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はみ出し者たちの建国記  作者: 叶 遼太郎
アウトロウ結成
1/16

王女と商人と魔神

 どうしようもない現実ってのが、目の前に立ち塞がった。

 それはもう、越えられるもんなら越えて見やがれ、といわんばかりに、このムカツクくらい突き抜けた空みたいに高い壁が私の前にそびえ立った。

「はい、これで城内のものは全て差し押さえさせていただきました。ではこちらにサインを」

 商売用の胡散臭い笑顔で擦り寄ってきたのは世界中で信仰されているセラノ教の教会付属、聖中央銀行の頭取だ。聖とつくくせに一片の慈悲も容赦も無い取立てで、私たちから全てを奪っていった。彼の手にはこの城の家財一式全てを売り渡しますという内容が書かれた書類。その書類の最後にある空欄に、今、私の父〝元〟イクグイ王国国王は自分の名前を記入した。サインする際に見えたその手はここ一年の激務と心労が元か、痩せてゴツゴツした手になって、後姿も以前よりやせ細って、白髪もここ数か月で大いに増えた。

「はい。これで手続きは完了となります。では、皆様には一両日中にここから退去していただきますので」

 元王族相手ということで言葉は丁寧だが、言っていることは金が無いなら出て行け。そういうことだ。私たちは最低限の金や荷物と一緒に、住みなれた城を追い出された。今このときをもって、イクグイ王国は消滅し、教会管理の土地になった。


 去年の今頃、イクグイ王国はこの世の終わりが来たってくらい不運に見舞われた。国内での疫病発症から端を発し、農作物の不作、近辺諸国の情勢不安から戦争のコンボ、流れてくる難民、介入してくる巨大国家の陰謀等など、そのほかにも数え切れないくらいの問題に呑まれた。父である国王は「困っている人々を見捨てるわけにはいかない!」とカッコいいことを言ってその問題を一挙に引き受けた。確かにそれは素晴らしい心がけだと思う。だが、自分の食い扶持も危うい時に他人の面倒を引き受けるべきではなかった。父は王になるにはあまりに人が良すぎたのだ。

 世の中は何をするにも金が要る。救援物資のパンのひとかけらだって金で買うものだ。元々が小国のイクグイ王国に、その数倍の規模をほこる他国の難民を受け容れられるわけなかった。教会から借りるにも限界があり、ついには城を担保にしてまで金を借りた。

 一年後、難民も疫病も不況不作も情勢不安も去って、残ったのは莫大な借金だった。それはもう、言葉も出ないくらいの額だった。父も母も城の人間たちも寝る間を惜しんで働いたが、山火事に水鉄砲で挑むくらいの戦力差だった。返済期限を過ぎても返すメドがないということで、ついに今日、立ち退きの日がやってきた。

「まあ、これで普通の人間になったってことで、小さな幸せでも掴みますかね」

 とさらりと言ってのけた父はある意味スゴイと思う。母も、「あの重責の日々に比べれば、田舎でのんびり農作業でもして生きていくほうが楽よ」とのたまった。こうして、父と母は次の生活に向けて今までのことを過去と割り切ることが出来たようだ。だが、私はどうしても我慢できなかった。

 別に、華やかな生活に戻りたい、というわけではない。だいたいにして、イクグイ王国は貧乏な国だったので、王城での生活も実に質素で慎ましやかなものだったからだ。王女自ら皿洗いや掃除などの雑用を行い、人件費を削減していたのだから。

 悔しい。理由はそのひと言に尽きる。助けた難民たちは感謝の言葉も無く新天地を求めてさっさと出て行くし、戦争で迷惑をかけたはずの周辺国家は損害賠償や慰謝料の請求にも「そっちが勝手にやったこと」と知らん振り。挙句こっちのことを意地汚い、金にがめつい田舎者と蔑んだのだ。教会は教会で神の教えを無理矢理押し付けるくせに、神の教えに則って行動した国に多額の利子をつけて金を貸しただけで、自分たちからは何一つ救助活動をしようとしなかった。援助要請の一つひとつのその全てに料金を設けて金を取ったのだ。彼らの神はきっと秤でも持ち歩いているに違いない。慈悲が欲しけりゃ金を出せ、みたいな。

 そんなやつらに自分の家を奪われて悔しくないわけが無い。父も母もその辺をぐっと飲み込んで、未来に向けて建設的な話を無理矢理していた。たとえ今農具売り場で中古の鍬や鋤を嬉々として品定めしているように見えても、あれはきっと私に心配をかけないために演技なのだ。そのはずだ。

「さて、じゃあアワユキのところへ行こうか」

 と農具を買い込んだ父が言った。アワユキは、今まで王城で働いてくれていた侍女の一人で、私の教育係兼姉代わりだった人だ。非常に有能で、王国が取り潰された時も教会関係者から残ってくれと何度も頼まれていたのを断り、先に田舎に帰っていた。私たちがどこにも行くところがなくなったとわかったとき、「じゃあ、一緒に田舎で農業でもどうです?」と誘ってくれたのが彼女だった。私たちのために教会の仕事を断ったのだろうと思うと胸が痛んだ。彼女なら数年で教会のエリートコースに乗り、こんな小さな国ではありえないような大きな仕事をバリバリこなす輝かしい未来があったはずなのに。

 街と外とを結ぶ大門を潜り抜けて、私は城のほうを振り返った。形は何も変わらないのに、もう所有者が違う城を見上げて、私は決意を固める。必ずここを取り戻す。サインアップの時、あの頭取は言っていた。こちらをバカにしたような目で見下して。

「こちらがイクグイを買い取った時の金に、五割の利子を加算した金額を、まとめて支払っていただければお返しします」と。

それは途方も無い借金に途方も無い額が加算されてもう現実味の沸かない領域に達していた。

それでも私は諦めない。

 絶対買い戻してやる。どんな手段を使ってでも。


―一年後―

「くっそ、なんでこんな目に遭うかなぁ!」

 うっそうと茂る森の中を、少女は悪態をつきながら走り続けていた。時間は既に夕刻を過ぎており、太陽はその姿を山の向こうに姿を隠し、明日のために就寝していた。半日ずっと空の上で世界をあまねく照らし続けたら疲れるのは当然だろうけど、後もう半時間は踏ん張って欲しかった。森の中は街の中よりも暗闇が広がるのが早い。すでに足下すら見えづらくなっていた。

「痛っ」

 しまった、と思ったときには体は宙を舞っていた。無様な着地を決めながら地面を自分の体で削る。動きやすいように仕立てなおしてもらった服がどろどろに汚れてしまった。同時に抱えていたカゴが放り出され、中身がぶちまけられた。打ち身や擦り傷の痛みを無視して急いで散らかった中身をかき集める。

「ようやく止まったか」

 暗闇の向こうからそんな声がした。

「手間かけさせるんじゃないよお譲ちゃん。大人しく荷物さえ渡してくれりゃあ、綺麗なお手々に怪我することなかったのになあ」

 森の闇からにじみ出るようにして三人の男が現れた。いずれも荒くれものの典型といえるボロボロの服装で、ただその目と手に持った曲刀が危険指数を示すように鈍く光っている。

「さて、観念してもらおうかい。大人しくそいつを渡してくれ。そしたら俺たちはそいつを売りさばいて良い酒が飲める、あんたは命が買える、どっちも万々歳じゃないか」

 盗賊のリーダー格である男が、とても盗賊らしい、手前勝手な理屈を述べた。他の二人も下卑た笑みを浮かべながらそうだそうだと頷く。普通の少女なら恐ろしさのあまり命令を聞いてしまうだろうが、この少女はちょいと世間と認識がずれている部分があるので

