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ずっと一緒に。

「105……105……。あった!!」

「鍵ないかなー??」

何人かの若い女子達が、僕の部屋の前に立つのが見えた。

少し遠くから見ているから、会話はよく聞き取れないけれど……。

一人の女の子が、ポストを開けては、何かを探している様子が見えた。

隣に住む男性が部屋から出てきたのを見て、その女の子達はすぐに逃げていった。

僕はすぐさま部屋に戻り、部屋の中を確かめてみる。

部屋はいつもと変わらぬ様子で、平然としていた。

まぁ、鍵ないし、入れる訳ないけど。



あの子達は、僕に何か用でもあったのだろうか……??

そんな疑問を残しつつも、僕は彼女のおばあちゃん宅へと向う。

最近、ライブに行ったきり、彼女に会っていない。

メールは毎日してるんだけど、何故か会うことはできないらしい。

僕は彼女の様子が知りたくて、おばあちゃんに聞いてみることにした。

おばあちゃんは以前と変わらぬ様子で、温かく僕を迎い入れてくれた。

「よく来たねぇ」

そう言って微笑むおばあちゃんの表情は、どこか母親の姿を感じさせた。

おばあちゃんは、机の上に二つの湯飲み茶碗と、一つの菓子を用意する。

「何か……すみません」

「いいのよ」

おばあちゃんの話す調子は彼女によく似て穏やかで。

僕はそんなおばあちゃんに、深刻そうな顔付きで話し始めた。

「あの、最近のありささんはどうですか??」

「最近ねぇ……。何も顔すら見ていないからね」

「えっ、そうなんですか?でも薬は??」

僕は、お茶を啜りながら話を進める。

遠慮して、お菓子には一切手を付けなかった。

「薬は最近郵送でまとめて送られたよ。忙しいから届けに行けないって」

「そ、そうなんですか……」

おばあちゃんが、手を叩いては思い出したように言う。

「あっ、そうだ。少し前に訪ねて来た子がいるよ。ありさがここに来てないか確かめに来たらしい」

「え、その子は……??」

僕は、頭の中にある女の子の姿を思い浮かべた。

「ありさと同じ専門学校の子だよ。前にも何回か家に来たことがあるんだけど、名前は……」

「由希さん……ですか??」

「あぁ。そうそう。もう歳寄りで、名前も思い出せんでなぁ……」

やはり、予想していた通りの由希さんだ。

「あの、由希さんが来たのって、どれくらい前の話ですか??」

僕は、身を乗り出して言う。

「今日の2時過ぎだったかなぁ。ほんの少し前だよ」

僕は腕時計を確認する。

3時30分……。

もう1時間半も過ぎてるけど、まだいるかな?

