入することを拒否します」

「うぇっ?」

 面と向かって拒否されることを知らないオウカは泡食って驚いた。

「そんな、どうして?」

「あなたのわがままに付き合うより、彼らと行動する利点の方がはるかに大きいのです。あ、どうぞご心配なく。あなたが抜けても戦力的に全く問題ありません。むしろ子守がなくなって実に効率的です。オウカ様はこの村でのんびり一生をお過ごしください。私たちは世界中をめぐり、つらく苦しくも振り返れば笑い合えるような最高の旅を越え、必ずや目的を果たしてきますので」

「そうだな。旅は過酷だ。ガキ一人いる、いないでだいぶ違う。確かにその方が助かるなぁ」

「え、えっ?」

 オウカは焦った。王女として生まれて十五年。誰もかれもが彼女を気にかけていた。それが今や厄介者のような扱い。助けを求めて視線をさまよわせるも、アワユキもミメイもカグラも冷めた目で自分を見ていた。いたたまれなくなってちょっと涙があふれてきた。こういう場合、どうすればいいかオウカは分かっていた。さっさと謝り、素直になればよかったのだ。だが、素直になれないのがこの年頃だ。

「もう、そんなもんで許してやんなよ」

 カグラの明るい声が沈黙のにらみ合いに終止符を打った。

「王女の言い方はまあ、気に食わないけど、心配するのも分からなくはないし。いきなり見ず知らずの男二人と旅するなんて、女の子ならびっくりして警戒するよ。アワユキさん、あなただってそうでしょう? でもあなたはそれ以上に得られるであろう利を取った。あなたくらい冷静で大人な女性なら合理的判断ができるだろうけど、彼女にはちとまだ早いんじゃないかな?」

「私はもう大人よ! 馬鹿にしないで!」

「そりゃ失礼。じゃ、大人な王女様は俺たちの参入をご理解、ご協力いただけるのかな?」

 してやったり、という顔でカグラが口の端を吊り上げた。ぐぬ、と唸った後、オウカはしぶしぶ頷いて了承した。

「でも勘違いしないでよね。あんたたちを認めたわけじゃないんだから。私は私の目的のために仕方なく、仕方なく許可してあげるんだからね」

 フンだ、と鼻息荒くオウカは自室に戻って行った。怒りながらも、彼女の顔はどこかほっとしたようにも見えた。

「ありがとうございます」

 アワユキが声をかけた。

「オウカ様も私も、落とし所を探していました。あの方も何が正しいかは理解しているのですが、どうにも強情なところがありまして」

「でもそういうところが可愛いんでしょ? 僕にも小さい弟がいたからよくわかる。くそ生意気なんだけどどうにも憎めないんだよね」

 にはは、と少しさみしそうに笑う。今は帰れない故郷のことを考えたのだろうと察したアワユキは「すみません」と頭を下げた。元々この男に非はないのだ。

「気にしなくていいさ。『神楽家家訓その一。人生を楽しむこと。どんな時でも、どんな場所でも、自分の気持ちと判断と行動次第で視界は変わる』ってね。要はいつでもどこでも僕次第だ。それに悪いことばかりじゃない。あなたみたいな美女にも会えたし。それだけでこの世界に来た価値がある」

「お褒めいただきどうもありがとう。照れもなくさらっと言ってのける辺り、誰にでも同じようなことを言っているのでしょう?」

 さっきまでの嫌な空気はすでになかった。魔神の力はないが、この男には場の空気を和ませる力があるようだ。それは、ただの暴力よりもよほど尊いものではないかとアワユキは思った。

 そして会議は終了。解散。後は寝るだけという運びになった。


 翌日、オウカはギルドを作るということを両親に話した。もちろん既に国のことを諦めている両親に命がけの仕事を行うなどと心配はかけたくないので「見聞を広めるために遺跡調査をしながら世界を回る」という理由に脚色して。それでも両親、特にキリは最後まで反対した。