「はあ? 冗談は顔と生まれてきた理由だけにしなさいなこのトンチキが。何でわざわざあんたらなんかに私のものをあげなきゃいけないのよ」

「自分の立場がわかってねえようだな。ガキだから命だけは助けてやろうと思ったが」

 ゆらりと曲刀を構える。だが少女は内心のおびえをまったく出さずに盗賊をあざ笑うように言う。

「命だけは助ける? はん、ガキ相手に舐めてかかってそんな甘いこと言って、ちょっと気に入らないことを言われたからと感情に任せて突っ走る、その程度だから盗賊なんかに落ちぶれるのよ。どんな理由があってそうなったか知らないけど、弱者から力ずくでしか奪えないような腐った職種に誇りなど持てないでしょうね」

「言わせておけば!」

 何とか立ち上がった部下二人も怒りに任せて曲刀を構える。少女と盗賊との間には十歩の距離も無い。

「言わせるがままに放っておくのも甘いところよ。それじゃあ、いつ自分たちが奪われる側に回ってもおかしくない。盗賊としても三流以下ね」

 そう言って少女は近くにあった木の枝を拾い上げる。少女の背と同じくらいの長細い枝を、彼女は盗賊たちに向けて構える。先ほど転倒したときに足を少し怪我したのだ。歩く分には問題なさそうだが、全力で走ることは難しそうだ。ゆえに、ここで一か八か撃退する方法を選択した。

木の枝を構える少女を見て盗賊たちが鼻で笑った。

「おいおいお嬢ちゃん、もしかして俺たちとやりあおうってのか?」

「そのつもりよ」

「ははは、冗談きついぜ」

「冗談かどうか、試してみたら? それとも、私のような小娘にボッコボコにされて泣いちゃうのが怖い?」

 手をクイッと招くように曲げる。

「舐めやがって。もう許さん。絶対許さん」

「許しを請う予定は無いわ。かかって来なさいな」

 その言葉を端に、両者が動いた。正面にいた盗賊の手下Aが曲刀を振り上げながら突っ込む。力比べで負けることはないと踏んだ手下Aは、防ごうとするその木の棒ごと叩っ切るつもりで曲刀を振り下ろす。正面からでは力負けするのは眼に見えていた少女は木の枝を正面に構えながら、向かってきた刃をタイミングよく受け流す。力の向きを変えられた曲刀は地面に深々と突き刺さる。盗賊の側面は完全にがら空きだ。そこへ、受け流したときの勢いを利用した棒の一撃がわき腹をえぐる。悲鳴をあげて吹っ飛ぶ手下A。

「で、出来た・・・・」

 今まで練習はしてきたものの、実践では初めてだったので上手く行くかどうか不安だったが、何とかなったようだ。だが感慨にふけるのもつかの間、残りの二人が飛び掛ってくる。棒で牽制しながら距離をとるが、さすがに二人相手はきつい。一人が離れても、すぐにもう一人が距離を詰めてくる。残りの盗賊も手下Aがやられたので頭が冷えたのか、慎重に、冷静に獲物を追い詰めていく。そして

「きゃあっ」

 少女が背後からの不意打ちで吹き飛ばされる。いつの間にか回復した手下Aが、背後に回っていたようだ。気配に気付いた少女だったが、不意打ちを完全には防げなかった。

「やってくれるじゃねえか。だが、もう終わりだ」

 倒れた少女に向かってアニキが曲刀を振りかぶる。

「死ねやぁっ!」

 こんな安っぽいセリフが死ぬ前の最後の言葉か、と諦めて目を瞑った。だが、その刃が彼女に届くことは無かった。ギィンと鈍い音が辺りに響き、アニキの刃は弾かれた。少女とアニキの間に何者かがいきなり割り込んできたのだ。

「な」

 にものだと言葉を続けることが出来なかった。その間に何者かは盗賊たちの間をすり抜け、一瞬のうちに意識を刈り取ることに成功していた。ばたばたと崩れ落ちる盗賊たち。

 ゆっくり、恐る恐る開かれた少女の目が、その何者かを捉える。

 闇に溶け込むような濃紺の髪をした人物だった。背を向けているため容貌はわからない。その両手には二振りの小太刀。これで盗賊たちの武器をいなし、彼らを倒したのだろう。

 男は倒れた男たちの前でしゃがみ込み、懐を探り出した。引き抜かれた手には金の入った皮袋を持っていた。

「大して持ってないな」

 何者かが声を発する。若い男の声だった。男は皮袋の重みを確認しながら、盗賊たちの持ち物を更に物色していく。そばに落ちていた曲刀を取り上げ、後で鍛冶屋に売りつけようと呟く。男が少女のほうを振り向き近づいてきた。木々の間から微かに洩れる月明かりが二人の顔を映し出す。

 転倒した時についた泥が顔にまで跳ねていたが、少女の顔はそれでもなお美しく、月明かりに照らされていた。

 男は意外と幼さの残る顔で、皮肉げに口の端を吊り上げて少女を見下していた。

「よう」

 街で偶然友人に出会ったみたいに、気さくに男は話しかけてきた。

「迷子かな? お嬢ちゃん」

「はぁっ?」

 小バカにしたような男の物言いに少女は助けられたということも忘れて少年に噛みついた。

「迷子なわけないでしょーが。見りゃわかんでしょ。そいつらに追われてたのよ」

「それはそれは。俺が言うのもなんだが、…うん。お友達は良く選んだほうが良い」

 倒れている盗賊たちの人相を見てわざとらしく顔をしかめてみせる。

「選べるのならこんなやつらは真っ先に除外するっつうの」

「そうだよな。ま、あんたが追われてようが鬼ごっこしてようがどうでもいい。はい」

 と男は手を出した。立ちあがるのを手伝ってくれるというのだろうか。意外と紳士なんだなとその手を掴もうとすると、ひょいと避けられた。

「何故掴もうとするんだ?」

「あんたが私に手を差し伸べてきたからよ」

「差し出されたらからって取るものとは限らないだろ?」

「倒れた女を目の前にして助け起こそうとする以外、男が一体何をするってのよ」

 わからないかなあと男は笑う。

「つまりだ。俺も強盗とさして変わらない人種だって事だよ。この手は命を助けてやったんだから払うもん払え、ということを表している」

「なるほど、実にわかりやすい説明ね。勝手に人助けして恩押し付けて金を毟り取ろうとする愚か者に、与える賞与はバカヤロウの言葉くらいしか持ち合わせが無いわ」

「口が悪くて気の強いお嬢さんだなぁ。せめて感謝の言葉は無いのか?」

「それが報酬代わりになるならいくらでも。てかさ、お嬢さんて呼び方、止めてくんない? 何かバカにされてる気がするんですけど」

「そんなつもりは無いんだが、じゃあ、あんた一体なんて名前だよ」

「そういうときは自分から名乗るもんでしょ?」

「自分から振っといてそんなこと言うか?」

 とは言うものの、このままではらちが明きそうにないので

「ミメイだ」

 男・ミメイが折れた。

「ミメイ、女みたいな名前ね。職業は?」

「本業は旅人で交易商だ。世界中を旅して回り、珍しいものを仕入れて、大陸のそこかしこで売る。副業で遺跡の発掘、たまに傭兵まがいのこともやってる」

 一人で交易商というのは珍しかった。通常、キャラバン隊を率いた大勢で交易商は回るからだ。荷物を大量に仕入れる面でもそうだし、何より身の安全のために大隊を組む。今のように盗賊に襲われないとも限らないからだ。小さなところは戦いを生業とする傭兵を雇い、大きなところは戦い専門と商売専門の二部門を揃えている。ミメイのように一人での旅はかなり危険が付きまとうのだ。だが、傭兵まがいのこともやるというし、目の前で簡単に三人を倒した腕前から見てそういう心配は必要なさそうだ。腕も商才も鑑定眼も持ち合わせているのなら、一人のほうが動きやすいのかもしれない。

