信じるのは難しい。
それからというもの、日曜日はいつものように公園に集まった。
二人でベンチに座っては、一緒に彼女の手作り弁当を食べて、一緒にたわいもない話を交わした。
ちなみに、彼女の作る卵焼きは甘すぎる。
サンドイッチは、中身の具がぐちゃぐちゃだった。
彼女はつまり、不器用さんなのだ。
僕は、それが嫌だとは思わなかった。
むしろ、そんな不器用な彼女が可愛くて大好きだった。
そして、告白した時に祝福の言葉をくれたあの男の子は、この公園の常連さんな訳で。
僕と彼女を見るなり、決まって冷やかしてくる。
「今日はいないみたいだね。あの子」
彼女はそう言って、辺りを見渡した。
「あ、はい。そうですね。ありささんは嫌ですか?あの子が来るの」
僕は今日も、甘い卵焼きを口に入れる。
「嫌じゃないよ~。だって可愛いし、何だか見てて微笑ましくなるでしょ?」
彼女がふふっと笑って見せる。
「そうですね。僕も冷やかされるのは恥ずかしいけど、あの子は憎めないです」
会話が途切れ、僕をじっと見つめる彼女。
僕が不思議そうに見返すと、彼女は頬を膨らませて、
「もー。私もタメ口で話すようになったんだから、イチさんも敬語は辞めてよ!!」と言った。
僕は、慌てて返事をした。
「え、あ……はい!!」
彼女は、いつしか僕のことを“イチさん”と呼ぶようになっていた。
僕の苗字が市村だから。
途中、また敬語を使ってしまったことに気づく。
「あ……。すみません」
彼女は、自然な笑い声を漏らす。
「気づいた?イチさんにタメ口は無理みたいですね~」
「癖なんですよ。敬語……特に女性には」
僕は、自分の短めの毛先を触りながら言った。
「イチさんらしい癖ですね。直さないと、今度からイチさんとは話しませんよ?」
彼女は、僕をからかうような目で見つめた。
「えっ……。それは……!!」
「そんな焦らなくても。イチさんのこと、簡単に嫌いになったりしないから大丈夫っ」
「ありささん……ありささんは、髪の毛が癖ですね?」
僕は、彼女の髪を見ては、言う。
「気にしてること言わないでください!」
彼女は、また頬を膨らませた。
「その……イチさんは、私の癖っ毛どう思います?」
彼女は、少し照れくさそうに言う。
「好きですよ」
僕は直球に答える。
「ありささん程、癖毛が似合う人は初めて見ました!!」
「に、似合うって……それ、いい意味で言ってるんですか?」
僕は、空を見上げながら言った。
「はい……。たぶん……」
「もー!!イチさんっ」
今日の彼女は怒ってばかり。
たぶん、本気で怒ってる訳じゃないと思うけど。
だって、目が笑ってるから。
彼女の膨れた頬が愛しくて、彼女をずっと僕のものにしたいと思った。
今の気持ち、恥ずかしくて口に出しては言えないけれど、本当に彼女のことが大好きで。
僕は、夢のような時間を過ごしていたのかもしれない。
いや、“これからも”過ごしていけるのか……。
そうだといいな……。
「あのね、私の親友で、由希って子がいるんだけど」
彼女は、再び話を切り出す。
「ありささんの親友ですか」
僕は興味深そうに言う。
「うん。同じ専門学校の。すごくいい子でね、いつも助けてもらってるの。いつか、イチさんにも会わせたいな……」
僕は微笑んで、
「僕も会いたいです。いつか、紹介してくださいね。ありささんの親友」
彼女は笑顔で頷いた。
春も終わりを迎えようとしていた頃だった。
桜は葉桜に変わり、少し肌寒いくらいだった風は、生暖かさを連れてくる。
僕等は、ぶらぶらと街を観光するように、宛もなく歩いていた。
安売りセール中の小さな靴屋さん、主婦が集う婦人服売り場、街の中心でもある市民センター……
