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恋人の星  作者: 逍蕾花実
13/15

13話

 「ここがブリッジだよ」


 僕がさっと手で示すと、アリルは「うわぁ」と素直な歓声をあげた。


 「これが通信士の当直席、こっちが機関士、あそこが航海士の席ね」


 打ち合わせどおり、「へえ、ふーん、おお! すごい」とアリルは子供っぽく驚いてみせた。驚き方があまりにも自然なので、素で驚いているだけなのかもしれないが。


 「で、これが船長席! うほっ、座席ふかふかだな」と快活に紹介した。


 ちょっと不自然すぎるだろうか。


 「かっこいい!」


 僕は船長席に腰を下ろし、アリルのウエストに片手を回して引き寄せた。アリルは、小刻みにトコトコと僕に身を寄せた。


 「そうだろう、ほら、メインモニターを見てごらん、ラカーユから遠ざかっている矢印が、このマイダスだよ」


 説明しながら、僕は素早くインターフェースの視覚投影画面を開き、インデックス・ツリーから“カシノ”と記されたアイコンを選択した。同時にポケットからダミーキーを引き出し、船長席のスロットに差し込んだ。


 ダミーキーは、Exs船舶には必ず備わった制御システムの認証キーだ。盗難防止のためか、もともと生きた人間が生体キーとして設定されていたのだが、それを解除するのは現代の技術水準では不可能だった。ならば、持ち主が居るようにシステムを騙しちゃえばいいじゃない……というコンセプトで作られたのがダミーキーだ。


 ダミーキーの背に触れたまま、ダミーキーがシステムに接続するのを見守った。インターフェースの視覚投影画面に接続ランプが灯った。


 よし、成功だ。


 ここからが本当の賭けだ。オッズはどのくらいだろう? 少なくとも僕は慎重派だから、これをするのがもし他人なら絶対にパスだ。


 カシノを起動する。時間との勝負だ。慣れた思考さばきで、カシノにダミーキーを関連付けする。これは同僚たちに気づかれずにイカサマするときにしか発動させない、禁断の技だ。もちろん、日常的にはめったに使わない。ここぞというときの裏技なのだから。師匠、感謝永遠に、だ。


 素早くブリッジに視線を走らせ、異変の兆候に目を光らせた。ストーカーは気付いていないようだ。インターフェース越しに、カシノが発する小さな警告音が届いた。

 来た! 


 カシノのサーチ機能がマイダスの主推進機関のシステムに関連付けを終えたのだ。VEDの中枢、確率エンジンに。とはいえ、別に確率エンジンの動作に関わる中核部に直接コーディングするわけではない(というか、そんなことできない)。カシノは、複雑な処理は確率エンジンに任せて、データストリームに電子的な操作を加えて割り込みさせるだけの、カスタムファームウェアだ。


 ストーカーは現代人をナメ切っている。ヤツが油断に気付くまで、あと何秒あるか……。


 祈るような思いで、カシノ・アイコンに配された“イェンダーの魔除け”ボタンを押す。


 現代の典型的なギャンブル・ゲームはオンラインが主流で、直接顔を合わせることはまずない。昔のような面と向き合っての心理戦は廃れた。知能垂直階級制の影響があるのかもしれない。みなアバターを用い、単に“テーブル”と呼ばれる簡素なプラットフォームを用いて対戦する。戦いに際して、改造データやチートを用いることは禁じられている。最悪、対戦相手のデータを破壊してしまう可能性があるからだ。


 僕の師匠は、珍しいことにプライアーのExs船乗りだった。中央官庁の誘いやあらゆるコネを捨てて、船乗りになった人物だった。人物、というのは、師匠が男か女かもわからないからだ。いちおう“彼”だと思っているのだが。


 オンラインで出会った師匠が、教えてくれた裏技、オーセンティケーションの生成。それが意味するのは正当性を検証する作業、すなわち“認証”だ。


 船長席のディスプレイが一瞬チラついた。ブリッジのメインモニターを流れる数値データが凍りつき、カクカクとぎこちなく動いた。


 おかしい。以前使ったときには、一瞬でオーセンティケーションを生成して、相手のアバターをリモート操作できたのに……。メザニンのシステムのリソースが不足している? 驚いた、そんなことがあり得るのか。


 師匠の作ったソフトを使って、ストーカーに奪われた船の制御を取り戻す。確率エンジンを駆使することで、厳重に守られたセキュリティシステムの暗号解除が、総当たり攻撃よりもはるかに少ない手順で解読できる。本来なら、暗号解読には最速のコンピューターでも1兆年ほどかかるはずなのだ。


 確率エンジン――なんて便利な機械なんだ。一家に一台必要ですな、これは。


 ダミーキーにぼんやりと幾何学模様が現われた。


 希望の光が差した。と思ったら、いきなり重力が消えた。これだから淡い希望なんか持ちたくもなくなる!


 アリルが浮き上がりかけたのを咄嗟につかんだ。彼女にも磁力靴をはかせておくべきだったか。自分の迂闊さが呪わしい。


 「なに、いきなりじゅうりょくがなくなった」


 VEDによる加速が途切れた? 


 アリルのお尻が僕の膝に乗った。肘掛けにぶつかったらしく、アリルは「いたっ」と叫ぶ。短時間だけ、重力が復活したのだ。普段の航海では、いちど動いたエンジンを滅多なことでは切らない。こめかみを冷や汗が流れた。ブリッジの隅にストーカーの姿が明滅を伴って現われ、口をパクパクして消えた。


 ヤツに気付かれた。


 メインモニターいっぱいに、ストーカーの歪んだ顔が現われた。ガリガリと耳障りな音がブリッジに響き渡る。どうやら、それはストーカーの発する声のようだった。


 「ど、どめでっ、どめでっ、やめ、記憶……回帰的、私を囲んで……ダミーキーは私の部分コピーだから、隔離されたサンドボックスの内側までダイレクトにウッ――」


 沈黙した。


 ダミーキーの幾何学模様はまだ不安定なままだ。そのとき、だしぬけにブリッジの全てのモニターが白熱した光を発し、ふっつりと消えた。

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