「あ、ごちそう様でした!お邪魔しました!!」

おばあちゃんが、目尻にしわを寄せて笑った。

「あはは。はいはい」

僕は急いでおばあちゃんの家を出る。

おばあちゃんが付いてきては、僕を引き止める。

「アンタ、背中汚れてるよ」

優しいおばあちゃんの目。

背中をポンポンと叩くおばあちゃん。

懐かしい母親の面影。

「ありがとうございます。行ってきます!!」

そう言って僕は、もう一度家を出た。



宛もなく、おばあちゃんの家の周りをうろうろと歩く。

歩いているうちに、公園に辿り着いた僕は、公園のベンチで一人休む。

「ありささん……」

思わず、いつも隣に座っていたはずの彼女の名を呼んでしまう。

するとどこからか視線を感じ、僕はその視線の先を探す。

ブランコに一人、女の子が座っていた。

その女の子と目が合い、僕は思わず顔を伏せる。

あれ……この公園では見ない顔だな。

僕は、もう一度顔を上げる。

真っ黒で艶のある髪をした女の子。

今時な感じの短いスカートと、派手な色の上着に身を包んでいる。

この公園に来るのは、ここら辺の子供とか母親くらいだ。

彼女も、僕の方を見ている。

僕は、少しの勇気を出して彼女に近づく。

彼女がブランコから立ち上がると、僕等は向かい合わせになった。

「あの、失礼ですけど由希さんですか??」

「はい。ありさの……彼氏さん??」

やっぱり、由希さんだった。

話ではよく耳にしても、一度も顔を見たことがなかった彼女。

今までは想像でしかなかったが、こうして対面できる日が来るとは……。

「そうです。ありささんと同じ専門学校の友達ですよね?」

「はい。あー、やっぱりイチさんだ!!ありさから、しょっちゅう聞いてるよ」

「僕もです。由希さんは、想像通り可愛い人でした」

「何言ってんのー」

そう言って、彼女はもう一度ブランコに腰掛ける。

彼女は、隣のブランコを指示する。

僕は、それを「座れ」という合図だと読み取って、腰を駆ける。

「あの、ありささんの様子が気になるんですが……」

「私も」

彼女は、同じだねと言ったように笑った。

「由希さんもよく分からないんですか??いつも顔を合わせているのに」

「だってありさって私を親友として受け入れてはいるのに?あんまり過去のこととか話そうとしないんだもん」

「過去……ですか??」

僕は、話の展開が深刻になっていることに気づき、注意を払って彼女の話に耳を傾ける。

「そう。私、ありさのこと何でも知ってるつもりでいた。でも、思えばありさの過去は何にも知らないんだよなぁ」

「僕もです。ありささんから由希さん以外の友達の名前、聞いたことありません」

彼女は残念そうな顔をして、

「彼氏さんでも知らないかー」

「はい……。逆に言えば、由希さんの方がありささんと一緒にいる時間が長いと思いますけど」

「そうだね」と彼女は笑って、

「てかさ、下の名前何て言うの?」

そう言って、彼女は僕の方に体を向ける。

「えっ。公一ですけど……」

「公一さんね。ありさがイチさんの下の名前呼んだの聞いたことないからさ」

彼女が、ブランコを揺らしながら言う。

「ありささんも僕と同じで、奥手な人ですからね……」

「奥手ねぇ……。いいじゃん。初々しくて」

初々しくてって……何遠い話みたいに言ってるんだ。この人は。

「あ、コウちゃんとかどう??」

「えっ。僕のことですか??」

「当たり前じゃん。コウちゃん」

彼女はすぐに苦笑いを浮かべて、

「あ、ありさに怒られるかな……??」

彼女は、どうやらありささんとは全く違うタイプらしい。

積極的でしっかりした性格のようだ。

いつの間にか、タメ口になってるし……。

まぁ、2、3歳しか変わらないみたいだけど。

僕はこんな馴れ馴れしい女性と話したことはないから、少し対応に困ったりしたが。

「いや、ありささんはそんな少しのことで怒らないと思いますよ。彼女は優しい人ですから」

僕が微笑んで言うと、彼女は疑い深そうな顔付きで、

「そうかなー?分からないよ?ありさ、意外と嫉妬深そうだし」

「えっ、そうなんですか??」

彼女は、僕とありささんを冷やかすような視線を送った。

「うん!!コウちゃんだけにね」

彼女は無邪気にも、ウィンクをして見せた。

そこには、彼女の若さみたいなものが感じられた。

「あ、早速呼んでるんですね」

「え、ダメだった??」

「いえ……」

僕は、反応に困って、ただ苦笑いを浮かべる。

「私さ、すごい明るくてクラスの人気者?みたいな感じするでしょ」

彼女がぎこちない笑みを浮かべて言う。

「はい。します」

僕は頷く。

「私ね、実はそんなに明るくないし、友達も少ないの」

今度は、どこか遠くを眺めるようにして言った。

「えっ、そうなん……ですか??」

「うん。専門学校に行って変わったんだぁ」

高校デビューは聞いたことあるけど、専門学校デビューってのもあるのか。

「小学校の頃に、たった一人の親友がいてね、その子と中学で別々になって以来、話さない子になったの」

いきなりのカミングアウトに驚きつつも、僕は真剣に話を聞く。

「私、裏切られた経験があって、気づいたら簡単に人を受け入れられない性格になってたの」

彼女の表情は変わらず、ぎこちない笑みのままで。

「裏切り……ですか」

そう言って僕は、表情を曇らせる。

「ん?どうかした??」

「いいえ……」

僕は、思わず西田の姿を思い浮かべてしまった。

「過去のことは過去のこと。私は専門学校で変わってみせるって決めてたんだ!!だから、専門学校の友人を抜かしたら、地元の友達はゼロ。小学校時の親友は転校したしね」

「そうだったんですか……。大変な過去をお持ちなんですね」

僕は、それしか言うことができない自分に腹が立った。

僕にできることは、同情でしかない。

彼女は、自分を馬鹿にしたように笑って見せた。

「そうだよー。そんな風には見えないでしょ?」

「はい。とっても見えません」

彼女はどこか遠くを見つめ、

「人の過去は分からないものだよね。偉人に限って過去は悲惨だったりするんだから」

「だって」と彼女は続けた。

「自分の不幸を一生懸命訴える人もいれば、知られたくないと必死に嘘の顔を作って生きてる人もいるじゃん?」

僕は、この専門学生はなかなか深いことを言う子だな、と関心してみたりした。

「そうですね」

「うん。ありさもね、初めて会った時、私と同じ何かを感じたんだ。それで相思相愛っていうか、勇気出して声かけたら、すぐ仲良くなっちゃったよ」

相思相愛かぁ。

いい響きだな、と僕は思った。

僕とありささんも、相思相愛なのかな……?

僕は、少し緊張した面持ちで聞いた。

「ありささんにも……あるんでしょうか?深い過去が」

すると彼女は、深刻そうに眉を潜め、

「たぶんね。というか、ありさは今でも過去を見てると思う。時々、私以外のクラスメイトに冷めた目で接するんだ。雪みたいに冷たい目で……」

僕は、もう一度確かめるように聞いた。

「由希さん以外のクラスメイトに、ですか?」

「うん。ありさは、深く受け入れられる子以外には引いてるとこあるから。私とかコウちゃんとか、受け入れられる人には嫌われたくない一心で無理をするんだよ。だから、嫌なことや弱音は絶対吐かない」

僕は、彼女のことをよく知っているつもりだった自分が、情けなくなる。

「そうなんですか……!!僕……何も分かってあげられなくて」

俯く僕に、彼女は優しく声をかけてくれた。

「仕方ないよ。コウちゃんは本当に何も知らなかったんだから。私ね、一度だけありさの本音を聞いたことある」

僕は俯く顔を上げ、

「えっ、ありささんの本音ですか??」

「うん。ありさが言ってた。自分にとって、この世界の半分以上が敵で、ある特定の人だけが味方。それがたぶん、私とコウちゃん。そしてまた、ありさにとっては自分自身も敵なんだって」

「そんな……自分まで敵にしたら、ありささんは誰を信じればいいんですか??」

彼女が、僕の方をじっと見つめる。

その瞳は真剣そのもので……。

「だから、信じる居場所がないから、きっとありさは戸惑ってるんだよ。苦しんでるんだよ」

彼女の瞳が、何か訴えかけるように僕を見つめる。

「……」

僕は、何も言えずに口ごもる。

彼女は続ける。

「今までも、ありさの過去を知りたいと思って、遠まわしに聞いてみたりした。でも私、間違ってた……。人には言いたくないことの一つや二つくらいある訳だし。ありさ、私のこと嫌いになったんだと思う。最近、ありさが私にすら冷たい目を見せるようになったの……」

今にも泣きそうな声で彼女が言う。

僕は、必死に彼女を宥めようとする。

「大丈夫ですよ!!ありささんは、そんな簡単に由希さんのこと嫌ったりしないと思います!だってありささん、由希さんの話、楽しそうにしてましたから……」

僕はそう言って、由希さんの話をしていたありささんの姿を思い浮かべる。

何度疑っても、そこには美しい花しか咲いていない。

横目で見えた彼女の瞳から、流れ落ちる一粒の涙。

彼女はそれを手の甲で拭い、消え入りそうな声で話した。

「私、ありさが考えてることが何となく分かる……。ありさ、たぶん、とんでもないことしようとしてる」

いつも明るく振舞う彼女が見せた、少しの“弱さ”だった。

「え、とんでもないことって……??」

僕は、目を見開いて言う。

「分からない?自殺だよ!!ありさはたぶん、いじめられてたんだよ!!」

彼女は、身振り手振りで必死に伝えようとする。

「じ、自殺……!?いじめ!?」

僕は、あの穏やかで幸せが満開のような彼女からは想像できないその単語に、頭が混乱してしまう。

「来てっ」

突然、彼女に手を引かれた。

僕等は、そのまま公園を後にする。

「えっ、あの……っ??」

全く状況が掴めないで慌てている僕に対し、彼女は何かの熱意に燃えているようだった。

「携帯販売店に行くよ。ありさの携帯の履歴とか教えてもらうの!!」

「え、そんなの無理ですよ。他人のプライバシーは勝手に見れないって帰されますって」

「しつこく言ってやるし!!」と彼女が気を張るので、

僕は「そういうことじゃ……」と小声で言った。

彼女が足を止めて、こちらを振り返る。

「じゃあ、どうしたらいいって言うの??他にありさの携帯履歴を見る方法は??」

「僕、できますよ……。ありささんの、携帯履歴見ること」

彼女はあっさりとした様子で、

「えっ。どうやんの??」

「えっと……。とりあえず、ここではできないので僕の家に……」



彼女は、部屋一面を眺め回して言った。

「へ~、まぁまぁな部屋だね」

ありささんなら、そう思ったとしても、口には言わないだろう。

「そうですよね」

僕は、苦笑いを浮かべる。

「パソコンで携帯の履歴が見れるの??」

「はい。見れますよ。というか、本当にこんなことしていいんでしょうか……??」

僕は一瞬、小学生の頃を思い出した。

みんなが悪さをする中、いつも僕だけが「やめなよ」という雰囲気を醸し出していた。

もちろん、その願いが届くことはなかったが。

僕は幼い頃から真面目だと言われ、一般世間で言う「普通」には属していたものの、空気に合わせられないことが多々あったため、舐められていたのだ。

だけどそんな僕を、ありささんは「周りより一段と大人な考え方で、優しい人」と言ってくれた。

僕は、真面目でもいいんだと、少し誇らしさを持てた気がした。

そんな彼女と、これからも相互扶助していけたらいいなって。

だけど、彼女に深い過去があると知った僕は、未来の楽しい想像より、まずは彼女の秘密を知らなければならない。

そして、少年時代真面目で悪さを極端に嫌った僕が、今パソコンと向かい、不正アクセスをしようとしている。

「仕方ないじゃん!!ありさの命にかかってんだから」

そう言われると、目を背ける訳にはいかなくなる。

「は、はい……」

僕等は、パソコンを前にして、背もたれのある椅子に腰掛けた。

「コウちゃんって、意外と頭いいんだ~」

彼女は、頬に右手をついて言う。

「意外とって。別に良くはないですけど、パソコンは専門職に就いてますし、資格もありますから」

「へー。知的さんかぁー」

彼女が何だか面白そうに言う。

「あっ、開けましたよ!!」

二人して、パソコンの画面を食い入るように見る。

「履歴はメール、デコメサイト……中学校裏掲示板??」

“裏掲示板”という文字を異常に気にする僕等。

それもそのはず。

「裏掲示板ってあれじゃん!!その学校の生徒が作り上げた、要するにイジメ掲示板?」

「そうみたいですね……。まさか、ここにありささんの悪口が書かれてたり……??」

すごく嫌な予感がした。

その先を覗くのが怖かった。

そんな僕をよそに、彼女はマウスをクリックし、アクセスした。

「……っ!!」

僕等は一瞬、言葉を失った。

そして、何度もそこに書かれた文字達を見入っては、自分の目を疑った。

赤い文字での「死ね」の連打……。

ブス……キモイ……消えろ……。

彼女のどこがブスでキモいのか、全く僕には分からない。

そんなに彼女のことが嫌いで、彼等には彼女がそんな風に見えるのだろうか??