「んで、あんたは?」

「私はオウカ。この先のコチ村に住んでるただの農民よ」

「へえ、ただの農民がこんなところで何してる?」

 ミメイが追求してきた。何気ない質問なのかもしれないし、これからオウカがやろうとしていることに商人の鋭い勘が反応したのかもしれない。その本人であるオウカは、もしかしたら何か気付かれているかもしれないと危ぶみながら言葉を選んで早々にお引取り願おうとする。

「森に山菜を取りに来たら、思ったより奥地に入っちゃって、しかも時間が遅くなるわあんなのに絡まれるわで散々な目に会っておお! そこを助けてもらったんだったねありがとうございます感謝してますコイツが御礼の品です少ないですが受け取ってくださいそちらにもご予定がおありでしょう引き止めるのも野暮というもの名残惜しいですがここらで失礼しますねそれじゃ」

 とミメイに本当に取っていた山菜を投げつけるように渡し、立ち去ろうとする。

「待て」

 後ろからミメイの声。

「何か? 私早く帰らないと村のみんなに怒られてしまうのですけれど?」

「どうしていきなり丁寧な物腰になってんだ。いいから、まあ待てよ。俺の経験上、あんたのような挙動不審で言葉をまくし立てて話をさっさと打ち切ろうとするやつには何かあるんだ」

 ばれていた。ばれないというほうがおかしかった。

「お、おほほほほ、嫌だわミメイさん。私が何か隠し事をしてるとでも?」

「してるだろ。大体どこ行くつもりだ?」

「ですから、村に帰るだけですが」

「嘘つけ」

 ミメイは断言した。

「あんたの言うコチ村はこっち。あんたが向かおうとしてるのとはまるきり逆方向だ」

 オウカの背中につめたい汗が流れる。

「そっちにあるのは古い遺跡。コチ村の神様を祭っている祭壇だ。豊穣祭のときに取れた作物を奉納する習慣があるが、知らないわけないよな?」

 ミメイはコチ村の風習を知っていた。遺跡の発掘もするということは、どういった風習があり、何をどこに祭っていたかなどを調べておく必要があるのだろう。

「おほほ、そうでしたそうでした。私ってばうっかりさん。いやあ、実は生まれつき方向音痴でさ。村の中でも迷うことがあってオウカ困っちゃう・・・・」

 頭をかき、口と表情で懸命にバカのフリをするオウカ。内心ではどうやって切り抜けようか必死に頭を回転させていた。そんな彼女をあざ笑うかのようにゆっくりと後ろからミメイが近づいてくる。オウカの背に流れる汗の量が倍増した。

「そうだ思い出した。あんたのオウカと言う名前に聞き覚えがあったんだよ。たしか一年くらい前に、教会の領土として併合された、この辺り一帯を治めていたイクグイ国の姫の名前だ」

「あらあら、あんな美しい方と同じ名前で光栄ですわ」

「公式に王女として姿をお披露目する前に国はなくなったんで、その姿を知っている人間は当時の王国でも少ないんだが、こんな田舎の農民がなぜ美人と分かる?」

 イクグイ王家の人間は成人の儀を終えてから世間に姿を見せる。子どもの時に顔を知られたために誘拐未遂の事件があったためだ。以来十六歳の成人の儀式まで王家の子どもは世間に公開されなくなった。ちなみにオウカは現在十五歳になったばかりで当然儀式前。そのことをすっかり忘れていた。

「か、風の噂?」

「なぜ俺に訊く。それに、あんたが盗賊相手に使ってた技、身分の高い人間が習う護身術だろ? そんなもんをただの農民が知ってるわけない」

「い、いやあ、あれはただ、クワと同じ要領で振り回してただけよ? そんな良いもんじゃないわよ」

 どこまでも隠そうとするオウカ。これは決定的な証拠でも突きつけないと駄目だな、そう思ったミメイは切り出す。

「なら、あんたがさっき落としたものはどう説明つける。それ、魔神の心臓だろう?」

 ドキリと、オウカは一瞬心臓が跳ね上がった気がした。

「なぜ俺がわざわざあんたを助けたと思う?」

 確かにそのとおりだ。商人はわざわざ面倒なことをしない。とことんまで利益を追求するのが商人で、手間のかかりそうなことは極力避ける。それをするということは、それに見合うだけの価値があると踏んだ時だけだ。

「文献に載っていたとおりの形状だ。握りこぶし程度の大きさで三十六面体。色は表面が赤の半透明、中心部分が橙、中心部分が時折淡く明滅する非常に硬い鉱石。かつてイクグイ地方を荒らしまわった強力な魔神を倒した時、その胸から取れたものと伝承で語られるが本当かどうかは定かじゃない。魔神を倒し、この地を平定したのが初代イクグイ国王だった。以来、イクグイ国の王位継承者はその証として心臓を授与される」

 どこか間違ってるかと言いたげにミメイは話を振った。オウカはカゴを胸にかき抱くようにして、ミメイを警戒した目で見ていた。その様子をみたミメイは確信を得る。

「当たり、のようだな」

「だから? 私が元イクグイの姫で、私が持ってるものが心臓だとして、あんたは一体どうするの?」

「そりゃあ、そいつをあんたから奪って、どこぞの金持ちに売るとか、色々手はあるんだが」

 ミメイは少し考えるそぶりを見せた。どうやら今すぐ戦闘開始というわけではないようで少しホッとする。危険なことには変わりないが、盗賊より話がわかるので、交渉次第で何とかならないかと今のうちに考えておく。いざとなれば自分の体を差し出してでも心臓を守らなければならない。今夜の儀式にどうしても必要なものなのだ。

「でも、俺の勘が言うわけだ。そんな大切なものを持ち出してまで、お姫様は何をやらかす気なのか、一緒についていけば何かあるんじゃないかとね」

 ミメイの推理は的確に核心を突いていた。伊達に商人をしているわけではないらしい。が、逆にオウカにとっては交渉がしやすくなった。ようは何をしようとしていたか教えればいい。ミメイはそれを見届けるために儀式が終わるまで大人しくしているだろう。こちらは儀式さえ行えればそれで良い。

「わかったわ。教えてあげる。その代わり、全部が終わるまで大人しくしていて」

「急にどうした? もっと嫌がると思ったんだが」

「駄目と言ってもついてくるんでしょ? じゃあついてきなさい」


 オウカたちが行き着いたのは先ほどの話にあった遺跡だった。

「ここに何かあるのか? 確かに貴重な古代の遺産だが、もう調べつくされているはずだぞ?」

 研究者のようなことをミメイは言った。

「あんたもここを調べたことがあるの?」

「まあな。というか、さっきまでここにいた。近くに遺跡があったら、それが調べつくされたものであろうと見ていこうとなるのは商人や発掘屋の性分だ。もしかしたら何かあるかも、てな」

「商魂たくましいわね。でも、何も見つからなかったと。だから何も無いなんていったのね」

 ふふんとオウカが鼻で笑う。まるで自分だけはここの秘密を知っているとでもいうように。

「なんだよ」

「別にぃ? ま、良い子にしてたら教えてやるわよ」

 上機嫌でオウカは遺跡の階段を上っていく。

 遺跡とは言っても、神殿や太古の城のような大きな物ではなく、三十段くらいの階段がついた小さな丘のようなものだった。丘の頂上に奇妙な形のモニュメントがあり、コチ村の住民はここを祭壇と呼んでいる。

 二人が祭壇に到着した。彼女らの真上には煌々と満月が輝いている。夜だというのに妙に明るいとミメイは感じた。

「ここで何しようってんだ?」

 隣で何かごそごそしているオウカに訊ねる。彼女はさっきからこの調子で祭壇周りを調べている。時折「時間は・・・・」「角度は・・・・」「設置場所は・・・・」とぶつぶつ言って、こちらの疑問に答えるどころか、話を聞いているのかすら怪しい。返答を諦めたミメイはさっきまで調べていたモニュメントを改めて見上げる。