彼女がそれらをニコニコしながら眺めるのに対し、僕はただ呆然と見ていた。
小さい頃からこの街に住んでいたから、何処に何があるかなんてすぐ分かるし、見飽きたと言ってもいいくらい。
時に、都会に長らく泊まって、旅でもしてみたいなーと思ったり。
だけど、大人になって車を持つようになったら、直接地面を踏む機会が少なくなった。
それが、少し寂しく思え、こうして地面を踏みしめるという行為が、何だか神秘的で、心地良い気がした。
それに、今は昔と違って、大好きな、可愛い女の子と一緒に歩いているのだから。
「イチさんは、この街のこともうすっかり知ってるみたいな顔してますけど、私は……」
「あぁ。ありささん、あんまり外出ないですからね」
僕が分かりきったように言うと、彼女は頬を膨らませ、
「外は出ます!ただ、賑やかなところが苦手なだけです!!」
僕は頭を掻いて、
「そうなんですか。すみません。てっきり……」
「まぁ、いいですけど。私、元はここの人間じゃないので」
「えっ。そうなんですか?」
僕は、驚いたように言う。
「はい。ここに来たのは3、4年前のことです。だから、そんなに詳しくないんです」
「じゃあ、それで最初、電車のこととか……」
僕は、思い出したように言う。
「まぁ、それもありますけど……」
彼女の髪の揺れは、穏やかだった。
彼女はいつも、ブラウンカラーの長い髪を、ウェーブでふんわり巻いている。
彼女の雰囲気に、とても似合う髪型だ。
「元々前いた所でも、電車は乗りませんでした。歩いてすぐの所に店がありましたから」
「なるほど。そうなんですか」
僕が納得したように言うと、彼女は大型デパートの前で足を止めた。
「どうかしましたか?」と僕が彼女の顔を覗くと、
「イチさん。ごめんなさい。私、ここのお手洗い行ってきていいですか?」
恥ずかしそうに言う彼女。
トイレくらい、恥ずかしがることないのに。
「どうぞ。僕はここで待ってますね」
僕は笑顔で言う。
小走りで店の中へ向かう彼女に、
「急がなくていいですよ」
彼女は、少し遠くで振り返り、笑顔で頷いた。
誰かの歌声と共に、ギターやベースの音が聞こえ、僕はふらっと足を運ばせる。
行くと、何人かの人だかりができていて、ちょうど、バンドの人たちが隠れて見えなくなっていた。
僕は少し端に移動して、やっと彼等の顔を認識することができた。
僕はいい声してるな、とそのボーカルに目をやった。
少し明るめの長い髪に、細長い顔立ち、身長はそこそこで、革のジャケットがよく似合っている。
「西田……?」
そこにいたのは、紛れもない西田だった。
僕は、西田にバレないよう、直ぐさにその場を離れた。
元のデパートの前に戻り、気を落ち着かせようと必死になる。
「イチさん。待たせました!」
彼女の声だ。
駆けてきて、すぐに僕の隣に立つ。
「ありささん。全然。大丈夫ですよ」
僕は必死に平常心を装い、笑顔で言う。
「それならよかったぁ」
「あれ?」と、彼女は僕の顔を見つめ、
「何か、汗掻いてるけど暑いの?大丈夫??」
心配そうに言う彼女に、
「え、そうですか?」
僕は手の甲で汗を拭って見せた。
「そんなに暑くはないんですけど。大丈夫ですよ」
「少し、休みましょうか」
彼女が言う。
そして、僕等は近くのアイスクリーム屋さんで、アイスを食べながら休憩した。
「ところでイチさん」
彼女が僕の名前を呼ぶ。
「はい」
「イチさんは、普段家で何をされてるんですか??」
「僕ですか?うーん……」
僕はその先の言葉に詰まる。
家でしていること……音楽を聴くことと詩を書くこと?
