14話
照明がまたたいて、一斉に点いた。闇が追い払われたことに安堵したアリルが、大きく溜息をついた。
「よかった、ハポナがかったんでしょ?」
「ん、んん。たぶん」
幸いにも生きているインターナル・インターフェースに、船内情報を求める。
「情報を取得できません、か」
やはりそうか。
もしマイダスのコンピューターがイカレたのだとしたら、もう僕たちは死んだも同然だ。宇宙を驀進する船の中で、ゆっくりと死ぬなんてごめんだ。無駄なこととは知りつつも、コンソールを拳で殴った。ポンコツの機械じゃあるまいし、叩いて直ったらむしろ驚愕だ。アリル真似して、コンソールを両手で叩いている。
ああ、アリル。
ダメ元で、ダミーキーを引き抜き、もう一度差し込んでみる。
こんなことしてもだめか。半ば諦めたそのとき、古代文字のロゴと流れるデータがメインモニターに映し出された。ついで、「セーフモードで起動中……」と謎の文言。
僕とアリルは、ブリッジのあちこちで復活してゆくモニター群を眺めた。だしぬけに女性の声でアナウンスが流れる。
「本船の管理システムに異常が発生しました。現在、本船の管理システムは初期インストールの状態でセーフモードにて起動しております――」
使用言語は英語だった。航海士になるための必修科目だから学びはしたが、第1文明後期時代の標準英語は苦手だ。特にスピーチは酷いものだと自覚している。
「異常って言ったか?」
僕がもらしたヘタクソな発音の英語を拾って、マイダスが答える。
「ユーザーが指定した擬似人格設定ファイル名“ゲシュタルト・コピー”が致命的なエラーを起こしました。現在、擬似人格設定ファイルの読み込みを停止しています。詳細の説明が必要ですか?」
「いや。君は誰なんだ?」
「私は本船の管理システムにデフォルトで指定されているAIです。致命的なエラーが発生した場合、ユーザーの再設定が済むまで本船の管理サポートを行います」
有能そうなAIだな。僕たちが使えるAIなど、あいまいな命令は全て「理解できませんでした」ではじかれてしまうというのに。
僕が沈黙していると、AIが逆に話しかけてきた。
「本船の稼働時間が極めて長くなっています。また、本船の現在位置はラカーユ8760星系です。他星系への移動は法律で禁じられている場合があります。何かお困りではありませんか?」
僕は舌を巻いた。自意識持ってないか、こいつ。
「困ってない。ラカーユ8760、第2惑星、衛星軌道、行けるか?」
「本船の自力航行には、ユーザーの再登録が必要です。旧ユーザーの登録国家“両トロヤ共和国”の認証が必要です」
「はぁ? そんなもんとうに滅びてるよ!」
「……ユーザーの使用言語が理解できません。以下の400言語のいずれかを使用してください」
メインモニターにずらりと言語の一覧が表示された。
「なんでもない。それじゃ、手動で操船する」
180度回頭して、とりあえず1G噴射を10000秒に設定しよう。その間に帰還コースを計算すれば――。
「申し訳ありません。本船の自力航行には、ユーザーの再登録が必要です」
「なんだって?」
「ユーザーの生体キーに異常があります。法律により、ユーザーの再登録が義務付けられています」
「そんな馬鹿な。AI、お前が知っている国、全部滅びた。法律、必要ない」
AIがそんなカタコトの抗議で納得するはずはなかった。速攻で拒絶。
「ねえ、どうしたのさっきから。へんなことばばかりしゃべってるよ」
アリルが心配そうに僕の顔をのぞきこんだ。
上げて落とすのはかわいそうだ。助かる望みを与えては奪うの連続に、僕の心は痛んだ。言葉にする代わりに、彼女の首を、豊かな髪の毛ごとかき抱いた。少しは安心しただろうか。そんな僕の期待を、次の言葉が無残に打ち砕いた。
「警告。本船に向かい人工物が接近中」「お知らせします。本船を知能ミサイルが追尾しています」
インターフェースとマイダスのAIが、ほぼ同時に警告を発したのだ。情報はマイダスのAIがより詳細だった。
「知能ミサイルの識別情報。グッドホープ政府外宇宙防衛任務部隊所属。知能ミサイルよりメッセージを受信。“貴船の破壊を命じられたことは満悦至極である”以上です」
いきなり忙しくなったブリッジのモニター群を、アリルは身をすくめてみつめた。
アリルが英語を理解できないのは幸いだった。AIが氷のような沈着さで、こう言ったからだ。
「本船を追尾している知能ミサイルは、私の時代よりも後にルナで製造されたと自己申告しております。最大加速度は1078m/s2、航続距離は無制限。VEDを搭載しているものと考えられます。回避は不可能です」