いや、彼女にそう思い込ませて、彼女をこの世から消し去るために……。

彼女が、この掲示板を毎日のように見ていると知って……。

隣にいた由希さんの微かな泣き声が聞こえる。

「うっ……。ひどいよ……。こんなの、ありさ辛いに決まってんじゃん。中学卒業した今でも、イジメは続いてるんだ……」

「由希さん……」

そのまま画面をスクロールしていくと、いくつかの写メが貼り付けてあった。

そこに映るのは、中学時代の彼女と、同級生達の姿。

彼女は、掃除用のバケツを頭に被り、水浸しになっている。

そのバケツを抑える男の手だけが、写真に映る。

同級生達は皆、顔がモザイクされていて、彼女だけがハッキリと写っている。

彼女の表情は、バケツに隠れて見えないまま。

僕は、バケツの中に涙を隠す彼女を想像した。

その他にも、彼女だけ席がなくて床に座っている写真や、修学旅行の集合写真。

修学旅行の写真は、みんなが仲良くくっつき合っている中に、彼女だけがポツンと外れて写っている。

俯く彼女は今と変わらぬ美人で、いかにも、「悲劇のヒロイン」のようだった。

そんなイジメの証拠写真がいくつも見つかったが、どれも生徒達の顔だけがモザイクされている。

たぶん、誰が中心的なリーダーか分からないようにしてるんだと思うけど……。

とにかく、学校の先生が定期的に裏サイトなどをチエックしていないことが分かった。

チェックしているならば、裏サイトはとっくに消されているはずだ。

突然、彼女が両手で画面を隠した。

「由希さん……??」

その彼女の行動に不審を感じた僕は、彼女の顔をまじまじと見つめる。

「……これは見ないほうがいい。コウちゃん」

「何でですか??僕もありささんの彼氏として見なくては……」

彼女が深刻そうな顔で首を振る。

「ダメ。コウちゃんだけは見ちゃダメ……」

僕はそこで察しがついて、

「僕のことが……何か書かれているんですね。大丈夫です。覚悟できてますよ」

「大丈夫……なの?」

彼女が不安そうに言う。

「はい。もうこうなったら怖いものなしです!!全部、受け入れるしかないですから!!」

僕は強さをアピールするかのように、眉を上げた。

「そう……だね。分かった。じゃあ、見せるよ?」

彼女がそっと画面から手を離す。

その瞬間、目に映ったのは僕のマンション。

“105号室”のドア。

そして、下には僕の苗字と名前がそのまま記されている。

【市村公一。ブスの彼氏。顔はブスによくお似合いの超地味顔。背もそんなに高くないし、性格も腰が低くてなんつーか、利用されそうな感じ?あ、俺は既に利用してるけど!】



「一体、誰がこんなこと……」

彼女が頭を悩ませる中、僕は、

「僕、思い当たる人が一人……」

「えっ。誰誰??」

彼女が僕に顔を向ける。

僕は、さっきからずっと頭の中にあった名前を吐き出す。

「西田って?誰??」

この間、僕の部屋の前で何か探し物をしていた女の子達の姿が頭に浮かんだ。

もしかしたら、僕が見るもっと前まで、105号室の写真を撮っていたのだろうか?

でも、僕の説明文を書いたのは西田しか考えられない。

西田があの子達に僕のマンションの写真を撮ってこいと命令したのだろうか。

あの子達がポストを開けて探していたのは鍵……。

僕は、少しの身震いをした。

自分より歳下の少年少女達は……恐ろしいことを考えているものだ。

ここまでして、彼女を追い詰めたいのか??