パソコンで一般人が投稿した詩を見たりもしてるけど。
僕が黙っていたのに不信を感じたのか、彼女の表情が少し曇った気がした。
「イチさん」
「はい」
「何か、隠し事してませんか??」
まるでそれは、夫の浮気を疑う妻のようで。
「し、してませんよ?」
「いや、してますよね?家で何してるか教えてください」
僕は、彼女をこれ以上不安にさせないよう、咄嗟に答えた。
「えっと、家では音楽を聴いたり、詩を作ってます!」
本当は、詩を作るのは単なる自分の趣味で、誰に見せるものでもないと思っていたため、彼女に教えることにも、少しの抵抗があった。
でも、きっと彼女なら、暖かく笑顔を見せてくれると信じていたから。
詩を作っていることを告白することにした。
「詩ですか?イチさんは詩を書いたりする人なんですね!私、イチさんの作った詩が読みたいです!」
彼女が身を乗り出して言う。
僕は、苦笑いを浮かべながら言った。
「え……でも……駄作ですし、自信ないので」
「気にしませんよ!!どうしても読みたいんです!!お願いします」
彼女が必死に頼んできたので、断るに断りきれなくて承諾した。
「分かりました。次の週に、詩を書いてるノートを持ってきますね」
彼女の表情が一気に明るくなる。
「はい!!ありがとうございます!!楽しみにしてます」
月曜日。
また一週間が始まる。
最近、以前よりも仕事の効率が上がった気がする。
それはたぶん、僕に人生初の彼女ができて、その彼女とのデートを楽しみに、仕事に精を出しているからだろう。
前までは、また一週間が始まったのか、と憂鬱な気分になる月曜日も、彼女のことを思うとあっという間の一週間に変わる気がする。
よくマンガや歌の歌詞で目にする、「恋をすると世界が変わって見える」とは、本当のことなんだと実感した。
まさか、それを自分自身が体験するとは、十年前の僕は到底考えていなかったのだけど。
たぶん、「恋をすると世界が変わって見える」というのは、自分だけの思い込みで、催眠術のようなものなのかも。
それでもいい。思い込みでも……僕は胸を張って騙されたい。
「おい、市村」
同僚の西田が声をかける。
そう。この間、ありささんとデートした時に、街で歌っている姿を見かけた、「あの西田」だ。
何で西田があんな所にいたかは不明だが、気付いたのは僕の方だけらしいし、変に気にすることもないかと思う。
「最近、いいことあったっぽいじゃん?何か浮かれてるし」
西田がニヤケ顔で言う。
「え、浮かれてる……?そんなことないと思うけど」
まさか、そんな風に思われていたなんて。
仕事中、彼女のことを考えていて、浮かれていることが見え見えだなんて。
西田は隣のディスクで仕事をしていることもあってか、社内では割と仲がいい。
だけど、こんなにも西田の察しがいいとは思わなかった。
「あっ、彼女ができたとか?お、図星?何か今、そんな顔したし!!」
「え……まぁ」
嘘をついたところで、いずれバレてしまうのだから、本当のことを言うしかないと思った。
西田は興味深そうに頷くと、
「誰誰?その子可愛いの?」と聞いてくる。
「人助けしたら仲良くなった子。うん。可愛いよ」
初めて電車に乗る子に、仕事を休んでまで付いていってあげたなど言えるわけがないし、細かいことは話さないことにした。
「ふーん。可愛いんだ。プリとかないの?」
「いや、ないけど……」
西田が、残念そうな顔をする。
「いや、市村の彼女がどんな子か気になったからさ。また今度、ゆっくり聞かせてもらうぞ」
西田が、僕の肩を軽く叩いた。
「あ、うん」
困ったなぁ。
あまり彼女のことにつては触れて欲しくないのだが……。
「よし。俺仕事片付いたからお先ー」
「あ、うん。お疲れ様」
西田がディスクを後にする。
そのまま上司に呼び止められる西田。
何だか、嫌な予感がする……。
「おい。西田。仕事は片付いたのか?」
「あ、はいっ!!」
相変わらず、愛想のいい西田。
「あ、そう。ご苦労さん。今から飲み会するんだけど、どう?」
上司は書類を整理しながら、言う。
「あ、飲み会ですか?大丈夫ですよ!久しぶりに飲み行きたいと思ってたんですよー」
飲み会が好きだとは、西田らしいが、僕には理解できない。