「いくらアワユキが一緒とはいえ、やっぱり危険よ」

 だが、そのキリを説き伏せたのは意外なことにサイハだった。

「とうとう私たちの手を離れる時が来たということかな」

 と娘を嫁にやる父親のようなことを言った。

「でもあなた・・・・」

「子どもの身を案じるのも親の仕事だが、子どもが巣立つのを見守るのも親の務めだと私は思う。

オウカ。そこまで言うなら私はもう止めない。どこまで出来るかやって見せるといい。思う存分世界を回り、成長して、必ず私たちの元に元気な姿で返って来い」

「はい、もちろんです。父上。一回りも二回りも大きくなって帰ってきます」

 力強く頷くオウカを見て、キリも娘を送り出すことを許したようだ。

「怪我や病気に気をつけるのよ。旅先で手紙を出してね」

「わかりました。母上もお元気で」

 荷物を背負い、両親に見送られながらオウカたちは村を後にした。

「さて、勢いで出てきたはいいものの、今からどこ行くの? 何するの?」

 いきなり全員をコケさせるような発言。旅路一歩目で暗雲が立ち込めだした。

「えぇっ、そっから? そっから説明すんの?」

 カグラがツッコむ。そういえば彼女は昨日の話し合いに参加していなかった。邪魔者扱いした自分たちも悪いが、どうしても参加したいならあの後聞きに来ても良かったはずだ。自分からリーダーを名乗っているのにこのていたらくはどうなのだろうか。

「しょうがないじゃない。昨日は結局あんたらの話聞けなかったんだから」

「それも、最初からオウカ様が駄々こねなきゃもっとスムーズに話は進んでたんですがね」

 ため息をつきながら、アワユキは昨日決定したことを彼女に説明した。

「ふうん、遺跡調査を中心とした仕事ねぇ。そんなのでお金入るの?」

 あまつさえ後から参入にもかかわらず決まっていた方針にケチを付けだした。

「僕は結構大人しい人間だと思っていたけど、そんな僕の中にこれほど強い感情が芽吹くとは思わなかったよ」

 カグラが穏やかな笑みを湛えながら言った。だがその頬は引きつり、額には青筋怒りマークが浮かんでいる。

「安心しろ、俺も今、内側から溢れそうな衝動を必死で押し止めているところだ」

 ミメイが右手で腰に帯刀している小太刀を握り、左手で右手を必死に押さえつけていた。それでも右手は刃を抜こうとして左手とせめぎあい、鯉口をガチャガチャ鳴らしている。

「オウカ様、一気に大金を稼ぐ方法などそうありませんよ」

 たしなめるアワユキ。流石だ、と強い衝動に呑まれかけた二人はアワユキを称える。が、彼女の諌言もオウカには効果が薄く

「そんなことわかってるわよ。でも、そうはない、ってことは、あることはあるんでしょ?一攫千金の仕事が」

「そんな上手い話があるわけないだろ? あったとしてもだ、俺たちが受注できるわけないだろうが」

「何でよ」

「難易度がべらぼうに高いんだよ。そういうのを回されるのは信頼できて、なおかつ実力があると証明された大きなギルドだけだ。今結成したてのギルドにそんな大口の仕事回すわけねえ。実績も信頼もないからだ」