僕は、手の平に怒りの文字を込めて握り締めていた。

さらに、掲示板のスレを読み進めていくと、最新のコメントが何件か来ていた。

【市村って人の電話番号とメアド書きます!!電話番号0410-……メールアドレスkouichi.ichimura@……】

由希さんと二人で顔を見合わせる。

「これって……」

すると、タイミングよく携帯の着信が鳴る。

恐る恐る携帯を手に取り開くと、見知らぬ電話番号が……。

僕は通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。

彼女も僕の近くに寄っては、耳を澄ませる。

「……もしもし??」

「……」

ピーピーピー

通話相手の少しの息遣いが聞こえ、その後すぐに電話は切れた。

彼女は立ち上がり言った。

「シャットダウンして。助けに行くよ」

「えっ、どこに??」

僕が呆然としていると、

「決まってるじゃん。ありさの家に行くんだよ」

僕は、言われた通りに彼女の後を着いていく。

僕は、彼女を助手席に乗せると、彼女の言われた通りに車を走らせた。

しばらくして、彼女が言った。

「止めて。そこ、ありさの家」

僕が予想していたのは、マンションやアパートなどの貸切の家だったが、その家は違った。

立派な一軒家で、こんな大きな家に彼女一人だけが住んでいるとは思えない。

もしそうだとしたら、いろいろと心細いだろう。

「本当にここ……ですか?ありささんの家は」

僕は疑うように言う。

「そうだよ。前はアパート暮らしだったけどね。ここは、亡くなった従姉妹の祖父母の家。空家になってたから貸してもらってるんだって」

「アパートからここに住むようになった理由って……?アパート料がかからなくて済むからですかね?」

「それもあると思うけど、本人は大家さんとか隣の人が嫌だからって。でも本当の理由は違うと思う」

「本当の理由?」

僕は、「本当の理由」という言葉にひっかかる。

由希さんはその答えを言わず、僕の手を引いては彼女の家のインターホンを鳴らす。

「ありさー!!いるー??」

彼女が何度か名前を呼ぶが、ありささんの返事は帰ってこないままで。

僕も、一緒になって名前を呼ぶ。

彼女は、ドアノブをガチャガチャと回す。

「くっ……開かない」

僕はドアノブから手を離し、自分の手を見つめた。

その手は赤みを帯びていた。

「うーん……」

僕達は、為すすべがなくそこで息詰まる。

僕は窓からチラッと人影が見えた気がして、その窓にゆっくり近づいて行く。

途端、カーテンが締められ、中の様子が確認できなくなった。

「ありささん、やはり中にいるようですね」

彼女は凝視しながら言う。

「そうだね。でも、どうやって中に入るか……」

その時、警察が家の近くに車を止めては、僕等に近づいて来る。

あぁ、面倒なことになりそうだ……。

僕が溜息をつくのをよそに、警察は僕等の目の前で足を止める。

「東警察署の者ですが、貴方方はこの家の前で何をされているんですか??」

僕は、こんな風に警察と面と向かい合ったことは、今までになかった。

だから、警察の迫力とオーラに圧倒されていた。

「えっと、僕等はこの家に住む女の子の友達で、彼女に用があって訪ねたんですけど、中にいるのに返事がなくて……」

僕が緊張した面持ちで言うと、

「コウちゃんは友達じゃなーい。彼氏でしょっ」

「あ、そういう情報はどうでもいいです」

僕は彼女のおふざけに、真面目にツッコミを入れる。

「どうでもよくない!!警察さんも真面目に見えて、実はそういう恋愛事情?は知りたいものなんだよ」

ゴホン

警察等が咳払いをする。

僕等はその咳払いによって、本題に引き戻される。

「あ、ヤバイ。怒らせちゃった感じ??」

隣で由希さんが小声で言う。

「余計なことは話しちゃダメですよ。僕が警察に話しますから」

彼女は、つまらないと言ったように頷いた。

僕は、警察に向かって言った。

「それで、彼女を家から出して欲しいんですけど……」

「我々警察は、そういった手助けはしない。彼女が出てこないようなら、諦めて帰りなさい。そうしないと、他の警察にも同じように聞き出されますよ?」

「私達が不審者だとでも!?そんなんじゃないし!!ありさが死んだらどうすんの?警察のせいだからね!!」

由希さんが「ね?」と共感を求めるように僕の方を向く。

「ちょっと……由希さん!!」

警察が怪訝な目つきで尋ねる。

「死ぬ……とは??」

「えっ、いや、由希さん!!何、冗談言ってるんですか??」

僕は、嘘の笑いを浮かべた。

構わず、由希さんは続ける。

「ありさ、自殺しようとしてるんだよ!!助けてよ!!」

「自殺?」

警察は、眉を潜めて言う。

僕は、また嘘の笑いを浮かべて誤魔化そうとしたが、隣の彼女は真剣そのものだった。

その真剣さに圧倒されたのか、警察は家のドアノブをガチャガチャと回し、「ちょっと待ってくださいね」と言った。

警察は携帯で誰かと連絡を取り合っている。

しばらく話を聞いているうちに、電話の相手が鍵を扱う会社だと分かった。

「あと、30分程で来れるそうです」

警察は、電話を切って言う。

携帯を閉じ、ポケットにしまう。

「30分じゃ遅いよ!!その間にありさが……!!」

由希さんは必死だった。

「しかし、救急車を呼ぶ訳でもないですから、最低でも20分はかかりますよ」

「じゃあ、その20分短縮しろーっ!!」

「そう言われましても……向こうにも事情がありますからね」

呆れたように言う警察に、彼女がムッと頬を膨らませる。

「もう、ドア壊しちゃっていいよ!!警察ならできるでしょ??」

「いや、それは人の家を無許可で侵害するという、人権に当たる行為ですから」

冷静に対応する警察。

由希さんは、朗らかに苛立っていた。

「人権?ありさが自殺してもいいっていうわけ?ありさが自殺したら、それこそ私等の責任。自殺を見過ごすことなんてできないよ……」

「由希さん……」

僕は、思わず彼女の名前を呼ぶ。

「自殺は、個人の問題であります。いじめた人が悪いのは最も、私たちがいじめを助けずに彼女を殺したとは言いません。殺人は事件ですが、イジメはイジメ。別物なのです」

警察は、相変わらず引きを見せない。

「は!?何言ってんの??アンタら、それでも警察??イジメは心を殺すんだから、殺人と同じだよ!!それに、私たちには、余力がある。余力があるのに死を見過ごすのは、私達もいじめてる人と同じ分類なんじゃないの??」

由希さんは、必死の説得を試みる。

警察の方は、何の同情も見せようとしない。

まるで、ずっしりと重い、石像のように。

「親が余力があるのに子供に手を尽くさないのは、「殺した」と言います。それに、子供が病気なのに病院に連れて行かないとか、そういうのは皆、児童虐待に入りますから。でも、貴方達はこの家の主のただの友達です。親類ではありません」

彼女が大きく両手を広げて言った。

「ただの……!?ただのじゃないよ!!私はありさの親友だよ!!ありさのこと愛してるんだから!!もー頭くるっ」

「由希さん……。辞めましょうよ」

僕は、彼女をなだめるように言う。

「何言ってんの??コウちゃんもありさのこと愛してるでしょ??彼氏でしょ??」

僕は、彼女の耳元で小声で言った。

「そりゃあ、愛してますけど、こうやって警察と言い合ってるうちは、僕等もあの心無い警察と一緒になっちゃいますよ?ありささんのためを思うなら、警察の指示に従うしかないんです」