 それは巨大な『門』だった。その表面には幾何学的な紋様が細かくビッシリと掘り込まれているが、長い年月による砂埃が溝を埋めてしまい、近づかないことにはわからない。

その巨大な門を二回り大きな外枠がどっしりと大地に足を下ろし、しっかりと固定している。門の前には柄の長さが違う燭台が半円状に規則的に並んでおり、中央にあるのを除いて、ある角度で固定された銅鏡がつけられていた。中央の台は何かを設置するためなのか器型で、他の大よりも少しだけ大きく作られている。オウカはその台や銅鏡をいじっていた。一通り調べた後、空を見上げる。相変わらずそこには月が浮かんでいた。その月の位置を確認し、「よし」と頷く。何がよしなのかさっぱりわからない。そんなことはお構い無しに、オウカはカゴからこぶし大ほどの大きさのものを取り出した。真紅に輝く三十六面体。魔神の心臓だ。それを空いた中央の台座にセットする。

「いい加減何してるのか教えてくれよ」

 そうミメイが言うと、やっと反応が返ってきた。

「あんた、この遺跡を調べたって言ってたわね。じゃあ、この鏡がどこ向いてるかわかるわよね」

「ああ。特定の場所から光を当てると全ての銅鏡が中央の台座に向けて光を反射する仕組みになっているな。だが、肝心の台座に設置するものが失われていたんだが。・・・まさかそれが心臓なのか?」

「その通り。そして、今夜の満月が心臓のある台座と門の中心部を直線で結ぶ場所に来たときがその【特定の方向】なのよ。月の光は銅鏡に反射し、台座の心臓に注がれる」

「そんなことしてなんになるんだ?」

 するとオウカはカゴから一冊の本を取り出した。

「イクグイに古くから伝わる伝承を書き写した本よ。本物の伝承が書いてあるのは劣化が酷い古代文字で書かれた石版で、これはその写しの訳本。それでも百年くらい前になるわ。色々差し押さえられたけど、これと心臓だけは持ち出せたの」

 オウカが本をよこした。何度も読み込まれたのか、それとも古さゆえか、その両方か、本はあちこち痛み、ページも手垢やこすれでよれよれになっていた。本を開く。パラパラと勝手にページがめくれ、やがてとまった。最も読み込まれたページなのだろう、変な癖がついていた。ついでによだれのあとのようなものも。本は大事にしろと思いながら、そこに書かれた内容を読む。ページの項目は「国の興り」だった。間に何枚かの紙が挟まっている。本の紙よりも随分新しく、文字のほかに何かの図式が書かれている。おそらくこのページの内容をわかりやすくしたものだろう。先ほどオウカが確認していた項目と一致する。

「イクグイは魔神を倒した初代国王が起こした国だって言われてるけど、本当は、魔神を召喚した国王がこの地域を平定して起こした国なのよ」

「何だと?」

 歴史の裏に隠されたちょっとした出来事にふれ、遺跡発掘に携わるものとしての血が騒いだ。本文と訳、交互に目を通す。そこに書かれていたのはまさしく国が興る前後の話だ。

 イクグイ国が起こる前、この辺りは幾つもの民族が互いに領土を奪い合う争いの絶えない土地だった。いつ終わるとも知れない争いに人々が疲弊していく中、一人の旅人がふらりと現れた。彼こそが後の初代イクグイ国王と言われている。傷つき、争いに疲れた人々は藁にもすがる思いで旅人に頼った。願いを聞き入れた旅人は不思議な儀式を用いて異世界から魔神を召喚し、魔神の力でもってこの地を平定した。旅人は人々の要望によってこの地に留まり、王として君臨した。

 確かに自分たちの都合のいいように歴史を改ざんするのはどこの国でもあることだが、イクグイ国は少し変わっていた。倒したのが魔神から他の民族に代わっただけだ。その程度なら改ざんする必要がない。魔神の仕業として大勢の人間を虐殺した、とかならば話は別なのだが。

「そのページには、当時の旅人、初代イクグイ国王が魔神を召喚したときの記述があるの。彼が召喚に使ったのがこの心臓。彼は心臓を使って魔神を呼び出して使役せしめた」

 オウカが話している間に、月が特定の位置にきた。銅鏡はその明かりを反射して、心臓に光を集める。一枚から反射される光量は微々たるものだが、十数枚の銅鏡から反射され集まった光は心臓に反射されもう一つ月が生まれたような穏やかな光を周囲に振りまく。

「ん? ということは、あんたが今やってることって」

 そう訊くと、オウカは口を三日月形にゆがめて笑った。とても暗い笑みにミメイの背筋に悪寒が走る。

「もちろん、魔神を召喚する儀式よ。一年のうちで今日この日のこの時間でないと月と門と台座が結ばれないの」

 当然のことのようにオウカが言う。

「ちなみに訊くが、何でまた魔神を召喚しようなんて考えたんだ?」

「イクグイがでかい借金抱えて潰れたのは知ってるわね?」

「そりゃ、結構な事件だったからな」

「追い出されたあの日、教会付属の銀行の頭取が言ったのよ。教会がこの国を買い取った時の金を利子とあわせて支払えば返してやるって。そこで私は金を手っ取り早く稼ぐために、ギルドを作ろうと思ったのよ」

 ギルド。人、街、果ては国から依頼される様々な仕事を請け負い、成功の見返りに報酬を得る集団。特に需要と報酬があるのは、やはり〝戦闘〟関連の仕事だろう。物資の運搬でも遺跡の発掘でも、この世界は常に危険と隣りあわせだ。街から街への移動でも先ほどの盗賊や危険な獣に備えなければならない。そこで活躍するのが実力のあるギルドだ。民間人の護衛、未知の遺跡の事前調査、果ては戦争中の国に雇われて戦うことすらある。自分の命を賭け金にするハイリスクハイリターンな職業だ。

「魔神の力は山を砕き、海を割ると言う。そんな力があれば、どんな危険な仕事も問題ないし、あらゆるところから引っ張りだこじゃない?」

 オウカはうっとりとした目で輝く心臓を見つめている。その光の中に自分のこれから歩む輝かしい未来が映し出されているとでもいうのだろうか。オウカの皮算用に水をさすようにミメイが訊いた。

「しかしだ、本当に魔神を召喚できるとしてだ。あんた、操れるのか?」

「え?」

 召喚できれば全て上手く行くと思っていたオウカは目を丸くする。

「この本をざっと読んでみると、初代イクグイ国王は奇跡を行使する魔術師でもあったって書かれてるぞ? つまりそれだけの実力があったから、魔神を使役できたと考えるべきじゃないのか?」

「え、いや、だって、心臓があればいいって・・・・」

 言葉がどんどん尻すぼみになっていくオウカに、ミメイは追求を続ける。

「それもだ。心臓をどう使えば魔神がどう動くとか、そういうの全然記述されて無いぞ?」

 パラパラと本を捲っていくが、他のページにもそれらしい記述はまったく無い。これを書いた人物はイクグイ国王の輝かしい栄光の日々や魔神の凄まじい力の結果は記述しているが、どうやって操っていたかまでは書いていないようだ。確かに、術を用いるための方法や儀式は素人が見ても説明できるものではないし、他人に簡単に知られないためにもイクグイ王が筆者に伝えたとは考え難い。魔神召喚の儀式が描かれていたことですら珍しいのだから。