「ふうん、つまんないの。もっと楽に稼げると思ってたのに、ギルドって」

 そう言い捨ててオウカは先へ歩き出した。後にはその言い草にショックを受けて呆然とする三人。

「構いませんよ。今なら彼女を殴っても。いえ、むしろ私がやっていいですか? やっちまいましょうか?」

「いや、止めておけ。あいつの両親が後ろで手を振ってる。彼らには世話になったからな」

「我慢、できるかな。ふふふ、まさかこの僕が手のひらを爪が食い込むほど強く握りしめる日が来るなんてね」

 暗い感情を胸に灯しながら三人は嗤う。

「ちょっと! 何やってんの! さっさと歩きなさいよ! 今日中に首都まで行くわよ!」

 自分の抹殺計画が持ち上がっていることなど露知らず、オウカは元気に歩き出した。数時間後、「もっとゆっくり歩きなさいよ!」と肩で息をしながら叫ぶことになる。


 旧イクグイ国の首都に来たオウカたちは、早速ギルドの仕事を回してくれる斡旋所に向かった。彼女たちにとっては久しぶりの母国のはずだが、今は感慨どころか悔しい思いしかないらしく、見て回ることもなかった。むしろ物珍しそうにしていたのは異世界から来たカグラの方で、何かを見てはしきりに「ふんふん」と頷いていた。

斡旋所店内は受付カウンターと四卓の丸テーブルに椅子が四脚ずつ設置されていた。オウカたち以外に客はおらず閑散としている。

「意外と綺麗で静かなんだね。僕の想像と違う」

 周囲を見回しながらカグラが言った。

彼の脳内ではゲームでみた、タバコの煙と酒の匂いが充満し、荒くれ者たちが集う店というイメージがあったからだ。カウンターの仲介屋もいかついオッサンで、店内は一種の緊張感に包まれ、何かあれば乱闘騒ぎと一触即発なものと思い込んでいた。

 だが店内はこざっぱりとしていて窓からの日差しで明るく、仲介屋もオッサンではなく若い受付嬢がニコニコと受付している。あんなか弱そうなお嬢さんが荒仕事を斡旋しているとは到底思えなかった。そのことをミメイに聞いてみると

「そいつは偏見も過ぎるぞ。確かにギルドやってるのは荒くれ者が多いけどさ、ここでそんな揉め事を起こすなんて考えるやつすらいないよ。問題を起こせばすぐに全世界の斡旋所、仲介業者にその名前が知れ渡りブラックリスト入り、二度と仕事を回されなくなる。仕事の依頼も受け付けられなくなる。彼らは情報という武器を持ってんだ。例え巨大ギルドだろうと国家だろうと、彼らを敵に回そうなんて思わないだろうさ。昨日言った、社外秘の遺品の性能のおかげだな」

「なるほど、やっぱりパソコンっぽいな。しかも全世界規模となると、回線か衛星か、そういったのが必ずあるよな。やっぱり、この世界の前の時代は、僕らの世界の技術と似てるなあ」

 そんなことを話していると、すっと自分たちの間から抜け出る人影があった。オウカだ。彼女はつかつかと受付嬢の前まで行き

「高額報酬の仕事をよこしなさい」

 と居丈高にもの言った。ミメイとカグラは何かの見間違い聞き間違いかと二度見し、当の受付嬢はポカンとして理解不能といった顔をしている。唯一アワユキだけが瞬時にオウカの元に走りより、彼女の脳天に手刀を叩き込んだ。

「失礼しました。子どもの冗談と思い、お聞き流しください」

「は、はあ」

 うずくまるオウカとアワユキを見比べながら受付嬢は何とか答えた。この辺は彼女も受付のプロなのだろう。

「ええと、お仕事の斡旋ですか? それともご依頼の用件ですか?」

「仕事の斡旋をお願いします」

「かしこまりました。ギルド名と身分を示すカードをご提示願えますか?」

「ギルド名? カード?」

「はい。お客様のギルドのランクを調べたいのと、確認の意味で。あ、もしかして新しくギルドを結成された方ですか?」

「そうです。まだ名前は決まって無いのですが、受けられますか?」

「それはもちろん大丈夫です。では、こちらをお受け取りください」

 受付上から手のひらサイズのカードが手渡された。何の変哲もない白いカードだ。

「こちらが皆様のギルドカードでございます。特殊な加工を施しており、依頼をこなしていただいたり、賞金首を引き渡したりしていただくとそれに似合ったポイントをこのカードに加算させていただきます。最初はEランクから始まり、依頼をこなしていただくとそれに見合ったポイントが加算され、一定数以上溜まれば、ランクアップする形です。ランクは全部で六段階あり、ランクアップすればより難易度の高い、報酬の良い依頼を提示させていただけるようになります」