彼女は「分かったよ」と渋々と承諾し、

「てか、まだ鍵来ないの??」

彼女は、意外とあっさり認めてくれた。

もっと頑固だと思っていたが、本当は素直な子だなと思った。

「うーん……そうみたいですね」

僕は、窓にかかったカーテンが微かに動くのを見て、窓に近づいた。

「コウちゃん?どうしたの??」

「いや、このカーテンが動いたような気がして……」

僕は、カーテンを指して言う。

「まだ中にいるのかなぁ??」

「いや、ありささんじゃないような気がするんです。中にいるのは……」

僕は、確信のない自分の発言に、自信なさげに言う。

「えっ。だって、ありさはこの家に一人暮らしなんだよ??」

「で、ですよね」

僕は薄ら笑って、気のせいだと自分に言い聞かせた。

すると、家のドアが開いたと思うと、中から出てきたのはありささんではなく……ありささんのおばあちゃんだった。

「あら、何だか声がすると思ったら」

「え、え……おばあちゃん!?ありさは??」

由希さんはとても驚いていた。

僕は、一瞬思った勘が当たったなぁと納得していたりで。

「私、お節介でありさの家を掃除しに来たのよ。ありさは少し前に買い出しに出かけたわよ。スーパーに」

おばあちゃんが言う。

「スーパーね。行くよ!!」

由希さんは、僕の手を引いて再び歩き出す。

「え、でも鍵の件は??」

見ると、家のすぐ前に鍵の関係会社であろう車が止まっていて、中から二人の男性が出てきた。

「それは、警察に任せとけばいいんだよ!!行くよ!!」

「は、はい」

僕は彼女を車に乗せ、再び車を走らせる。

今度は、車で5分もかからない所にあるスーパーに辿り着く。



「いませんねー。ありささん」

僕は、辺りをキョロキョロと見渡しながら言う。

「ちゃんと隈なく探した??ありさ、天然ちゃんだから、あんまり人が行かないコーナーの隅に隠れてたりするかもよ?」

「隠れてるって……変人じゃないですか、それ」

彼女は浅い溜息をついて、

「何でもいいじゃん!!探すよ!!」

「入れ違いになったんだと思います。ありささんはスーパーを出たばかりで……」

彼女は少し考える素振りを見せた後、

「じゃあ車なら追いつけるね!!行くよ!!」

「はい!」

彼女は、とても行動派な人間だ。

僕等は車に乗り、元来た道目指して走り出す。

しばらくして、目に付いた森の前で車を止める。

「何やってんの??時間ないんだから早く!!」

彼女は運転を再開させるよう、催促する。

「いや、何となくあの森が気になって……」

僕は、視界に映る森を指差す。

「え??変なの。霊感??早く行くよー」

彼女がクスクスと笑う。

「は、はい」

僕は、あの森を二度見した。



再び家に着いた車。

僕等はその車から降りると、焦るようにインターホンを鳴らす。

ガチャッ

「ありさかい?ありさはまだ戻っとらんよ」

おばあちゃんは、玄関から顔を覗かせるなり言った。

「え、そうなんですか??」

おばあちゃんの言葉を聞いて、一気に不安が押し寄せる。

「おかしくない??ありさは、私たちより先にスーパーを出たはず……」

僕等はお互い、顔を見合わせる。

何度、この車を走らせたのだろう。

スーパーに着いても、やはり彼女の姿はなくて。

僕は彼女がスーパーにいないと諦める中、彼女は必死にスーパーをぐるぐると回る。

「ちょっと。何休んでるの??コウちゃんもちゃんと探してよっ」

「休んでいませんよ。考えてるんです……」

「何を??考える前に行動でしょ!!」

彼女は、全く理解できないと言ったように、僕を凝視した。

「残念ながら、僕はその反対のタイプなので。僕が思うに、ありささんは、いくら探しても、スーパーにいないと思うんです」

僕は、彼女の言葉を遮るように言う。

「え、じゃあどこにいるって言うの?」

「うーん。あの、来た通りの途中にあった森が気になるんですよねー」

彼女が少し呆れたように言った。

「森??何を根拠に、森が言えるわけ??」

「根拠は特にないですけど……何となく、そう感じるんです」

僕も自分で言っておいて、何だか変な気分だった。

「あー、愛のテレパシーって感じ?」

彼女が嫌味っぽく僕を見るので、

「なんですかっ」

僕も、やけになったように言う。

「じゃあ森に行ってみよう」

彼女が本当に信じてるのか、ただ図に乗っただけなのか……

僕には分からなかった。

「え、信じてくれるんですか??愛のテレパシー」

「それを確かめるためにも、行ってみよう!!」

「わ、分かりました!!」



そして、森の中へと足を踏み入れていく。

いくらか歩いた先で、人の声が聴こえてきた。

「い、今、誰かの声が聴こえたよね?」

彼女が少しびくついたように、小声で言う。

「そうみたいですね。この先に誰かいますよ。きっと」

僕は、この森にありささんがいると、いくらかの希望を抱いた。

「でも、ありさかなぁー??男の声も聴こえたし。男達で、野宿でもしてるんじゃないの??」

「野宿……ですか」

僕が苦笑いを浮かべていると、

「あっ」と、振り返って彼女が言う。

「コウちゃんさ、王子様の衣装なんか着て迎えに行ったら?お姫様を」

ニヤニヤと、からかうような表情を見せる彼女に、

「それ、本気で言ってますか?そんな恥ずかしいこと、できるわけないじゃないですか」

僕が呆れたように言うと、

「えー。女の子は、いつでもロマンチックで大胆なのを歓迎するよ?」

「……」

僕は、何も答えず歩みを進める。

目の前の草達を、手で避けながら必死に進む。

いつも平らなコンクリートの上を歩く僕等には、歩きにくい曲がった地面。

「痛っ。もー、何なの!」

見ると、隣の彼女が草や木々で擦れた太ももを、痛そうに手で撫でていた。

「だ、大丈夫ですか??」

彼女はすぐに笑顔を取り戻し、

「うん。これくらい平気だから。早く行こ」

「でも……あ、僕の上着着ます??そんな肌の露出が多い服では、この先危険ですよ?」

僕は上着を脱いで彼女に手渡す。

「いいってー!!てか、こういうのは彼女にやるものなの。そうやっていろんな女の子に優しくしちゃダメなんだよ?」

僕は、由希さんが無理をしているように見えたので、少しの切なさを覚えた。

「いや、だって……由希さんが怪我したら困りますから」

「優しさはありさにだけで十分っ!!早く行くよ!!」

「は、はい……」

そう言って進む彼女の横顔は、とても勇敢で頼もしく見えた。

いや、こう見えても、昔はおとなしい子だったのか。

今の彼女からは、想像もできないことだが……。

何事にも動じない彼女。

こんなに強い彼女を作り上げたのは、きっと彼女の辛い過去で……。

彼女は僕の考えを読み取ったのか、言った。

「私ね、過去のことはできるだけ考えたくないけど、でも……今なら言える。過去の全てにありがとうって」

僕が彼女の横顔をただじっと見つめていると、彼女は付け足すように言った。

「テレパシー♪」

僕等は、しばらく無言だった。

無我夢中で、足を止めることなく、ひたすら歩いた。

段々近くなる声に、僕等は人の存在を感じ取っていた。

緊張も高まってくる。

そして、僕等は足をピタリと止めた。

僕等は目を疑うように、彼等をじっと見た。

椅子に縛り付けられた彼女。

それを囲う数人の男女達。

彼女の手には、ナイフが握られていて……。

彼女は、そのナイフを自ら、喉先に突きつけようとした。

「何してるんですか!!」

僕は、大声で叫ぶ。

「んっ……イチさ……」

彼女は、布で塞がれた口から、一生懸命僕の名前を呼ぶ。

彼等が僕の方を振り返る。

僕は、人だかりを掻き分けて、彼女の元へと走る。

そして、彼女の手からナイフを奪い取ると、それを地面に叩きつけた。

「ありささん、こんなことは辞めてください」

彼女は何も言わず、ただ顔を俯かせるばかり。

「何してんの??アンタら、頭おかしいんじゃない??」

由希さんが冷静ながらも、怒りのこもった声で言った。

「アンタ、誰?」

僕は、その声が西田だと分かって、ショックを受けた。

あんなにも、信じようと努力したのに……。

全てが無駄だったのかな。

「私のことなんて、どうでもいいでしょ」

由希さんが言う。

西田は頷き、笑った。

「あ、アイツって、ブスの彼氏の確か……市村だっけ?」

一人が、噂話するように言った。

僕は、彼女の体を縛っている縄を取る。

彼女は、僕の手を頼りに立ち上がる。

「西田っ!!」

西田がこちらにやって来る。

「何だよ?」

僕は、今までにないくらい怖い目で西田を睨みつけてやった。

そして、今までにないくらい大きな声で叫んだ。

「ふざけんなっ!!今の西田は人として最低なんだよ!!」

西田は、僕の前から一歩下がった。

僕は、さらに西田に接近する。

西田は動揺を隠すように、フッと鼻で笑う。

「市村はさー、本当、馬鹿だよな。俺に利用される理由が自分でも分かるだろ?」

僕は、ありったけの声を振り絞り、言った。

「馬鹿でも何でもいいよ!!僕は、西田に、いじめたみんなに謝ってもらうために来たんだ。僕のことはいくらでも言えばいい」

「そう簡単に、俺が謝ると思うか?」

西田の言葉に、続けて皆が笑う。

「西田……ありささんに謝れ!!今すぐ土下座して謝れ!!」

西田が僕を熱い視線で見つめる。

それは、自分の心を見透かされないよう、必死に強さを見せつけているような気がした。

僕は、負けじと西田を見返す。

「謝らないと後悔するからな」

「そう。人をいじめた重みは一生付き纏う。どうせなら、謝って、少しは重みを軽減させたら?後になって謝ったって、気づいた時にはもう遅いんだから……」

僕の後を追うように、由希さんが言う。

西田が少し動揺気味で言った。

「うるさい!!黙れ!!イジメは警察に捕まるわけでもないし?何が悪いのって感じ」

「悪いに決まってるでしょ。アンタ、頭おかしいんじゃないの?イジメで自殺してる人がいる現状を、何とも思わないわけ?」

由希さんが言う。

「別に……」

西田は、興味なさ気に言った。

僕は、人の心を動かすことの大変を、身に持って感じた。

「僕等は皆、完璧な人間じゃないし、失敗だってする。けど、このままでいいのかよ?物事、少しくらい失敗してもやり直しができるけど、イジメは違うだろ」

「は?」

数人の傍観者達が、もう一度聞き返すように言った。

「やり直しができないから、そのまま続けてんだろうが」

僕は頷くようにした後、

「確かに、同じ時は戻って来ないし、イジメをしたという事実は消えることがない」

「だけど」と僕は続けた。

「謝って、反省して、もう同じ悲劇は繰り返さないって誓うんだ。それは、必ず意味をもたらすから」

僕は、土の上に両手をつき、首を下げた。

「もう一度考え直して欲しい。心を入れ替えて、やり直してほしい。みんな、謝って。ありささんに。お願い……お願いだから」

傍観者達は大声で笑う。

「考えたことないのか??イジメられてるありささんの気持ち。お前らが同じことされたらどうする?お前らは……自分のした過ちに気づくべきだ」

気づいたら、僕以外の誰一人、声を発していなかった。

微かに感じる風。

微かに聞こえる鳥のさえずり。

「イジメなんて……この世界に必要ないのに。誰も求めてないのに……何でイジメなんか……この世界から無くなればいいのに。そしたら誰も皆、平和に暮らすことができるのに」

僕は、念仏のように言った。

僕は、彼等を睨むことを辞めなかった。

早く気づいて欲しい。

早く改まって欲しい。

そんな想いが、強く胸を支配する。

「イジメは警察事にならないけど、言われた側は一生、心に深い傷を負う。取締がない限り、人は、人を傷つけ続けるんだろうなぁ」

彼等はまた、笑い声を上げる。

「んなことで、いちいち警察呼ばれたら困るし!」

傍観者の一人が言う。

「そうそう。警察も、そんなことで動く気ないから。時間の無駄っていうの?」

続けて、もう一人が言う。

「でも」

僕は、微かに口角を和らげる。

「イジメられた分、ありささんは強くなれるよ。ありささんは素晴らしい人生を送れるよ」

「は?」

彼等は、顔をしかめる。

「イジメられたやつに、明るい未来なんてやって来ないんだよ」

それは、「当たり前」と言ったような言い方だった。

「イジメを経験し、乗り越えた人は、心が強いんだ。ありささんは、どんな困難も乗り越えて行ける。これからも、きっと。そして、誰よりも人に優しくできる」

由希さんが、僕の言葉に大きく頷いた。

「ありさは、自分の痛みの分だけ、優しさや微笑みを、周りの人に分け与えてるんだろうなぁ」

「は?うちら、何もそいつから貰ってないし?むしろ、迷惑してるんだけど」

傍観者の一人が、一歩、前に出る。

それは、僕等への対抗を表していた。

「気づいてないだけじゃない?私は、ありさからいろんなものを貰って、感謝の気持ちで一杯だよ」

それから、由希さんは微笑んで、

「ありさが傍にいるだけでね、幸せな気持ちになるんだ。ありさは何か、人を幸せにするパワーみたいなのを兼ね備えてる気がする」

「僕も。思います」

「不思議だね」と由希さんが笑った。

「特に、頑張って幸せにしようとしてる訳じゃないのに。ごく自然に」

僕は、彼等を虚ろな目で見つめる。

西田は、さっきから一言も言葉を発しないでいた。

最後まで、それを貫き通すつもりだろうか?