「まあ、そんなわけだ。今からでも遅くないから、儀式は中止したらどうだ?」

 ミメイが親切心で言うと、オウカは首を横に振った。

「いや、儀式は続ける」

「おいおい、今操る方法が無いって言ったじゃないか。制御不能な力ほどろくなもんはないぞ? 暴走した魔神が買い戻そうとしてる国自体を消滅させてしまうかもしれない。へたすりゃ俺たちが魔神の最初の餌食になるんだぞ?」

「構うもんか。私たちに優しくなかったやつらもろとも滅んでしまえ」

「なんつう事を言い出すんだこの野郎」

「ふふふ、金にがめつい教会の連中や周辺国家の馬鹿どもの泣き叫び逃げ惑う姿が目に浮かぶようね」

 最悪だこの姫君、とミメイは顔をしかめた。

「ちなみに私はそんなやつらの慌てっぷりを見るために最後まで生き延びなきゃならないんで、魔神が現れたらあんたを囮にして逃げますんでそこんとこよろしく」

「魔神がどっち狙うかなんてわかんねえだろ」

 そういうとオウカは勝ち誇ったように笑う。

「その本をきちんと読むが良いわ。魔神は武器を持ってる、つまり敵対意思のある人間から襲うのよ。防衛本能ってやつかもね。自ら一般人を襲ったって記述は無いの」

 記述では、確かに敵には容赦なくその力を振るったとあるが、一般人や降伏した敵を襲ったという記録は無い。たしかに自分は武器を所持していて、オウカはそれらしきものを持っていない。これがあいつの落ち着いている理由か。だが、ミメイもまた切り返す。

「暴走した魔神がそんなこと気にかけるか? 目に入る全てを敵と見るんじゃないか?」

 しばしの沈黙が生まれ、オウカは事態の深刻さ、主に自分がこうむる被害予想に気付いてあわてて心臓を回収しようとする。が

「熱っ!」

 思わず悲鳴をあげ、触れかけた手を引っ込めた。心臓は異様なまでの熱を帯び、とてもじゃないが素手で触れることなどできない。

「何でたかが月の光でこんなに熱くなってんのよ!」

「愚痴はいいからそこをどいてろ!」

 ミメイがポケットから厚手の手袋を取り出す。鍛冶師が持っているような耐熱性の高い手袋だ。額に汗を浮かべながら心臓を掴み、力任せに引っ張る。

「ぐ、ぬぅおっ」

 だが心臓はどれほど力を込めて引っ張ろうが押そうがまったく取れる気配が無い。台座に根でも張ったかのようだ。

「ちょっと! 何してんの! さっさと心臓を回収しなさいよ!」

「言ってくれるなぁ! 見てわかんねえのか外れねぇんだよ! 文句あるなら手伝え!」

 ミメイはポケットからもう一双の手袋を取り出してオウカに投げてよこした。素早くはめてミメイの隣でミメイの手越しに心臓を掴んで引っ張る。タイミングを合わせ、何度も引っ張るが固定されて全く動かない。熱い中の作業で二人の額に汗の珠が浮かびぽたぽたと滴る。一滴、二滴と彼女らから滴った汗が心臓に当たったとたん

《遺伝子情報確認、シキ・イクグイの血縁者と判明。プログラムの解凍を開始します》

 唐突に心臓から声が響いた。驚いて手を離す二人。

《システム起動。『玄関口』オープン。当エリアとの接続開始、座標コード自動設定中》「何だ何だこれ!」「私にわかるわけないでしょ!」「何でわかんないことをやろうとしたんだよ!」《エリア座標固定、空間接続開始》「人生は挑戦の連続なのよ!」「勝算も無いのに挑戦すんな!」「うっさいわね! 文句ばっか言ってないで男なら何とかしなさいよ!」《開錠》

 その声と同時に、心臓が台座からゆっくりと飛び出した。そのまま上昇して、門前で停止、その集めた光を門に向かって放射した。光は門に飲み込まれ、積もり積もった土ぼこりを一気に弾き飛ばし、門本来の紋様と色合いを取り戻す。掘り込まれた幾何学模様に光が巡る。まるで命を吹き込まれ、血液が脈動するかのように、光は模様の隅々まで明滅しながら全体へと行き渡る。

「心臓が、門が・・・・まさか!」

 オウカが放り出された本に駆け寄り、急いでページを捲っていく。何かに気付いたかその手が止まり、オウカは本を持ち上げてページを透かし始めた。

「おい、何やってんだ!」

「しまった・・・・そういうことだったの」

 オウカが唸るように呟く。

「これ、透かしが入ってる。まだ読んでない部分があったのよ。うかつだったわ」

「うかつにもほどがある!」

「文句は百年前の作者に言ってよ!」

 駆け寄ってきたミメイもページの透かしを確認する。先ほどの月明かりでは確認できなかった文字が、心臓と門から溢れる光によって浮き上がっていた。

「事実を変更して歴史を伝えたのは、力を欲した誰かが自分たちの子孫を脅かす危険性を下げるためだった、と伝えられているわ。それでも仮にばれてしまった場合に備えて、イクグイ王は心臓に仕掛けをしてあったのよ。自分の血筋以外の人間が魔神の力を求め、悪用しないように。私たちが読んだところは確かに魔神召喚の儀式だけど、そこの手順だけじゃ駄目なの。それだけじゃ心臓は高温を放ち、周囲を巻き込んで爆発、消滅する仕組みになってた。わざわざ注意書きしてくれちゃって、注意ならもっとわかりやすくしなさいよね」

「ぶつくさ言ってる場合じゃねえだろうが。じゃあ、あれは爆発するのか?」

 それならここから早く逃げなければならないのだが、その問いにオウカは「いいえ」と答えた。

「その逆よ。成功しちゃったの。門に光が打ち込まれたのがその証拠。あれは開錠のしるし」

「何で成功したんだよ!」

「知らないわよ! 成功しちゃったもんは仕方ないじゃない! ともかく契約は完了、術式は成功ってこと? どうして? 何が原因だったの?」

「そんなことより、見ろ。心臓の様子が変だ」

見れば、心臓はそれ自体が空中で回転しながら面を組み替え、時に離れ時に結合し別のものへと変化していく。最終的に心臓は三つのパーツに分かれた。一面が九個の正方形に区切られた立方体と、それを包むように縦と横に二つのリングが形成された。立方体は時折カシャカシャと音を立てて小さな正方形が入れ替わっている。重なって見えないがあの正方形一つ一つが小さな立方体の一面のようだ。合計二十七個の立方体が一つの立方体を形成している計算だ。

 コンコンと何かを叩く音がした。心臓に気を取られていた二人は驚いて音源のほうを向く。その音は門からだった。それも彼女たちから見て向こう側からだ。門の反対側は何も無い空間のはず。驚くオウカと警戒しながら腰の武器に手をやるミメイ。

「失礼しまーす」

 なんとも間延びした、気の抜けた声が門の向こうから響いた。そして、キィと軋み音を立てて門が開く。門前の二人の緊張がピークに達した。

 門の向こう側から現れたのは、緊張に身を硬くする二人からすれば奇妙な身なりの男だった。右手に黒い大きなカバンを持ち、肩からもカバンをかけていた。男が門から歩み出てくる。門は男が潜り抜けると勝手に閉まった。同時に、門が放っていた光が消えた。

「本日面接を申し込ませていただいた、カグラと申しま・・・・す?」

 現れたカグラと名乗る男は、周囲を見渡し、自分を注視する二人と目が合った。

「ええと、ここは市川株式会社さん、の面接会場じゃ、ない、ですよね?」

 男が友好的な声をかける。自分を見る二対の目は友好的には見えなかったからだ。歓迎されてないようなので努めて明るい声を出したのだが、目の前の二人は警戒を解く気配が無い。怯えた子猫よりも警戒を解くのが難しそうだと出てきた男は思った。