 ポイントカード機能だ、とカグラが後ろで変な感心している。

「わかりました。では今日はEランク用の仕事をいただけますか? 出来れば遺品に関するものがあればありがたいのですが」

 アワユキが尋ねると、受付嬢はカタカタと陰になっているところで手を動かした。噂の遺品を操作しているようだ。

「申し訳ございません。只今こちらではCランク以上のものしかなくて、初心者用のEランクの仕事はまだ入っておりません。また、遺跡調査などのお仕事では盗難、盗掘、依頼品の横領などの事件が多いためにある程度の実力の認められる、信頼の置けるギルドにしか回せないようになっております」

「では、今現在は私たちに回せる仕事はない、と?」

「はい。申し訳ありませんが」

「仕事がないってどういうことよ!」

 痛みから復帰したオウカが飛び上がって受付嬢に噛み付く。

「仕事を斡旋するところが仕事を斡旋しないっておかしいじゃないのよ!」

「そう言われましても・・・・無いものは無いですし」

「じゃあ今あるもので報酬がいいのなら何でもいいから!」

「ですから、今あるのはCランク以上のものでして、Eランクの皆様に受注させるわけには」

「私のために規則の一つや二つ破りなさい!」

「そんな無茶な・・・・」

「あんたじゃ話になんないわ。店長を呼びなさい!」

 酷いクレームに受付嬢は泣きそうだ。すかさずアワユキが彼女を取り押さえる。そのまま引きずって受付嬢から引き離す。

「バカかお前は。斡旋所の店内で揉め事起こすなって言ったろ? だいたい受付嬢に絡んでどうすんだよ」

 呆れたようにミメイが言う。彼らから離れた受付カウンターでは

「ごめんねビックリさせて。あの子ちょっと気の短いとこあってね。すぐカッとなっちゃうんだ。ああ、泣かないで。可愛い顔が台無しだよ」

 とカグラが受付嬢を慰めていた。

「とにかく出直しましょう。大変失礼いたしました」

 アワユキがオウカを引きずって店外へ。後をミメイ、カグラと続く。

「一体何を考えているのですか?」

 外に出たアワユキは憮然としたオウカと向き合う。オウカはというと、口をとがらせてフイとそっぽを向いている。この表情を見る限り、自分はまったく悪くないと思っている顔だ、とアワユキは心の中でため息をついた。

「何って、仕事を貰おうとしただけじゃない。なのにあっちが用意してないっておかしいでしょ?」

「ギルドの仕事は依頼があって始めて受けることが出来るのですから、ない時だってあります。ですが、今言ってるのはそういうことじゃありません。人にものを頼むのにあんな偉そうにする人がありますか?」

「こっちは客でしょ? もてなされる立場の人間よ?」

「ミメイさんが言ったでしょう? 仕事を請けてもらう、斡旋してもらう、そういう対等の立場なんですよ。持ちつ持たれつなんです。協力し合うのが当然なのです。印象がよければ次も仕事を回してもらいやすくなりますし、印象が悪ければ回されないかもしれません。仕事とはいえあちらだって人間なんですよ。少しは考えてください」

「そんなこと知らなかったんだからしょうがないじゃない。それに何よ。さっきから私ばっかり責めて。多少強引でも仕事を請けないと意味ないでしょ? 言ってみたらもらえたりするかもしれないじゃない」

「オウカ様・・・・」

 手で額を押さえながら、更に諫言用の言葉をつごうとした時、すっと手で制された。ミメイだ。

「お前の言うこともわかる。仕事を取るには多少の強引さも必要なのは事実だ」

「でしょでしょ?」

「なら、お前が自分の力で取って来い」

 ミメイが突き放すように言った。

「えっ?」

「今斡旋所に仕事はない。彼女らは誠実さが売りだ。本当にないんだ。それでも金がさっさと欲しい、仕事をよこせと吠えるなら、自分の足で依頼人を探し回って、自分の言葉で相手を説得して仕事を貰って来い」