「帰れよ」

傍観者の一人が、僕等に向かって言った。

「言いたいことは、それだけ?」

僕は、真っ直ぐに相手を見て、

「帰らない」と言った。

「何が何でも、この意地は貫き通すよ。ありささんに謝るまで、僕は帰らない」

「私も!!」

由希さんが言う。

力強い声で。

「ごめんな……さい……」

その女の子の瞳から溢れる、ひと雫の涙。

僕は、その涙が、その一言が、嬉しくて嬉しくて……。

「ありがとう」

僕は、先程までの険しい表情を緩め、穏やかな微笑みを浮かべた。

その女の子はありささんの前に立つなり、頭を下げた。

続けて数人の男女が、ありささんの前に歩み寄り、頭を下げる。

「みんなのその一歩の勇気は、すごくありささんの心に響いたよ。その少しの勇気は、みんなにも、ありささんにも、とっても大きなものを与えることになると思う」

中には、早々と森から逃げて行った者もいた。

由希さんが、逃げ出した彼等を遠目で見ながら言った。

「あーぁ。絶対後悔するだろうなぁ。あいつら……」

だけど、数人の“ごめんね”の声が嬉しくて……。

いつの間にか、僕の目から零れ落ちるいくつかの涙。

手で拭っても拭っても、その涙は止めどなく溢れる。

ありささんも、ただ涙を零すばかりだった。

手で拭うこともせず、ただ必死に謝る彼等を、彼女はじっと見つめていた……。

僕は、彼女に後ろから抱きついては、その彼女の涙を手の甲で拭って見せた。

「イチ……さん」

「ありささん、辛い思いをしましたね。もう……大丈夫だから」

「はいはい。いい所にお邪魔してごめんなさーい」

由希さんが、僕等に向けて言う。

「わっ」

ありささんが小さな驚きを漏らす。

由希さんは、ありささんの方を向いて、

「ありさ、イチさんじゃなくて、コウちゃん♪そろそろ下の名前で呼ばないとねー!」

「コウ……さん?」

ありささんは、僕を見上げるようにして言う。

その頬は、微かに赤く色づいていた。

「はい」

僕は微笑んで、

「ありささん、大好きです。これからはありささんに嫌な思い絶対させない。僕が……守り抜いてみせるから」

僕は凛々しい表情で、固く決心を示した。

それから、彼女の柔らかな頬に、そっとキスをする。

それは、初めてのキスだった。

喜びや悲しみや……いろんな気持ちが複雑に入り交じったキスだった。

今度は、静かなキスをしようね。

とっておきの場所で。

二人きりの場所で……。

そう、心の中で約束した。

「コウさん?」

彼女が、やっと笑顔を見せてくれた。

彼女の、涙混じりの笑顔。

その笑顔は、嘘じゃない。

本物の、今の彼女の心そのものを映す笑顔。

僕は、その満面の笑みを見せる彼女を、強く抱きしめる。

彼女はただ、僕の身に体を任せ、心地良さそうに目を閉じた。

僕は、彼女の瞼にそっとキスをした。

「俺は……本当は、ありさのことが好きなだけだったんだよ!!」

西田がそう言い残して姿を消して行った。

僕等が追いかける間も与えず、西田の姿はすぐに見えなくなった。

「えっ!」

ありささんが驚きの声を上げる。

それもそのはず。

ありささんのことをイジメていた西田が、ありささんのことを好き……!?

後ろで突っ立っていた傍観の内の、一人が言う。

「西田の前の名前は加藤智明。……ありさ、覚えある??」

ありささんはしばらく考え込む様な顔をして、またしばらくして顔を上げては、大きく目を見開く。

「うん!!小学校の頃仲良かった子!え、本当に“加藤智明君”が西田さん??」

驚き、焦る彼女に、その女の子は冷静な調子で言った。

「そうだよ。小学校の頃からありさのことが好きだったって。だけど、小学4年生の時だったかな?親の都合で転校したんだよね。それで、また帰ってきた時には、苗字も家も変わってた。中学が偶然、ありさと同じになったとはね」

「で、でも!!西田さん、顔も身長も、全然小学校の頃の面影なくて分からなかったの!声変わりもしてたし。ところでその情報、どうやって知ったの?小学校違うでしょ??」

ありささんは、聞きたいことが山ほどあるようで、焦りながら話した。

「うん。私ね……、智明のこと好きだったんだ」

「えっ。七華ちゃんが?」

ありささんが呟いたのは、彼女の名前だ。

ありささんは、驚いたように彼女を見つめた。

彼女は続けた。

「中学の初めから好きで、智明にアタックしまくってた。でも、智昭は全然相手にしてくれなくて……ある日、智明を含む数人でお泊り会した時、智昭が好きな人を教えてくれた。それが……ありさだったの」

ありささんは、分かり易い同様を見せる。

「え……嘘でしょ?だって西田さんは、私のことイジメてた!!」

「うん。それがね、自分はこんなに想っているのに、ありさがいろんな男の人と話しているの見てる内に、好きから憎しみに変わったって……」

彼女はキョトンとした顔で、

「え、私男の人と話してた覚えないよ??」

「確かにありさは、特別仲のいい男友達とかはいなかったかもしれない。だけど先生とか、道ですれ違った人とか、ありさは可愛いから誰にでも声かけられてた」

彼女の言い方は、ありささんを追い詰めているようだった。

「それは……でも、先生は用があるから話しかけただけだし、道ですれ違った人はティッシュ配りの人とか、店の誘導ばっかだよ?」

ありささんは戸惑いを見せていた。

自分でも、追い詰められていると分かったような感じだった。

「でもさ、ありさは他の子よりいい目で見られているのは確かだよ。先生も朗らかにひいきしてたし、ティッシュ配りの人、2、3枚もオマケしてたじゃん」

ありささんが、悲しそうな目をして相手を見つめる。

「……ごめんね」

七華さんは一瞬、驚いて、その後、溜息を着いた。

「そういうところが嫌なの。可愛いくせにめっちゃいい子で、純粋で……私とは、全然違うから」

それから彼女は、訴えかけるように言った。

「私は、何度智明にアタックしてもダメだったんだよ?」

ありささんは、その言葉に同様を見せる。

七華さんは続ける。

「それなのに智昭は……ありさに一途でさ。でも、智昭がありさのこと憎いって言った時、一緒にイジメようってなって、心底嬉しい気持ちだったよ」

ありささんは何も言えず、ただ、長いまつ毛で瞳を伏せていた。

僕は、後ろから二人の会話を見守っていたが、近くに歩み寄り、言った。

「それは間違ってます。嫉妬するのは仕方ないです。僕だって、自分は誰よりもダメなんだって、悲観的になることはよくあります。でも、それを憎しみに変えてしまったら、あなたも同じように誰かに憎まれているとしたら、どう思いますか?」

彼女は、鋭い目つきで睨むように言った。

「アンタに何が分かるって言うの」

だけど、僕はそれに引くことなく、自分の思いは譲らなかった。

「生意気言ってすみません。でも、憎悪感は殺人まで起こすし、とても悲しいものです。あなたも、そんな感情を誰かに抱かれていたら嫌でしょう。元は、憧れだったんじゃないですか?その憎しみは……」

