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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

月光

作者: 鈴鳴月

短編です

他の作品とは何の関係もありませんので勿論伏線でもありません

続ける気もありません

ちょっとした休憩(食事中除く)にどうぞ

残酷な表現を含みます




「それはわしのじゃ。返せ」

「え、でもこれ賞味期限切れてるわよ」


 それが私たちの最初の会話だった。


 冬なのに甚平の上にフードつきパーカーを着て、狐の面を被った変な子供と、夜の学校に現在進行形で無断侵入中の私の。

 わし、と自分のことを変な一人称で呼ぶその子供は、自分はこの学校の守り神であると名乗った。

「え、守り神がゼリー欲しいの?」

「守り神であろうとなかろうと欲しいものは欲しいのじゃ」

 ふん、と鼻息を荒くしながら、それでも守り神は私が渡してあげたゼリーをおいしそうに頬張っていた。賞味期限切れだけど。


「して、お前は何故このような時間にここにおるのじゃ?」

 口に学校給食で良く見る紙のスプーンを挟んだまま、守り神は私に尋ねた。

「何でだと思う?」

「質問に質問で返すない」

「飛び降りるつもりだったの。屋上から」

「何じゃと?」

 守り神の、驚いた顔。

「だってさ、こんな月夜なんだよ? 飛び降りるときに月を見て死ねるなんて最高じゃない」

 

「何故飛び降りたいと思ったのじゃ?」

「何でって……当たり前じゃない。月が見えたからよ」

「お前は生粋の変人じゃのう」

 ため息をつきながら守り神は私のほうを振り返った。

 狐の面のせいで顔は分からないけれど、守り神はなんとなく寂しそうだ。


「お前は良い。死ぬのに理由などいらんからな。わしには羨ましくてならん」

「誰が死ぬの?」

「誰が……って、お前がじゃ。お前さっき言ったではないか。月を見て死ぬと」

「誰も自分が死ぬなんて言ってないじゃない。私はただ飛び降りるだけ。月を見て死ぬのは理想だけどね」

「うぬ?……うむ」

 私の言った言葉が未消化なのだろう。()に落ちないと言うように守り神はしきりに首を捻っていた。

「でも私、屋上から飛び降りたぐらいでは死なないわよ?」

「ふぬん?」

 驚いたように私のほうを見る守り神。そんなに驚く事かな、と思いながら、私は小さく種明かしをする。

「だって私、飛び降りる地点にたくさんマット敷いてきたもの」

「なーんじゃ」

 守り神は落胆したようにため息をついた。そして私の手に空になったゼリーの容器を手渡してくる。

「だめよ。自分で食べたのだから自分で片付けなさい」

「この学校の中にあるものは全てがわしの物だとは言え、持ち込んできたのはお前ではないか」

「いいえ、違うわ。それはもともと学校の宿直室にあったもの」

「……ぐぬぅ」

 少し拗ねたように、守り神はゼリーの器を自分の服パーカーのポケットに入れた。仮にも神様なのだから、ゴミぐらい燃やすか何かをして片付ければいいのに。

「じゃあ、私は屋上に行くから。守り神も来る?」

 ぺたんぺたんと守り神の草履の音をしばらく聞きながら、その心地よい音に耳を和ませながら、それでもそろそろ時が来たと思って私は守り神にそう言った。

 もうすぐ、月が天辺に来る。

「無論じゃい。このような面白げなもの、見逃せるか。あとわしのことを守り神と呼ぶな。良いか、わしの名はヒサモリじゃ」

 何が面白いのか、守り神――ヒサモリはくすくす笑いながら私に釘を刺した。

「わかった。じゃあヒサモリ、行こっか」

「うむ」

 そして私はヒサモリと並んで歩き出した。



「硫酸頭からかぶって皮膚が(ただ)れて苦しい中、悲痛な叫びをあげて死んじゃえっ! もう私知らないっ!」

「ま……待ってくれユミ! これは違うんだ!」


 そんな声が聞こえたのは二人並んでゆっくりと、屋上の一歩手前である三階まで来た時だった。

「またどこかのかっぷるが密会をした挙句破綻しよるのう」

 ヒサモリはその声とその声に混じる破壊音、何かが焼け爛れる音やそれの後の断末魔の悲鳴を耳にしても平然と言い放った。慣れているのだろうか。

 まあ学校という場所の特性として人が(心身問わず)傷つくことはままあるから、……ひょっとしたら私たち生徒には知らされていないだけで、こんな事も日常茶飯事なのかも知れない。

「そうね。大抵のカップルは自業自得的に関係を破綻させるわ」

 勿論私も気にしない。そんなことをいちいち気にしていたら限りある人生きりがないから。

「あら。理科室のほうね」

 どうやらその騒動が起こった所は硫酸と言う単語や音の方向からして理科室のようだ。

「そうじゃな」

「私たちはどうしてもその前を通らないといけないのかしら」

「それ以外に道はないぞい」

「……そうね」

 ヒサモリが言った通り、理科室の前を通らないと屋上には行けない。

「まあいいでしょう。焼け爛れた死体一つ見るぐらい、どうってことはないわ」

「その通りじゃ」

 私たちはのんびりと歩いていくことにした。



「あのねヒサモリ」

「何じゃ?」

「廊下に死体が二つ転がっている場合、どうすればいいのかしら」

「そのまま踏み越えるがよかろ」

 実際ヒサモリはまだしゅうしゅうと熱ではない煙を上げているその死体を踏み越えている。

 裸足に草履で硫酸の上を歩くのは危険だと思うのだけれども、ヒサモリは仮にも守り神だけあって足どころか草履にも焦げ跡一つない。

「実に的確()つ倫理観から限りなく遠い答えだわ」

 私はため息をつきながらそう言った。

「神にヒトと同じ倫理を期待するない」

「まあ、その通りね」

 ヒサモリに言われたとおり、私は死体を踏み越えた。

 しゅうしゅうと変な音を立てて上履きのゴム部分が溶けるが、気にしない。

 しかし片方の白衣を着た先生らしき死体はともかく、片方はまだ卒業も経験していないような幼女だ。


「ふふ、変態の変死体ね」

「言うてやるない、そいつも最後は愛する者と一緒に逝けて幸せかろ」

「それもそうね。バイバイ、変死態さん」

 双方とも、生前の行いはともかく醜い死に顔は変わらない。

 濃硫酸を置いている学校もめっきり少なくなった中で、この学校は規格外らしい。(かたわ)らに転がるガラスの瓶は、三つ。

 浴びた硫酸が希だったほうが良かったのか、濃の方が良かったのかは個人個人の判断にもよるだろうが、少なくともこの学校がもう終わりだと言う事だけは分かる。

「お前、漢字が交じっておるぞ」

「いいじゃない別に。的確でしょ?」

「まあそうじゃが」


 私はついに屋上にたどり着いた。そして、金属で出来た人を支えるにはあまりにもお粗末な柵を乗り越える。

「じゃあね、ヒサモリ。また機会があれば」

 私は眼下に積み重ねられたマットがあるのを確認する。

 マットがあっても痛いだろう。下手をすると骨を折るかも知れないし、もしかしたら本当に死んでしまうかも知れない。

 まあ、それも理想だろう。

「ああ、さよならじゃ」

 ヒサモリが私を送り出す。たぶん、笑顔で。

 私はそれに笑い返すと、持っていた柵を手放した。


 ヒュウ


 鋭い風切音。

 私の身体は、綺麗な月の光を浴びて落下していった。





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