「冗談でしょ? そんなの無理に決まってるじゃない。あんたが言ったのよ? この仕事は信頼がなければ仕事は回してもらえないって」

「そうだよ。斡旋所の創立時もそんなもんだったはずだ。誰が見知らぬ他人に大事な仕事を頼むよ。今普通に仕事を依頼できて、それを回してもらえるのは、過去の彼らが信頼を築いてきたからだ。その彼らの仕事にケチつけるなら、自分でやるしかない」

「そ、そんなこと」

「出来るわけない? それをお前はあの受付のお嬢さんにしろと迫ったんだぞ?」

 ミメイに厳しく追求され「うぅー」と唸るオウカ。助けを求めるように他二人に目線を移すも、アワユキもカグラも呆れたような目で自分のことを見ていた。昨日の二の舞だ。この場に自分の味方はいない。アワユキもカグラも今回は助け船を出すつもりはないらしい。彼らの態度を見て、オウカは意地になった。キッとミメイを睨みつけて叩きつけるように言葉を吐く。

「わかったわよ! そこまで言うなら見つけてきてやろうじゃない!」

「無茶ですよ。彼らが何十年もかけて様々な失敗を繰り返し、教訓を経て作られた仕事を、あなたが一日で出来るわけありません」

 アワユキの制止の言葉も、今のオウカにとっては火に注がれる油、燃え上がるだけだった。

「うるさいうるっさい! ほえ面かかせてやるわ!」

 そう言ってきびすを返して走り去る。

「はぁ、やれやれ・・・・・すみませんが宿で待っていてくれますか? 落ち着いたら連れて戻りますんで」

 そう言ってアワユキが後を追う。

「あーあー、あんなきつく言うことなかったんじゃない? こうなることぐらいわかるだろう?」

 彼女らの走り去った方角を見ながらカグラが苦笑を浮かべて肩をすくめている。

「うるさいな。カグラだって、同じこと思ってたから何も口挟まなかったんだろ」

「僕は争いごとが苦手だから、飛び火しないように黙ってただけだよ。まあ、心の内は君と似たようなもんだけど」

 そう言ってニヤニヤ。年齢は今年二十と言っていたが、この飄々とした態度はまるで老獪な老人のようだ。普段バカの癖に。いや、だから余計に際立つのだろうか。

「若い衆を諌めるのは年長者の役目だろうが。率先して嫌われ者の役をやれよ」

「そいつはちと違う。諌めることができるのは、それだけの人生経験を踏んできた人間だけだよ。僕のような薄っぺらな人間が、誰かを叱るなんておこがましいことできないよ。説得力が違うだろ?」

 カグラは自分のことを卑下した。そんなことを言える人間がその程度の人生を送っているわけがないとミメイは経験上知っていた。

「何が薄っぺらなんだか。自分のことを低く言って、相手の出方を探るようなやつはいつだって切り札を持っているから油断ならない」

「過大評価どうも。ところでこれからどうする?」

「言われたとおり、宿屋か、近くの食堂で飯でも食って待とう。どうせ他にやることも無いんだし」

「ありゃま、ほんとにほっとくつもり?」

 意外そうにカグラが驚いた。

「そうだけど、何だよ。俺があいつをほっとくのがそんなにおかしいか? 心配になって探しに行くとでも? 俺はそんなにお人よしじゃ」

「違う違う、違うよミメイ。そうじゃないよ。僕が勝手に想像するに、斡旋所の仕事は、依頼の受注・紹介だけじゃないだろ? 僕の世界でもこういう紹介系統の仕事はあるからさ」