「あんた、誰?」

 オウカが恐る恐る男に声をかけた。声をかけられた男は嬉しそうに話し出す。

「はい、私はカグラヨウヘイと申します。カグラは神様に楽しい、ヨウヘイは太平洋の平と洋、です。私からも質問して、いいですか?」

「何?」

「ここは、どこなんでしょう? ていうか、ビルの中にこんな場所があるなんて思わなかったんです。すいませんが面接会場までの道を案内していただけませんかね?」

 カグラとしてはしごくまっとうなことを聞いたつもりだが、聞いた二人は首を傾げるばかりだ。何言っちゃってんのこいつ、見たいな目でカグラを見ている。とてもいたたまれない。

「え、だってここ、OSNビル内でしょ?」

「あんたが何言ってるのかよくわからないが、ここは大陸の東の果て、旧イクグイ国領内の森にある遺跡だ」

 焦りながら問いただしてくるカグラにミメイが説明する。今度はカグラが何言ってんのという顔になった。

「いやいや、そっちこそ何言ってるんですか。ビルの中に森があるわけないじゃないですか。あ、そういう施設なの? テナントなの? コンクリートジャングルの中に本物のジャングルで森林浴? いやあ、すみません。僕は客じゃないんで。ご迷惑おかけしました失礼します」

 そういってカグラは帰ろうと門に手をかけ、押したり引いたりする。が、門はピクリとも動かない。

「ちょ、ちょっと、これ鍵かかってんの? 開かないんですけど!」

 カグラの行動をぽかんと眺めるオウカとミメイ。ようやく警戒を解いたところで今度は三つに分かれた心臓に異変が起きる。カグラの出現ですっかり存在を忘れていたのを咎めるように、甲高い金属音を立てながら高速で回転し始めた。これにはカグラも思わず振り向く。

「何! 今度は何! どうしてこうも次から次に!」

 今回の全ての原因であることを棚にあげてオウカが叫んだ。

「そりゃ因果応報ってやつだろ?」

 尤もなことをミメイがため息混じりに言う。

「どうでもいいけど僕を面接に行かせてくれませんかねえ!?」

 時計を見ながらカグラが叫んだ。後五分で約束の時間だった。こんな目に遭ってもまだ面接のほうを心配しているところを見ると、彼も中々いい度胸をしているのかもしれない。もしくは目の前の非現実的な出来事から逃避しているだけなのか。何にせよ三人は口々に勝手なことを言っていた。そんな三人に向かって、突如心臓の三つのパーツが分かれて飛ぶ。二つの輪はオウカの左腕とミメイの右腕に嵌り、一気に収縮。立方体はカグラに反応することすら許さずその胸の中央部分に突き刺さった。衝撃でカグラは吹っ飛び門に叩きつけられ、彼は気絶してしまう。

「何これ、取れない」

 オウカは力任せに外そうとしているが、腕輪はオウカの手首に合わせたように輪が収縮し、手首から先を切り取らないと外れないだろう。隣ではギィンと嫌な音が響く。

「これは、無理だな。逆に刃が欠ける」

 自分の小太刀を眺めミメイが言った。さっきの音は刃と腕輪がぶつかった音だ。腕輪を外すのを諦めたミメイは倒れたカグラに近づく。腕輪を気にしながらオウカも近づいてきた。

「死んでるの?」

「いや、気を失ってるだけだ。で、コイツが伝説の魔神か? とてもそうは見えないが」

「そうね、普通の、いや普通よりも能力が低そうな人間ね」

 ミメイが仰向けに倒れたカグラの胸元、立方体が突き刺さった辺りを指差す。

「見ろ。まったく血が出てない。コイツの変な服は破れてるのに」

「それより心臓は! コイツにぶつかったあの箱は?」

 オウカがカグラの体をまさぐる。

「おいおい、年頃のお嬢さんが男の体をまさぐるのはどうかと思うぞ?」

 指摘されて、自分のやっている行為が傍から見るとちょっと怪しいことに気付き顔を赤らめる。だが、背に腹は代えられず、貴重な心臓は一時の恥より優先される。

「うっさいわね。緊急事態よ。・・・・・あれ、ない。ない!」

 そう言って次は辺りを探し出す。しかし心臓は見つからない。

「ん? こいつは、・・・・おい。見てみろ」

 倒れた男を観察していたミメイが、はだけたまま夜風に晒される男の体に妙な点を見つけた。はいつくばって心臓を捜すオウカを呼び寄せる。

「何よこの大変な時に」

「その大変な問題が解消されるかも知れんぞ? こいつの胸の辺り、うっすらとだが赤く光ってないか?」

 確かに言われたとおり、破れた服の隙間から見えるカグラの胸は、呼吸に合わせるようにうっすらと明滅を繰り返している。目を凝らしてよく見れば、門に刻まれていたものと同じような紋様が入っており、その線が光っているのだ。

「心臓、これじゃないか?」

「え?」

 ミメイが驚くようなことを言った。

「だってそうだろう? 俺たちのは腕に巻きついて離れない。じゃあ、コイツの場合はぶつかった時に体の中にでも入って取り込まれちゃったんじゃないか? 紋章もあるし」

「・・・・・それじゃあ、最後の一つはコイツの心臓にでもなっちゃったって事?」

「そう、っぽいな。心臓の行方は一応目で追っていた。こいつにぶつかったのがどっか別のところへ飛んでいったようには見えなかったからな。その辺に無くて爆発消滅したんでなけりゃ」

「ふうん、そう」

 オウカが随分平坦な声で頷いた。

「ちょっと悪いんだけどさ、あんたの持ってるその剣、貸してくれない?」

「いいけど、なんに使うつもりだ? ・・・・まさかコイツの腹を掻っ捌くとか言わないよな?」

 しばらくの沈黙。そして

「・・・・・・てへ」

 オウカが可愛く言った。

「てへ、じゃねえよ。悪魔かお前は本気で言ってんのか!」

「だってしょうがないじゃない! 私とあんたの腕輪は取れない。残る心臓はコイツの腹の中じゃん! 反対するならあんたの手首切り落としてそれ返してよ!」

「ふざけんな! 勝手に儀式して失敗してこんなもん押し付けて手首切り取って返せだあ? 何様のつもりだ!」

「お姫様よ!」

「元、だろうが! いまはただの小娘じゃねえか! いや、姫だろうがなんだろうがそんな勝手気まま許されると思ってんのか!」

「はあ? 盗賊の身ぐるみ剥ぐがめつい泥棒風情が私に説教? あんたこそ何様よ!」

 カグラを挟んで二人は言い合いを始めた。そんな時、突然甲高い音楽が流れ始めた。驚いた二人はケンカをやめる。

「な、何? もう、これどこから?」

 もう不測の事態はお腹一杯なオウカがうんざりしたように言った。

「コイツからだ。コイツの腹から音が鳴ってるんだ」

 ミメイがカグラを指差す。しばし様子を見ていると、倒れていたカグラがうめき声をあげながら意識を取り戻した。自分の懐を探り出し、服から手のひらくらいの大きさの物体を取り出した。その一挙手一投足にミメイとオウカは警戒心を露わにして動向を見守る。

「ん、なんだよ。メールか?」

 そんな二人を尻目にカグラはゆっくりと体を起こした。「痛つつ」とぶつかった時の痛みに耐えながら取り出した物体に触れる。物体はパカッと開き、同時にさっきまでけたたましくなっていた音楽はさっぱり途絶えた。

「? 何だこれ。チェーンメールか?」

 カグラが手元の物体を見ながら呟く。

「ちょっとあんた、それ何よ」

 オウカがカグラに向かって訊ねた。座ったままのカグラはオウカのほうを見上げ、一瞬視線を迷わせ、ついでにミメイとも視線が合い、オウカ、ミメイと交互に顔を何度か見比べて残念そうに首を振った。