僕は、飲み会が憂鬱で仕方ないのに。
ちょうど、西田と話していた上司と目が合った。
この時点で、もう憂鬱だ。
僕まで、飲み会に誘われるに決まっている。
「お、市村。お前もどうだ?」
予感的中。
「何のことですか??」
わざと知らないふりを装ったが、それも無駄だった。
「何言ってるんだ。飲み会だよ。お前も行くだろ?」
「や……、仕事がまだ途中だし……」
取って付けの理由を作る。
「市村の仕事は、明後日までに間に合えばいいはずだぞ?そう、焦ることはない」
上司の口元が緩んだ気がした。
仕事より飲み会を優先させるなんて……。
この上司は、僕には全く合いそうもないと見た。
西田に肩を掴まれ、断るに断りきれなくなった僕は、渋々と西田と上司達の後を付いて行った。
居酒屋に着くなり、慣れた様子で店員と話を進める上司。
相当、通い慣れているのだろう。
僕等が席に着くと、上司達が次々に酒を飲み始めた。
もちろん、僕と西田にも酒を勧めてくる。
僕は先程から酒には弱いといった雰囲気を出してはいたが、上司達はそれもお構いなしに勧めてくる。
仕方なく、僕はちびちびとお酒を口にする。
西田の方は、勧められるがままに淡々と飲み進める。
僕がやっと一合のお酒を飲み終えた頃、西田や上司達はもはや酔いが回っているようだった。
僕は、正直言ってその酔った人間が大嫌いだ。
自分は、酒類を飲まないようにしているから関係ないけど、酔った人間に絡まれると、いちいち面倒なことになる。
西田が酔ったままのノリで、僕に話しかけてくる。
「市村、酒は最高だよなぁ。お前ももっと飲めよ」
西田が僕の肩に寄りかかってくる。
「いや、僕は……」
見ると、西田は僕の肩に寄りかかったまま、うたた寝している。
上司達は重い腰を立ち上げると、そろそろ帰るか、とふらついた足取りで店を出た。
店を出たはいいものの、西田をどうすればいい?
困ったなぁ。思えば、西田の家知らないんだよな。
仕方なく西田の肩に手を貸し、僕のマンションへと連れて行くことにした。
マンションに着くなり、西田はその場にぐったりと倒れ込んだ。
だ、大丈夫かな……?
僕はしばらくの間、西田をベッドに寝かせることにした。
できれば、このまま朝まで起きないでくれれば助かるんだけど……。
西田は、とにかく話すのが大好きなお調子者で、起きたら彼女のことを問い詰めてくるとも想像できる。
僕は、彼の顔をじっと見ては、確認する。
彼は、気持ちよさそうな表情で寝ていた。
完全に眠りに入っているから、ちょっとした物音などでは起きないだろうし、大丈夫そうだ。
僕はそう確信するなり、風呂場近くにある冷蔵庫に水を飲みに行った。
口の中に残るお酒の後味を、爽やかな水がスッキリ流してくれるようだった。
僕はそのまま、近くにあった小さな椅子に腰を掛け、しばらく疲れて動けず、ぼーっとしていた。
しばらくして、ゴソゴソと人の動く物音により、僕は目覚めた。
……あれ?僕、寝てたのか。
急いで西田の元へ戻ると、西田がふらつきながら僕の机を捜索していた。
「西田??」
「よう。あのさー、彼女のプリクラどこ??」
西田が振り返り、言う。
完全に酔ってるな……。
「だから、プリクラなんて撮ってないし、どこにもないけど」
西田は「ふーん」と言った後、
「てか、このノート何?見ていい??」
僕は、その言葉に表情を曇らせる。
それは、僕が気まぐれな趣味で詞を書き溜めているノート。
僕はそのノートのことを、「心ノート」と呼んでいる。
もちろん、「僕の中で」だけの話だが。
「いや、それはちょっと」
「何でだよー。隠さなくたっていいだろー。なになにー……」
西田が、ノートの音読を始める。
「僕は言ったよ心の内を……?あー。これってもしや、心のノートとかいうやつっすかー??」
西田が小馬鹿にしたように、笑いながら言う。
僕は恥ずかしくて仕方がなかった。
穴があれば入りたいとはこのことだ。
西田は、僕のことなんか気にせずに、そのままノートを読み進める。
それっきり、一切声を出さなくなった西田。
人が変わったように、黙々とノートに目を通している。
僕は、それがすごく不思議な光景に思えた。
そんなに僕のノートに、心惹かれるものでもあったのか?