 本当に、バカなのに時折こんな鋭いことを言う。本能的に危険を事前に察知しているのか、それとも経験や向こうの知識から来ているのか。

「まあ、その点はアワユキがいるから大丈夫だろ」

「それもそうか。じゃあ早速ご飯、と言いたいとこだけど、一つ肝心なことを報告しなければなりません」

「何だよ今度は」

「僕はこの世界のお金を持ってません」

 言われて気付いた。そういえばカグラはこの世界に来てまだ二日目だ。こっちの通貨なんて持ってるわけない。

「はあ、仕方ないな。今回は俺が払うわ」

「ゴチになります」

「いずれ返せよ。絶対返せよ。俺だって裕福なわけじゃないんだからな」

「わかってるって。出世払いで必ず。なんなら店ごと買い取って返してやるよ」

「全っ然信用できないなその笑顔」

「信じろよ。相棒でしょ?」

 食堂では、人の金だと思ってカグラは遠慮することなくどんどんメニューを注文した。この世界の文化に少しでも早く慣れるためとかそれらしいことを言ってたが、多分食べたかっただけなのだろう。絶対倍にして返してもらうと軽くなった財布に誓うミメイだった。


 ミメイに背を向けて走り出したオウカは、手当たり次第に人の集まっている場所へ行き、仕事をくれるように声をかけて廻った。だが結果は無情なもの。誰も彼もが彼女の話すらまともに取り合わなかった。

これはある意味当然の結果だった。ミメイやアワユキの言うとおり、斡旋所が積み重ねてきた信頼は大きく、今では斡旋所で仕事を請けられないギルドは信用できないとされている。そういう頼み事は全て斡旋所へと持っていく、とみんなが口を揃えて言った。オウカが王族であるうちに公式に姿を現していれば、また違った対応なのだろうが、いかんせん今の彼女は無茶を言うただの小娘でしかなく、そんな小娘に仕事を与えられるわけが無い、というのも関係していた。

「くそぅ、誰一人私の話を聞きゃしない。人の話は最後まで聞きなさいって親から教わらなかったのかしら」

 イライラしながらオウカが呟く。人の事言えないでしょうに、アワユキは他人の振りを見ても一向に我が振りなおす気配のない彼女の後ろ姿を見守っていた。最初のほうこそ勢いで多くの人に話しかけていたものの、何十人と断られ続けて、そろそろ意地も意欲も失いかけていた。諦めさせる頃合いかと、とぼとぼ先へ行くオウカに声をかけようとした時だ。

「仕事をお探しですかね?」

 アワユキが帰ろうと口を開くより早く、誰かが声をかけてきた。二人は声の方へ振り向く。そこに立っていたのは身なりだけはきちんとした老紳士だった。だが薄暗くなりかけた夕方の路地裏ではその身なりが逆に怪しい。

「誰よあんた」

「申し訳ないが身分は明かせない。さる高貴な身分の人間、という紹介で勘弁願いましょう」

「うわあ胡散臭い」

 オウカが思ったことをそのまま言った。老紳士の穏やかな笑顔が引きつる。まったくこの子は、言葉を選ぶということを知らないんですかねとアワユキは呆れつつも、自分も同意権なので黙って二人のやり取りを見ていた。

「いやいやお嬢さん、斡旋所で仕事を取れないギルドよりはましだと思うがね」

「何ですって?」

「わからないのかな? 斡旋所で仕事が出来ないのは、ランクが低い身の程知らずの新米か、以前に信用を失うような大失態をしでかした愚か者と見なされるのですよ」

「そんなことわかってるわよ。ここまでで嫌って言うほどおんなじことを聞かされたから。で、あんたは何なわけ? 同じことを言うならもう結構、お腹一杯よ」

「勘違いされては困りますな。私はあなたに仕事の依頼をしに来たんですよ」


 老紳士に先導された先は、街の中央にある高級レストランだった。自分たちがいた時には無かったものだ。看板の横に教会のシンボルマークである翼を広げた大鳥が描かれているので、教会主導のものだろう。その中でも国賓などの要人御用達のVIPルームへとオウカたちは通された。怪しいのはともかく、かなりの力と金をこの老人が持っているのは事実のようだ。オウカたちが席についたところで、案内してくれた給仕は扉を閉めて下がっていった。

