誰がなんと言おうと、無事、到着
「おい、無事か?」
ミメイが首を振りながら呼びかけた。多少首と肩に痛みはあるものの、全身から反応がある。どうやら大きなけがはないようだ。よく無事だったなと我が事ながら思う。街を一望できるほど離れた距離にある高い崖からここまで飛んだのだ。もう一度同じことができるかと言われれば二度とできないと自信を持って答えられる、それくらいの奇跡だ。
「うう、痛いぃ」
うめき声を上げながらもオウカが顔を上げる。
そもそも呪いのせいで、彼女が死ねばミメイもカグラも死ぬ。自分が生きているということは、二人が生きているはずだと今更ながら思い至った。
「よお。生きてやがったか」
「こんなところで死ねないわよ。約束もしたしね」
折り曲げていた体を伸ばす。毛布に包まれた少女が顔を出した。意識は失ったままだが、どうやらまだ生きているようだ。この子もまた、悪運の強い子だ。セラノ教聖典では、悪魔の子は七歳の時に殺される運命にある。ばかばかしい話だが、この世界では当然とされてきた。それがどうしたことか、少女は逃げ出すことができた。死の運命は彼女を諦めず、雪山で凍死させようとした。しかし、カグラが彼女を見つけ、ここまで生き延びることができた。こうして何度も生き延びたのなら、これはもう、運命が少女に屈したとしか思えない。
「カグラは?」
二人の視線の先にはカグラと、彼に覆いかぶさっているアワユキがいた。カグラの頭を衝撃から守るためだろうか、自分の体で包むようにして保護していた。
ピクリとカグラの手が動く。それは、次第にじたばたし始める。ムゴームガーとくぐもった声が聞こえる。
「お、おい。どうしたカグラ?」
「まさか、怪我でもした?」
心配になって声をかけた二人の前で、暴れていたカグラの手がぴくぴく痙攣しだして、やがて宙を掴むようにして天へと伸ばし、パタリ、と落ちた。
「「カグラぁ―――っ!」」
慟哭が夜の闇に溶けていく。
「ん、んぅ、何事ですか騒々しい」
アワユキが目を覚ました。首をめぐらせ
「・・・不覚にも気を失っていたようですね。・・・オウカ様、ミメイさん。無事でしたか」
自分を見ていた二人に気付き、胸をなでおろした。よかった。二人とも無事なようだ。
おや? とアワユキはなでおろした胸に何かが当たっていることに気付く。正しくは太ももと胸だ。
徐々に記憶が戻ってくる。空中に放り出されそうになったカグラを掴み、抱えて、それからぶつかると思い、彼の頭をとっさに抱きかかえたのだ。
「あ、か、カグラさん!」
ガバッと飛び上がらんばかりの勢いで体を起こす。
カグラは酸欠で青い顔をしていた。白目をむき、ひゅーひゅーか細い呼吸をしながら、口から泡を吹いていた。
「大丈夫ですかカグラさん! しっかり、しっかりしてください! くそ、なんでこんなことに・・・!」
必死で介抱するアワユキを遠くから見つめながらオウカが言う。
「なんで窒息しそうになってんのよ。溺れたわけでもないのに」
「いや、奴は溺れたんだ」
遠い目をして、しみじみとミメイは言った。あの豊満な胸と太ももにみっちりと挟まれればたやすく窒息する。男として嬉しくも情けない死に方を列挙すれば、五本の指に入るだろう。だが、奴は後悔するまい。俺にできることは、敬意をもって送り出してやることだけだ。
比べて、オウカが抱いていた少女はどうだ。無事、とまではいかないが生きている。呼吸困難で寿命を縮めることはなかっただろう。オウカが覆いかぶさっても、呼吸するのに何ら支障は出ない。だって隙間があるから。
「お前だけでも無事でよかった」
慈しみの目でオウカが抱く少女の頭を撫でる。
「そこはかとなく馬鹿にされているような気がするのは私の思い過ごしかしら?」
「思い過ごしだ。褒めてんだよ」
褒められて、照れくさくなって「ふん」とそっぽを向く。
「ゴホッ、エホッゲホッ」
向こうではカグラがアワユキに支えられながら体を起こしていた。咳は酷いがどうやら生き返ったみたいだ。
「はぁー、僕、生きてる、よねぇ」
肩で息をしながらカグラが言った。この物言いから見るに、アワユキの胸に顔をうずめていたことは気づいていないようだ。後で詳細をこっそりきっちり教えてやろう。意識を保てなかったことを絶対悔しがるはずだ。
「無事、着いたんだね。よかった。夢でも死後の世界でもないよね」
ホッとしたのもつかの間、カグラはすぐに顔色を変え
「そうだ、女の子は? あの子は大丈夫なの?」
「落ち着きなさい。ここにいるから。無事よ」
オウカが抱えている少女を見て、少しは安心したものの、それでものんびりする余裕はない。
「早く病院に連れてかないと・・・!」
立ち上がろうとして、立ちくらみを起こしてふらつく。足腰に力が入らない。変な汗が大量にあふれてきて、シャツを濡らす。
「大丈夫ですかっ?」
そっとアワユキが後ろから支える。
「ごめんごめん、ちょっと立ちくらみ」
やせ我慢を押し通し、笑顔でソリから降りるカグラ。
「馬鹿、文字を読めねえお前が一人で行って、どうやって医者や宿を探すんだよ」
先さき行こうとするカグラの肩を掴んで止める。「見ろ」と指差した少し先には、看板とランプがともっていた。
「都合のいいことに、今、お前の目の前にあるあの店は宿屋だ。それすらも気づいてねえだろうが」
「あ、らら」
不甲斐なさそうに頭をかく。まったく気づかなかった。普段のカグラであれば、文字は読めなくともぶら下がっている看板のイメージなどで判断できていただろうが、それもできないというのはよほど疲れているか焦っているか、その両方だ。
「格好をつけるのはいいが、後で倒れられるほうが面倒なんだがな」
「面目ないっす・・・」
珍しく項垂れるカグラ。
「ほれ、さっさと行って交渉してこい。俺は荷物を持ってくる」
そんなカグラの肩を軽く押す。ミメイも同じ男だ。カグラがなぜ少女を助けようと、執念すら感じさせるほど意気込むのかはわからないが、懸命に誰かを守ろうとする男の邪魔をするのは野暮というものだ。後押しされたカグラは、何も聞かない相棒の配慮に感謝しながら宿屋を目指す。
続きを書かせていただきました。
作中に出てくる情けない死に方は、けして作者の願望ではありません。
違うよ? 全然違うのよ?
さておき、楽しんでいただけたら幸いです。