しばらくして、西田が声を発した。
「なぁ、この詩?すごくいいよ。気に入った!」
予想もしなかった西田の言葉に、僕は一瞬耳を疑う。
先程まで小馬鹿にしていた西田が嘘のようだ。
「本当?ありがとう」
時計を確認する西田。
時計の針は、11時から12時を迎えようとしていた。
「やべっ帰んなきゃ」
西田がそう呟く。
「でも、お互い飲んじゃったから帰れないし……」
「そういえば、そうだな」
西田が軽く笑う。
「まぁ、今日は僕の家泊まってっていいから。明日朝早く西田の家まで送るよ」
「まじか!!悪いなー。ありがとよ!!本当に」
西田は顔の前で両手を合わせた。
「いやいや……」
全く、手間がかかるなぁ……。
正直、朝はできるだけ寝る時間を稼ぎたいものだが仕方ない。
「今度、酒奢るからよっ。な?」
「いや……お酒はちょっと」
「何だよー、お酒嫌いなのか??」
僕は苦笑いを浮かべた。
「うん、実はね……」
「まじかよ!!何で言ってくれなかったんだよー」
西田は、大きな声で驚くように言った。
いや、普段の飲み会で僕の様子見てれば分かることでしょ……。
まぁ、これで飲み会の誘いも断りやすくなったかも?
「じゃ、おやすみー」
「うん。おやすみ」
西田は風呂にも入らず、床に敷いた布団に潜った。
僕も西田に合わせて風呂には入らず、ベットに潜った。
風呂に入らずに寝るなんて、初めてのことだ。
西田にとって何の抵抗もなくできることが、僕にとっては未知の世界だ。
今更になって、何で西田と仲良くなれたのだろうと思う。
席が隣同士というだけで、親しくなれるものだろうか……?
僕は、そんなことを考えながら、しばらくして眠りについた。
「いちむらーっ!!」
西田は、僕より遅れて職場に到着した。
「おはよう」
「聞いてくれよっ。昨日帰り遅くなったの、彼女にめっちゃ怒られた!!」
西田が半泣き状態で話しかけてくる。
対応に、少しの面倒を感じてしまう。
「そうだね……一晩中僕の家にいたしね」
僕は、苦笑いを浮かべる。
「そうなんだよー。浮気と思われてたみたい!!」
「そっか……。でも誤解は解けた?」
西田は僕の肩に手を置いて、
「おう。それも市村のお陰だよ」
「そうかな?どういたしまして」
僕が、西田を西田の自宅まで送った時、出迎えた彼女に言っておいたのだ。
「西田さん、お酒飲んだまま酔ってたので、一晩僕の家に泊まらせました」と。
「大変ご迷惑をかけました」
金髪のギャルな外見の彼女は、見かけによらず、深々と頭を下げた。
「市村は本当に頼りになるよ!また、何かあったらよろしくしちゃおうかなー」
いや、困るんだけど……。
それに、僕はそんなに出来た人間じゃないし……。
頼りにされても、答えられる自信もない。
それより、ありささんからのメール!!
