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恋人の星  作者: 逍蕾花実
9/15

9話

 第2文明は、一般人の高い知能ゆえに滅びた第1文明の末路を回避することを、文明の最優先課題に置いている。その教訓とは、こうだ。


 “高い知能はハイテク文明には必須だが、種の存続には必ずしも貢献しない”。


 第1文明の末路は、多くの歴史的資料から、その詳細が明らかになっている。無数の自律知能AIにかしずかれて豊満で虚栄に満ちた無意味な人生を送り、口に運ぶあらゆる美酒佳肴は飽き倦まれ、苦い胆汁と化した。そのような社会では、安寧と豊かさそのものが悲惨の一つに数えられるに至った。


実り豊かな未来が魅力を失い、あらゆる希望は嘲笑の的になった。疑り深く安らぎを知らぬ懐疑主義が蔓延し、虚無感と厭世観が人類のあらゆる高邁な思想に置き換わった。世俗的な思案だけが高い知能の活躍の場を提供するに至り、生涯を支える崇高な目標と情熱は“ウザッ、空気読めよ”の一言で片付けられるようになった。一方で、“めんどくせぇ”“ダリィ”“あーラクチン”が人々の生活を統べる律法と化した。


とはいえ、卑小な自己の利益にのみ奉仕する者は結局のところ、自分にも他人に対しても、自分が属する種に対してすら、劣悪な評価しか抱けない。その結果なのだろう、出生率は急減した。


 ――人類の滅亡は、人の心の問題だったのだ。


 センサーが検知し得ない“神”や“魂”は打ち捨てられ、依るべきものを失った人類は、より高い力を知らず、己にのみ忠誠を誓う利己主義者となった。 過度の投薬や強力な医療システムの恩恵に支えられ、自然の淘汰から守られた人類は、やがてそれらなしでは生存できない、虚弱で小賢しい、皮肉屋の甘やかされた一人っ子の集団になった。あとの時代は語るべきこともない。賢い人類は高い知能によって高みに登りつめ、知能の倦怠によって先細りとなり、ついには滅びた。


 ストーカーはおそらく、この哀れな時代の冷笑的な雰囲気に染まってはいても、根本的な部分では、現代人に通じる闘志を持っていたのだろう。だからこそ、ストーカーは彼の時代でも孤独だったし、“ストーカー”扱いされざるを得なかったのだ。


 ストーカーがメザニンのコンピューターの中で時を過ごす間に、生き残った地球人は淘汰の炎をで鍛えられ、ついには滅びた文明の残骸をほじくり返す薄汚れた流浪の小集団の一つが、自らの天命を知った。


 彼らは若く活気に溢れる人々だけが胸に抱えられる、抽象的な高い理想に身を捧げた。――それは即ち、文明の再興だった。そのような大事業は、努力と献身以外の何物をもってしても成し遂げられない。


 第2文明の始祖たちは、旧文明の性質に見出した欠陥を、自らの文明には持ち込ませないように、偶然にしろ意識的にせよ、自らの文化をも改造したのだった。厳しい知能の戒律をもって命の連鎖を寿ぎ、再び地に満ちることをレゾン・デートルとして高く掲げたのだ。


 そして、幾つもの千年紀が過ぎ去った。


 第2文明は、選ばれたプライアーが世界を導き、他の大多数は一定の確率によって出現するプライアーの供給基盤として盲目的に生殖し、人類の量的拡大に貢献する階層に分化した。


 技術文明を維持する目的で、高度な専門性が必要な実務を遂行するメザニンという中間階層が形成されたのは、1000年ほど昔のことである。


 第1文明人の価値観からすれば、現代はきっと地獄に違いない。ストーカーも確かにそう言った。


 しかし、美徳と呼ばれるものは全て習慣の産物で、流動的だ。あらゆる生物種にとって共通する唯一の美徳とは、種の再生産に貢献することではないか? その意味では、知能垂直階級制社会は愚直なまでに、その目的に特化しているのだ。


 かつての第1文明は、人類の太陽系外進出を“独善的人類優位主義”として批判し、倫理性や異星固有生物種の保護を殊更問題視した。結果、幾つかの例外を除いて恒星間植民を禁じるに至った。しかし、第2文明はそのような子供じみた戯言に惑わされず、このオリオン腕に10余りの植民地を築くという偉業を成し遂げたのだった。


 率直に言って、第2文明には優れた面がある。


 しかし、それは僕の母さんを塵に返し、選良たちの世界はひがみ、妬みが交錯する魔境に過ぎなかった。だから、僕はExs船で逃げ出したのだ――僕の時代と僕の階層から。

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