「憧れ……」

七華さんが、その言葉に引っ掛かるものがあったのか、リピートした。

少しの間が空いた後、

「この憎しみを、憧れに変えることなんてできるの?」

「できますよ。だって、元は憧れから始まったんですよね?」

彼女ははっとするように、ありささんを見返した。

隣でずっと黙って聞いていたありささんが、涙混じりの声を発す。

「私は七華ちゃんのこと、積極的で、一途で素敵だと思ってた。そういう所、七華ちゃんに憧れを持ってたよ」

「ありさ……」

その後に、「ごめんね」と小さな声で言う。

ありささんは頷いて、笑顔を向ける。

何度も何度も、七華さんは小さな声で「ごめんね」と続ける。

「七華ちゃん、私もごめんね。私が、七華ちゃんの片思いに気づいてあげられたら……私が、西田さんが加藤智明君だって気づいてあげられてたら……」

七華さんは、「ううん」と首を振って、

「ありさは、本当にいい子。そんなありさが、羨ましいよ」

七華さんは、半笑いで、続けて言う。

「私しつこいし、可愛気ないし、智明に嫌われてるから」

ありささんは涙ながらに微笑んで、

「大丈夫だよ。きっと、一途で素直な七華ちゃんだからこそ、掴める恋もあるんだよ!」と言った。

「……ありさ」

「……?」

七華さんは、ありささんの手を握る。

「私、絶対ありさみたいに可愛くなって、智明のこと振り向かせてみせるから!」

それは、「憎しみ」が「憧れ」に変わる瞬間だった。

ありささんは、握る手に力を込めた。

そして、何も言わずに笑顔を見せた。

その笑顔だけで、十分伝わるものがあったからだ。

その笑顔は、僕がいつしか見た、とびきりの彼女の笑顔だった。

もう一度、見せてくれてありがとう。

僕、これからもがんばれそうです。

何があっても、今の僕なら乗り越えて行ける気がします。

ありささん……。

そして、絶対にありささんのことを守ろう。



僕、ありささん、由希さんの三人は、あの騒ぎの後、すぐにありささんの中学校へ迎い、学校長に裏サイトの現状を見せた。

ありささん以外にも、「学校裏サイト」でのイジメに悩む生徒はたくさんいた。

僕もありささんも、もう、あのような悲劇はここでストップさせたいと、心から強く願っていた。

だから、証拠のデータ等を全部マイクロSDカードと呼ばれるものに移し、それを持って中学校に乗り込んだ。

本当は、自分の力で裏サイトに侵入し、プログラムを書き換えて、裏サイトの削除ができたのだが……。

やはり、中学校の先生達には、自分の中学校で起きている問題に向き合ってもらうべきだ。

校長は、最初から僕等と話そうとする気さえないように感じた。

僕は、どうしてこんなやる気に欠けた校長がいるのかと、呆れては少し腹が立っていた。

由希さんが校長を前にして言った。

「証拠があんのにまだ認めない気?こうなったら、教育委員会だな」

それにはさすがに動揺して、校長は、ようやく今までの疎かな安全対策を認めることとなった。

校長は、少し嫌味の混じった謝罪をした。

僕等はあまり納得がいかなかったが、必ず裏サイトの内容をチェックし、サイト自体消すよう頼むと誓っていたので、それを信じることにした。

由希さんが、手を頭の後ろに組みながら言った。

「しかし、ムカつくなー。あの校長!それから、教師も教師だね。校長の顔色ばっか伺って、生徒のことは何も考えてないんだから」

「そうだね」とありささんが頷いた。

僕は、今現在社会で起こる、“様々な現実”を考えたりした。

イジメ、引きこもり、自殺、殺害、体罰、虐待……。

先が遠くなりすぎて、考えるだけで目の前のことを忘れそうになってしまう。

皆、人は自分のことしか考えていないと言うが、果たして本当にそうだろうか?

この世界には、悪い人ばかりでないはずだから……。

だから、この世界が何とか成り立っている。

僕は、その人たちに感謝したいし、また、自分もその中の一員でありたいと思った。

先程の僕等の行動が、どれ程良い影響を与えるか分からないけど、少しでも役に立てていればいいなと思った。



それから、数ヶ月が経った日のこと。

僕とありささんの元に、それぞれ手紙が届いた。

どちらも、送り主は“西田智明”。

いつもの公園のベンチで、ありささんが僕に寄り添って言った。

「一緒に見せ合おう」

お互い、顔を見合わせた。

僕が頷くと、彼女は封を開けた。

『西田です。この間はお騒がせしました。そして、簡単で申し訳ないけれど、今まで悪かったと伝えます。俺は、ありさのことが好きでした。幼い頃、出会った時から、ずっとずっと好きでした。でも、その想いがありさに届くことはありませんでした。そして、そのもどかしさ故にありさに酷いことをしてしまいました。本当に悪かったと、今は反省の気持ちで一杯です』

ありささんは、涙声で一生懸命続きを読んだ。

『あの騒ぎ以来、変わったことが一つあります。俺と七華は、付き合うことになりました。』

ありささんが僕の顔を見ては、「本当に?」と驚きの表情を見せる。

僕は、口には出さずに、驚きと共に、喜びの笑顔を向ける。

『俺がありさのことを想い続けたように、七華も俺のことをずっと想っててくれたんだって……改めて気づいたから。たぶん、ありさと俺は運命じゃなかったんだと思う。だから結ばれなかったんだろうな。運命の相手、やっと見つけました。俺はまだ、ありさのこと想ってるけど、七華はそれでもいいって。少しずつ好きになって欲しいって。だから現在、俺は七華を好きになろうと、七華に喜んでもらおうと必死です。そんな毎日はとても幸せです。誰かを愛することは、本当の愛とは、ものすごく幸せなことだなって。追記。お二人さんも、お幸せに。“Lovefoever”』

いつしか、その手紙の文字は、涙で滲んで見えなくなっていた。

ありささんは泣き笑いで言った。

「もう、大切に保管するつもりの手紙が……文字が見えないんじゃ、意味ないよね」

「あはは。そうですね」

僕も、溢れそうな涙を必死に隠していた。

彼女がとびきりの笑顔で言った。

「でも、本当によかったね。二人とも幸せみたいで」

「はい」

彼女の涙は透明な宝石のように輝いて、それが僕には眩しかった。

僕は、そんな彼女の涙を手の甲で拭った。

彼女は、その輝かしい瞳で僕の目を見つめた。

僕は照れながらも見つめ返し、しばらく経って、手紙に視線を戻した。

僕は、この流れだと絶対泣くな、と想いながらも、手紙の封を切った。

『西田です。お元気ですか?俺は相変わらずです。ありさもそうだし、市村にもいろいろ迷惑をかけて、謝らなければいけないことがあります。作詞のノート、勝手に取って無断で歌詞をブログに載けたり……本当に悪かった。あのノートを返そうと思った時に、ちょうどありさが訪れた。それから俺とありさは口論になって、俺はありさを突き飛ばした。ありさはノートを俺の手から素早く抜き取ると、その場を逃げて行った。そのことは、今でもすごく後悔してる。直接の謝罪とともにノートを返すべきだった。市村は、いつも優しい奴でした。俺は市村に感謝しきれません。え……??』

途中で読むのを中断した僕に、彼女が驚いたように尋ねる。

「どうしたの?」

「ありささん、そんなことがあったんですね……」

彼女は、未だに、少し赤い目をこすっては笑い、

「うん。勝手なことしちゃってごめんね。でも、西田さんのことは許せなかったから」

「いえ。ありがとうございます。僕のために……」

再び、僕は手紙に視線を戻す。

『それと報告なんですが、俺は会社を辞めました」

僕は、しばらく続きを読もうとしなかった。

僕のために、わざわざ会社まで辞めたなんて……。

続きを読むのが怖かった。

ありささんは、そんな僕の手を握り、

「大丈夫」

優しく微笑んで、頷いてくれた。

僕は、決心して続きを読む。

「市村に合わせる顔もないし、歌手の夢を本格的にスタートさせたかったからです。実は、市村の作った歌詞を使わせてもらって、路上ライブをやってたら、スカウトされて事務所が決まりました」