僕は、チカチカと光る携帯画面を見ては、胸を高鳴らせた。
『今、10分休憩中です!イチさんはまだ仕事中……ですよね?がんばってくださいね』
最後の言葉に添えて、可愛いうさぎが旗を持って応援しているようなデコメがあった。
彼女のメールは、いつも癒される。
彼女とメールするのはいつも楽しい。
だけど、それ以上に彼女の声が聴きたくなる。
早く、彼女に会いたい。
彼女は、植物・環境系の専門学校に通っている19歳。
将来は花屋さんか、フラワーデザイナーになりたいそうだ。
僕は、彼女そのものが花のように感じる。
僕は仕事中、彼女の2年後を想像してみた……。
街に馴染んだ小さくて可愛いお店。
そこから彼女がひょっこりと顔を出しては言う。
「いらっしゃいませ!!」
「ありささん」
もう一度名前を呼ぶ。
「ありささん?」
バサッ
彼女が落ちた本を拾う。
「あっごめん!!イチさん……」
「いえ」
しかし、彼女が先程まで見入っていたのは、本ではなく携帯。
彼女は、こうして僕が公園に着くまで、ベンチに座って携帯画面を見入っている。
「あの……ありささん、この間言ってた詩のノートですが……」
「はいっ」
笑顔を見せる彼女を、僕はこれから裏切ることになる。
そう思うと、なかなか言い出せなくて口ごもった。
「……??ノートがどうかした??」
彼女の助けを借りて、やっとのことで本題に入る。
「ノートを無くしてしまったみたいです!!本当にごめんなさい」
僕は彼女に頭を下げる。
「そうなの??残念だなぁ。でも、いいですよ!また見つかったら見せてくださいね?」
彼女は優しく微笑んでくれた。
僕はそれに安堵して、
「はい!!もちろんです。今日、家に帰ったら必死に探します」
と言っても、探し用がないのだが……。
心ノートは、いつも机の引き出しに入れてあるし、それ以外の場所に置くことはほとんどない。
心ノートが無くなったのは、この間の西田が家に泊まって以来のことだ。
だから、僕は西田を疑ったりもしてみたが、大切な友達のことを疑うのは良くないと、頭の中に「信じる」という文字を叩き込んだ。
「そんな、急がなくても大丈夫だよ?」
「はい……。でも、来週には渡せるようにします」
僕はつい、無理を言ってしまった。
「分かった。楽しみにしてる」
僕は、そこで話題を変える。
「ありささん、いつも公園で飽きないですか?」
僕は、一番気になっていたことを聞いてみた。
「えっ。いや、そんなことないよ?」
「そう……ですか?ありささんは、あんまり遊園地とかゲームセンターとか行かなそうですね」
「うん。そういう騒ぐような場所はちょっと……。」
それから、彼女は穏やかな笑みの後に、
「ゆっくりくつろげるとこが好きなの。あと……」
薄らと、彼女の頬が色づいた気がした。
「……?」
「あと、人がたくさんいると恥ずかしいから。イチさんと二人きりでいれるところ」
思わず、僕まで顔を赤くする。
「私は、イチさんと一緒にいれるだけでいい。イチさんと一緒にいられればどこでもいいです」
それから、公園全体を見渡した。
「でも、この公園は一番いいデートスポットだと思ってる」
「ありがとうございます。ありささんにそう言ってもらえて、僕も嬉しいです」
彼女が、恥ずかしがっていた顔を上げて微笑む。
僕も、彼女の目を見ては微笑む。
「イチさん、正直に言ってくれていいよ?お弁当……」
彼女の声は、自信なさげで不安定だった。
「え?」
僕は、彼女の発言の意味を尋ねるように言う。
「私のお弁当、まずいよね」
彼女は、僕の膝上に置かれたお弁当に視線を移す。
「そんなことないですよ?」
「はぁ……。卵焼きが上手く作れないの。イチさんの好きな食べ物なのに……」
彼女の溜息が聞こえる。
「気にしないですよ。全然」
「そう……かな。それならいいけど……私、不器用だからなぁ」
僕は微笑んで、
「大丈夫です。少しずつ、覚えていけばいいんですよ」
「うん」
「僕もできないことがたくさんありますから。……タメ口とか」
僕は、薄らと笑って見せる。
彼女が大きく口を開けて笑う。
僕は、ハテナマークを顔に浮かべる。
「ごめんなさい!!イチさんがおもしろくって!!」
「そんなにですか??」
僕が焦るように言うと、彼女は笑顔で頷いた。
「いや、そんなに笑うほどではないかと……」
昼下がりの坂道を二人で歩く。
温かい陽気に包まれて、少しの風が吹いて、神様が微笑んでいる気がした。
僕はとてもとても幸せだった。
この気持ちを彼女にも伝えたかった。
僕は今、幸せですと。
僕は、彼女の手をそっと握る。
一瞬、彼女が驚いたように僕を見る。
僕は、何も言わずにただ手を握る。
二人で一緒にバスを待つ。
『イチさん。お仕事捗ってますか?仕事終わりのメール、待ってます。』
僕は、思わず顔をほころばせる。
『私、今日は学校早帰りなので、帰りにCDショップに寄ります。イチさんが好きな曲買ってみます。』
僕は、CDショップに寄って、必死にCDを探す彼女を思い浮かべた。
たぶん、たくさん曲がある中から探すのは容易でないし、人見知りな彼女は、店員に聞くこともできない。
あたふたしながら探すことだろう。
あれ……?