「目が覚めたら夢は消えるものじゃないのかな?」

「残念ながら現実だ」

 ミメイが冷たく言い放つ。警戒はまだ解いていないのか、手は腰の小太刀の柄に置いている。警戒され、下手を打てば命をとられかねない状況にあっても、カグラの態度は変わらない。命を狙われているどころか、警戒されているということもわかっていないようだ。

「そうかい。まあ体中が無駄に痛いから諦めてはいたんだけどね。未だに信じられないな。ここは本当にOSNビルじゃないのか」

 周囲を見渡しながらカグラはため息をついた。

「ちょっと、私の質問に答えない気?」

「質問?」

「それよ。あんたの持ってるそれ何? 音がそこからしてたんだけど」

 オウカが自分のほうを指差しているのでその先を追う。

「これのこと? これはケータイだよ」

「携帯してるのはわかってるわよ」

 会話がかみ合ってないな、と感じたカグラは言い方を変えた。

「ええと、うん。ごめん、言い方が悪かった。これは携帯電話だ」

「「携帯デンワ?」」

 オウカとミメイがステレオで訊ねた。カグラは右手の人差し指でこめかみをかきながら、自分の思考をまとめるように目を伏せた。

「ええと、改めて聞くけど、ここはどこ? あとちなみに今日は何年何月何曜日?」

「場所と日付か? ここは大陸の東の端、旧イクグイ国領内コチ村付近の森の中、今は共通新歴213年、五の月の第二週、三日目だ」

 応えたのはミメイだった。それを訊いてカグラは「なんじゃそら」と頭を抱えた。

「どこだよイクグイって。なんなんだよ共通新暦って。聞いたことねえよ」

「ここは、東の端の小さな国だった場所。で、共通新暦ってのは教会が出来た時にできた共通の暦のことよ。暦も知らないってどんだけ田舎もんなのよ」

「そういうこと言ってんじゃないんだよお嬢さん。僕は別にそういうことで悩んでるんじゃないの」

「じゃあどういうことよ」

 そう訊くと、カグラは苛立たしげに頭をかきながら、

「夢の中でも僕の妄想の中でもないってんなら、ここは僕の住んでた世界じゃないって事。信じがたいけどさ」

 それを訊いてオウカとミメイは押し黙った。

「別に頭がおかしくなったってことじゃないぞ」

 二人におかしくなったと思われていると感じたカグラは先に弁明した。正直自分だって混乱の極みなのだ。それを頭の片隅に押しやって、現状理解を優先した。普段の自分にはない冷静さと順応性だった。褒められても良いくらいなのに、それを聞いた二人の反応は実に薄かった。

「そんなことはわかってる」

 ミメイが言った。

「わかってるって、どういうことだよ。僕が違う世界から来たってのを理解してるってことか? 本人よりも?」

「そうだ。何しろあんたをここに呼び出したのはそこにいる女だからな」

「はあっ?」

 思わず叫び、ミメイが指差すほうを見る。指を指されたオウカは迷惑そうに顔をしかめた。

「何よ」

「何よ、じゃないよ。あんたが僕をこんなところに呼び出したのか?」

「不本意ながら」

「不本意なのかよ! ・・・・まあいいさ。不本意ならさっさと返してくれ。僕は今からもう一社面接に行く予定なんだ。早急にもとの場所に帰してくれ」

「無理」

「無理?! 即答かよ! 何でだよ!」

「だってあんた、魔神の心臓持ったままじゃない。それを返してもらわないとこっちも困るのよ」

「魔神の、心臓? 何だそれ。そんなもの持ってた覚えはないぞ」

 一応カバンの中を確認してみる。履歴書や会社の資料、ノートパソコンなどの私物ばかりだ。キャリーバッグには着替えとお茶、携帯ゲーム機くらいしかない。目の前の少女が言う魔神の心臓がどういったものかわからないが、少なくとも自分の持ち物以外の物は入っていないと断言できた。

「そうじゃないんだ。お前、あの時のことを覚えてないか? そこにある門をこじ開けようとした時だ」

 ミメイに言われて、カグラはゆっくりと思い出す。門を開こうと悪戦苦闘してたとき、耳障りな音が聞こえた。音のほうを振り返ると空中に二個のリングとルービックキューブみたいな箱があって、箱の方が高速で回転しながら自分に向かって飛んできたのだ。たしかこう、腹というか胸の辺りに当たった気がする。そう思いながらカグラは手でその辺りを撫でた。

動きが止まった。手触りがシャツのそれではない。どう考えても皮膚だ。ゆっくりと自分の体を見下ろす。シャツに手のひらサイズの穴が開いていた。締めていたネクタイは途中で千切れている。

「ホワイ? って僕の一張羅がボロボロに! どうしてこんなことに・・・・」

 お洒落さんは肌に近づくものほど高級にという教えに従って、自分で買える範囲で結構上等のシャツを奮発したのに! カグラの脳内で無常にも飛んでいく一万三千九百八十円。

「その穴が開いてるあたりにさっき箱が当たったのは憶えているか?」

「まあ、何となく。じゃあ、コイツはそれのせい?」

「それだけじゃない。その箱はあんたの体の中に入っちまった」

 ミメイのその言葉を理解するのに数秒かかった。見た目には傷口が無く、縫合の痕もない。あれだけ大きなものが入ったとはにわかには信じがたい。

「入った・・・・? 異物混入?」

「人ん家の家宝を異物呼ばわりとはいい度胸してんじゃない」

 オウカが威圧するように座り込んだままのカグラを見下ろす。

「そういう問題じゃないだろ? あんなものが体の中に入ったら大変だろうが。へたすりゃ死んじゃうんだぞ」

「その割には元気そうじゃない。こちらとしては死んでくれてたほうが中のものを取り出しやすかったのに」

 そう言って手刀でスパッと切る動作。青ざめるカグラ。

「腹を裂く気だったの? ・・・・・本気で?」

 救いを求めるようにミメイのほうを見ると、ミメイは力強く頷き

「本気だ」

「そんなことを力強く肯定して欲しくねえんですけど。何だここは鬼の住処なの?」

「がたがたうっさいわね。だいたい自分ばっかり質問して私の質問に答えないってどういう了見よ」

「何だよ質問質問ってさっきから。僕のスリーサイズでも聞きたいのか?」

「すりーさいずってなによ。私が聞きたいのはそれよ。あんたの持ってる携帯デンワ、だっけ? それのこと」

 そう言われて、手元の携帯に目を向けるカグラ。そういえば妙なメールが届いていたはずだ。ここが自分で言うのもなんだが異世界なら、メールどころか電波だって入らないはずなのに何故届いたのだろう? 自分の疑問も解消するため、オウカとミメイの前で操作しながらケータイの説明をする。

「こいつは簡単に言っちゃえば遠くの相手と連絡を取るための道具だ。同じものを持ってれば、離れていても声で連絡が取り合える」

「遠くの相手と? 距離は?」

 ミメイがその機能に興味を示した。

「距離、は、詳しくはわからないけど、条件さえ揃えば大抵の場所と連絡が取れる、はず」

「じゃあ、さっき音がしていたのは何?」

「さっきのはメール、声だけじゃなくて、文章、手紙も送れるんだ。さっきの着信音はそれが届いたっていう報せ」

「相手から連絡がきたらそれを知らせる音がする、ということか」

 ミメイの結論にカグラは「そんなもんだ」と頷く。

「じゃあ、誰から連絡があったんだ?」

 当然の疑問もついてきた。

「あんたが異世界の住人出ってんなら、こっちではあんたと同じものを持ってるやつなんかいないだろ?」

「そうなん、だけどな。さて、コイツはどういうことだろうな」

 カグラがケータイを見ながら顔をしかめた。

「何よ。一体何が書かれてるっての?」

「インストール完了、だってさ」

「いんすとーる? 何のこと?」

「改めて聞かれるとどう説明したら良いのかな。ま、簡単に言っちゃえば新しい機能を使うための道具が手に入ったよ、ってこと、かな」

「さっぱりわからん。そのインストールが完了したというのが一体どうだというんだ」

 ミメイの問いに、カグラはあー、うーんと言いにくそうにしながらも口を開く。

「君らが言っている魔神の心臓の件。それが本当だってんなら、ちょっとお互いに都合の悪い話になるけど、怒らないでね?」

「その前置きの時点でマズい事態だと言ってるようなもんよね?」

「そうであっても、話を聞かないと始まらないだろ」


「結論から言うと、君らが言う魔神の心臓は僕の体に取り込まれている。それはもう完璧に取り込まれていて、物理的な方法で取り出すのは困難なんで腹掻っ捌いて抜き取ろうなんて考えないでね? 頼むからその物騒な目つきはやめてください」