「おぉー!すごいね!西田さん」と、彼女。

僕は、安堵する。

『でも、俺はそれを断りました。事務所に入れば、デビューは確実だったけど、そんなの納得できないし。今までの馬鹿な俺に決着つけるためにも、考えて決めたことだから。今は、バイトしながら、路上でライブやってます。曲はカバー曲ばかりだけど、いつしか俺等の歌だって誇れるような曲を作るつもりです。もちろん、後にはソロ活動とか、夢は伸び続けます。いつか大きなステージの上で、市村とありさ、七華を招待して、俺の曲を胸張って披露したいです。その時は、絶対来てくれな!!では、夢叶う日まで。』

堪えていたはずの涙が、しきりに零れていく。

ありささんが、隣で心配そうに僕を見つめていた。

そして、二人は一緒になって、静かに涙を流していた。



「返事を書きましょうよ」

そう、僕が言った数日後、二人の書いた手紙を同じ封筒に入れ、ポストに投函した。

桜色に歩道が染まり、涼しい風を感じる頃だった。

「ありささんは、何て書いたんですか?」

そう僕が尋ねると、彼女は手をぶらつかせながら言った。

「秘密ー!」

「分かりました。お互い秘密で」

僕は、そう言って微笑んだ。

「うん。ねぇ、コウさん?」

彼女は、そこで足を止めた。

僕が何も言わず、彼女の方を見ていると、

「ごめんね。コウさんが詩を書いてるノート、勝手に読ませてもらったの」

彼女は、目の前で両手を合わせて言う。

「そしたら、あまりにもいい詩で感動した!!」

「そうだったんですか。何だか恥ずかしいですけど、ありがとうございます」

僕は、少しだけいい気になった。

「いいえ♪それでね、思ったんだけど……」

彼女がニヤニヤと、何だか楽しそうな顔をして言う。

「……?」

「コウさん、その詩は趣味のままにしないで、仕事に活かしたほうがいいと思うよ?」

「えっ、仕事に……ですか?」

僕は、思いもよらなかった言葉に、目を丸くする。

「うん。だって、コウさんの詩を誰にも教えないなんて、勿体無いよ!すごくいい詩だもん。もっと世界中に公表すべきだと思うの」

僕は首を振り、

「いやいや、そんな、世界中に公表するだなんて……」

「コウさんは……今の仕事楽しい?」

「楽しいですよ。とりあえず僕に合っていて、安定した仕事って理由で決めました。それに、入社仕立ての頃は毎日仕事に行くのが憂鬱でした」

僕は、思い返すように言う。

「太陽を浴びる度に、一日の始まりを神様に感謝したいとは到底思えませんでした。でも、段々できることが増えて、やりがいを感じてきた頃、初めて仕事が楽しいと思えました。そして、ありささんに出会ってからは、二倍も三倍も楽しく感じるようになりました」

僕等は、歩みを再開させた。

春の柔らかい風が、僕等を包んでいた。

「そっかぁ。じゃあ、これからも今の仕事を続けてくの??」

彼女は、通り過ぎる桜の木々たちを、眺めながら言う。

彼女は、熱意のこもった眼差しで、僕の返事を待っている。

僕は、深呼吸をして、

「今の仕事も楽しいけれど、ありささんのお陰で夢が見つかりました!子供の頃に忘れかけていた夢、もう一度追いかけてみようと思います!!」

僕は、自分の将来を想像してみた。

そう。僕の詩が歌になって、それを聞いてくれる誰かがいて……

僕の詩が、少しでも感動や勇気を与えられたらいいな。

そして、いずれは世界に発信できたらいいな。

今は小さな場で、少しずつ花開く日を夢見て、頑張ろうと思う。

僕の詩で、救われる誰かがいるなら……。

「本当?私も嬉しい!!」

彼女が目を輝かせて言う。

「私は、ヨーロッパの街外れにあるような、お洒落なお店で花を売るんだ!それでとびっきり可愛い花屋さんになるんだ」

彼女もまた、自分の夢を輝かしく語る。

「これ以上ありささんが可愛くなったら……僕、どうしたらいいんでしょうか」

僕が微笑んで言うと、

「コウさんも、十分カッコいいよ♪コウさん、もっと自分に自信を持って」

彼女は、熱い視線で僕を見つめる。

「自信……ですか」

僕が遠い目で見つめると、

「そうです。由希ちゃんも言ってたよ?コウさんは、自分で言う程カッコ悪くないし、自信持つべきだって」

「はい!!がんばります!!」



僕等は、手を繋ぎ歩いた。

それは、また新たなスタートの合図だったように思う。

付き合い始めてまだ浅い僕等だけど、これまでにいろんなことがあって、それも全部乗り越えてきた。

そして、今の僕等は、また新たな道を行く。

大好きな夕方の公園。

彼女は、この夕日が差しかかった公園の景色が大好きだと話した。

その夕方の公園で、二人は静かにキスをした。

誰にも見られないキス。

二人だけの秘密のキス。

彼女の長いまつ毛、彼女の癖っ毛、彼女の白い肌。

僕は、それらを愛おしむように見つめた。

そして、僕等は散々夢を語り合った。

僕等は、まだまだ夢に辿り着いていない。

夢がやっと見えた頃、僕等は何歳で、何処にいるのだろうか?

その時も、僕等は一緒にいられるのだろうか?

未来のことは何一つ分からない。

けれど、あれこれ語り合って想像するのは楽しいねって彼女が言った。

僕は、微笑み返して言った。

「きっと、何年経ってもずっと一緒ですよ」



私がその本を閉じた時、窓の外を見れば、ちょうどオレンジ色の夕日が見えた。

眩しいくらいの綺麗な夕日に引き寄せられるように、私はそのまま外に出た。

右手に本を抱えたままで。

服も、いつも外出時は凝っているファッションを完全無視で、長袖のシャツに寝巻きのような半ズボン、適当なサンダルで街を歩いた。

訳も分からず、ひたすら街を歩いた。

今にもぶつかりそうな至近距離で走る自転車。

いつもなら舌打ちでもしていたかもしれない。

だけど、今日の私はそうしなかった。

オレンジ色の夕日は相変わらずキラキラしていて、その夕日が反射する海を目掛けているようだ。

何だか、街の全てが新鮮で、すごく不思議な気持ちだった。

でも、その感覚はとても心地よいものだった。

通り過ぎる人たち……。

私はその一人一人を、無意識の内に目で追っていた。

一人一人が、自分の人生を、「今」を一生懸命生きてるんだなって、何故だか思った。

普段は、そんなこと考えたこともなかったのに。

やがて、海に着いて砂浜まで駆け寄った。

目の前に広がるのは、ただ青いだけの大きな海と、その海を少しずつオレンジ色に染める夕日。

そして、二人のカップルの姿。

二人は、手を繋ぎ、その砂浜をゆっくりとした足取りで歩いていた。

私は、それを少し離れた距離からじっと見ていた。

二人は、とても幸せそうだった。

羨ましいくらいに。

だって、「幸せです」って、二人の背中に書いてあるように見えたから。

一人の女性が、こちらを振り返った。

彼女と目が合った。

彼女は、キラキラとした笑顔の後、私に向けて軽く頭を下げた。

「ありさ……??」

私は、思わずあの本の中の、女の子の名前を出してしまった。

声は聞こえなくても、口の動きが見えたのだろう。

彼女は不思議そうに首を傾げては、また彼の元へと駆けていった。

スタスタと、小走りで駆けてくる彼女を、強く抱きしめる彼。

私の角度からは、彼の顔がよく見えなかった。

「まさかね……」

私は、彼等に背を向け、そしてまた歩き出した。

ココロノートは、これで完結となりました☆

一章から最終章まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!!

まだ、文章力に乏しい私ではありますが、これからも小説を通じて、私なりのメッセージを伝えていけたらと思います。

また、次の作品でもよろしくお願いします。


沙織。

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