隣を見ると、西田の姿がない。
お手洗いにでも行ったのかな?
見ると、パソコンの画面が付けっぱなしのままだった。
偶然、目に留まったのは、画面に映る僕の詩。
え……これって、僕が作った詩じゃ……?
西田のブログに、僕が心ノートに書いている詩と、全く同じ文が載せられていた。
そのブログ内容をよく見ようとした時、ちょうど西田が戻ってきたので、僕は向きを変えて、席に座った。
仕事に集中している振りをする。
「あ、おかえり」
「ただいま!仕事の調子はどう?」
西田は、何も気に留めていない様子だった。
「うん。まぁまぁってとこ」
「そっか」
そう言って席に着く西田。
正直、西田と話すのが怖くなっていた。
西田を信用しようとしていたはずが、次々に目を疑う出来事が起きる。
僕は、西田のブログの内容が気になって仕方がなかった。
チラチラとばれないように横目で見たりするも、隣の席だから西田も目線に気づかないはずがない。
僕は、西田が席を外す瞬間を待つことにした。
「西田君」
課長が西田を呼ぶ声がした。
それと同時に、西田が急いで立ち上がり、課長の元へと行く。
僕は早速、西田のパソコン画面に目を向ける。
『俺の日常』
最初に目に飛び込んできたのは、西田のブログタイトル。
ついでに、西田のブログでの名前何かも確認する。
『ともくん』
西田の名前が、“西田智明”だからともくん。
ブログ内容をもう一度確認しようとしたところで、西田が帰ってきた。
僕はまた、平然を装ってパソコンを打ち続ける。
ブログ内容は見えなかったけれど、ブログのタイトルと名前が分かれば十分だ。
家に帰ったら調べてみよう。
早速、家に帰り、インターネットを開く。
検索欄には、『ブログ ともくん 俺の日常』と打ってみる。
あれ……意外とたくさん出てきた。
ともくんという名前も、俺の日常というタイトルも案外多そうだ。
僕は出てくるか自信はなかったけれど、僕の詩のタイトルも検索欄に追加してみた。
……あった!!
僕は早速、最新の記事に目を向ける。
記事のタイトルは『俺の夢』。
『どうもこんにちは。今日は俺の夢について語っちゃいます!!』
出だしからノリがいいのが、西田らしい。
やはり、これは西田のブログだ。
そう、確信したと同時に、再びブログに目を向ける。
『昨日も言いましたが、俺は歌手になりたいんです。
だから今、カラオケに通いつめたり、同じ歌手を目指す仲間を作ったりして、少しずつではあるけど、活動してます。
そんな俺が、悩みに悩んで考えた曲があるので、目を通してくれたら嬉しいです!!』
僕は、何だか複雑な心境に囚われる。
何となく、この先の状況が読めてきたからだ。
少しの空白があり、僕はスクロールしては、しっかりとその文を目に焼き付けた。
そこには、丸っきり僕の詩が……。
何の編集もなく、そのままそっくり載けられている。
僕は、その光景をただ亜然と見ることしかできなかった。
信じたくなかった。
しかし、真実は真実のままだった。
最後に書かれてあったのは、『作詞/TOMOAKI』の文字だった……。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
第4章もよろしくお願いします☆