「で? 仕事の依頼をしたいって?」

 疑わしそうな目で見ているオウカだが、内心は勝利の雄叫びを上げていた。これでアワユキに、そしてあの偉そうなミメイにざまあみろと言ってやれる。

「はい。ここから北へ行きますと、古い遺跡があります。そこに行ってもらいたいのですよ。なんでもあなた方は遺跡、遺品関係の仕事を探しているとか」

「確かに私たちは遺品関係の仕事を欲してます。しかし何故、私たちに回してくれるのですか?」

 アワユキが口を挟む。

「別に同情したから、というわけではありません。理由は三つ

まずあなた方も知っての通り、ここの斡旋所にはほとんど仕事が入っていません。ということは、ここにギルドはいない、ということです。仕事のない街にギルドが留まる理由は皆無ですからね。

二つ目、斡旋所に依頼を持っていくと内容に応じて仲介料が発生します。直接ギルドに頼むと仲介料が発生しません。出来るだけ安く仕上げたいと思うのは当然でしょう?

三つ目、依頼は手間といえば手間なんですが、比較的簡単なもの。あなた方のような新人でも大丈夫でしょう」

「なら自分たちでやればいいじゃない」

「それが出来ていれば依頼しませんよ。本来この仕事を頼もうと思っていた部下は急遽別件が入りまして、人が足りないのです」

 ようはただの雑用。たいした金にもならないだろう。あまり期待せずに報酬はどれくらいか聞いてみた。

「そうですね、統一通貨の銀貨五枚でいかがでしょう?」

 その値段提示にオウカは目を瞬かせ、アワユキでさえも眉を少し吊り上げるほど驚いた。

この世界で用いられている通貨は大きく分けて二種類、国ごとに違う通貨と、全世界で同じように用いられる統一通貨だ。前者は言葉通りその国だけで取引されるのに対し、後者は教会が管理、発行しているので教会の教えが浸透しているところであればどの国でも同じ価値で取引される。

 統一通貨には金、銀、銅の三種類ある。金貨一枚=銀貨千枚、銀貨一枚=銅貨千枚という換算になる。銀貨が五枚あれば四人いたとしても一月の食費と宿代は心配しなくてもいいだろう。中々に好条件の報酬といえた。

 これよ、これこそ私が望んだギルドの醍醐味。叫びたいほどの興奮を必死で押さえ込むオウカ。ただ問題なのはその依頼内容だ。報酬が高くなれば当然依頼の内容も困難になる。しかし老紳士から発表された内容は

「実は以前我々が調査した時に、遺跡の最奥に大切な道具を忘れてしまったのです。それを取ってきていただきたい」

 というものだった。それだけで銀貨五枚は高すぎる。何か裏があるんじゃと勘ぐる。

「それは、遺跡内部にトラップが満載されているとか?」

「ありません。ここに、遺跡までの道のりと遺跡内部の地図がありますので、これを参考にしていただければ最奥に到着できると思います」

「強力な獣が襲い掛かってくるとか」

「ありません。この辺りの野生の獣は比較的大人しく小柄です。こちらから接近しなければ襲ってくることもまずないでしょう」

「じゃあなんでそんなに報酬が良いの?」

「急ぎだからですよ。忘れてきた道具が至急必要なのです。地図を見ていただければわかりますが、遺跡までかなりかかりますし、内部もトラップこそありませんが入り組んでいて巨大な迷路のようになっています。片道でも一日かかるのではないかと。そこへ人を割く余裕がない。特急料金込みの値段と考えていただければ妥当ではないかと思います」

