フリースタイル・エアーソリ
少しだけ時間を巻き戻して、セッカ街内。
「やめてください!」
拒絶の悲鳴が室内に響く。酒場『雪月花』は緊迫した空気に包まれていた。昼は食堂、夜は酒場、湯治客のためにの宿泊施設も兼ね備えた街の片隅にあるこの店は、シンドとノキア夫婦と一人娘のフィリオネの家族で切り盛りしていた。
料理の味はなかなかで、宿の料金もお手頃だが、客は街の中央にある店や宿に向かってしまう。
理由は、彼らが亜人だということだった。
亜人は迫害の対象だった。完全な人の形でないのは人より劣っているためだとか、過去に人々に対して戦争を仕掛けて敗れて無条件降伏したからだとか、理由はよくわからないが、昔から亜人は迫害されてきた。自分より身分が低いものがいれば、民衆はおとなしくするだろうと昔の権力者が考えて作ったものだと唱える学者もいるが、今は置いておく。
問題なのは、そういった事情がある雪月花は、店を保つために様々な工夫、料理であったり料金設定であったりサービスなどで客を寄せる努力を必要とし、客を選ぶことができないということだった。ゆえに、ガラの悪い客が集まりやすかった。
今さっき看板娘のフィリオネが叫んだのも、酒に酔った客が彼女に酌を強要してしつこく言い寄り、揚句尻を撫でさすったからだ。刺激しないように言葉を選び、やんわりと愛想よく断っていた彼女もさすがに驚き声を上げ、今は厨房から出てきた父親の背中の後ろに隠れて、耳と尻尾をプルプルさせて怯えている。
「なんだよ、良いじゃねえか。ちょっと一緒に飲もうって誘っただけじゃねえか」
なあ? と周りの男たちをあおるのは、この国の守衛主任だった。自らが手本となって風紀を正し平安を築き上げるべき立場の人間が平穏を乱していた。ヒューとはやしたてる彼の仲間たちもガラも悪ければ態度も悪い、客としては最低のレベルだった。
「兵士さん困ります!」
家長として、気丈にもシンドが主任に立ち向かった。しかし主任たちはそれで懲りるどころか、逆ギレにも近い反応を示した。
「困る、だと? おいこら、亜人の分際で生意気な口を利くんじゃねえ。ここで商売を続けられるのは誰のおかげだと思ってるんだ。俺たちが来なけりゃ、いったい誰が好き好んでこんなところに来るよ」
主任が詰め寄ると、シンドは娘をかばいながら後ずさる。それを見た仲間たちがからかう。
「わざわざ亜人がやってる店に来てやってんだ。それくらいの奉仕は当然だろうが」
「それに、なかなか可愛らしい顔してんじゃねえか。いっそのことそういう店にしたら、もっと儲かるぜ。俺たちももっと顔を出すし、他の連中も連れてくるさ。ただ、お嬢ちゃんが一晩で全員を相手にできるかは知らんがね」
「出来るさ! なんせ亜人は丈夫さと体力だけが取り柄だからな」
下卑た笑いがそこかしこで起こる。
「と、いうわけだ。黙って俺たちの相手をしろよ。愛想よく媚びろよ。お前らにはそれがお似合いだ」
退けと冷酷に、主任はシンドを力任せに突き飛ばした。隣の机に突っ込んで派手な音を立てて転倒した。それを見てまた仲間たちは囃し立てる。
「お父さん!」
「おっと、お嬢ちゃんはこっちだ」
「いやっ離してっ! お父さんっ!」
父親に駆け寄ろうとしたフィリオネを数人がかりで捕まえる。いかに亜人といえどまだ幼い少女では、大の男に数人がかりで捕まれば振りほどくことなどできなかった。
「死にゃしねえよその程度で。ほら、行こうぜ。良いとこ連れてってやるからよ。お前らが一生かかってもいけないような楽園へな」
兵士たちは連れ立って外へ出ようとする。
「お待ちください! 娘を返してください!」
シンドと厨房から飛び出してきたノキアがそれぞれ兵士に縋り付いて懇願する。
「離せ!」
シンドは引きはがされ床に投げ出され、数人の兵士に囲まれて蹴られた。
「あなた!」「やめてっ! お父さん!」
ノキアは娘と同じように捕まってしまう。
「綺麗な奥さんじゃねえか。お前にはもったいねえよ」
「あんなおやじより俺たちと一緒のほうが楽しいぜ」
「親子一緒に相手にしてやるから」
乱暴にドアを開け放ち、外へと繰り出す。なおも泣き叫ぶ親子を笑い、傷つきながらも妻と娘を返してほしいと懇願する父親を嘲りながら蹴り倒した。
亜人の扱いは、どこの国も同じだ。睨まれたが最後、抵抗することも許されず、泣き寝入りするしかない。
泣き叫ぶ妻子が遠く離れていく。立ち上がろうとすれば突き飛ばされ、殴られ、蹴られる。体が丈夫な亜人とはいえ、さすがに蹴られすぎて意識が遠きかけた。だから、その視界に入ったのはただの見間違いだと思った。だってそうだろう。空からソリが降ってくるなんて誰が思う?
「あぎゃぺ!」「な、なんごふぉっ!」「ぐぶぅっ!」
しかしその人間が数人ほど入れそうなソリは現実に存在し、シンドに暴行を加えていた数人を轢き飛ばし、その勢いのまま滑走して前方にいた主任たちを全員踏み潰した。ソリが進んだ後には、押し花みたいに雪の中に埋められた兵士たちがいた。
「お父さん!」
「あなた、大丈夫っ?」
愛しい家族がシンドに駆け寄った。ソリは彼女たちを掴んでいた兵士も轢いていたようだ。それで彼女たちだけが無事なのだから狙っていたとしか思えない。
「大丈夫、大丈夫だ」
家族の無事を抱きしめることで実感しつつ、シンドは降ってきたソリを見やる。
「いつつ・・・」
ソリの縁に手がかかる。中から誰かが這い出てきた。
続きを書かせていただきました。
時代劇によくある、茶店の若い女性を連れ去ろうとする悪党を、通りがかりの浪人が退治する、
あれの異世界バージョンです。