 ケータイを二人に見せながら牽制するようにカグラは言った。

「正式名称は『メビウス』っつって、とんでもない馬力を叩きだせるエンジンみたいなもの。で、君らの話から察するに、おそらく魔神ってのは巨大なロボットみたいなもんで、『メビウス』をエンジンにして動かしてたんだろ。稼動に必要な基本的なプログラムも内部に組み込まれているし、間違いないと思う」

 原理は良くわからないが、ケータイと自分の脳にそれらのマニュアルが送られていた。そのせいでパニックにならずにこうして現実と受け止めて話しているのだろう。なんとも親切な設定だ。そこまでやるならクーリングオフ機能もつけてりゃいいのに、生憎取り外し関連は記載がないみたい。責任者出て来いやと叫びたい。

「ろぼっと、って何? それが魔神の正体なの?」

「んー、なんつうのかな、鋼鉄で出来た無茶苦茶強い巨人、かな? 僕の持ってるイメージだけど」

「無茶苦茶強い? ちなみにあんたが知ってるロボットはどれくらい強いの? 山を砕く? 海を割る?」

「ゲームの話になってくるけど、それくらい朝飯前だね。その気になれば島一つだって消しちゃうね」

 その話にオウカは目を見開いた。自分の予想以上の力を魔神は持っている。これほどの力があれば。だが期待に胸を膨らませるオウカと違い、ミメイはいたって冷静だ。

「それは心臓がロボットってのにインストールされてないと意味が無いんだろう? 代わりにインストールしちまったあんたは何が出来るんだ?」

 そう言われるとカグラは肩をすくめ、

「何も」

「何も?」

 オウカが固まった。

「言っただろ。『メビウス』はただのエンジンで、組み込まれていたプログラムも基本的なものばかり。歩く、走る、掴む、投げる・・・・簡単に言っちまえば人の動作が出来るようになるプログラムだ。他の兵装プログラムも、そもそも道具もない。そりゃ巨大ロボットなら歩き回るだけでも圧倒的な力になるけど、元々それが出来る普通の人間の僕には意味が無い」

「何ですって!」

 オウカにいきなり胸倉を掴まれ強引に引きずり上げられる。

「あんたどういうことよ説明しなさいよ!」

「ど、どういうこともこういうことも簡単さ。普通の人間に巨大ロボットの真似事なんか出来るわけないだろ」

「ちょ、嘘でしょ! 嘘って言いなさいよ! ほら砕いてみなさいよ山とか岩とか! そこら中に一杯あるから!」

「僕に砕けるのは卵の殻くらいだっつの。そんなもん殴ったらこっちの手が砕けるっての」

「なら不思議で便利な力とかないの? 黄金を大量に製造するとかさ」

「ランプの魔神じゃないんだから。普通の人と同じなんだってば」

「そんな・・・・バカな・・・・・」

 とオウカはすぐやられる悪役のようなセリフを吐いてフラフラとくずおれた。

「だからさ、さっさと僕を元の世界に返してくんないかな? そしたら元の世界に帰るってことで心臓が元に戻るかもしれないよ」

 あまりの消沈ぶりに今までの扱いも忘れて慰めの声をかける。

「おお、確かに。魔神は帰ったのに心臓が手元に残ってるってことはそういうことだろ?」

 とミメイが本を手にとってパラパラと捲る。魔神を送り返したときの記述がどこかを探して、見つける。

「ああ、あるじゃないか。魔神を送り返す記述が」

「うお、マジで? ほらほら、そんな落ち込むことないじゃん。ささ、ずばっと送り返してちょうだいな。それがお互いのためよ?」

 ミメイの報告に喜ぶカグラ。自らもその本の内容に目を通そうとするが、自分には読めない文字で記載されていた。まあそんな問題は隣にいるミメイとやらが解決するだろう。問題解決で浮かれモードのカグラに対し、しかしオウカは浮かないままだ。

「ちょっとどうしちゃったのさ、さっきの元気はよお? 打開策が見つかったってのに」

「・・・・・その本の記述、よーく読んでよ。それでも浮かれていられるなら褒めてあげるわ」

 言われてミメイの持つ本を覗き込み

「といわれても読めないんですけどここの文字。聞き取り会話は出来るんだけどそれもなんでかね? とりあえず、すまんが相棒。代わりに読んで」

「いつ俺があんたの相棒になったんだよ。・・・・・と、そういうことか」

 本を読み進めていたミメイが忌々しげに呟く。

「そう、魔神の送還には、今回の召喚の逆の手順が必要になるの。月と門と、今度は台座の前に魔神を一直線になるように配置する必要があるの」

「ははあ、なら僕がここに立ってれば門が開くって事? 簡単じゃん」

「いや、そいつは無理だ」

 パタンと音を立てて本を閉じたミメイがカグラに告げる。

「見ろよ。もう月が行き過ぎて、特定の位置からずれちまってる」

 言われて、カグラは空を見上げた。確かに月の傾きはさっきより進んでしまっていた。

「あ、なるほど。じゃあ明日。明日同じ時間にもう一度すれば良いじゃん。今日の面接は残念だけどさ、僕は他にも色々と申し込んでるし。まあ今日は不思議体験が出来たってことでよしとしよう」

「無理だ。明日の月は今日の月とは微妙に大きさも空に昇る角度も異なるからだ」

「何だって?」

「つまり、一年後の同じ時間にしかその位置に月が来ないって事よ」

 きょとんとして、次第に言葉の意味が頭に染み込んだのか、今度はカグラがふらつく番だった。

「お、おいおい、冗談きついよ。てことは、僕は最低一年間、こっちに居ないといけないってこと?」

「だからそう言ってんでしょうが! 今日この日に賭けてたのに出てきたのがこれ!?」

「これ?! 言うに事欠いてこれとはなんだよそっちが勝手に呼び出したくせに! 僕だって来たくなかったつうの! むしろ謝罪と慰謝料を要求したいね!」

「はあ? なんで私があんたなんかに謝らなきゃならないのよ! わけわかんない」

「いや、これは全面的にお前が悪いぞ?」

 ミメイが呆れたように言う。どう見ても被害者はカグラのほうだった。しかも自分にまで妙な腕輪がはめられている。人を囮にしようとするわ目的のために手段を選ばないわ、とんでもない元姫君だ。

「あんたまでそんなこと言うの?」

 同じ腕輪を填められた者同士、ちょっと仲間意識が芽生えていたオウカは少しショックを受けた。

「あんたまでって、多分事情を知った全員が全員そっちに非があるというぞ。俺たちは被害者だ」

「勝手についてきて被害者面すんな! いいわ。上等じゃない。それならどっちが悪いか第三者に判定してもらおうじゃない」


RPGが好きで、もし自分でシナリオを作れたら、などという妄想から生まれました。

楽しんでいただけたなら幸いです。

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