 テーブルに広げられた地図を見ると、言われたとおり複雑な構造をしている。

「ちなみに、いつまでにその忘れ物をとってくれば良いの?」

「そうですね、四日後の朝までに取ってきてもらわないと困ります。その日に我々はこの国を出ますので」

「四日後の朝、ギリギリですね。往復二日かかりますから、明日の朝には出ないと間に合いません」

 地図を見ながらアワユキが言う。

「その忘れ物というのはどういったものなのでしょう? 私たちは現在四人。あまり重たいものや大量の荷物を運ぶことは出来ません」

「ああ、その点についてはご安心を。道具というのは小さな、これくらいの箱です」

 老紳士が両手で大きさを示した。片手で掴めるほどの小ささだ。

「何これ」

 オウカが首をかしげた。

「見た目はただの箱です。ですが、これと同じものがもう一つありまして、それを用いれば、糸などで繋がってるわけでも無いのに遠く離れていても箱を通して会話することが可能なのです!」

 自慢のおもちゃを見せびらかす子どものようだとアワユキは思ったが、声には出さない。代わりに推測を口にする。

「遺品、ですか?」

「その通りです」

 老紳士がニヤリと笑った。

「我々が以前の調査で見つけたものです。これまで斡旋所だけの専売特許であった遠距離の通信機能を手に入れることが出来たのです。我々の持つものは小型で、千歩分ほどの距離しか離れられないが、これがあるということは、もっと遠くへ声を届けるものがあるということです」

 老紳士は言葉をそこで切り、二人の反応を見た。亜人の方はともかく、子どもの方の反応が薄いことが意外だった。もっと食いついてくるかと思ったが。もしかしたら信じられないのかもしれない。見た感じ、世間知らずのお嬢さんにしか見えなかったからだ。反応の薄さは彼女の無知からきているのだと老紳士は判断した。

「信じられないのも無理はありません。ですが」

「いやいや、信じてないわけじゃないのよ」

 当の本人が、言い募ろうとした老紳士の言葉を遮った。それも否定ではなく肯定の言葉で。

「というか、私も似たようなの見たことあるし」

「何ですと?」

 聞き捨てならないことをお嬢さんは言った。自分たちがどれほど苦労を重ねて、どれほどの偶然が重なってその遺品を発見したか。それを苦労のくの字すら知らなそうな彼女でも見たことがあるなど、こちらこそ信じられなかった。

「私の連れが持ってるわ。それもあんたらのより数段優れた奴をね」

 自慢げに話すオウカ。その隣で、この馬鹿、と言わんばかりに顔を歪めたアワユキ。

「それは実に興味深い。話を聞かせてもらっても?」

 老紳士の瞳が怪しく輝く。それに気づかず自慢げに胸を張ってしゃべろうとして

「ええ。別におぐっ!」

 オウカが横腹を押さえてうずくまる。老紳士に見えない角度で、アワユキがオウカの横腹を手刀で突いた。

「アワユキ、あんたねぇ・・・」

(こっちの情報をぺらぺらとしゃべらないでください)

 小声で苦悶するオウカに耳打ちし、老紳士に向き直った。

「話がそれています。今この場でするべきは依頼の話のみ。余計な時間を取りたくありません」

 横で睨むオウカを無視し、アワユキは続ける。

「大体、何でそんなものを遺跡内部に忘れたりするのです? そういうものは肌身離さず持って歩くものなのでしょう」

「それは全く同意です。ですが、失敗をしない者などこの世のどこにおりましょう。つい、うっかり、など良くある話。だがプロとしてそれではいけない。箱を管理していたものには厳重注意と減俸を言い渡し罰しております。がそれはそれとして、現実、箱はそこに置き去りなのです。片方があっても意味がありません。どうかこの依頼、受けていただけないでしょうか」

 話し終えた老紳士は二人を見渡した。確かに好条件で、急ぐだけで困難なものではないから体力の有り余っている新人に頼みたいというのもわからないでもない。だが何かが引っかかる。更に質問を重ねようとアワユキが口を開く前に、復活したオウカが言った。

「いいでしょう。その依頼、受けます」

新しい仲間が参入します。完璧に作者の好み仕立てです。だから彼女に抱きついたりする魔神がうらやまけしからんです。爆ぜろ、と思いました。

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